サンデー毎日:シングルマザー 必読! 子供のために考える元夫との縁

シングルマザー
必読! 子供のために考える元夫との縁

2016年4月9日

Texts by サンデー毎日

サンデー毎日
 2013年の国民生活基礎調査によると、ひとり親世帯の54.6%が貧困状態にあるという。厳しい状況に置かれ
た親たち、とりわけシングルマザーたちはどのように生活を支え、子供と向き合っているのか。現場の声を聞く
と、意外な「縁」の存在が見えてきた。

 まずは2人の子を持つ40代のシングルマザー、田代圭子さん(仮名、以下同)のケースを紹介しよう。

「夫は腕のいい大工でした。稼ぎはかなりあったんですが、家には全然お金を入れてくれない。毎晩飲んで遅く
帰ってきては『なんで寝てるんや。起きとかんかい、こら』と激高しては私や子供に暴力を振るう。ある日、テ
レビの深夜放送を見ていた上の子に夫が絡んだ。返事をしなかったせいか、夫は刃物を息子の首に這(は)わせ、
『返事せんかい』と」

 幸い出血は軽く、大事には至らなかった。夫はそのまま家から逃亡し、数日後に逮捕。田代さんは勾留中に離
婚した。しかし、その後は養育費どころか音信不通になってしまった。

「私は精神を病んで働けず、生活保護の身。高校生になった下の子は大学に行きたいようでしたが、市役所の担
当者に『就職するんでしょ』と決めつけたように言われ、進学をあきらめたようです」

 総務省統計研修所の調査(2010年)によると、国内のシングルマザーは108万人、うち母子世帯が76万
人に上る。職業の内訳を見ると、正規の職員・従業員が35・4万人、派遣社員4万人、パート・アルバイトが
39・6万人、完全失業者が8・4万人、非労働力人口11万人―など。その経済力はといえば、厚生労働省の報告
(11年度)によると、母親の平均就労年収は181万円、子供のアルバイト代や公的な手当などを含めて平均2
91万円だ。

 公的手当には、主に児童手当と児童扶養手当がある。前者は子が中学を卒業するまで支給される。子2人の場
合は親の年収が960万円未満の家庭が対象。金額は子1人当たり1万~1万5000円。後者はひとり親家庭
を対象に、子が18歳まで。子1人の場合、親の年収が概ね130万円以上あれば減額される。満額で子1人当た
り4万2000円、2人目は5000円、3人目には3000円が加算される(8月に支給額が増額される予
定)。

 40年以上、母子家庭の母親を含む女性からの相談を受けてきた都内の相談員はこう明かす。

「いわゆる貧困状態にある母子家庭でも、一見貧しそうには見えません。ところが冷蔵庫にはコンビニ弁当が1
個だけ。対照的にお母さんのビールはたくさん入っていたりする」

 そうした状況下、経済的なことよりも、さらに深刻な問題を抱えた母子家庭は少なくないという。

「共通するのは、誰にも関わってもらえず孤立した状態にあること。餓死や虐待、心中事件が新聞ざたになりま
すが、近いケースはザラにあります。そういう家庭の子供の中には進学・就職がかなわなかった子も多い。ネッ
トカフェを転々としたり、売春して日銭を稼いだり。親が娘に売春を強要したケースすらあるのです」(相談
員)

 しかし、お金に関しては、年収200万円以下でも養育費や公的手当などで生活自体は何とかなるケースが多
いという。相談員が一番問題視するのは「精神的な困窮」である。

「働く元気がない。子供の面倒が見られない。家事もできない。揚げ句、アルコールに依存したりする。母親が
そんな状況に陥ると、生活は一気に崩壊する。ネグレクト(育児放棄)や児童虐待は、そうした環境下で始まる
ことも多いのです」

 4年前に離婚し、現在中学生2人と小学生の男の子3人を育てている尾崎豊美さん(40代)の話を聞こう。以
前はパートの保育士、現在はNPOのスタッフとして働く尾崎さん。ここ数年の年収は、毎月12、13万円の各手
当を含め215万~295万円程度だ。

「離婚の条件は、夫が家から出て行くこと。養育費の代わりに住宅ローン(約12万円)を折半することでした。
ローンの半額返済に加え、給食費やPTA会費などが3人分で3万6000円。食費は5万円くらい。子供たち
も元夫も面会を望んだこともあって、離婚後も子供たちとは会わせていたのですが……」

 育ち盛りの子供3人を抱えながら、何とか生活はやりくりできていた。しかし昨年6月、事態は急変する。

「元夫に彼女でもできたんでしょうか。昨年6月以降、子供に会うのを避けるようになりました。同時に住宅
ローンの負担が止まったんです。たちまち、やりくりに困ってしまいました。電気は即座に、ガスは3カ月後、
水道は半年後に止まりました。米は買えず、給食代すら払えない月もありました。携帯電話も止まったので、無
線LANが使える公衆電話でメールやLINEをチェックしたり、返事を書いたりしていました」

