The Washington Post:ハーグ条約違反! 日本が「国際的な子の奪取」を看過する理由|米国人父からの特別コメント付き

ハーグ条約違反! 日本が「国際的な子の奪取」を看過する理由|米国人父からの特別コメント付き

ハーグ条約違反! 日本が「国際的な子の奪取」を看過する理由|米国人父からの特別コメント付き

ハーグ条約違反! 日本が「国際的な子の奪取」を看過する理由|米国人父からの特別コメント付き

From The Washington Post (USA) ワシントン・ポスト(米国)
Text by Anna Fifield

ジェームス・クック
PHOTO: JAMES COOK

 

米国で暮らしていた米国人男性と日本人女性の夫妻には4人の子供がいた。だがあるとき、妻が子供たちを連れて日本に帰国すると、そのまま戻ってこなかった。夫は子供たちに会い、再び一緒に暮らすことを願って訴訟を起こしたが、まだ解決を見ていない。

日本が加盟する「ハーグ条約」違反のケースでも命令を執行できないのはなぜなのか。米紙「ワシントン・ポスト」東京支局アナ・フィフィールド記者が取材した。クーリエ・ジャポンでは本記事に対する、原告のジェームス・クック氏からのコメントも付してご紹介する。

戻ってこなかった妻と子供たち

子供を連れ去られたジェームズ・クックが望んでいるのは、自分の4人の子供が米ミネソタ州の自宅に戻ってくることだ。だが、別居中の彼の妻・有光ひとみによると、子供たちの希望は母親とともに日本で暮らすことだという。

クックと有光は、かれこれ3年前から裁判で争っており、いまも堂々巡りの状況が続いている。

親権をめぐる争いは、紛糾して費用がかさむことが多い。両親が同じ国で暮らしていてもそうなのだから、別々の国に暮らしていればなおさらだ。子供がどちらの国で暮らすべきなのか、裁判管轄はどの国にあるのか、といった問題も出てくる。

日本は2014年、「ハーグ条約」(「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」)に加盟した。だが、日本が条約の規定を履行できているかというと、そうとは言い切れない。クック一家が、にっちもさっちもいかない状況にあるのもそんな理由からだ。

クックはミネソタ州の自宅からスカイプでこう語る。

「もう3年も、子供たちは父親なしの人生を過ごしています。子供には父親が必要です。子供には両方の親が必要なのです。この地獄の苦しみは言葉にできません」

クックは、大学で日本語を学んだ米国人男性。有光は、ミネソタ州の大学で学んだ日本人女性だ。2人は夫婦になってからのほとんどの期間、米国で暮らしてきた。

有光が、4人の子供を夏休みの間、日本に連れて帰ったのは2014年7月のことだった。当時、2人の婚姻関係は破綻していた。クックは、有光が子供たちを米国に連れて帰るという合意書を公証人に認証してもらい、子供たちの日本行きに合意した。

その後、クックと有光は、子供たちが夏休み終了後も、もうしばらく日本にとどまることで合意した。その頃、クックは失業中で、求職活動をしていた。

家族が戻ってこなさそうだと気づいたのは、その年の暮れだった。

泥沼の法廷闘争、食い違う言い分

この2年間、クックと有光は、大阪とミネソタの両方の裁判所で泥沼の争いを続けており、勝敗は相半ばしている。

このような事案では珍しくないことだが、2人の話は大きく食い違う。両者とも、自分に有利な判決を強調する点は同じだ。

クックに言わせると、ミネソタ州の裁判所が2017年6月に出した命令が有効であるべきだという。この命令は、有光の法廷侮辱を認め、4人の子供を父親のクックに返すように命じた2016年12月の返還命令も支持している。この命令では、判事はクックを一時的に単独親権者に指定している。

だが、有光が弁護士のカミカワ・トモコを通して語ったところによると、大阪高等裁判所は2017年2月、子供の返還を求めるクックの申し立てを却下したとのことだ。したがって、ハーグ条約下で有効な返還命令は存在していない、というのが有光の言い分である。

クックは、大阪高裁の判断を納得せず、日本の最高裁判所に上告した。

一方、カミカワの話によると、子供たちは米国に戻りたがっていないという。

ハーグ条約と日本の民法のギャップ

クックなどの「子供を連れ去られた親たち」によると、問題の核心は、日本が、ほかのハーグ条約締結国とは異なり、条約の規定を履行する手段を持たないことにあるという。

「絆・チャイルド・ペアレント・リユニオン」という団体の代表としてクックの活動を支援している米国人ジョン・ゴメスは言う。

「強制力が重要な問題のひとつです。どの国も、命令を実行させるための条約実施法を作らなければなりません。しかし、日本の場合、命令に強制力がないのが実状です」

日本政府がハーグ条約締結のために作った条約実施法では、実力行使は禁止されており、子供の引き渡しは、「同居親」の家ですることになっている。「同居親」の同席も必要だ。

