シリーズ 週刊金曜日のデマとヘイト 第3回 「共同養育が法的に廃止されたというのは極端」(前)

オーストラリアの親子法の変遷
「共同養育が法的に廃止されたというのは極端」
濱野 健さん(北九州大学文学部准教授)インタビュー

聞き手 宗像 充(共同親権運動ネットワーク、ライター)

週刊金曜日の特集「『親子断絶防止法案』は誰のためのもの」(2017年5月19日1136号)という特集について、シリーズで各界の人物に意見を聞いています。

3回目は、濱野健さん。北九州大学人間関係学科で社会学を教える。国際結婚の破たん問題。離婚に伴う子どもの養育問題について論文多数。

 

――週刊金曜日では「オーストラリアでも子が犠牲になり、2006年の成立からわずか5年で離婚後の共同養育を柱とする法律を廃止された」と斉藤秀樹さんが発言しています。

kネットでは、週刊金曜日に対し、オーストラリアでも、両親との関係が子の利益だとする内容の法律は昔からあると週刊金曜日に答えています。2006年の改正は共同養育そのものが廃止されたという事実はあるのでしょうか。

濱野 2006年の家族法の改正では、両親による「均等な養育責任」(equal shared parenting responsibility)が定められました。しかし、この「均等」を養育時間の均等な分担として固持することが、結果として両親への養育負担を強化し、その結果子どもにとって望ましくない生活環境をもたらすことが指摘されました。その後政府の検討委員会により、「均等な養育責任」が必ずしも養育時間の均等を指す趣旨ではないことが示されています。

2011年の法改正では、改正の焦点に子どもの安全の確保が掲げられています。2006年の法改正で導入された共同養育実施の基準として、「フレンドリーペアレント」ルールが撤廃されています。この原則の維持ために(元)配偶者からの暴力や虐待について訴えを起こすことが困難になったという指摘が背景にありました。しかし、このルールの撤廃によって、とりわけ別居親が共同養育を実施することが再度困難な状況に置かれたという批判も出ています。

――この指摘に対して週刊金曜日は、「筆者に確認したところ、ご指摘のとおりフレンドリーペアレンツ条項の廃止をさしていました。法律の肝とも言える部分が廃止されたという意味でこういう表現になったと理解していますが、より正確な表現を編集部で求めるべきであったと考えます」との回答を得ました。

濱野 離婚後の共同養育が法的に廃止されたというのは極端な解釈です。頻繁な法改正は、何よりもまず子どもの安全と健全な成長を第一優先とする、という原則を具体的に実施するために行われています。

その上で、共同養育のあり方については個別の事例や子どもの成長に合わせた柔軟なあり方が必要である、という前提で、オーストラリア家庭裁判所ホームページでは「子どもが両親とその他の家族と愛のこもった有意義な関係を継続すること」「両親が子どもの養育に継続的な責任を負うこと」「子どもが暴力や虐待を受けない安全なところにおいて育つこと」という原則が、将来的にもっともよい取り決めとなることであると述べられています。
参考:
http://www.familycourt.gov.au/wps/wcm/connect/fcoaweb/family-law-matters/parenting/children-and-separation/
https://aifs.gov.au/publications/family-matters/issue-92/violence-abuse-and-limits-shared-parental-responsibility

――この間、オーストラリアの2006年の法改正を取りあげて、オーストラリアの「親子断絶防止法は失敗した」と題した記事を見かけることがあり、全国紙でもそう記述することがあります。

こういった主張は、オーストラリアの法律を研究した小川富之教授(福岡大法科大学院)のインタビューをベースにしています(千田由紀「オーストラリアの親子断絶防止法は失敗した―小川富之教授(福岡大法科大学院)に聞く」https://news.yahoo.co.jp/byline/sendayuki/20161212-00065383/)。
この小川教授の発言についても教えて下さい。

小川さんはオーストラリアの2006年の法改正について、「まさに今回の親子断絶防止法と重なる法律で、離別後も親子の面会交流を促進することが、『子の最善の利益に合致する』という考え方に立つ法律です。いわば面会する『親の権利』を強める法律です」と説明しています。2006年になってはじめてオーストラリアでは、面会交流の促進が「子の最善の利益」に合致する法律ができたのでしょうか。

濱野 まずオーストラリアには、「親子断絶防止法」という法律はありません。2006年以前でも、例えば「1996年改正家族法」では「親権」や「共同養育責任」といった言葉がある中で「子の最善の利益」についても触れられています。このときの法改正では、「子の最善の利益」は、家庭内暴力から守られること、両親と定期的な面会交流を行う権利を有する、などと定義されています。また、親の養育の「権利」(right)という言葉に代えて、養育「責任」(responsibility)という言葉が用いられています。

――では、2006年の法改正ではいったい何が目指されたのですか。

濱野 オーストラリアにおいて基本的であった家庭裁判所での「訴訟」ベースの離婚と共同養育の取り決めから、調停等による双方の合意に基づく離婚のあり方へと促すような変容をもたらそうとした点が特徴です。

その背景には、増加する離婚訴訟に家庭裁判所への負担とコストが増大したこと、そして双方の合意なき判決においてはその後の「子の最善の利益」が保障されなくなるリスクが高くなることに由来します。

しかし、この改正法が共同養育のあり方についての法規定を定めたばかりではありません。この法改正に伴い、様々な専門家が離婚と共同養育以外にも家族にまつわる様々な問題に対して早期段階で対処する制度が確立されています。

例えば、2006年には「家族関係センター」(Family Relationship Centre)が連邦政府によって全国に設置されました。私も実際にそのセンターを訪れましたが、夫婦生活、育児、養育、家計など様々な問題について、それぞれの当事者の文化的背景や地域コミュニティの特性に配慮した取組がソーシャルワーカーやカウンセラーや弁護士の連携のもとに行われています。ここでは離婚調停やそのご面会交流計画の策定なども実施されています。

人と家族は人生のそれぞれのステージにおいて多様な関係を取り結ぶということを前提とした家族(関係)の多様性を尊重しつつ、「子の最善の利益」という原則によった支援が行なわれていました。

――実際、小川さんの論文「オーストラリアの離婚後の親権制度」では、2009~2010年の調査で、別居親と子の交流頻度は、①毎日・毎週31.4%、②2週間に1度20.2%、③1カ月に1度7.5%、④3~12カ月に1度15.1%、⑤年1回以下若しくは交流しない25.7%となっており、別れた親のうち3%が平等に子の養育を分担する取り決めをしているとされています。

一方で、日本では家庭裁判所で面会交流を申立ても何らかの取り決めに至るのは53%で、月に一度以上の交流の取り決めは30.7%です。日豪の離別後の交流頻度の差の開きは明らかです。

2006年の法改正については父親の権利擁護団体のロビーイングによって、「離別後の親子の交流は望ましく、しかも多ければ多いほうがいい」という考えのもとに実現したと小川さんは批判しています。

濱野 2006年以前から、父親の権利擁護団体のロビーイング活動は、家族法の改正に常に一定の影響を及ぼし続けています。それと同様に、女性(母親)の権利擁護団体も同様に社会的な影響を持ち、両サイドからのロビー活動が法改正に影響を与え続けています。

とはいえ、法改正の背景には、家族観の変容、政府の財政的条件などもふくめたより複雑な社会的影響があるのではないでしょうか。
参考:
https://aifs.gov.au/publications/evaluation-2006-family-law-reforms

 

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