JBPRESS:ハーグ条約締結でどうなる?

ハーグ条約締結でどうなる?

国際結婚破綻による子どもの連れ去り問題解決へ

バンクーバー新報 2013年3月21日第12号

在バンクーバー総領事館、領事相談員の荻島光男氏

国際結婚の破綻にともない、子どもの不法な連れ去りが発生した際の返還の為のルールにつき、日本政府も現在、ハーグ条約の早期締結を目指して所定の準備を進めている。

日本においては1970年には年間約5000件だった国際結婚が、2005年には4万件を超えている。同時に、離婚件数も増加している。そして離婚の際に、問題になりがちなのが、ハーグ条約が定める子どもの不法な連れ去りとその返還の問題だ。

ハーグ条約の概要について、在バンクーバー総領事館、領事相談員の荻島光男氏に話を聞いた。

まずハーグ条約とは?

ハーグ条約とは、正式には「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」の略称だ。1980年10月25日にオランダのハーグで作成され、83年に発効している。

条約は、国際結婚、ひいては離婚の件数増加に伴い、一方の親による国境を越えた子どもの連れ去りが増加。子どもへの有害な影響が問題になっており、子どもの利益を最優先に考えた問題解決のための国際的なルールが必要という考えの下、採択された。

基本的に子どもの利益を最重要に考える

ハーグ条約の手続きは、子どもの監護権(親権、Custody)をどちらの親が持つか、つまり、子どもがどちらの親と暮らすのかを決めるものでは ない。これらの点についての裁判や合意を行うために、それに最も適した国(条約では、もともと子どもが居住していた国)に子どもを戻すための手続きであ る。

「条約の効力発生前に既に不法に連れ去られている又は留置されている子どもは、この条約に基づき返還されることはない」、「条約の効力発生後、面 会(Access)交流が実現していない場合は、連れ去りの時期を問わず、援助を求めることができる」という考えに基づくものだ。

2012年12月現在、締約国数は、ほとんどの欧米諸国、およびタイやシンガポール、韓国をはじめ、89カ国に達し、G8諸国中、未締結なのは日本のみとなっている。

現状での子どもの取り扱い

国境を越える時は注意が必要

日本では子どもの親権は、民法上、離婚後は両親いずれかの単独親権となるのが一般的であり、離婚の際、一方の親を親権者として定めるというもので、母親が親権者となり、養育するケースが多い。一方、カナダでは夫婦双方が親権を持つ共同親権が一般的だ。

共同親権の場合、一方の親が他方の親の同意を得ずに子どもを連れ去る行為は、重大な犯罪とみなされる。すなわち、カナダに住む日本人親が、他方の親の同意を得ないで子どもを日本に連れて帰った場合、たとえ実の親であっても、実子誘拐罪に問われる可能性がある。

現在でも、一方の親と子どもの海外渡航に関してはカナダ政府から、他方の親の同意書(Consent Letter)の提示を強く求められている。

カナダ政府から提起されている日本への子どもの連れ去り件数は、平成24年8月の時点で、39件にのぼっている。

日本がハーグ条約を締結していない現在は、日本への連れ去りがあった場合、日本に子どもの返還を求めることはできない。日本からの連れ去りも同様 で、親が子どもを日本から連れ去った場合、連れ去られた国に子どもの返還を求めることはできない。また一方の日本人親と子どもによる日本への一時帰国を認 めない国もあるという。

締結でどうなる?

子どもの不法な連れ去りが発生した際の返還のためのルールが明確となり、国際的な標準である条約にしたがって、解決が図られるようになる。さらに、子どもの連れ去り事案発生の未然防止の効果が期待できるといえるだろう。

日本への子どもの連れ去りがあった場合、残された親から子供の返還や、面会交流を求める申請があると、日本政府として対応を行うことになる。

まず条約に基づき設置される中央当局(日本においては外務省)が窓口になり、申請書類を審査し、国の行政機関や地方自治体等に、子どもの所在特定のための情報提供、その他協力を要請する。そして、所在を特定すると、任意の返還や問題の友好的解決を促進する。

逆に日本からの子どもの連れ去りがあった場合も、連れ去られた方の親が、子どもの返還を求める場合は、日本または子どもが連れ去られた先の国の中 央当局に対して、子どもの返還のための支援を申請できる。面会交流を求める場合は、日本政府は相手国の中央当局に、面会交流を実現させるための支援を申請 することができる。

任意の返還に至らず、司法当局、すなわち裁判所に返還可否の判断を委ねることもある。判断するのは、現在、子供が居住している国の裁判所だ。つまり日本への連れ帰り事案については、日本の裁判所(日本の場合は東京と大阪にある家庭裁判所)が判断することになる。

親権に関する手続きは、子どもがもともと居住していた国で行うことが子どもの利益に資するとの考えのもと、まずはその国に子どもを返還することが条約の原則だが、以下のような場合には連れ去られた子どもを返還しなくてもよいと裁判所が判断する場合がある。

子どもの返還により、「子どもが心身に害悪を受け、または他の耐え難い状況に置かれることとなる重大な危険がある(例えば、子どもへの虐待や DV(家庭内暴力)等)」、「子ども自身が返還を拒否しており、かつ、その子どもが意見を考慮するのに十分な年齢・成熟度に達している」、「連れ去りから 1年以上経過してから返還手続が開始され、かつ、子どもが新しい環境に馴染んでいる」などの理由で裁判所が判断して、返還を拒否することもできるというも のだ。

興味深いのが司法判断の結果だ。ハーグ国際私法会議事務局が作成した2008年の統計資料によると、同年の返還申請1903件のうち、返還命令、 返還拒否、面会交流命令といった司法判断に至ったケースは全体の44%(835件)で、さらにそのうち返還拒否となったケースは約34%(286件)だそ うだ。

総領事館の役割

●現地での支援団体との連携、協力関係の構築
●ハーグ条約に関する在留邦人への広報・啓発

この一環として、4月19日(金)に在バンクーバー総領事館と隣組との共催で「子育て支援セミナー『ハーグ条約をご存じですか?』」が、同総領事 館で開催される予定だ。国際結婚をした日本人母親を対象に同総領事館は、今後とも「子育て支援セミナー」と称して、様々なテーマを取り上げる予定であり、 幼児室、授乳室も準備される。

●家族法専門の弁護士や福祉専門家、シェルター、通訳などの紹介をはじめ、日本人からの相談への対応

緊急の事案については時間外対応や警察などへの連絡も行う。

●相談内容の記録

DV(家庭内暴力)や児童虐待があるため、子どもを連れて日本へ帰国したい場合など、総領事館で相談内容を記録しておき、裁判所や本人からの請求に応じて提供する。

●ハーグ条約に基づく子どもの返還後のフォローアップ

可能な場合には、返還された子どもへの面会や現況確認、相手国当局との連絡・調整など、必要に応じて、返還された日本人の子どもや子どもともに戻った親のフォローアップを行っていく。

ハーグ条約の概要については、同館のウェブサイトでも閲覧可能だ。

(取材 西川桂子)

11年前