ハーグ条約の中央当局の在り方に関する懇談会
第3回会合 議事概要
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/hague/kondankai03_giji.html
平成23年10月24日
(小早川教授)
それでは「ハーグ条約の中央当局の在り方に関する懇談会」第3回会合を開催します。
では,初めに配付されている資料について事務局から確認をお願いします。
(辻阪室長)
配付資料の確認。
懇談会の今日の議事次第。
出席者一覧。
座席表。
池田崇志弁護士の提出資料。
川島志保弁護士の提出資料。
谷英樹弁護士の提出資料。
9月30日からパブリック・コメントを実施しており,10月31日までの予定です。この結果については,また次回,懇談会で御報告したいと思っております。
以上。
(小早川教授)
資料はよろしいでしょうか。
それでは,早速ヒアリングに進みたいと思います。
本日は,これまでに子の連れ去り事案でインカミングとアウトゴーイングの案件をそれぞれ扱ってこられ,あるいはDV等関連案件を扱ってこられた弁護士の先生方においでいただいています。
順序としては,各先生方から子の連れ去り案件を扱った御経験に基づき,ハーグ条約の中央当局の業務の在り方についての御意見をいただき,その後,質疑応答をしたいと考えています。
早速ですが,初めに,池田弁護士,どうぞよろしくお願いします。
(池田弁護士)
それでは,話を始めさせていただきます。
大阪で弁護士をしている池田です。
余り時間もございませんので,かいつまんだところを,あらかじめ1枚のペーパーにしてお手元にお配りしているところです。
当事者として「ニカラグア人父」と書いてありますが,アメリカの永住権も現在では取得しています。母親は日本人ですが,後ほど述べますように,アメリカでの離婚訴訟中に子どもを日本に連れて帰ってきました。今日は夫と妻というのも変なので,父,母ということでお話をさせていただきます。
まず,離婚訴訟が提起されるに至った経緯について,簡単に2人の人となりを御紹介させていただきます。(中略)
結婚し,その後,数か月後に女児が誕生しています。この子どもがこれからお話の中心になってくる子どもです。(中略)
2人の間で口論が激化するということが起こっています。(中略)
2008年(平成20年)2月に父親が離婚訴訟を提起しました。この離婚訴訟係継続中に母親が子どもを連れて日本に帰ってきたということであります。
母親はアメリカ人の弁護士を雇い,アメリカで離婚訴訟に応訴しました。アメリカで裁判をやっている間に日本でも離婚訴訟を母親が提起しました。2009年6月に父親の方を単独親権者かつ単独監護者とする判決が出ています。その少し前である2009年3月,母親の方が日本国内において離婚の申立てをしました。
私はその父親の代理人なのですが,2009年1月に大阪高裁でアメリカで出た離婚判決に基づき,人身保護法に基づく引渡し請求を行いました。そうしたところ,2010年2月に人身保護請求に関しては却下するという判決が下されました。
1行飛ばして,2010年8月に人身保護に関する最高裁の決定が出ました。これは手続的な問題でまずかったのですが,結論としては変わりません。変わらなくていいのですが,手続が間違っていたということで,この最高裁決定に基づき御承知のことだと思いますが,判例タイムズの1332号にこれが引用されました。昨日,本屋で見てみたのですが,同じ判例が昨年の重要判例解説にも載っていますし,その他の判例解説にも解説がなされているようです。
この間,一昨年の6月になりますが,母親の方から日本国内において親権を変更せよという審判の申立て等があり,初回期日がございました。そして,伊丹支部において今年の3月に親権の変更は認めつつ,ただ,広範な父親との面会交流権を実施せよという内容の審判が下されました。この件に関しては『毎日新聞』の三面記事で非常に大きく報道されたので,御承知の方も多いかと思います。
2011年3月,同じ月ですが,双方ともに不服で大阪高等裁判所に即時抗告をしました。(中略)
この事件からわかることですが,結論から言いますと,父親としてはできることはすべてやりました。離婚することは前提で子どもと会いたい。日本で裁判を起こされたときも私の事務所の弁護士を代理人にして応訴し,建前の上ではアメリカでは親権が父親の方にありますので,親権は日本でも父親で認められるべきだという主張は外国判決の承認に基づいて行われました。
実質的にはこれだけの面接交渉を認めてくれるのであれば,日本国内での親権はお母さんに渡しても構わないという形で和解交渉を繰り返してきましたが,最終的に審判に至った経過は母親の方が日本国内で,母親抜きで父親と会うことを認めるということを拒否したという問題。
