岐阜市会:大西隆博・岐阜市議、6月議会一般質問

つづいて、「子どもたちの今の暮らし、未来を守る取り組みについて」
福祉部長に「相談機能について」、市民参画部長に「啓発のあり方について」お尋ねします。まず、そのために知っていただかなければならない現実をお話しします。

江崎議員の質問の中に、阪神淡路大震災のお話がありました。地震発生から14分の間に亡くなった方の8割の方がなくなっている。同じようなことが起こらないためにと言う優しさが伝わります。
田中議員の質問の中に車止めの話がありました。けが人が出てからでは遅いんです。市として呼びかけを。弱者の立場に立った意見です。
わたしがこれからお話しすることはすでに亡くなった方が複数出ています。弱者の立場に立って質問をしてくださる田中議員はその痛みを共感しお力をお貸しいただけると拝察します。
以前、堀田議員が市の職員が自ら命を絶たれた事実にふれ、未来ある若者がどんな気持ちで死んでいったのか・・・とその無念さを共有し泣かんばかりの表情で熱く語ってみえました。わたしのお話する話もあまりの理不尽さに無念のまま命を自ら断った善良な市民の話です。堀田議員も「なに、そんなことがあるのか」とお力になっていただけるものと思います。
昨日、和田議員が慢性疲労症候群の少女のお話をされました。わたしもその方の苦しみがすこしでも減ることを願います。筋痛性脳脊髄炎と改称されるだけでも偏見が減るのであれば、すぐにでもしていただきたい。自閉症と言う言葉も改称されないかとずっと思っていました。自分で自分を閉ざしているような変な印象を与えます。たった一人の少女を精一杯救うことが、類推される1000人余りの市内の患者を救うことにつながる。そのことの意味は大きいです。
わたしもすでにそれなりの数の事例を把握しております。みなさまがそれらに丁寧に対応してくださることは数千名、数万名の方々の苦しみ痛みに共感し救済することになるでしょう。議会でのみなさまの温かい質問要望答弁にふれ、優しいみなさまはきっとわかって力になってくださると信じています。

 ちょっと子どもの立場で考えてみてください。みなさんは3歳、あるいは5歳の子どもです。
両親に愛され、両親を愛し、どちらも大好きです。そんな無邪気な子供なのに、ある日突然片方の親によって連れ去られ、もう片方の親と全く会うことができなくなったらどうでしょう。
平成18年3月27日に公布された「岐阜市子どもの権利に関する条例」の前文です。

人は、だれもが生まれながらにして幸せに生きる権利を持っています。
 子どもは、生まれたときから一人ひとりが権利の主体であり、おとなの都合やその場の感情などでその権利を侵害されることがあってはなりません。
 私たちは、子ども一人ひとりが、本来持っている力を発揮して、いきいきと自分の可能性を追求し、幸せな人生を送ることができるよう、子どもの権利の保障に最大限努めます。
 そのために、子どもの権利を保障し、支援するまちづくりに取り組みます。

1989年に第44回国連総会で満場一致で可決された「子どもの権利条約」を、1994年に日本も批准したことを受けて、岐阜市も丁寧に、愛情を持って制定したものです。この議会の中でも、さまざまなお立場で、子どもに最善の環境をと語っていただいています。子どもたちは本当に大切な存在で、その未来を大切にしたいという思いをみなさん持ってくださっていると思います。

しかし、社会の中で、子どもが大切にされていない現実があるとすれば、その子どもたちを救い、その問題を改善し、そういうことが起こらないようにしなければなりません。

「子どもの権利条約」の中にはこのような条文があります。
第7条 児童は、出生の後直ちに登録される。児童は、出生の時から氏名を有する権利及び国籍を取得する権利を有するものとし、また、できる限りその父母を知りかつその父母によって養育される権利を有する。
第9条 締約国は、児童がその父母の意思に反してその父母から分離されないことを確保する。
締約国は、児童の最善の利益に反する場合を除くほか、父母の一方又は双方から分離されている児童が定期的に父母のいずれとも人的な関係及び直接の接触を維持する権利を尊重する。
第18条  締約国は、児童の養育及び発達について父母が共同の責任を有するという原則についての認識を確保するために最善の努力を払う。

