文藝春秋日本の論点PLUS:「ハーグ条約」

詳細はこちらから

ハーグ条約
2012.01.26 更新
1980年、オランダのハーグ国際私法会議で採択された「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」のことで、国際結婚が破綻した夫婦の一方が、もう一方の了解を得ないで子どもを国外に連れ出すことを禁じた国際条約。欧米を中心に80カ国余りが加盟している。日本は未加盟だったが、2011年5月、加盟の方針を打ち出した。加盟にあたっては国内法の整備が必要になるため、法制審議会が検討を重ね、2012年1月23日、その要綱案を発表した。

日本人による「子の連れ去り帰国」(その多くは日本人の母親が子どもを連れて帰国するケース)は、日本政府に公式に報告があった分だけでも、アメリカ84件、イギリス39件、フランス32件、カナダ38件に及ぶ。連れ去り先と、連れ去り元がともにハーグ条約の加盟国であれば、子は当局によってすみやかに所在をつきとめられ、元の居住国に戻されるが、連れ去り先が日本だった場合、それは不可能になる。そのため、欧米諸国から強く加盟を求められていた。

日本が加盟しなかった理由の一つは、外国人の夫のDV(家庭内暴力)から逃げるために子連れで日本に帰ってきた母親の多くが、子どもを元夫のもとに戻すのを拒むからである。戻せば、子どもに危害が及ぶのを防げない、というわけだ。子連れで帰国してしまえば、二度と夫に子どもを渡さなくてもすむ日本は、海外でDVに苦しむ日本人女性にとって、最後の「駆け込み寺」のような場所だった。しかし、海外から見れば、DVの有無にかかわらず、日本は「連れ去った者勝ち」の国であり、子の誘拐を容認する国ということになる。

海外諸国が子の連れ去りに対して日本よりはるかに厳しい姿勢で臨むのは、離婚に際して夫婦が共同親権をもつのが一般的だからだ。親が離婚した子どもは、父と母の家を行き来しながら育つ。これに対して日本では、両親のどちらかが単独親権を持つ制度で、親権のない親と子どもは、ほとんど交流がないのがふつうだ。日本では、片親に会えないことを「人権侵害」とは考えない。したがって、日本人の親の多くが、「自分と暮らすのが子の幸せ」だと判断すれば、一方的に子を連れて帰国してしまうのである。離婚裁判を有利に戦うだけの資金力と語学力のない女性には、子連れ帰国というルール違反が、唯一の武器だという現実もある。

今回、法制審議会がまとめた国内法の要綱案によれば、日本に連れ去られた子の返還のルールは、次のとおり。(1)連れ去られた親が自国政府に申し立て、その政府が日本政府(外務省内に「中央当局」という窓口を設ける)に援助を申請する。(2)日本政府が子の所在確認などをする。(3)連れ去られた親が日本の裁判所に子の返還を申し立てる。(4)裁判所が連れ去った親に子の返還命令を出す。(5)連れ去った親が返還命令に従わない場合は、裁判所が強制執行する(はじめは金銭的なペナルティを課す間接執行になるが、どうしても応じない場合は、最終的に家裁の執行官が強制的に引き渡すことになる)。

ただし、 (1)連れ去りから1年以上経過して、子が環境に適応している、(2)子への暴力のおそれがある、(3)子に悪影響を及ぼすDVがある、などの場合は例外も認めている。国内に根強く残る加盟反対論に配慮したものだが、虐待やDVから逃げて帰国した母親が、外国で起きた虐待やDVを証明するのは大変むずかしく、この例外規定がどの程度効力を発揮するかはまだわからない。海外から見れば、こうした例外規定を逆に「骨抜き」ととられてしまうおそれもある。

12年前