日経デュアル:ひとり親家庭の悩みは、収入の低さと時間のなさ

http://dual.nikkei.co.jp/article.aspx?id=2877&page=1

ひとり親家庭の悩みは、収入の低さと時間のなさ

シングル家庭と共働き夫婦の共通の課題は、育児&仕事を両立する難しさ

「シングルマザーが子どもと一緒に生き生きと生きられる社会」を目指して、交流会や電話相談、政策提言を行うNPO法人「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」理事長を務める赤石千衣子(ちえこ)さんに、ひとり親家庭の実情や共働き家庭との共通点などをうかがいました。

シングル親と共働き家庭の共通点は、「時間のなさ」

NPO法人「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」理事長を務める赤石千衣子さん
NPO法人「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」理事長を務める赤石千衣子さん

治部 近著『ひとり親家庭』(岩波新書)には、シングルマザーの実情が詳細に描かれています。なるほど、と思ったのは、シングルマザーと共働き家庭では、目指すものに共通点があった点でした。

赤石さん(以下、敬称略) 本当にそうなんです。シングルマザーは少数派に見えるかもしれません。でも、実はシングルマザーが安心して暮らせる社会は、共働きDUAL世帯にとってもいいはずなのです。

 あまり知られていませんが、日本のシングルマザーは働いている人が多く、就労率は81%にもなっています。米国(73%)、英国(56%)、フランス(70%)など、他の先進諸国のシングルマザーと比べても高い比率です。つまり、日本のシングルマザーが直面している課題は、日本の「働く親」が直面している課題と重なっている場合が多いのです。

 特に大きいのは「時間」の問題です。多くの場合、シングルマザーは子どもが保育園や学校に行っている日中に働こうとします。でも、皆さんよくご存知の通り、そういう仕事は限られています。その結果、子どもと過ごす時間を確保しようと思うとパート就労しかできず生活が苦しくなり、塾代などを捻出しようとすると、複数の仕事を掛け持ちして疲弊することになります。

シングルマザーの悩みは収入の低さ、ファザーの悩みは時間のなさ

―― 本には、シングルマザーとシングルファーザーそれぞれの課題と共通点も書かれています。これも、共働き家庭にとって本当に他人ごとでないと感じました。

赤石 まず、私がこれまで相談を受けたりお会いしてきた、シングルマザーやシングルファザーの典型例をお話しします。

 大多数のシングルマザーの置かれた状況は、こんな感じです。子育てのために家庭に入って主婦になった人が、配偶者との離婚や死別などで再び働きに出ます。再就職の女性にはなかなか条件のいい仕事がなく、パート就労しかできないか、良くて派遣か契約社員です。

 働いても収入が低いので、児童扶養手当を併せて何とか暮らしていくことになります。児童扶養手当は年収130万円までは満額支給され、第一子で月額4万1020円ですが、第二子で5000円、第三子で3000円しか加算されないため、子どもが多いシングルマザーが貧困に陥りやすくなります。

 シングルファーザーの置かれた状況は、少し異なります。夫がサラリーマンで、妻もパートとして就労し、その収入をあてにして住宅ローンを組んでいた場合には、離婚によってローン負担が重くなるなど、「隠れ貧困」になる可能性が出てきます。

 シングルファーザーにとって一番大きいのは、やはり「時間」の壁。親族の支援があれば何とか仕事を続けられますが、大抵は「子どもか仕事か」の板挟みになります。シングルファーザーになった父親の4分の1が転職する背景にはそういった事情があります。シングルマザーと比べるとシングルファーザーの収入は多いのですが、それでも、転職によって正規雇用から非正規雇用に変わり、年収が平均で10%程度下がってしまうのが実態です。

日本には、働きながら子育てする環境が整っていない

―― シングルマザーとシングルファーザーの直面する課題の根っこには、同じ問題があるように思えます。父親は長時間労働で家計を支え、母親は家事育児を引き受けつつ補助的な労働に就く。夫婦を形成している時はうまく機能していても、どちらかがいなくなると困難に陥ってしまう…。

