別れてもまといつく元妻対策はモグラ叩き

恋愛、結婚、離婚、再婚、婚活、不倫……。世は変われども、男と女のいさかいが尽きることはありません。行政書士で男女問題研究家の露木幸彦氏のもとには、そんな泥沼状態を抜け出そうと、毎日多くの相談者がやってきます。その痛切なトラブルエピソードを、ぜひ他山の石としてもらえればと思います。

第7回のテーマは養育費を巡る元夫婦の大攻防戦です。9年前に離婚した元夫(46)は、元妻(40)に対し、長女(19)と長男(16)の養育費を欠かさず払ってきました。長女が高校を卒業し、社会人となり、独立したタイミングで長女分の養育費は終わったかと思いきや、さにあらず。元妻は元夫の給与の差押を裁判所に申し立てたのです――。

■元夫の給与の差押を裁判所に申し立てた元妻の「戦略」

<家族構成と登場人物、属性(すべて仮名。年齢は現在)>
元夫:宇野達也さん(46歳)→会社員(年収600万円)☆今回の相談者
元妻:田中明子(40歳)→パートタイマー(年収100万円)
長女:田中優愛(19歳)→会社員(年収300万円)
長男:田中湊(16歳)→高校生

長女(19)は社会人となり、元妻(40)の家から出てひとり暮らしをしています。経済的に自立している子のために元夫(46)は養育費を払う義務はないはずですが、元妻は「払え」の一点張り。ついに裁判所に給与の差押を申し立てました。

達也さんは元妻にメールをしました。

「もう養育費を払わなくてもいいはずだし、差押も困るから取り下げてくれよ」

それに対して元妻はこんな感情的な表現で返信をしてきました。

「私たち離婚したんだよ!  そうやってなあなあで甘えるのはやめてよ!  いつも逃げてばかりで面倒なことは私に全部、押し付けるんだから!! 」

▼「お前の養育費が少ないから娘は大学へ行けなかったんだ」

元妻は「就職、自立した子供の養育費の支払をやめたい」という達也さんの要望は「甘え」だと切って捨てた上で、難癖をつけてきたのです。

「なんで優愛(長女)が、(元妻の)扶養から外れることになったのか考えてみなよ!  お前の養育費が少なすぎたから(大学へ)進学できなかったんだ。ちゃんと話をしていれば、こんなこと(高卒で就職)にならなかたんだよ!  お前は優愛の気持ちを考えたことがあんのか?  図書館の学芸員になる夢をあきらめて働いているんだよ! 」

まるで達也さんのせいで就職せざるを得なかった、経済的に余裕があれば大学に進学できたと言わんばかりです。長女が高校3年生のとき、将来の進路を考える際に元妻のほうから長女が大学進学を考えていると聞けば、養育費の増額や入学金の負担について考えられたと達也さんは話します。

しかし、実際には元妻からそうした連絡はなかったのです。

「高飛車な性格を考えると、きっと僕に頭を下げて金乞いするのはプライドが許さなかったのでしょう」(達也さん)

■追加の養育費「払え払わぬ」大攻防戦、勃発

達也さんが「進学を考えていたとは知らなかった」と言うと、元妻はこうまくしたてたそうです。

「は?  優愛の大学のことで電話したのに出なかったクセに!  私からの話は聞かず、自分の話だけ聞けって勝手すぎるよね?  なんで電話に出ないの?  逃げるの?  奨学金のこととか話したかったのに。いつも自分が不利になると逃げるよね? 」

どう考えてもこれは元妻のでっち上げでした。そんな電話は1本もありませんでしたし、メールや手紙も受け取っていませんでした。

ただ、行政書士で男女問題研究家である私は、達也さんが残した養育費の公正証書の支払条件(金額:月4万円、期間:満20歳に達する翌年の3月までの計96万円)を確認して、こう言いました。

「支払いは『満20歳に達する翌年の3月まで』と書いてあるから、期間を縮められたりすることはないと思い込んだのでしょうね。でも、法律上(民法880条)、養育費は事情変更を理由に見直すことは認められています。今回の場合、娘さんはすでに就職し、自立していることを理由に養育費を停止することもできる。つまり、約束した金額を約束した期間の最終回まで全額もらい続けることが保証されているわけではないのです」

▼追加の養育費は長女の成人式の費用だという元妻

今後、長女が会社で働きながら受験勉強に取り組む可能性はあるでしょう。ただ現在、長女は1人の社会人であり会社員という立場です。大学を受験し、合格した時点で養育費を復活させるかどうかを検討しても遅くはありません。

仮に、長女がいつ大学を受験するか分からないのに、合格するまでずっと養育費を払い続けるとすると、どうなるか。達也さんは「元妻の性格を考えると、長女が大学に入学しなかったとしても、払った養育費を返してくれる保証はないでしょうね。養育費は毎月振り込まれた瞬間に妻の個人的な飲み食いや買い物に“蒸発”しています」と言います。そうであれば、達也さんが個人的に入学金などをサポートする気持ちがあれば、そのお金を元妻には渡さず、長女に渡したほうが確実です。