それから,審判の中で年に1回は子どもがアメリカに行って父親と面会できる権利が認められているわけなのですが,この基になったアメリカの離婚訴訟中にブランバーグ弁護士が提案した和解条件がございますが,この和解条件に基づきアメリカ国内での,つまり母親を同席させない形での面会交流というものが認められておりました。その件を母親は絶対的に拒否したという点がございます。
ブランバーグ弁護士はアメリカの離婚訴訟において父親側でも母親側でもなく,アメリカでは3面構造になっておりますので,子どもを代理する弁護士として出てきた方で言わば両方の折衷的な第三者的な立場から和解案を提示しました。その条件の中でアメリカ国内での子どもと父親との面会を認めていたわけなのですが,それが日本国内で和解交渉をする上でも結局,母親によって認められなかったという事情がございます。
そこで私が父親の代理人として申し上げたいこととしては,父親としては本当にやるべきことはやり,譲歩できることはすべて譲歩しました。ただ,いまだに子どもと会うことができません。母親と子どもが2人で暮らしているうちに一種の擦り込み現象,皆さん御存じだと思いますが,PAS(Parental Alienation Syndrome)。要は,自分のいいところだけを子どもに見せて,相手方配偶者の悪口を吹き込むということがだんだんになされてきてしまい,日本国内の裁判所でも何回か試行面接が行われたのですが,その席上でさえ子どもが母親の顔色を伺って,父親となかなか話をすることができないという事態が生じております。
父親としてはやるべきことはすべてやっているのですが,なかなか子どもと会うことができない,これを何とかしていただきたいというところが父親の代理人としての池田からの報告でございます。
以上です。
(小早川教授)
どうもありがとうございました。
後ほど,質疑応答の時間をとっておりますが,次へ進み,鈴木弁護士,よろしくお願いします。
(鈴木弁護士)
弁護士の鈴木雅子,東京で弁護士をしています。
今,池田先生から具体的な事例について,かなり細かい報告をいただきました。私の方は,これまでハーグ条約に関係するような国際的な子の奪取に関わる件数を複数扱っている立場から考えることについてお話をしたいと思います。特にレジュメはありません。
これまで扱ってきたケースとして,どんなものがあるか最初にお話をしたいと思います。
まず,お母さんがA国人,お父さんが日本人で,お母さんと子どもがA国で暮らしていたところ,お父さんが日本に連れて帰ってきたという事案を扱ったことがあります。
このとき,A国はハーグ条約に入っていないと認識していますが,出国禁止措置は取れるということで取っていたのですが,出国禁止措置をくぐり抜ける形で,要するに,違う空港から,全国的に徹底はしていないというところを恐らくくぐり抜けて出国しました。私は日本に来てから受任をしたのですが,結局,今の池田先生の話にもございましたように,お父さんの方が奪取して育ててしまい,日本になじんでしまったということで返してもらえなかったというケースがありました。
父がハーグ条約締結国のB国人,母が日本人でB国で生活をしていて,お子さんにもお母さんにもDVがあったということで帰国をしてしまったというケースも扱っています。
他方で,こちらからむしろアウトコーイングのケースとしては,日本人の母,B国人の父,父が子どもをB国に連れていってしまったというケースがありました。これは母がB国に渡って所在確認も相当苦労したのですが,何とか見つけてB国で人身保護請求を行い,最終的に取り戻して日本に帰国しました。
最終的に事件化はしていないというケースで,少しハーグ条約の関係で関わりがあると思っているのは,例えば父母双方の本国がハーグ条約締結国,居住地は日本。ただ,夏休みに実家に連れて帰りたいということなのですが,ハーグ条約に日本が入っていないので,一旦連れて行かれて,いざ戻らないということになった場合の担保がないということで双方,疑心暗鬼になってしまい,休みに本国に帰ることがなかなかできないというケースの相談を受けました。
それから,これはお母さんが日本とハーグ条約締結国C国の二重国籍,お父さんがやはりハーグ条約締結国のD国。最終的にはお母さんが子どもをC国に連れていきました。これは特に奪取という関係ではなかったのですが,結局,親権がお母さんの方だけにございましたので,これを争うかということを検討したのですが,結局,日本には出国を止める制度がございませんので,これを争っていてもその間に出国されてしまえば,それで終わりです。これで逆に争って関係を悪化させて国外に連れていかれてしまえば,逆に本当に関係が断たれてしまうおそれがあるということで,事実上,出国は認めた上で,むしろ父と子と関係を継続するということを認めたというケースがあります。