赤石 結局のところ、問題は働きながら子育てする環境が整っていない、ということに尽きるのだと思います。残業ありきの働き方、子どもが熱を出したら仕事が立ち行かなくなり、ひどい場合はクビになる。病児保育は徐々に広まってきましたが、まだ都市部中心で皆が使える状況ではない。共働き家庭の皆さんが「綱渡りだ」と感じるその感覚を、ひとり親は、まさにひとりで背負っているのです。それも毎日、毎日。

―― 保育園や学校で、今やひとり親家庭の方は珍しくありません。共働き家庭の保護者が、友達として、何かできることがあれば教えてください。

赤石 『ひとり親家庭』には「地域でおせっかいを増やしたい」と書きました。例えば休日に誘い合って、親子で公園に行ったり、バーベキューなどをすることがあると思います。そういう時、声をかけてもらえると嬉しいです。家庭の経済状況にもよりますが、できればお金をかけずに楽しいことを企画してほしいですね。

 以前受けた相談で「保育園で孤立感が強い」という方がいました。保護者で開く飲み会の会費が高いので、ほとんど行けない、というのです。最近「バリアフリー」という概念が広がってきました。段差など物理的なバリアだけでなく、経済的なバリアをなるべく小さくして、参加しやすくなるといいな、と思います。

 ところで逆に質問があるのですが、最近の働くお母さん・お父さんは、同じクラスの子も自分の子と一緒にお迎えしたりしますか?

―― 私の周りではあまり聞かないような気がします。ただ、50代以上の働くお母さんからは、よくそういう話を聞きます。

赤石 20年以上前になりますが、うちの子どもが保育園に行っていた頃は「ちょっと今日、間に合わないから、うちの子も一緒にお迎えに行ってもらえない?」みたいなことをよくやっていました。一緒に迎えに行って、夕飯も食べさせちゃう。大変に思えるかもしれませんが、子ども同士で遊んでくれるから、親は結構助かったりもします。

 今の親御さんは、他人に迷惑をかけてはいけない、という気持ちが強いですが「自宅で一緒に遊ぶ」というハードルを越えると、後々まで、楽なんですよ。保育園の関係性は地域で長く残りますから、小中学校に上がってからも、助かります。

保育園ママ・パパとの関係性は、小中学校に進学してからも役立つ

―― 小学校は想像がつきますが、中学校でも、役に立つのですか…。

「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」への電話での問い合わせに答える赤石さん
「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」への電話での問い合わせに答える赤石さん

赤石 例えば、不登校になったある男子高校生の話です。思春期で親には何も話さなかったそうです。困っていたら、保育園から一緒だった娘さんのお母さんが、学校で起きた出来事を全部知っていて、事情を教えてくれたといいます。何でもお母さんに報告する娘さんだったんです。

 おかげでその不登校児の母親は息子が学校に行きたくない理由が分かり、冷静に対応することができました。情報ってものすごく大事です。

 そうそう。実はここ(東京・神保町のしんぐるまざあず・ふぉーらむのオフィス)の入り口に、ある日突然、高校生の男の子が立っていたことがありました。学校に行っていないことがお母さんに知られてしまい、怒られたという理由で、家出してきたんです。以前、1回だけ来たことがあったのを覚えていて「ここなら、このおばさんなら、大丈夫かも」と思って、来てくれたんでしょうね。

 彼は私の自宅とオフィスなどに、計1カ月滞在していました。風邪を引いて熱を出した時に「お母さんに連絡するわよ」と言って家に帰すことができました。同じ家出をするにしても、危ないところでなく、こんな風に知り合いのところに行けると、親も安心できるのではないでしょうか?