また、昨年国会において、民法766条が改正されました。「父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者、父又は母と子との面会及びその他の交流、子の監護に要する費用の分担その他の子の監護について必要な事項は、その協議で定める。この場合においては、子の利益を最も優先して考慮しなければならない。」子どもの利益を最も優先して考慮しなければならないと子どもの立場に立った改正がなされました。それを受けてこの4月1日より岐阜市においても市民生活部所管の離婚届の届け出用紙の書式も変わっています。

これらの条約法令を、司法関係者で、まったくと言っていいほど守ろうとしない人々がいる。そして、条約法令を守らない判断を裁判所が出すという現実があるとは思いもしませんでした。

わたしは、縁あって家庭裁判所で、日本の司法の抱える問題に直面する機会を授かりました。多くの方は、裁判所と関わることはほとんどなく、その内情については、法に基づき、思慮深く、人々の間違いを正し、より好ましい方向へ導く、公正公平な深い判断を示してくださる場だと思っているでしょう。わたしもそう思っていました。しかし、その実情は、公正公平とはおよそかけ離れた、条約も法律も条例もまったくと言っていいほど守らなくてもそれが合法であると決定する恐ろしい場所だと知りました。わたしがいただいた審判もひどいものでした。まず、文章の体裁すらなっていないコピーペーストであるとしか思えない体裁で、法令にのっとった主張は馬耳東風、何も反映されず無視、詐欺とさえいえる事実誤認、歪曲が大半で、捏造すらあるのです。言葉の使い方も正しくなく、およそ正常な国語力があると思えないほどでした。このような法令も遵守しない、詐欺とさえいえる事実誤認、歪曲、捏造だらけの文書が裁判所から出されることに驚愕を感じました。そしてそれに従わなければならないことに絶望すら感じました。

昨年5月に岐阜家庭裁判所管内で出された、そういった法令遵守公正公平とはおよそかけ離れた審判により、一人の実直で善良な人が自ら命を絶ちました。彼は子どもに会えないままでした。子どもも彼に会えないままでした。このようなことはメディアの報道にのるようなものではありませんが、それでも同様の例は、全国各地で起きていることが把握されています。人知れずこの世を去った方々も多いことと拝察されます。「何度も死のうと思ったけれども、死んでも子どものためにはならないから死なずにいるだけ。」そんな声もたくさん届き、今まさに死に瀕している人々も多いことがうかがえます。わたしもその気持ちが痛いほど分かります。
人が死に至っている事実が多々あれば、しかも、その理由も明確であれば、ふつうは改善します。それなのに、その状況を改善するのではなく、その現状を知りながら、同様の審判、判決を下し続ける。人が死ぬほど苦しんでいて、死ぬことすら考えると分かっていて、その決定を下し続ける。死ぬことが分かっていてもその決定を下す。このことをみなさまはいかが思われますか。
この家庭裁判所の現実は、もはや家庭を破壊するところ、不幸な子ども量産するところと言わざるを得ません。人知れず多くの市民が、そしてたくさんの子どもたちが苦しんでいるのです。
なぜそのようなことが起こるのか。簡潔に申し上げれば、離婚に関する法律や制度の不備、法令を守らない裁判官の存在、それをいいことにした離婚ビジネスで利益をあげている弁護士の存在、裁判官と弁護士の癒着相互扶助、弁護士同士の相互扶助談合などです。これらは、矛盾が明らかであったり、改善点が明確であったり、法令にのっとった正しい判例が出ればすぐにでも改善できることもいくつもあるのにそれができないのは、弁護士業界の利権を守るためと言われています。
今の法令や仕組み、そして判例だと、子どもを先に連れ去った側が圧倒的に有利で、一度連れ去られたら、会いに行けば迷惑防止条例で逮捕されたり、連れ戻せば誘拐で逮捕です。そんな状況で弁護士に「連れ去られたら二度と会えないわよ」と言われれば、連れ去ってしまいます。圧倒的に有利に裁判は進みますし。弁護士は調停や訴訟が増えれば収入が増えるので、調停や訴訟が増える仕組みになっているそう言われています。まだまだ詳細事例分析多々ありますが、この点については、市議会の中で議論することではないので現状の理解をしていただくための情報提供にとどめます。

