ジェンダー・ウォー第8回 「拉致」か「保護」か

先日相談を受けた人の話でこんなことがあった。
あるとき帰宅すると妻子がいなくなるとともに、家の中の家財道具がなくなっていた……ここまではよくある話だ。その方が玄関の監視カメラをチェックしてみたところ、家財道具を運び出す市役所の職員の姿が映っていた。もちろんその父親は映っていた職員にそのことを伝えたものの、否定されている。さてこれは拉致だろうか、それとも保護だろうか。

その父親にDV防止法による接近禁止の保護命令が出されていたわけではない。しかし警察は拉致と窃盗の犯人が特定されていながら、事件にしないどころか捜索願すら受け付けない。この父親のような立場に妻子を持つ男性ならば明日ならないという保障はどこにもない。何しろ問題なのは暴力の有無ではなく、相談履歴だからだ。

もちろん父親の側からすれば、刑事事件にしてくれて、捜査を受けたほうがましだという気もしたかもしれない。そうすれば双方が事情聴取された上で必要なら立件され、証拠に基づいて審理がなされるという手続き自体は保障されるからだ。仮に犯罪者となったとしても、刑に服すことで社会復帰することも可能だ。

家の中の家財道具を市役所の職員と打ち合わせて運び出すくらいの下準備ができるのであれば、刑事事件化してもよさそうなものだし、それが緊急的な保護と呼べるほどの妥当性があったのか疑問だ。その上市役所内部ではその父親はDV加害者として書類上明記されるし、周囲もDVの加害者として見てそれを否定する手立てもない。子どもを奪われた上に、DVの加害者として濡れ衣を着せられる拉致被害者の心理的なダメージは相当なものだ。もちろん毎年自殺者が出ている。

DVは密室でなされるものだから立証するのが難しいという。殺人事件の検挙件数のうち、親族間のものはだいたい半分程度で推移している一方、2012年度の殺人・暴行・傷害の検挙件数総数44,641件のうち、親族間のものは17%で、配偶者間のものは1割。殺人事件以外は事件化するのがたしかに難しいように思える。

ぼくが子どもと引き離された翌年の2008年の2月8日の朝日新聞では、DV防止法の講演会の開催を「主権回復を目指す会」の西村修平らが抗議して中止になり、それに対して上野千鶴子らが「バックラッシュ」として記者会見している。この記事ではリードに、背景に親権をめぐる夫婦の争いがあることも触れられている。

この記事にはDV法を適用されて子どもと引き離された父親たちが当時はじめて登場し、「離婚を有利に進めるために、被害者だと主張する人もいることを知ってほしい」と発言している。一方で、全国シェルターネット共同代表の近藤恵子が、「被害者が逃げてきているという事実が、DVの明確な証拠」と いうコメントを紹介している。それを見て当時、すごいこと言うもんだなと思った。父親の一人は「本当のDV被害者は救われるべきだ」とも言っているのだけれど、「本当のDV被害者」なんて議論するのも無理そうだ。

こういった議論のすれ違いは、週刊金曜日の「問題のある別居親」というヘイト記事や、弁護士グループを「DV」と呼ばれた父親が名誉棄損で訴えるといった事件につながっている。朝日新聞の杉原里美が書いたこの記事は、親子引き離し問題を一見装っていながら、DV法の男性差別を擁護して形ばかりの中立性で味付けする、薄っぺらい記事がその後量産される中で、問題を公平によくとらえている。

何しろDV法で被害者とされるのは女性のみだ。男性向けのシェルターがないなんて言い訳で、だったら予算をつければいい(ちなみに住所非開示措置を男性の側が申し立てた事例があるが、多くの場合男は仕事を持っているので足がつく)。DV法というのは緊急避難という民事的な対処に行政支援をするという法律だけれど、別居親子の権利なんて何にも考えていない。

どんな制度でも悪用する人がいるのだから、それを防ぐ措置を盛りこめばいいのだけれど、それすらしようとしないのは、いったい本当に被害者保護のためのものかと疑われても仕方がない。「どうせあなたも有利に離婚するために制度を使ったんでしょう」と被害者が言われるのは悲惨だ。

警察の検挙件数において親族間のものが少ない背景には、刑事による介入よりもDV法や住所非開示措置を用いた民事のよる対処が主流を占めているからだ。DVの認知件数は、2002年から2012年の10年間で10倍程度に増加している。一方で、2003年の殺人・暴行・傷害の検挙件数総数33,821件が2012年は44,641件と1,3倍に増加したうち、親族間の検挙率は3,189件から7,665件に2,4倍と伸び率は大きい。刑事介入は強化されている一方で、刑事事件化されているのは一部だというのがわかる。では警察の人員を増やし、刑事介入を強化すれば問題は解決するのだろうか。

先日相談に長野まで来た人は、子どもが妻といるときに何度か怪我をするので、「DVしてたでしょう」と妻に問い詰めたら逆上され、子どもを抱えているときに妻に刺されている。失神している間に子どもを連れ去られ、その後警察に行ったら逆に加害者扱いされ、怪我をしているのに事件として取り合ってもらえなかった。妻が先に警察に被害者として申し出て、支援措置で子どももろとも「保護」されてしまったのだ。彼は告訴したが、地元ではメディアでも取り上げてくれず、検察が起訴したとも聞いていない。もし彼が失血多量で死んでいたら、「DV被害者保護のために仕方ない犠牲だ」と、シェルターネットの人は言うのだろうか。

保護命令を申請されればまだ裁判所で弁明の機会がある。しかし保護命令も出されないまま住所非開示措置が出されると、その措置は裁判所でDVの認定がなかったと確定しても取り消すことができない。男性の側は女性からの暴力被害を申告せず、窓口もない実情は指摘したが、最低でも刑事にしろ民事にしろ、男女平等の対応を現場が示し同様の保護をしない限り、本当の意味での家庭内暴力の防止にはつながらない。でっち上げには暴力被害と同程度の刑罰を課し、保護命令がない中での支援措置が出されないようしないと、でっち上げが量産され、法を使った暴力は永続化し拡散するだけだ。
(宗像 充、「府中萬歩記」第45号から)

6年前