裁判所の執行官は、洗濯機の差し押さえには慣れているが、関係者が感情的になりがちな子供の引き渡しには不慣れな人が少なくない。

つまり、強制力といっても、子供と「同居親」がいる家の門前から、子供に出てくるよう執行官が呼びかける程度なのだ。

日本の親権法に詳しい同志社大学法科大学院教授のコリン・ジョーンズは言う。

「すべて予測できたことです。強制執行の手段をなんとかしないかぎり、クック家のような事案が出てくるのは時間の問題でした」

米国政府は、日本政府のハーグ条約の履行に関して懸念を表明している。「国際的な子の連れ去り」に関する2017年の米国務省の年次報告書にはこう記されている。

「返還命令を迅速かつ一貫して執行する日本の能力について、(米国の)国務省は憂慮している」

一方、日本政府によると、状況はいい方向に進んでいるという。日本の外務省でハーグ条約室長を務める上田肇は言う。

「日本がハーグ条約に加盟してからまだ3年です。時間がかかってしまうのは、どの事案にも固有の事情があるからです。その点から見れば、日本はいい仕事をしています」

上田の話によると、日本のハーグ条約加盟後、すでに5件の事案について8人の子供たちが米国に返還されたという。

日本国内ではハーグ条約加盟前に条約締結に反対する声がかなりあり、条約加盟は大きな政治的問題だった。そのため、日本では2014年に条約に加盟したことだけでも大業だった。

専門家によると、ほかのハーグ条約締結国でも、条約の規定を履行するための国内法の改正に時間がかかった事例がある。ドイツの場合は5年かかったという。

日米で異なる「親権」観

現在、在日米国大使館が取り扱っている子供の連れ去りの事案は約70件だ。そのうちの42件は、日本がハーグ条約に加盟してから申し立てがあったものだ。米国に子供を返還するように要求している事案は10件だ。

そのほかの事案は、単に子供との面会交流を求めるものだ。だが、日本では共同親権の概念が浸透しておらず、子供との面会交流も一筋縄ではいかない。

日本では結婚が破綻したあと、子供が両方の親と会い続けるのは、子供の心をかき乱し、精神的混乱をもたらす、という考え方が主流だ。そのため片親(母親である場合がほとんど)が、単独で親権者となる。親権を失ったもう一方の親は、毎月2時間ほど面会交流することが多い。

前出のコリン・ジョーンズは言う。

「日本の最大の問題は面会交流です。返還命令の多くは、実は面会交流を求めているものなのです。非親権者の親が、親子関係をなんとか維持したいと願っているわけです」

前出のジョン・ゴメスの調査によると、日本では、両親の離婚後に片親と交流がなくなった子供がこの20年で約300万人いるとのこと。1年当たり約15万人の計算である。

現行制度では、子供が16歳を過ぎると、返還申請は却下される。親権争いの当事者たちに話を聞くと、この期限も子供を連れ去った親の側に有利に働くという。

専門家によると、日本国内の制度が単独親権制から変わらないかぎり、国際離婚の際の親権問題の解消は期待できないとのことだ。

しかし、日本国内の単独親権制を変えるのは簡単ではない。日本には戸籍制度があり、それが各種証明書類の基礎となっているからだ。ひとりの人間は、ひとつの戸籍にしか入れない。日本では両親が離婚すると、子供は父親の戸籍から除かれ、母親の戸籍に移される場合が多い。

「非親権者は親としての権利をすべて失い、子供に対して実質上、他人同然になってしまいます」

こう語るのはブルース・ガーベッティだ。彼は前出の「絆・チャイルド・ペアレント・チャイルド・レユニオン」を通して、現状を変えるために活動を続けている「子供を連れ去られた親」のひとりだ。

ガーベッティによると、日本国内で共同親権が当たり前にならないかぎり、国際離婚の場で共同親権の適用は期待できないとのことだ。

そのため、冒頭のジェームズ・クックは、医療装置の会社で仕事を見つけたにもかかわらず、いまもミネソタの自宅で、子供といっさい面会できない暮らしを続けている。クックは言う。

「こんなゴタゴタになってしまって悲しいです。子供たちのことが心配でなりません。これが子供を連れ去られた親の悲痛な思いです」

7年前