「追加の養育費ははらうことができない」という達也さんの主張に対して、元妻はこうしたメールも送ってきました。

「優愛も成人式があって、いろいろ入り用なんだよ。(長女の養育費も)来年3月で終わるんだから、もう少しの辛抱でしょ!  私を悪者にするなんてドン引きだわ! 」

養育費を「成人式」の費用に使うつもりなのです。しかし、達也さんはこれまで養育費を支払い父親としての責任を立派に果たしています。そして、成人式の費用を出さなければならないわけではありません。もちろん、かわいい娘の成人式です。達也さんにもサポートしたい気持ちはあるといいます。ただ、長女が就職し、自立している今、養育費として強要されるのは筋違いです。

ところが元妻は、法律論から感情論にすり替えて、達也さんをこう責めます。

「私たち離婚したんだよ!  そうやってなあなあで甘えるのはやめてよ!  いつも逃げてばかりで面倒なことは私に全部、押し付けるんだから!  公正証書に書かれていることに、ことごとく違反しているんだから自業自得だわ」

■給与差押命令を取り消すために元夫がしたこと

このように「ああ言えばこう言う」という感じで、元妻の説得は遅々として進みませんでした。しかし、裁判所からの通知書にあった「実行期限」(次の給料日)はすぐ近くまで迫っていました。

そこで、達也さんは元妻の説得より、差押の停止を優先することにしました。裁判所が差押命令を取り消すのは、債権者(元妻)の同意、裁判所の決定、未払い分の完済、のいずれかの要件を満たした場合に限られます。

一度発せられた差押命令の取り消しを求めることを「執行異議(執行抗告)の訴え」といいます(民事執行法11条)。前述の通り、現時点で元妻の同意を得られておらず、また住民票や就業証明書などで長女の自立を証明するには時間が足りません。

そこで達也さんは長女が「20歳に達する翌年の3月まで」の養育費は絶対に払わない戦略を立てました。そのために、不本意ながら「未払い分」の養育費(4月、5月分。月4万円×2カ月=8万円)だけ振り込んだ上で地方裁判所へ執行異議の訴えを申し立て、差押命令を取り消してもらったのです。

▼払った「8万円」を取り戻すことは可能

結果的に、元妻が長女の自立・就職を隠したまま差押の手続きを踏んだために、達也さんは本来支払う必要がない養育費を払うことになったのですが、取り戻すチャンスがないわけではありません。

元妻は長女の現況を意図的に伝えないまま裁判所を動かし、達也さんから4月、5月分の養育費(8万円)を得ました。これは法律上「不当利得に該当する」と判断される可能性があるのです(民法703条)。そうなれば、8万円は達也さんのもとに返ってくるかもしれません。

このことを知った達也さんはしばらくして、こう元妻に伝えたと言います。

「裁判所が不当利益と判断して8万円を(元妻から)オレに返すと決まったら、今度はそっち(パート勤務の元妻)の給料を差し押さえることもできるんじゃないかな」

元妻が裁判所に自ら差押申請を取り下げなかったことを逆手にとり、自分が給与を差し押さえられそうになった経験をもとに、元妻に反撃したわけです。そして、こう言い添えました。

「将来の分(長女が「20歳に達する翌年の3月まで」の分)をあきらめてくれれば、今回の8万円は返さなくていいよ」

すると、元妻は長女の将来の養育費をあきらめると答えました。素直に白旗をあげた理由は達也さんにもわかりません。その時、元妻はすでに8万円を使い切っており、貯金もありませんでした。自分の勤め先に、裁判所から差し押さえの書類が届いたらバツが悪いと思ったのかもしれませんし、長男(16)に対する養育費の支払いは続くので、今回は身を引こうと考えたのかもしれません。

その胸中は知る由もありませんが、元妻は最後にこう言ったそうです。

「あんたとの結婚生活は失敗だったけれど、息子、娘は私たちの子供なんだから父親、母親として割り切って付き合っていこうよ! 」

■元夫や元妻とのトラブルはモグラ叩きで対処するのみ

離婚したからといって夫と妻の縁が完全に切れるわけではありません。

「再婚したから(子供を)そっちで引き取って! 」
「(前もって何の相談もせず)4月から子供が私立の高校に通うことになったけど、こっちじゃ無理だから学費は全部そっち持ちで! 」

そんなリクエストが突然やってくる可能性はあるのです。

どんな夫婦であれ、2人の間に子供が生まれた時点で、子供が自立する20年以上先まで接点はなくなりません。「子の父親」「子の母親」という関係を断絶することは不可能です。夫(元夫)や妻(元妻)との間で繰り返される諸問題は、モグラ叩きのようにその都度、何とかするしかないのです。

行政書士、ファイナンシャルプランナー、男女問題研究家 露木 幸彦 写真=iStock.com

7年前