「日本特有」視誤解を招く危険
コリン・ジョーンズ 同志社大法科大学院教授(英米法)
毎日新聞2月25日朝刊、13頁「メディア時評」
「ハーグ条約」加盟に向け、日本国内の手続きの仕組みを検討してきた法制審議会の担当部会国内法整備にあたっての要綱案を公表した。だが、この内容に関する報道を見ると、無断で子を日本に連れ去った側が、子供の返還を拒否できる場合について、誤解を招きかねない説明が多い。
1月24日毎日新聞朝刊の社説が「日本独特の事情もある」「日本では、日本人の母親が子供を連れ帰る例が多数に上がる」としているが、ほかの条約国でも母親が自国に子供を連れ帰るケースは多く、むしろ条約上の「典型例」だ。同じ日の読売新聞朝刊社説も「家庭内暴力から逃れようと日本へ帰国した母子は多い」としているように、日本メディアのほとんどの報道は「外国人のDV(ドメスティックバイオレンス)夫や虐待父から、日本人女性をどう保護するか」を出発点としている。だが、そうした事例の裏付けや統計は示されていない。DVがからむ事件も、ハーグ条約の条約国共通の課題で、日本特有の事情ではない。
「子供の利益」が理由にされると、人は簡単に納得してしまうが、誰が何に基づいてその判断をするかが肝心で、今まで子供が生活していた国の司法が判断することが条約の趣旨だ。条約に「例外措置」は抽象的に定められているが、今回公表された日本の国内法整備案では、配偶者へのDV、子供への虐待、連れ去った親が元の国で子を養育することができない場合など、条約が定めた「例外」の趣旨を超えた運用が容易となる返還拒否理由などが認められているようだ。
毎日の社説は、「自国民の保護」や「子供の利益」を考えれば、DV規程の明示には一定の説得力があるとしているが、果たしてどうだろうか。日本の児童虐待件数の約6割は実母が加害者だ。外国の法律で親としてふさわしくないとされる行為が問題となってから、日本に子を連れ帰るケースもあり、そのような場合、子供の利益が担保されるかが疑問だ。条約では親子の国籍や性別は関係ない。父母や子が全員日本人の在外邦人家庭でも適用を受けるはずで、「外国人対日本人」または「男対女」の構図ばかりを強調するのは考えものだ。
他の条約国でも抱えている課題を「日本独特」なものとし、条約が子供の利益を目的としているのに、親の国籍次第で運用体制が変わってしまえば、国際社会にどう映るだろうか。日本は捕鯨条約に加盟しているにもかかわらず、その例外措置を根拠に、「調査捕鯨」の名目で多量のクジラを捕っていることで、捕鯨の是非とは別次元で、「誠意がない」と批判されてきた。ハーグ条約の運用が同様の批判を招かないことを祈りたい。
(大阪本社発行紙面を基に論評)
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