ほかにもあるのですが,ざっとしたところでこのような例がございます。
こうしたハーグ条約に関係するようなケースを幾つか扱ってきた中で,私の方で気付いたというか,気になっていることについて申し上げたいと思います。
第一は,今,申し上げた日本に出国を止めるきちんとした制度が現状ないということでございます。日本で勿論,親権を争ったりする仕組みはあるわけですが,たとえ保全処分を使うとしても,相当それには時間がかかります。結局,その間に国外に連れて行かれてしまえば,おしまいというのが現状です。
特に日本はパスポートも片方の親だけで出ますので,連れて行かれてしまえば,おしまいということになってしまうわけですが,現状,連れ去られた後にハーグ条約に入れば,返還請求も不可能ではなくなってくるわけですが,一旦,連れ去られた後でのハーグ条約を使うというは勿論,親にとっても子どもにとっても経済的,精神的,物理的に相当な負担を伴います。まず,出国を止めるということを行った上で親権を争える制度を構築することが必要なのではないかと思います。
次に監護権の侵害について申し上げたいと思います。
ハーグ条約の適用をされるには連れ去られた親の監護権が侵害されていることが要件になると理解をしておりますが,実際,日本において監護権の侵害にかすらない,要するに,片方の親が監護権を持っていないので,ハーグ条約が使えないという例が相当数あるのではないかということを懸念しております。
具体的に申し上げると,日本では皆さん御承知のとおり,離婚後は勿論,今,単独親権になります。もう一つ,日本で法律婚をしない事実婚の場合には,子どもは認知という形によって父親との親子関係を結ぶようになるわけですが,日本では認知によって親権は得られないという制度になっております。合意がない限りは常に母親のみが持つようになっています。
おそらくこの制度がつくられた当時は,言い方としては悪いですが,妾のような形で片方が責任を持って育てるということが想定されて,このような制度になっているのではないかと思うのですが,現在,事実婚が増えている中で,特に日本ではまだ比較的,法律婚が多いですが,国によってはむしろ事実婚の方が多いという中で実際,同じように事実上は夫婦として子どもを育てているのに,親権は母親しか持っていないということになる結果,その事実婚が解消された時点で父親は権利がないという状況になってしまいます。
先ほどのお母さんがC国と日本の二重国籍,父がD国籍のケースも事実婚で実際はお父さんの方がかなり育てていたのですが,結局,法律的な手続を使うということは母親との関係を悪化させるということを懸念して,事実上,育てていたということですので,これは仮に日本がハーグ条約を締結した後に,この事件が例えば奪取という形で起こっても,お父さんは監護権を法的に持っておりませんので,この侵害がないということになってしまうのではないかと思います。
具体的には民法の問題になりますので,直ちにハーグ条約に関連してすぐにどうこうと言える問題ではないかとも思うのですが,ハーグ条約に関連する問題として,1つ大きな問題であろうと思いますので,この点も念頭に置いていただければと思います。
DVに関してですが,ハーグ条約の批准に関してもDV被害者が保護されなくなるのではないかという懸念が相当言われていたと思います。確かに返還に対する抗弁に対して直接,配偶者のDVが規定をされていないという点で,そこは懸念されるところではあります。
ただ,現実にDVを受け,お子さんにもそのことによる影響が具体的に心配をされるというケースでも,現状ではハーグ条約が逆にないために,きちんと返還しなくていいのだということを話す機会がありません。母親としては現実にDVに苦しみ,お子さんにも悪影響があり帰国をしたという場合においても,先ほどのケースのようにB国に戻れば逮捕されてしまうかもしれません。ですので,もうB国には行かないという対応しかできないということになっているのが現状だと思います。
その意味では,ハーグ条約でDVの点をどう規定するかというのが今,大変御苦労をいただいているところだと思いますが,きちんとここについての国内法が整備されて適切に運用されれば,現状よりDVに苦しむ女性を救うことになるという可能性もあるのではないかと考えております。
調停のことについても申し上げたいと思います。
お子さんのことで結局,お父さんとお母さんが全く対立しているままでは,特にお子さんが若年の間は親双方との交流は絶対的にうまくいかないということを考えますと,ゼロか100かではなく,調停等での解決を図ることが必要だろうと思います。
