妻と別居で毎月22万円の赤字に…「婚姻費用」に押し潰される男たち

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52165

妻と別居で毎月22万円の赤字に…「婚姻費用」に押し潰される男たち
~なんと年収も200万円ダウンした
西牟田 靖

プロフィール

夫婦が別居状態にある場合、相手の生活費を支払わねばならないという「婚姻費用」をご存知だろうか。この婚姻費用の額は、夫あるいは妻の収入によって自動的に決まってくる。人によっては毎月10万円以上も払わなければならず、なかには支払いの負担で月の収支が赤字になる人も……。別居による精神的ダメージに追い打ちをかけるようなこの制度の実態を、ノンフィクション作家の西牟田靖氏がリポートする。
誰を頼ればいいのか…

「妻子に会ったり調停したりという目的のため、月2回、北海道へ行きます。その費用に毎月16万円ほど。そのほか家賃や食費、交通費や妻と子どもたちの荷物の保管代などにも毎月25万円ほどかかっています。月給は手取り30数万なので、毎月10万円前後の赤字です」

大手広告会社で働くAさん(45)はそう言って頭を抱えた。彼には6歳の女児と2歳の男児がいるが、妻が連れて行ったために離ればなれだ。

苦境にあるAさんがいま恐れているのが婚姻費用(夫婦間で別居する場合、相手の暮らしを支える生活費)の支払いである。

婚姻費用とは何なのか。

夫婦には、お互いの生活水準が等しくなるよう「婚姻から生ずる費用(婚姻費用)」を分担するという「生活保持義務」が民法760条で規定されている。

婚姻費用には、成人していない子どもが親と同等の生活をおくるための費用も含まれている。つまり、夫婦どちらか一人で働くにしろ、共働きにしろ、相手の衣食住の費用のほか医療費、子供の教育費や養育費、交際費といった生活費を分担する義務があるということだ。

同居し円満な家庭が築けていれば問題はないが、夫あるいは妻が生活費を入れなかったり、すでに別居していたり、といった理由で、夫婦間の話し合いがまとまらない場合は、調停や審判という形で「婚姻費用の分担」を請求できる。それはAさんが話すように、月々いくらという形で支払われる。

その金額は支払う側の年収、受け取る側の年収、子どもの人数、子どもの年齢によって決まっていく。夫婦間の年収に格差があったり、子どもの人数が多かったり、または子どもの年齢が15歳以上だったりすると、高額になる。
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裁判所が使っている、養育費・婚姻費用算定表によると、金額は次の通りだ。(養育費・婚姻費用算定表 http://www.courts.go.jp/tokyo-f/vcms_lf/santeihyo.pdf )

0-14歳の子供一人で妻の年収が0円の場合、夫の年収が250万円だと4-6万円、500万円だと8-10万円、1000万円だと16-18万円、2000万円だと32-34万円となる。

同様に妻の年収が250万円の場合はマイナス2万円、妻の年収が500万円だとさらにマイナス4万円となる。例えば、妻の年収が250万円で夫の年収が1000万円だと14-16万円となるし、妻の年収が500万円で夫の年収が2000万円だと26-28万円となる。

なお、子どもが15-19歳の場合だったり、子どもが一人多ければおおよそプラス2万円となる。

Aさんの場合、14歳以下の子どもが2人で、妻は働いていないという計算なので、毎月10-12万円という計算となる。婚姻費用が決定していない現在でもすでに毎月10万円前後の赤字となっている。

そこにもし例えば、12万円が加算されると、月々22万円と赤字はさらに膨らんでしまう。とすると年間で300万円ほどが減っていく計算になる。

さて、Aさんの話に戻ろう。

子供を虐待する妻

そもそもAさんはなぜ別居することにいたったのか。

「妻はパーソナリティー障害(本人の性格に起因する精神疾患。対人関係での支障、衝動的行動、あり得ない返答などによって社会生活に困難を来す)に悩んでいました。感情のコントロールが効かないんです。

ファッション雑誌のモデルをやったこともあって、夫の私が言うのは僭越ですが、かなりの美人なんです。

そうした外見とは裏腹に、平気で嘘はつくし、カッとなると見境がなくなって暴力を振るってくる。私は体育会系ですから、怪我をさせられても耐えることはできます。しかし、幼い子どもたちへの虐待は見過ごせないものがありました。

しつけだと称して当時2歳の長女を真冬にTシャツにおむつ姿で放置したり、泣き声がうるさいと言って羽交い絞めにして窒息寸前まで口を押さえつけたり、投げ飛ばして額に大きなこぶができる怪我をさせたりしていたんです。

子どもたちはいつも妻に怯えていて、妻が自分の髪を触るだけで、『殴られる』と思って身構えるほどでした」
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Aさんは日々忙しく働きながら、家では妻の暴力を受けとめ、時間を見つけては妻を診てくれる病院を探し歩いた。なかなか受け入れてくれる病院が見つからず、関東近県各地を探し回った。数ヵ月後、診療してもいいという病院をようやく見つけた。

ところがだ。診察まであと数日に迫った昨年の春、その日がやってきた。Aさんの妻が突然、二人の子どもを連れて北海道の実家へ帰ってしまったのだ。Aさんは突然の出来事に衝撃を受ける。子どもだけでも取り戻そうと思い、弁護士に相談するのだが、追い打ちをかけるように経済的な苦境に陥っていく。

「まず、痛かったのが弁護士の着手金50万円です。頼んだのは、離婚問題に大変強いと評判で、パーソナリティ障害にも詳しいという弁護士事務所です。ワラにもすがる思いでお願いし、着手金を支払いしました。