家計も睡眠時間も“限界”ギリギリ
 住宅ローンを全額負担しなければならなくなり、学校への支払いや食費を足すと最低でも年間247万円余り
が必要になる。年収が少ない年は赤字、多い年でも月4万円弱しか残らない。

「これでは子供を塾や習い事に通わせるどころか、お小遣いすらあげられない。臨時出費があれば即赤字です。
子供の眼鏡が壊れた時は何とか費用を捻出しましたが、自転車の修理代は出せなかった。子供を大学までやるこ
とは難しい。4月から長男は高校生になり、児童手当がもらえなくなります。しかも弁当持参になりますし…
…」

 尾崎さん本人や子供が病気になって仕事を休めば、収入はさらに下がる。これでは確かに“綱渡り”だ。

 加えて、尾崎さんには時間的な余裕がない。

「子供に接する時間が少ない分、子育ての質は大事にしています。毎日私が最後に家を出て、『いってらっしゃ
い』と送り出します。どんなに疲れている時でも、とことん子供とは話すようにしていますし……」

 ギリギリの家計、睡眠時間を削ってまで捻出する時間……実態は“限界”に近いのではないか。

「シングルマザーと言うと企業から敬遠され、仕事は大体パートしか選べない。経済的にカツカツですし、心が
折れそうな時だってあります。だけど私が働けなくなったら、子供たちが困りますから」

 続いて、途中から生活に変化が生じた別のケースを取り上げてみたい。

 元公務員の岩木陽子さん(40代)。現在、19歳の息子と中1の娘がいる。

「夫は脱サラし自営業、私は出産を機に子育てに専念するため退職しました。夫は子育てに関わってくれてはい
たのですが、離婚の数年前から諍(いさか)いが絶えず、精神的なダメージもひどくなって。結婚10年目に夫は家
を出ていきました」

 その後はどうやって生計を立てていたのか。

「当初の5年間は住宅ローンの負担や養育費の振り込みがあったのですが、やがて途切れてしまって。それでも、
公的手当や親族の資金援助、貯金を切り崩すなどして何とかやりくりしてきました。けれど、家計の苦労以上に
子育てに悩みました。というのも、長男が中学校に入ると学校に行かなくなってしまったんです」

「別れた後の人的財産こそ重要」
 だが、岩木さんが前出・尾崎さんのケースと異なるのは、ひょんなことから元夫との縁が復活したことだ。

「6年ほど前、音信不通だった元夫が突然連絡をよこして。長男の不登校を知った彼は『長男と田舎暮らしを始
めたい』と。私も手詰まりでしたので、元夫の提案をのんで、2人を九州の離島に送り出しました。都会と全く
違う環境での生活が良かったのか、結果的に長男は学校に行けるようになったのです。この時ばかりは元夫に感
謝しました」

 これを機に、元夫婦の関係も変わっていったという。

「私には“イヤな男”だけど、子供の思いはまた違う。だから子供とは会わせています。3年前には元夫が近く
に引っ越してきて、『ここに君たちの家がある』と子供たちに合鍵を渡したのです。東日本大震災の時も関西に
ある元夫の実家に2週間ほど避難させてもらったり、途絶えていたローンや養育費の支払いが復活したりしまし
た。今思えば、元夫と縁が切れなかったからこそ助かったんだと」

 二つのケースを見ると、元夫との縁の有無が、その後の母子家庭の有りようを左右したことが分かる。

 シングルマザーの面会交流を支援している古賀礼子弁護士はこう説く。

「俗に『6ポケット』と言って、父と母にそれぞれの祖父母を加え、子供にはお金の出所が六つあります。とこ
ろが、夫婦の縁が切れたら、ポケット三つがなくなることになる。“親族=お金”と決めつけるわけではないの
ですが、進学、就職、結婚といった節目に別れた夫や元の義父母、そして実の父母から援助してもらえるかどう
か。それが子供の将来に影響を与えることは明らかです」

 親の方には、お互いに「もう顔も見たくない」という思いが強いかもしれない。だが子供たちの将来を含め、
今後の生活をどうするのか。万一の場合、誰に頼るのか。そこに重点を置くことはできないか。古賀弁護士は、
こう強調する。

「別れた後も相手側と交流を保てるか。人的な財産こそ重要です。離婚後に子供が大病や重傷を負うことだって
起こり得ます。そんな時、子供に寄り添ってあげられるのは父と母しかいません。だからこそ、『なんで、嫌な
思いをしてまで子供を元の夫に会わせなきゃいけないのか』と、面会に二の足を踏むママたちを私は励ましてい
るんです」

 現実には冒頭の事例のように、家庭に暴力を持ち込む父親が一部存在するのも確かである。そうであれば、縁
を維持するのは不可能だろう。あるいは、そこまで極端ではなくても離婚した夫婦にしかわからない事情がある
のかもしれない。けれど子供の将来を見据えた選択はほかにないのか。立ち止まって考えることは決して無意味
ではない。

(ライター・松本易司)

(サンデー毎日2016年4月17日号から)

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