―― ひとり親でもふたり親でも役に立つお話ですね。ところで、これまで培ったシングルマザー支援のノウハウを、東日本大震災の復興支援に生かしていると伺いました。

赤石 はい。放射能被害を逃れるため、福島県から東京に避難してきた母子家庭に対して、住居、仕事、子どもの就学について個別相談などの支援を行っています。また、被災したシングルマザーに聞き取り調査も行いました。

 興味深いのは、同じ立場にあるシングルマザーが集まって、自分の気持ちを話すサロンの効果です。小人数のグループを作り、同じ経験を乗り越えつつある先輩シングルマザーに司会役をしてもらいます。

 最初のうちは、夫との関係や今後のことなど、どうなるか分からず暗闇の中にいるような状態の方も「自分もこんな風にやっていこうか」と思えるようになっていきます。サロンに来た時は、すごく緊張した顔をしていたのに、帰る時には笑顔になっている。自分自身で、自分に力をつけることができるようになるのです。

 これを専門家は「エンパワーメント」と呼びます。自分の人生に希望や夢を持ち、主体的に生きられるようになることは、支援をする上で一番大事だと思います。

東日本大震災・被災地のひとり親世帯に対する、行政支援はほぼ皆無

―― そうした事業に、政府から補助金が出たりするのでしょうか。復興庁の予算を見ると平成23年度補正予算計上分で14兆円もあるようですが…。

赤石 それが残念ながら、出ないのです(苦笑)。岩手県では、「インクルいわて」という団体がシングルマザーの就労支援を行ったり、「itap」(Iwate Try Again Projectの略。アイタップと読む)という団体が、先ほどお話したサロンを運営していたりします。被災地でひとり親が困難な状況にあるのに、行政からの支援がほぼ皆無であったため、見るに見かねて作られた団体です。

 「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」の被災地支援も、こうした団体も、国際協力NGO「オックスファム・ジャパン」から事業の計画づくりや活動資金をサポートしてもらっています。オックスファム・ジャパンは「被災地で困難にある女性を支援する」という揺るぎない信念を持っているので本当にありがたかったです。

―― それにしても、行政は何をやっているのでしょうか。

赤石 行政の方は「それなりに予算はつけている」と言うでしょうね。もともと日本のシングルマザー支援は、第二次世界大戦に召集された兵士の夫を亡くした、戦争未亡人支援から始まっています。今もその構造は変わっていないので、行政のシングルマザー支援事業には、現場のニーズとギャップが生じやすくなっている、という実態があります。

―― 最後に読者にアドバイスやメッセージをお願いします。

赤石 地震や津波などの天災は、またいつか、必ず起きるでしょう。そういう時、子どもを持つ親として、避難することや生き延びることを最優先に考えるのはもちろんです。

 日経DUALの読者は問題意識が高く、行動力もあると聞いています。みなさんには、ぜひ、避難所の運営メンバーになっていただきたい。

 避難所運営は地域の中高年男性が担うことが多く、そのために、女性や子どものニーズを汲み取ってもらえなかったり、後回しにされがちです。働くお母さん、お父さんが運営に参加することで、自らのニーズを取り入れた避難所運営を実現していただきたいのです。

 みなさんは弱者ではない。平時には他の親と積極的にコミュニケーションを取って自分達の手で、子育てしながら働きやすい地域を作り、緊急時には仕事や培ってきた地域力を生かして、再生を担う一員として活躍してほしいと思います。

■赤石千衣子(あかいし・ちえこ)さん

しんぐるまざあず・ふぉーらむ理事長。1955年生まれ。非婚のシングルマザーになり、シングルマザーの支援活動に参加。反貧困ネットワーク副代表。社会的包摂サポートセンター運営委員。編著書に『母子家庭にカンパイ!』『シングルマザーに乾杯!』『シングルマザーのあなたに』(すべて現代書館)、『災害支援に女性の視点を!』(共編著、岩波ブックレット)ほかがある。

10年前