この点において,恐らく皆様におかれても認識され,議論されているところかもしれないのですが,1点気になっておりますのが,調停委員に今のところ外国籍の者が認められていないという問題でございます。特にハーグ条約となれば,調停において外国籍を有する,少なくともそうした外国での生活というか,文化についてのバックグラウンドを持っている人は必須であろうと思います。恐らく調停を受ける側にとっても外国籍で自分のことを理解してくれそうな人がいるか,いないかということでは気持ちの問題としても相当違うだろうと思います。
その意味では,外国籍の調停委員は必須であろうと思っておりますが,最高裁判所が外国籍の調停委員を認めていないという現状がございますので,ここの調整を是非お願いしたいと思います。
そのほかに,気になる点をあと2点ほど述べたいと思います。
1つは言語の問題です。
日本の裁判手続はすべて日本語で行うということが裁判所法にも定められておりますので,そうなっております。ただ,ハーグ条約が具体的に動くようになれば,相当早い期間で物事を進めることが必要になります。これをすべて日本語でということを貫くということになりますと,時間的,費用的に相当な無駄があると思います。
ただ,裁判所法をハーグ条約に限って改正しようということなるのも相当ハードルが高いのかなとも思いますので,なかなかそうすべきとまで踏み込んで申し上げるのも難しいのですが,少なくとも裁判手続では必ず全部日本語で,書面も全部日本語でということが貫かれてしまうということなのであれば,より一層調停やADRを活用して,ここの無駄を省く必要性は高まるのではないかなと思っております。
もう一点,アウトゴーイング・ケースについての当事者の援助がどうなるかということも気になってはおります。基本的には今はインカミングで,日本で手続をする場合についての,むしろ連れ去られる親の方の援助は御議論いただいているかと思います。
基本的には勿論,アウトゴーイング・ケースでもその先の国がございますので,本来であれば,その国の法制度に委ねることになるのかもしれませんが,実際にアウトゴーイング・ケースについて,もともといる国がどこまで援助等をしているかということについても私は全く知見を持っておりませんが,実際に連れ去られた先で全くわからない言葉で手続が行われるという場合に,何らかの援助があり得るのかどうかということも,ひとつ御検討をいただければと思っております。
私からの報告は以上となります。ありがとうございました。
(小早川教授)
どうもありがとうございました。
次に,川島弁護士からお願いします。
(川島弁護士)
弁護士の川島です。
横浜で約30年以上,弁護士をやっておりますが,DV関係の離婚事件を担当する機会が多いので,本日はハーグ条約締結後の中央当局の活動について,DV被害者の実態であるとか,あるいはDV被害者の対応を考える際に留意すべき点についてお話をさせていただきたいと思います。
御存じのように児童虐待防止法では,虐待の定義の中に,児童が同居する家庭における配偶者に対する暴力,身体に対する不法な攻撃であって,生命または身体に危害を及ぼす者,及びこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動,その他の児童に著しい心理的外傷を与える言動は児童虐待に当たると定義されております。
ハーグ条約においては,両親が国境を越えて子を奪い合う状況は子どもにとって非常に有害であると言われておりますが,もう一つ,子の利益を最重要視して考えなければいけないという立場も表されております。家庭内におけるDVが母親である妻だけではなく,子どもにとっても非常に有害であるという点について是非,留意していただきたいと考えております。
私に与えられたDVの実態について御紹介させていただきたいと思います。
資料(1)~(3)を配っていただきましたが,(3)については,たまたま手に入れた資料であり,ここまでは言及する時間がございませんので,(1)と(2)を中心にお話をさせていただきます。
1993年に国連総会で「女性に対する暴力の撤廃に関する宣言」が行われ,1995年,第4回世界女性会議,いわゆる北京会議で行動綱領として,女性に対する暴力というものが取り上げられております。
2001年10月には,我が国において「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」,いわゆるDV防止法が施行されております。この中には保護命令が入っており,保護命令の件数は平成20年度以降を見ただけでも年間3,000件を超えております。3,000件の方たちが保護命令の申立てをして認められているというのが現状でございます。
