NICHIGO PRESS:ハーグ条約のイロハと法律相談(1)

http://nichigopress.jp/interview/column_spe/59223/

ハーグ条約のイロハと法律相談(1)
2014年5月2日

いよいよ発効
ハーグ条約のイロハと法律相談Q&A

 ハーグ条約が4月1日、日本で発効したが、その条約の背景や影響について把握できているだろうか。国際結婚でオーストラリアに移住する人は年々増えていると言われているが、子どもが生まれ、もし結婚が破綻してしまった時、この条約が及ぼす影響を目の当たりにすることになるだろう。本特集では、ハーグ条約の仕組みや影響についてのまとめを紹介するとともに、現在、ハーグ条約をはじめとするオーストラリア在住日本人が持つ法律関連の疑問について、専門家3人に話を聞いた。

ハーグ条約とは?  |  法律相談Q&A

ハーグ条約とは、片方の親が子どもを無断で国外に連れ去った時、子どもを本来居住していた国に速やかに返還するための国際間の手続きを定めた条約のこと。1980年の制定後、多くの国が締約国となる中、日本は長らく未締結であったが、2011年から加盟に向けた準備が始まり、条約を国内で実施するための国内法が昨年成立したことを受けて今年1月に条約に署名、締約国の仲間入りをした。

国際結婚が破綻した場合、子どもを誰がどこで育てるのかという問題は時に国境を越えて深刻化する。その極端な形が国外への「子の連れ去り」である。ここでは同条約を概観するとともに、オーストラリアで国際結婚をしている人たちにとって、この条約がどのような意味を持つのか探ってみる。

条約の背景―国際離婚の増加

ハーグ条約の正式名称は「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」(the Hague Convention on the Civil Aspects of International Child Abduction)という。1970年代から世界的に国際結婚が増えるとともに、結婚が破綻した時に一方の親が子どもを自分の母国など国外へ連れ去るケースが増え、監護権(子どもを養育する権利)をどこの国で決定するかといったことも含めて、この問題を解決することが必要になっていた。そこでオランダ・ハーグにある国際機関が検討を開始し、80年に子の奪取(連れ去り)に関して国際間で統一した手続きを定めた同条約が制定されたのである。2014年1月現在、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、カナダなど欧米諸国、オーストラリア、ニュージーランド、韓国、タイ、ロシア、トルコや中南米諸国とアフリカの一部の国、世界91カ国が締結している。

日本人の国際結婚数は06年をピークにその後5年間で急減し、12年は年間約2万3,000件。しかし、国際離婚数はここ10年ほど年間1万5,000件から2万件の間を微増減していて、婚姻数に対する離婚数の割合は増えている。離婚全体における国際離婚の割合は過去5年で見ると7%台である。オーストラリア在住の日本人で国際結婚をしている人の数は明らかでないが、離婚率の高いオーストラリアでは在住日本人の離婚率も高いことが推測される。

国際結婚が破綻した場合、言葉や文化の違いから離婚の手続きを進めるには多くの労力を要する。特に女性が夫の国で生活している場合には、経済的に不利なことも多く、不慣れな法律面で問題解決を図ることにはさらなる困難が伴う。また身体的・精神的暴力を受けている場合もあり、その結果、逃げるようにして子どもを連れて日本に帰る選択をする人が少なからずいるようである。

一方、連れ去られた側(子どもを日本へ連れ去られた場合および子どもを日本国外へ連れ出された場合)からすると、子どもとの関係を突然断絶させられることになるが、これまでは日本が条約締約国ではないために子どもの返還を請求できず、相手の国へ行き自力で子どもを捜し出したり数々の交渉をしなければならない状態であった。

連れ去られた子どもの返還

ハーグ条約の対象となるのは16歳未満の子どもである。片方の親と国外に出ることになった子どもは、もう一方の親や祖父母、友人と別れることになり、場合によっては言葉の通じない国で新しい環境に馴染まなくてはならない。同条約は、こうした突然の生活環境の変化が子どもに有害な影響を与えないように、子どもを迅速に元の居住国に戻すことを原則としている。その上で、その国の法に則(のっと)って改めて子どもの養育について判断をすべきだというのが条約の趣旨である。

子どもを連れ去られた親は、自国または連れ去られた先の国(条約締約国でなければならない)の担当行政機関(中央当局)に子どもの返還支援を申請できる。申請を受けた当局は子どもを特定し、当事者間での話し合いなど友好的な解決をまず図るが、それが不成功であれば裁判所の判断を求める。裁判所が返還命令を発令したら、当局は子どもを安全に返還する支援を行うことになっている。

条約発効日前に連れ去られた子については返還申請はできないが、そうしたケースでも面会交流の申請は認めている。これによって、長らく会えなかった親子の再会が可能になる道が開けた。面会を求める申請は既に外務省に数件寄せられているほか、米国では3月31日時点で国務省が24件の面会申請を受理したと報道されている。

子どもの返還を拒否できる理由

返還申請後、双方の話し合いでも解決できないケースは裁判所に持ち込まれて、裁判所が返還するかどうか判断することになる。返還が妥当となれば返還命令が出されるが、同条約では子どもの生活環境など諸条件を考慮した上で、裁判所が返還を拒否できる場合として次の項目が挙げられている。