ここで「子どもの今の生活、未来を守るための取り組みについて」です。

今一度、子どもの目線で考えてください。ある日突然片方の親により連れ去られ、もう片方の親と会いたくても会えない状況が作られてしまったらどうでしょう。そして、会えない親のことをさんざん悪く言われたらどうでしょう。そして、子どものことはそっちのけで弁護士と一緒になって、会いたくても会えないもう一人の親のことを徹底的に悪者に仕立て上げ徹底的に戦っている親の姿を見て、その元で暮らさざるを得ない子どもの気もちはどうでしょう。しかもそれは裁判所の判断で変えることができない。そういう環境の下で暮らすことがその子どもにとって幸せでしょうか。また、会えなかった親が自殺したと知ったらその子はどうなるのでしょう。

この片方の親と強引に引き離す、そして自殺にすら追い込む最初の連れ去りこそ子どもにたいする虐待であるという人も多く、わたしもそう思います。中には虐待など本当に守らなければならないケースもあるでしょう、しかし多くの場合は最初の連れ去りこそ子どもに対する虐待と考えられます。裁判所がそこをしっかり審判判決していれば、生活保護受給者増加の問題も、少子化の問題も、非行や犯罪の問題も、ずいぶん改善されていただろうと思われます。子どもの虐待や、虐待死については、再婚したのちに起こるケースが圧倒的に多いでしょう。
子どもの権利条約第19条には「締約国は、児童が父母、法定保護者又は児童を監護する他の者による監護を受けている間において、あらゆる形態の身体的若しくは精神的な暴力、傷害若しくは虐待、放置若しくは怠慢な取扱い、不当な取扱い又は搾取(性的虐待を含む。)からその児童を保護するためすべての適当な立法上、行政上、社会上及び教育上の措置をとる。」とあり「行政上の措置をとるとあります。
岐阜市子どもの権利に関する条例には第9条には「市民全体で子どもを見守り、子どもの権利を保障する環境の整備に努めること。」「市の組織を充実させるとともに、他の関係機関と連携し、子どもを権利の侵害から救済するため、必要な施策を実施すること。」「さまざまな方法を通して、子どもの権利の普及と啓発に努めること。」とあります。
子どもの目線に立って、子どもの権利を守ると言ったことが、家庭裁判所において全くなされていないと言わざるを得ない現状の中、岐阜市の子どのも権利に関する条例に「市の組織を充実させる」「子どもを権利の侵害から救済するため、必要な施策を実施する」「子どもの権利の普及と啓発に努める」ありますように、子どもたちの今の生活を守るために、未来を守るために、岐阜市が「岐阜市子どもの権利に関する条例」を遵守し、行政ができることを模索していただきたいと考えています。
そこで、福祉部長にお尋ねします。市としては、母子家庭、父子家庭の子どもたちの権利を守るために、特に経済的な支援等さまざまな手だてを講じていただいていると思います。しかし、子どもの権利条約などにあるように、どちらの親からも愛され、どちらの親とも良好な関係を維持する権利があるのですが、それが守られない状況の中で、それらを守るための相談機能を持つことは喫緊の課題だと思われます。また、引き裂かれた親子が、それぞれに引き離された場所で死を選ぶほど苦しんでいる、その状況を救済する仕組みを模索することも重要な課題だと思われます。この点についてのお考えをお聞かせください。
また、市民参画部長にお尋ねします。子どもの権利が守られていないこの現状の中で、離婚した後の子どもの人権を守るのももちろんですが、今離婚係争中の親の子ども、これから離婚するかもしれない親の子どもたちの健やかな未来、権利を守る視点に立って、子どもの権利を最優先に考える啓発をしていくことは重要なことと考えます。その啓発のあり方について、お考えをお聞かせください。

5年前