統計資料に基づいて御報告を致しますと,皆様のお手元にお配りした資料(2)をごらんください。これは内閣府の男女共同参画局が行った「男女間における暴力に関する調査」というものでございます。その中の図2をごらんください。いずれかの行為を1つでも受けたことが「ある」という女性,「何度もあった」「一,二度あった」という「あった」の合計は約3分の1,33.2%。そのうち10.8%の人たちは「何度もあった」ということでございます。
もう一つごらんいただきたいのが「全くない」という方が65.3%ということです。
何らかの被害を受けた人のうち「命の危険を感じた」ということについては,同じ資料の図9をごらんください。図9は,これまでに配偶者から何らかの被害を受けたことのある人に対して,命の危険を感じたことがあるかという問いをしております。これについては「感じた」という女性が13.3%,約7人に1人は命の危険も感じたということでございます。
同じく図11をごらんください。けがや精神的な不調があるのかという問いですが,これも34.8%,約3分の1の女性が精神的な不調やけがを経験しているということです。
まとめますと,女性のうち3人に1人はDVの被害者であり,そのうち7.5人に1人は命の危険を感じ,3人に1人はけがや精神的不調を来たしているということでございます。
反面,女性の3人に2人は被害を全く受けておらず,DVそのものがどうようなものであるかということ自体,想像できません。これは男性についても同じでございます。現に暴力を振るっている男性の中にも自分がDVの加害者であるということを認識していない人は勿論おりますが,全くDVと関係のない方たちにとっては,一体DVが何なのかということすら,わかっていただけないのではないかと危惧しておるところでございます。
DVの恐怖と打撃は,そういう意味で受けた被害者でなければわからないという点が大変重要なことであります。あるいはDVの被害者は被害を受けても気付かないことすらあるというのも非常に重要なことであります。
私が実際に経験したケースですが,夫婦で居酒屋を経営していて,カウンター内で妻は殴られ,けられ,あるいは包丁で傷つけられ,そういうときに脳震盪を起こしたり出血したりしたときに,お客さんがそのたびに救急車を呼んでいたという事件がありました。4回救急搬送されたときに担当していた看護師さんから,あなたはDVではないのかと言われ,初めて彼女の頭の中で自分の夫婦生活がDVなのだということに気付きました。そのとき初めて気付いて逃げたということです。
DV防止法制定以前は,犬も食わない夫婦げんかと言われ,あるいは殴られる方も悪いのだという論法がまかり通っていたというのが現実であり,実際に先ほど御説明したように,1993年,世界でも暴力に関して取組みが始められ,日本では2001年から始められているわけですから,今でもその取組みは十分に行われているとは必ずしも言えないと思います。
ちなみにDV防止法は前文でDVが「犯罪となる行為をも含む」として被害者保護の施策を定めております。
次に,資料(1)の5をごらんください。
これは警察庁の調べによる検挙者数の割合の中から配偶者間の犯罪の被害者をピックアップした資料です。平成22年の統計ですが,殺人事件が184件,これは夫婦間の殺人事件です。184件のうち妻が被害者,つまり夫に殺された妻が114人います。大体,例年100人以上で,120人前後で推移しているというのが統計資料です。障害と暴行にいたっては95%近くは妻が被害者です。妻は殴られ,けられ,殺されているという現実があります。
殺人事件に関してのみ夫が3分の1を占める事情は極めて特異と言わざるを得ません。なぜかというと,障害,暴行で女性が被害者になっているというのは体力差の問題であります。ところが,実際にはそうなっています。その中には恐らくDVの被害の果てに夫を殺したというケースが多く含まれているのではないかと言われております。一見優しそうで,まさかこの夫がDVの加害者になるわけではないと思っていること自体がかなり誤りであって,私が見る限り,DVの夫は非常に人当たりのいい方が多いです。
それから,どうして妻は逃げないのかということもよく聞かれますが,妻は逃げられません。夫の機嫌をとることで1日を終えることが精いっぱいでありますから,自分のことを振り返る余裕はありません。
全体として見ると,恐らく暴力は治らないし,妻は逃げられないというのがDVの実態と言わざるを得ません。この点について十分に留意していただかないと,外国からDVを受けたといって逃げてきた妻に対する保護が十分ではなくなってしまうのではないかと危惧しているところであります。
次に留意していただきたい事項について述べます。