・連れ去りから1年以上経過した後に裁判所への申し立てがされ、かつ子が新たな環境に適応している場合。
・申請者が連れ去り時に現実に監護の権利を行使してなかった場合
・申請者が事前の同意または事後の黙認をしていた場合
・返還により子が心身に害悪を受け、またはほかの耐え難い状態に置かれることになる重大な危険がある場合
・子が返還を拒み、かつその子がその意見を考慮するに足る十分な年齢・成熟度に達している場合
・返還の要請を受けた国における人権および基本的自由の保護に関する基本原則により返還が認められない場合

つまり、ハーグ条約はあくまで子どもの利益を守ることを主眼としているので、居住国への返還が逆に子どもの安全を危うくしたりその子の意思に反することになるのであれば、返還を拒否できるということである。

条約推進派と慎重派

日本政府が長年条約締結に消極的であった理由は定かではないが、条約締結へと向かった背景に、日本人妻による「子の連れ去り」問題を重大視する米国などから、条約の早期締結を求める強い政治的圧力があったことも事実である。12~13年時点で、日本への子の連れ去りが米国81件、英国39件、カナダ39件、フランス34件あると各国政府から日本に対して提起され、外交問題になっていたのである。

一方、条約締結に慎重な対応を求める声も根強かった。慎重派の中心的な主張は家庭内暴力の問題を重視する立場からなされている。相手の暴力から逃れるために子どもを連れて日本に帰国した女性にとって、ハーグ条約下では子どもを再度暴力的な配偶者の元に戻される可能性があるとして、政府に慎重な対応を求めていた。前述したように、「返還により子が心身に害悪を受け、またはほかの耐え難い状態に置かれることになる重大な危険がある場合」は返還拒否できるという規定があり、日本の国内法(ハーグ条約実施法)もこの規定の該当範囲をより明確化すべく、子どもが暴力を受ける恐れがある、連れ去った親が子どもの心理的外傷となる暴力を受ける恐れがあるといった事情を考慮するように規定している。しかし、家庭内暴力を証明するのは難しく、返還拒否に該当しないと判断されるケースが多いのではないかと懸念されている。

日本では離婚すると片方の親が親権をもつ「単独親権制」であり、一般的な日本人の考え方としても、「離婚したら母親が子どもの親権者となり実家に戻るのが普通」というのが主流である。しかし、子どもの不利益にならない限り別居・離婚後も父親には子どもを養育したり会って交流する権利があり、また子どもには父親に会う権利があると考えるのが欧米を初めとする締約国の常識になっていることを踏まえておく必要がある。
実態調査
■外務省による調査(2010年5~11月、ホームページを通じたアンケート調査)当該問題の経験があるとの64件の回答のうち、
・子を連れ去られた事案 19件
・外国の裁判命令等により移動の制限を受けている事案 27件

■日本弁護士連合会による調査(2011年7~8月、日弁連会員に対するファクス調査)
・子を連れ外国から帰国したい/帰国したことによる相談件数 のべ221件
・子が連れ去られる心配がある/連れ去られたとする相談件数 のべ257件

条約発効による影響

日本が条約に加盟したことでどのような影響が考えられるか、オーストラリア人夫と日本人妻のケースを想定して見てみよう。
A:4月1日より前に妻が夫(元夫)の承諾なく既に子どもを連れて日本に帰国している場合。
→条約発効前なので夫側が子どもの返還申請をすることはできないが、面会交流を申請することは可能になる。

B:離婚協議中に子どもと一緒に日本に一時帰国したいが、夫が子どものパスポートの申請書への署名を拒否しているためにパスポートを取得できなかったり、夫が警察に通報していて空港で出国を拒否される可能性がある場合。
→妻が子どもとオーストラリアに帰国しない場合は子どもの返還を申請できるようになったので、パスポートの取得に協力したり、通報を取り下げたりする可能性が生じる。

C:離婚後、これから子どもを連れて日本に永住帰国しようと考えている場合。
→共同親権である以上夫の同意を得なくてはいけない。夫が承諾すれば問題ないが、夫の同意なしに子どもを連れて帰りそのまま日本に長期滞在すると、夫の監護権を侵害したことになり、夫が子どもの返還を日本に申請してそれが認められる可能性がある。裁判所から返還命令が出れば、子どもをオーストラリアに戻さなくてはならない。

また、片親と子どもが正式な手続きを踏んで移住しようとした場合でも、これまでは移住先が条約非加盟国であると移住申請が非常に困難であったが、今後は申請や交渉がしやすくなると見られている。

法的アドバイスを

日本での条約発効前に子どもを連れて日本に「駆け込み」帰国した女性の例がいくつかあると、一部で報道されている。それだけ相手との関係がこじれている親にとって、ハーグ条約とハーグ条約実施法は子どもと自分の将来の生活に関わる重大な法律と言える。

国際結婚をしている日本人が多く住む米国ロサンゼルスでは、日本総領事館の主催でハーグ条約に関する説明会が先月開催された。シドニーの日本総領事館では、状況を見ながら説明会などの実施を検討したいとのことである。

国際結婚と国際離婚の法的手続きは、同国人同士のそれよりも一層複雑になることに注意を払っておきたい。

特に、海外在住者には言葉の問題や現地の法制度に疎い面があるので、問題が深刻化する前にできるだけ適切な情報を集め、法律知識とアドバイスを弁護士などの専門家から得ることが大切である。

(まとめ:大倉弥生/監修=岡本大地・岡本法律事務所)

7年前