担当として出てきたのは事務所のトップではなく、若手の弁護士。調停のために東京から北海道まで飛行機での出張をお願いしたところ、プレミアムシートを要求してくるわ、『パーソナリティー障害だからと言っても裁判であなたが勝てるかどうかわからない』とか言ってくるわと散々な態度でした。

あまりにもひどいので、1週間ほどで解任したんです。まだ裁判も何も動いていないので少しぐらいは返金するのかと思ったらビタ一文返って来ませんでした」

Aさんの出費はこれだけに終わらない。千葉の実家に引っ越した分の運搬費とマンション購入のキャンセル料をあわせた約250万円という不動産がらみの出費があったり、子ども二人のために約150万円分を積み立てていた銀行口座の通帳やカードが妻に持ちだされたりもしたという。

減ったのは貯蓄だけではなかった。月々の収入も同様だった。

「離婚や面会の調停に出向くため、何かと会社を休まねばなりません。それまでの、激務だけど高給、という部署から外された結果、約700万円の年俸(支払金額)が500万円台(同)にまで減ってしまいました」

今後、婚姻費用の支払いが加わった場合、貯蓄は持つのだろうか。

「子どものことで、このまま争い続けたら3年後ぐらいにはスッカラカンになるでしょう。お金のことだけ考えたら、早く離婚したほうが楽なんです。

婚姻費用ではなく養育費となるので妻の生活費を払う必要がなくなりますし、弁護士費用もいらなくなりますから。

しかし、私を慕ってくれている子どもたちのことを考えると、離れ離れになるのだけは嫌なんです。子どもたちだって私と一緒に住むことを望んでいるんです」
必ず払わなければいけないのか

Aさんのように、離婚手続きの費用や家賃などの支払いで、婚姻費用を支払う以前から赤字となっていた場合でも、婚姻費用は算定表通り、支払わねばならないものなのだろうか。面会交流などでかかる費用や妻が実家暮らしであるといったことは考慮されないのだろうか。

婚姻費用の分担の意義や運用について、離婚問題に詳しい古賀礼子弁護士に伺った。

——婚姻費用の分担が妥当なケースとそうでないケースには、それぞれどのようなものがありますか。まずは妥当なケースについて教えて下さい。

「妻の側が夫と婚姻生活を継続したいと思っているのに、夫が妻の意に反して出て行ってしまったり、生活費を入れなかったり、というときには生活費の支払いをあえて強制する必要も出てくるかと思います。

またはひどい暴力を振るう夫でどうしても一緒に住めないという正当な理由があれば、離婚までの期間に生活費をもらうというのもありだと思います。

つまり、その夫婦の置かれた個別の事情の中で、金銭を支払うという具体的な義務を認めること、そしてそれを強制することが夫婦の公平であるといえる場合には、認めることが妥当でしょう」

——どういうケースが多いのでしょうか?

「典型的なのは一方的に離婚を希望し別居をした妻が、夫を夫として扱う姿勢もなく、ただ、自身の生活費を求めるケースです。

ある日、夫が仕事を終えて帰宅したら、妻と子どももいなくなっている。そうして突然家族を失ったショックを受けている中、離婚申立てとともに婚姻費用分担を申し立てられ、別居に伴う妻の生活費の支払いを突きつけられたりするのです。

夫と妻が逆になるケースもありますが、ここでは典型例として、夫が支払う側、妻が受け取る側としてお話しします」

まさにAさんのケースがそれに当たるのではないだろうか。

——(Aさんのような)一方的だと思える請求でも、Aさんは妻に婚姻費用を支払わねばならいのですか?

「はい。出て行った妻の側が不貞をしていたなどの明確な有責性がない限り、基本的には認められることが多いです。

本来、夫婦が別居するということは民法の建前にも反した例外的な形態です。夫婦が話し合いの結果、じゃあ仕方ない、生活費はかさむけど、別居しながら夫婦で生活していこうという夫婦の方針の中で婚姻費用の決定をすべきなのです。

なのに、客観的にやむを得ない理由もないのに、ただ、妻が一緒にいたくないという理由で、2世帯分の家計を支えろ、という結論になってしまうことがあるのです」

望んでいないのに別居され、2世帯分の生活費を強制的に支払わされる。ローンの支払いなどの諸事情は考慮に入れられるにしても、その額は基本的に算定表通りに沿ったものになるというのが実情なのだ。

——自営業とかなら、強制的に支払わせるのは難しいのではないですか。なんらかの理由で収入がほとんどないという方とかも同様ですよね。

「そうなんです。大きな会社の会社員や公務員といった毎月給料が安定してもらえ、しかも収入がガラス張りの職業の人たちは立場が弱いですね。彼らなら、支払いを拒否しても、差し押さえが容易ですから」

夫が離婚を拒み続けたり、逆に妻が離婚をせず婚姻費用のみを請求し続けたりして離婚裁判が長期化した場合、婚姻費用は膨れ上がっていく。まさしくAさんはその途上にいるということだ。

幸い、まだ妻からの離婚請求が来ておらず、婚姻費用分担のダメージはまだ受けていない。だがそれも時間の問題だろう。いくら払うことになるのかを考えると、頭が痛くなるという。

後編では実際に不当な形で婚姻費用を払わされているケースをいくつか見ていこう。それには、どういったものがあるのだろうか。

(本当に結婚は「リスク」なのか……後編はこちらから)

7年前