戻ってきたケースが中心にならざるを得ないと思っていますが,DVの被害者は何を恐れているのかという点です。DVは逃げようとしたときに夫の暴力は最大値になります。夫に見つかることが一番恐ろしいのです。
DV防止法では3条3項でDVセンターによる一時保護,シェルターによる保護から自立に向けた援助を行っています。住所の秘匿ですとか,それに対しては警察に対する捜索願いの不受理届ですとか,住民票の移動なくお子さんの転校手続をするとか,あるいは住民票非開示の手続など,住所の秘匿に関するいろいろな保護が与えられています。夫の支配下から抜け出し,夫に見つからないという安心感がDVの被害者である女性の自立につながっているのは間違いのない事実であります。
妻が逃げないという理由の1つは,見つかればもっと恐ろしい目に遭うという点にあることもあります。加害者は当然,逃げるな,逃げたら承知しないと脅して妻を無力化しています。逃げようとする妻からお金を奪ったり,外国人なら当然パスポートを奪います。お前のようなやつは,どこへ行っても生きていけない,やっていけないのだ,あるいは法律的におれの方が勝つのだと脅すこともよくあります。例えば親権について,経済力のないやつは取れないのだということは日本でもよく夫が脅すところであります。
それから,暴力は1つではありません。今,身体的な暴力を中心に申し上げましたが,その裏には脅し,精神的な暴力であるとか,お金を渡さない経済的な暴力,社会的なつながりを遮断する暴力,性的な暴力,いろいろなものがあり,それによって妻は無力化されてしまうので,一度殴られると,その後はどうしようもなく逃げることもできず,言いなりになってしまっています。
逃げた妻が行政などの保護,支援を受けられなければ,逃げ続けるしかありません。住所が定まらないということもありますし,せっかく住所も定めても父親を見たというと,お子さんがお父さんがそばに来ていると言うと,また逃げなくてはいけないことになり,結局,子どもは学校に通うこともできないし,妻はどんどん追い詰められていかざるを得ません。
関係者の努力によって制定されたDV防止法では,国内で逃げた妻には一定の保護が与えられ,安心感につながっております。DV防止法の中では,例えば相談機能という中でDVの証拠を残すという機能もあります。
翻って,今度,ハーグ条約の場合にはどうなるのかということについて引き続き申し上げます。
居場所の探知というのがあります。勿論,子どもの居場所の探知ですが,子どもと母親は一緒にいますので,居場所の探知が先ほど申し上げたようにDVの被害者にとっては一番恐ろしいところであります。もし居場所が明らかになれば,妻は次々に逃亡生活を続けなければいけませんし,生活保護や学校の転入・編入,医療,福祉などのサービスを受けるわけにもいきません。加害者たる夫に居場所を知れたらという恐怖は,心身の健康を損ねてしまいます。
実際に妻子がある市に逃れたことを知って,その市内の小学校に顔写真を持って子どもの居場所を探したという夫もいました。子どもがお父さんを見かけたというので,もう一回,引っ越したという例もあります。子どもの住民票を置いたまま,別の市町村で転校手続をとったところ,夫が尋ねてきて,たまたまその場にいた副校長がつい言ってしまって,夫は子どもがどこの市に行ったかということがわかって,その市に行って子どもの居場所を突き止めたということもございました。
逃れた先で保育園の手続をしたら,役所から旧住所,つまり,住民票を異動していなかったので,旧住所あてに入園の許可のはがきを届けてしまったということで,また夫が居場所を知ってしまい,保育園に押しかけて数時間,園長に子どもの引渡しを要求したという例もございました。
ようやくDVから逃れても,夫からの追跡に対する不安から体調を崩したり,転居費用などがかさんで,経済的に追い詰められるケースもあり,これは妻にとってのマイナスというよりは,まさに子どもにとってのマイナスでしかないと思います。幾ら秘密を守るといっても今,申し上げたように,ある意味,公的機関内の連携がよくできていなければ,秘密は水がこぼれるように,どこからかこぼれてしまうのです。DV防止法上はそういうことなっていないはずなのですが,思わぬ担当者の軽はずみなことでわかってしまうというケースはたくさんありますので,そこを何とかしなければいけないのかと考えております。
時間が大分迫ってきたので,DVの証拠についても触れておいて終わりにしたいと思います。
シェルターに保護された被害者の中には,DVに関する証拠を持っていない人たちはたくさんいます。DVセンターで警察等への相談の紹介をしたり,あるいはDVセンターへの相談自体をDVの証拠と扱うこともできます。病院やカルテの写しの請求であるとか,携帯電話等のメールの記録や写メール,いわゆる写真を撮ったというものであるとか,シェルターの職員の丁寧な聞き取りによって,ようやく証拠をジグソーパズルのように集めることは可能です。
