毎日新聞クローズアップ2016 離婚後ルール、検討 子の引き渡し明確化へ

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クローズアップ2016
離婚後ルール、検討 子の引き渡し明確化へ

毎日新聞2016年10月23日 東京朝刊

 裁判所による強制執行の改正を検討する法制審議会(法相の諮問機関)「民事執行法部会」の議論が11月に始まる。不動産競売からの暴力団排除や、金融機関への照会で債務者の口座を特定する制度など、同法に関わる幅広いテーマが対象だ。特に注目されるのが、離婚した夫婦間で子を引き渡す際のルールづくり。同法には明文の規定がなく、商品などの動産の引き渡し規定が類推適用されている。子への影響に配慮しつつ、引き渡しの実効性を高めることができるかが焦点となる。【鈴木一生、中川聡子】

実効性担保が焦点

 「子供を物と同じ扱いにするのは福祉に反する。引き渡しの状況はケースごとに違い、裁判所の執行官にとってもルールの明確化が必要だ」。法制審での議論の意味について、法務省幹部はこう説明する。

 離婚などで子の親権者や監護者となった親は、もう一方の親に対して引き渡しを求める訴えを裁判所に起こすことができる。裁判所が引き渡しを命じても同居する親が応じなければ、最終的に執行官が強制執行する。今回の議論の中心は、この執行に関するルールづくりだ。

 背景には、強制執行の実効性が低いことがある。最高裁によると、昨年の申立件数は97件。現実に引き渡されたのは27件にとどまった。同居する親が引き渡しに抵抗したことなどが一因とみられる。

 そもそも、民事執行法には子の引き渡しに関する具体的な規定がなく、執行官の運用に委ねられている。裁判所関係者によると、保育園で引き渡しを受けようとした執行官が親ともみ合いになるといったトラブルも起きるという。そのため、執行官は▽児童心理の専門家に関与させる▽プライバシー保護や安全確保のため、引き渡しを受ける場所を同居する親の住居などに限定する--などに配慮し、実施しているという。

 一方で、国際結婚が破綻した場合の子の引き渡しについては、既にルールが整備されている。日本は2014年に「ハーグ条約」に加盟し、国内での手続きを定めた「ハーグ条約実施法」も施行している。

 国内での場合と異なり、国境を越えた引き渡しは子の出国手続きなど同居する親の協力が必要となる。だが、子の福祉への配慮が重要であることは変わらないため、法制審も同実施法を参考に議論が進みそうだ。

 最大の論点は、直接的な強制執行の前に、同居する親が応じるまで、毎日一定の制裁金を支払い続ける「間接強制」を導入するかどうか。間接強制に効果がなかった場合だけ、直接的な強制執行を開始する仕組みだ。同実施法は、間接強制の決定が確定した日から一定期間がたたなければ、子の引き渡しはできない。
制裁金に賛否

 この点について、昨年10月~今年6月、法務省の呼びかけで民事執行法の課題を話し合った有識者研究会では「親に任意の履行(引き渡しに応じること)を促す間接強制の導入が望ましい」との意見が出た。逆に、「制裁金を払えば引き渡しを免れるという意識を抱かせる」などの反対意見もあったとされる。

 強制執行の実施を同居する親と子が一緒にいる時に限定するかも議論になる。同実施法は「一緒にいる場合」に限っているが、有識者研究会では「子の負担を考えると一緒にいる場合が有益」「子に(その場で)両親の一方を選択させるような心理的状況に追い込むことは問題がある。また、一緒にいる場合に限ると強制執行の実効性も損なう」など賛否が分かれた。

 親子の問題に詳しい早稲田大の棚村政行教授(民法)は「現場の混乱を防ぐため、ルールの明文化には意味がある。強制執行に実効性を持たせるだけでなく、子の心理の専門家を立ち会わせるなど子の心身への影響を重視したルールづくりが求められる。引き渡す側の親をどうすれば心理的に追い詰めないかという視点も必要だ」と注文する。

 法制審が議論をまとめて答申した後、法務省は早ければ18年の国会での民事執行法改正案提出を目指す方向だ。
心身影響に考慮必要

 現状では強制執行手続きが始まっても、同居する親が拒絶すれば引き渡しが実現できないケースが多く、経験者には実効性を疑問視する見方が強い。一方で、子の福祉の観点から「強制執行の運用は慎重であるべきだ」との意見もある。

 強制執行を申し立てて、15年3月に息子を取り戻した和歌山県の女性(43)は「執行官に任せていたら子供は返ってこなかったのではないか」と振り返る。執行当日、裁判所の執行官は元夫の自宅で説得に当たったが、4歳の息子は状況をのみ込めず、執行官に従わなかった。女性は「子供と話したい」と強く望んだが、執行官から「お子さんが混乱するので離れていてください」と指示され、外で待機させられていた。

 だが、7時間以上の説得にしびれを切らし、玄関口から大声で息子の名前を呼んだところ、息子が駆けだしてきた。「帰ろうか」と声をかけると、「うん」とうなずき、ようやく引き渡しが実現したという。女性は「幼い子が見ず知らずの執行官の説明を理解できるわけがない。子供が戻らないような執行では意味がない」と、今も不信感を隠さない。

 埼玉県の女性会社員(43)は11年前、強制執行でも幼い長女と長男を取り戻せなかった経験がある。

 05年11月の執行当日、元夫の自宅近くで午後4時から執行官と待機した。午後8時45分ごろ、子2人と帰宅した元夫は引き渡しを拒否し、子供たちも「離れない」と話したため、執行官は執行を断念した。その後、女性側は人身保護請求を申し立て、子2人の面会交流を取り決めた上で元夫と和解。2人は元夫宅と行き来しながら、06年3月には女性宅で暮らすようになった。女性は「無理に元夫から引き離せば、子供をより傷つけていたかもしれない。元夫も納得の上で子供を返してくれたことはよかった」と振り返る。それでも、長い時間と裁判費用がかかったことは、心身の負担となった。

 女性の代理人を務めた金澄道子弁護士は、子の引き渡しルールに間接強制を導入することに賛成する一方、強制執行には「一定の条件が必要だ」と慎重な立場を取る。実力行使ではなく、時間を要しても一方の親が納得して引き渡す方が、その後の養育でも協力し合えるメリットが残るからだ。「子の成長に伴い、子自身の意向や学校などの生活状況が変化する。ルールづくりにあたって、子の事情を具体的にどう考慮し、子への負担を減らせるかが議論されるべきだ」と強調する。

 ■ことば
民事執行法

 債権者の申し立てによって、裁判所や執行官が強制的に債務者から債権を回収する手続きを定めた法律。債務者が民事裁判の確定判決や和解条項などに従わず、金を支払わなかったり、建物などを明け渡さなかったりする場合に、裁判所が強制的に実現する強制執行のほか、抵当権などの担保権がある時に競売を実施する手続き、債務者を呼び出して財産を開示させる制度などを規定している。

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