2009年7月15日朝日新聞 国際結婚破綻~

2009年7月15日朝日新聞

「国際結婚破綻した親と子 連れ去り防止 日本苦慮」

国際結婚が破綻した場合、
一方の親が勝手に子供を国外に連れ出さないよう定めた条約に加わるよう、
欧米諸国が日本政府への圧力を強めている。

日本人による子供の「連れ去り事件」が多発しているためだ。
国内でも条約加入を求める声がある一方で、家庭内暴力を受けた親子への配慮や、
家族観にも影響するとの考えから、政府は対応に苦慮している。

(井上未雪 鵜飼啓)

この条約は「国際的な子の奪取の民事面に関するハーグ条約」。
連れ去りが起きた場合、まずは子供を元の居住国に戻すことを原則にしている。
子供の発見と、送還に向けた手続きを進めるための
「すべての適切な措置」をとることを加入国に求めており、81カ国が加わっている。

各国大使館などによると、日本人が子供を連れ去ったとされるトラブルは、
米国で73件▽英36件▽カナダ33件▽仏33件に上る。
欧米が神経をとがらせるのは、条約に未加入の国からは、
子供を連れ戻すのが極めて困難だからだ。行方をつかむことさえ難しい。

16日に就任後初めて来日する米オバマ政権の対日政策のキーパーソン、
キャンベル国務次官補は先月、上院外交委員会で「日本側との最初の会談でこの問題を取り上げたい」と表明。

米・英・仏・カナダの担当高官や駐日公使らは5月末、
東京の米大使館で共同会見して「日本へ連れ去られると、
取り戻す望みがほとんどない」と訴えた。

外務省は外国から照会を受けた場合、当事者に連絡するよう努めているというが、
現状では「連絡係」以上のことはできない。
外務省幹部は「何らかの調整メカニズムがあった方がよい」と指摘する。
日本政府は条約加入を「真剣に検討している」との立場だ。
日本で暮らしていた子供が外国人の元配偶者に連れ去られることもあり、
加入すればこうした問題の解決に役立つという事情もある。

日本が条約に加入していれば、子供を奪われなかったかもしれない

そう考える日本人も少なくない。
自営業の日本人女性(40)は結婚10年目の07年、
英国人の夫に当時5歳と9歳の子供2人を東京から英国へ連れ去られた。
「旅行」と言って出かけた夫から突然、「日本には帰らない」と告げられ、連絡が途絶えた。
当初は子供が英国のどこにいるのかもわからなかった。
1ヵ月後に英国の弁護士を通じてロンドン郊外の公立学校に通っていることが分かったが、途方に暮れて5㌔あまりやせた。
英国での離婚調停を経て、女性は子供を連れて日本に戻ったが、
弁護士費用だけで700万~800万円かかった。
女性は「日本が条約に加入していれば、居場所をすぐに突き止めてもらえた。
取り戻すのも容易だったはず」と振り返る。

別の日本人女性(40)の場合、米国籍の元夫と日本で結婚生活を送ったが離婚。
元夫は「手術のため」と2人の子供をハワイに連れて行き、そのままとどまった。
元夫は弁護士から「日本は条約に入っていないから、先に子供を確保した方がよい」という助言を受けていた。
約7カ月後にハワイでの裁判で子供の即時帰国の判決を得て、日本に連れ帰った。
女性は「海外での弁護士探しは大変で時間もかかる。
時間がたつほど子供の連れ去り先での生活が安定し、
裁判で不利になる可能性もある」と指摘。
「日本も世界の『常識』と言えるハーグ条約に加入すべきだ」と訴える。
未加入が引き起こす問題はほかにもある。

外務省によると、米国などでの離婚裁判で、
相手側が連れ去りを恐れて日本人の親と面会を拒否し、
大きな争点になることもあるという。

一方で、条約加入に慎重な見方もある。

自営業の日本人女性(51)は、米国人の夫の家庭内暴力(DV)に苦しんだ。
ストレスによる胃潰瘍で吐血するほどに。
結婚14年後の92年に一家で米国から千葉県に移り住んだが
「君なんかいつでも殺せる」などの言葉の暴力がエスカレート。
95年に2人の子供と東京に逃げた。

日本での「連れ去り」にもかかわらず、夫側は母子3人の居住地が米国だとして、米国の司法当局に訴えた。

女性は米連邦捜査局(FBI)から誘拐容疑で国際手配されているという。
「DVの場合、認定に時間も労力もかかる。逃げ出すだけで精いっぱい」
条約は子供を連れての避難を難しくするのではと感じている。

国際問題を年200件あまり手がける大貫憲介弁護士によると、
日本人女性による「子の連れ去り」は夫のDVから逃れてくるケースがほとんど。
大貫氏は「条約は、理由があって逃げているという実態を考慮していない」と指摘する。
家族に対する考え方の違いもある。欧米では離婚時に両親がともに親権を持ち、子供との面会条件を細かく決める。
これに対し、日本は片親が親権を得る「単独親権」。 その際、子供は母親のそばにいるべきとの考えも根強い。

条約はこうした考え方を問い直すことになる。

政府内では、加入までに国民的な議論が必要だとの考えが強いが、
条約そのものがあまり知られてないのが実情だ。

15年前