しかし,外国から逃げてくる妻は,私が考えるにはより一層証拠を持っていないケースの方が多いと思います。DVの夫はまず証拠を消させるから,メールでも写真でも全部削除させるのです。どのようにして証拠を集めるのか。実際に私はDVの被害を受けたのであると言っても何一つ証拠がなければ,だれにも信じてもらえないということになるのは非常に悲しいことであります。
相手国への照会による情報収集はありますが,言葉の壁でなかなか援助を受けられないというケースもあるかと思います。在外公館などに,もしそういう妻が相談に来た場合には,それが果たして在外公館の仕事かどうかよくわかりませんが,少なくとも相談があったということを証拠として扱うようにして,何らかの形で証拠があるというものにしていかなければ,証拠のない妻はうそつきの妻だと言われる可能性はあると思います。
どんなに手を尽くしても証拠も持たない妻はいます。DVの加害者は,先ほど申し上げたように自分の行為を過小評価したり,あるいは認識がないので,DVの加害者だということは全く考えていないケースが多いのです。そうすると,当事者間で言い分が異なる場合にDVはなかったとすべきなのかという点なのですが,少なくとも在外公館に駆け込んだということがあれば,これはDVを受けたのだという方向での援助があってもいいと思います。
本当のことを言いますと,うそつきな被害者の排除。中には本当にDVを受けていない方もいらっしゃるかもしれませんが,そういう排除のために本当に被害を受けて証拠のない人たちも一緒に,あなたは証拠がないと扱うべきなのでしょうか。仮にDVがあるかないかわからないのですが,本人が相談をしたり,申告をしたりしているケースについては,少なくとも保護を与えるという方向がいいのかということになれば,私は絶対後者でなければいけないと考えております。
留意していただきたい点は,DVの本質に対する理解。
DVの加害者は変わらないし,被害者はなかなか逃げられないという現実。
被害者が最も恐れているのは居場所が判明することであり,それは子どもにとっても非常にマイナスであるということです。
DVの証拠を持たない被害者に対する配慮を是非考えていただきたいということであります。
若干,時間が延びて申し訳ありません。私の発言は以上です。ありがとうございました。
(小早川教授)
どうもありがとうございました。
それでは,最後になりますが,谷弁護士,どうぞよろしくお願いします。
(谷弁護士)
弁護士の谷英樹です。本日はこういう機会を与えていただき,どうもありがとうございました。
なお,あらかじめお断りをしておかけなければならないのですが,私は11時半には中座をさせていただくので,お許しをいただきたいと思います。
私の方では,1枚紙の項目のレジュメを用意しておりますので,ごらんいただきながら,お聞きいただければと思います。
私がここでお話をしようと思っておりますのは,まさにハーグ条約で問題になっている子どもの連れ去りというものが子どもに対してどういう影響を及ぼすのかということと,それと関連して,特に我が国で子どもの連れ去りがどういう問題を起こしているのかということを申し上げた上で,それを踏まえて中央当局の役割についての課題を幾つか私自身の意見を申し上げるという形でお話をしたいと思います。
まず,子どもの連れ去りによって生じている問題という点では,4つの観点でまとめてみました。1つは,これは言うまでもないことですが,それまでの環境から子どもを引き離してしまうということでございます。
環境というのは両親を含めた家族,自宅,友人,知人,学校や幼稚園,保育所を含めた環境ですが,ここから引き離してしまうということです。
2つ目が子どもの連れ去りによって,ルールなき状態がつくり出されるのだということです。
さまざまな事案があるかと思いますが,子どもが連れ去られる前は両親の双方の監護権,親権に服しているとか,あるいは別居はしていても別居している親との間の何らかの交流の機会があるという状態がある場合があるのだろうと思います。
ところが,子どもが連れ去られるということになれば,そういう状態から子どもが引き離されてしまい,一方的に他方の親の監護権を排除するということになります。それから,子どもともともと別居している場合には,子どもと別居している親との接触の機会を排除するということになります。
それだけではなく,連れ去る前は一定の法的な枠組みの中で監護権に服するとか,あるいは合意なりに基づく面会交流を含む接触がなされているわけですが,連れ去られてしまえば,そういうルール,合意に基づく関係が一切排除されるということになります。このような親の一方との関係の切断が子どもの利益に反するという事態になるのだろうと思います。
