離婚をめぐるトラブルの背景には、女性の社会進出や男性の育児参加など、社会の変化に制度や支援体制が追いついていない現状があります。調停離婚で面会交流を求めた男性は、今、子どもに何をしてあげることが「一緒に育てる」ことになるのか悩んでいると言います。(朝日新聞デジタル編集部・野口みな子)
「家に帰って誰もいないと思うと、電車の中で不意に涙が出てきました」
関東近郊に住む、会社員・啓介さん(仮名・40代)は、ある日帰宅すると、家はもぬけの殻になっていました。1年ほど前から、経済的価値観の違いから「離婚したい」と言っていた妻は、当時4歳だった息子を連れて家を出て行きました。それ以降、啓介さんは一軒家にひとりで暮らしています。
啓介さんは離婚に応じる意向がありましたが、気になるのは息子のこと。何度か話し合いの機会が設けられたため、「一緒に育てる方法を考えよう」と提案しました。一方、妻は「その必要はない」と応じてくれず、数カ月後に話し合いの場は調停へと移りました。
焦点は別居する親が子どもに会う「面会交流」でした。妻が提示したのは月1回4時間。一方、啓介さんは宿泊つきの面会交流を求めました。
「月1回4時間なんて、1カ月の息子の生活の1%にも満たないんですよ。それでは時々遊んでくれるおじさんと変わらない……私は親です。一緒にお風呂に入ったり、一緒に寝たり、子どもにとって『生活する時間』を過ごしたい」
突然の別居から約1年、月2回の面会交流のうち、1回は宿泊ができる取り決めで離婚が成立しました。養育費の金額もお互い合意し、息子の銀行口座に毎月振り込んでいます。
現在、啓介さんは、息子さんの習い事に付き合うこともでき、ほぼ週2回という頻度で会えています。
「月1回だったときは、毎回会えた時間を計算していました。でも今は、面会交流が『スペシャルイベント』じゃなくなったんです。子どもとのふれあいに余裕が出てきて、元妻と融通し合えるようになってきました。どんどん成長する子どもを見守れるのは、嬉しい」
「パパこれ食べて!」
啓介さんの息子が差し出したのは、アイスクリームのコーン。啓介さんは「たくさん食べたね、大人みたいだね」と受け取ります。息子の習い事帰り、ショッピングモールのフードコートにいる2人は何の違和感もない「親子」です。
啓介さんのケースは、他の事例に比べると、スムーズに進んだと言えます。お互い調停が長引くことは望んでおらず、妻とは書面のやりとり以外でも対話ができていました。
そんな啓介さんですが、現在も子どもにいつ会えなくなるかもわからない不安は消えないといいます。
「離婚しても2人で子どもを育てる、『共同養育』がしたいと話し合ってきましたが、目標が見えない。離婚したら単独親権になる日本の場合、何をしていれば共同養育をしていると言えるんでしょうか。養育費を払っていたら? 面会交流をしていたら、なのでしょうか? 」
離婚後の家族問題に詳しい大正大学の青木聡教授は「日本の共同養育に関する議論は非常に遅れている」と話します。
「欧米などではある程度『共同養育の定義』というものが固まってきています。1年の約30%、年間100日くらいの時間を共に過ごし、日常的なしつけが行える、ということです」
具体的な数字を伴う議論が進んでいるのには、女性の社会進出などもからめて、膨大な数の離婚に関する研究が行われている背景があります。またアメリカでは、両親が教育プログラムを受講しないと、離婚の手続きが進められないなど、共同養育の意識も深まっています。
「日本では、制度や親への教育的な支援の枠組みが十分でないために、養育費を多くしたい、面会交流を多くしたい、という議論に終始してしまっています」と指摘します。
また共同養育コンサルタントとして、離婚を考える父母の相談を受けるしばはし聡子さんは「『ひとり親』という言葉が固定概念を生んでいる」と話します。
「子どもと同居する親にとっても『何としてでもひとりで育てなきゃ』という気持ちにつながります。子どもにとって、別居・離婚しても親は変わらず2人います。この意識が世の中に広がれば、早い段階で夫婦の葛藤や、子どもの負担を減らすことにつながるのではないでしょうか」