3つ目,子どもの囲い込みによる別居親との引き離しということであります。
これは特に我が国で私どもが実務上しばしば経験することでありますが,連れ去った方の親は子供を囲い込んで,さまざまな理由をつけて他方の親との面会を拒むという事態がしばしば生じます。これは国内事案を念頭に置いていますが,ハーグ案件の国外からの連れ去りにおいても,日本に連れて帰ってきた場合には同じような問題が生じるのだろうと思います。
そういう場合に現行の制度の下では,面会交流を求めるという手続があり,家庭裁判所での審判あるいは調停でその問題が話し合われ,あるいは審理をされることになりますが,そこでの大きな問題は,その手続には非常に時間がかかるということであります。家庭裁判所に調停なりを申立てをしても,まず,そもそも期日が1か月半とか2か月先に入り,それが1回で決まるわけではなく,数回の調停なりを経るということになると,それぞれの調停の期日の間隔も1か月半ないし2か月開くということであり,その間,全く子どもと残された親が会う機会が持たれないまま,長期間が経過するという事態が生じているということであります。
しかも,そういう意味では,子どもと残された親とが会う機会を持つことができるかどうかというのは,連れ去った方の親のある意味では意思にかかっています。連れ去った方の親が面会を認めるということになれば,比較的早い段階で会うことはできますが,多くの場合,拒否するということがあり,そういう場合には今,申し上げましたように,非常に長期間,子どもと親が引き離されるという状態が生じているということであります。
4つ目の配偶者暴力に関する保護制度の実情と問題点でありますけれども,DVの被害者が法律の下で保護されなければならないということは当然の前提でありますが,今,我が国のDVの保護制度でその前提を置くとしても,やはり改善をすべき問題があるのではないかと考えております。それは端的に言いますと,今の制度では言わばゼロか100かであり,DVが認められて保護命令が発令されてしまうと,DVの加害者とされた親は子どもとの関係も含めて完全に引き離されてしまうという状況であります。
DVもさまざまな内容と程度があるわけであり,子どもに対して危険のない親子関係の場合には,配偶者に対する暴力があったとしても,子どもとの関係はさまざまな場面で交流する機会を内容に応じてつくっていくべきであるだろうと思うのですが,今の制度の下では,保護命令が出れば一切の子どもと加害者とされた親との交流が不可能になるという建付になっています。これが一番大きな問題だろうと思います。
そういう制度の下で現実にどういう問題が生じているかといいますと,この点も誤解のないように申し上げますが,当然,DVの被害から保護されなければならない事例がたくさんあるということを前提にしつつ,逆にそうではなくて,離婚の裁判なりの中で自らの立場を有利にするために,DVの保護命令の申立てをします。そこには事実があればいいのですが,事実がないような場合,あるいは事実があってもそれを誇張してDVの申立てをして,保護命令をとるという例も見受けられるようになってきました。それが言わば1つの行動パターンと実務上はなってきていると思います。
その関係で,2つの例を申し上げます。
1つは,妻も夫もどちらからも暴力があった事案で,妻も夫を噛んだりして噛んだ傷跡が残っているという状況があったのですが,妻の方がある男性と交際をするようになり,あとでわかったところによりますと,その男性のもとに住んでいました。そういう状況で妻が夫から暴力を受けたという理由でDVの保護命令の申立てをしました。これは明らかに自らの不貞行為を隠すために夫を引き離そうという目的でなされたものであり,実は1回目の保護命令は発令されたのですが,2回目は発令されずに却下されたという事例がありました。
もう一つの例は,離婚訴訟において7つの具体的な暴力があったと主張して,子どもを連れ去って離婚の訴訟を提起した妻がいたわけですが,今年の春,一審判決があり,7件の具体的な暴力は事実が認められないとされ,子どもは妻のもとにいたのですが,逆にさまざまな面で子どもに対しても悪影響を及ぼしているという理由で,夫の方が親権者として指定されるという判決がありました。これは水戸家裁龍ヶ崎支部の判決であります。
これも1つの例であり,すべてがすべてDVの申立てがうそだと申し上げるつもりは全くないし,保護されなければならない例はたくさんあるということを前提に置いて,なお,現行の制度の下でこういう問題があるということを御理解いただきたいということで申し上げました。
次に,それを前提に中央当局の役割に関する課題であります。
1つは子の所在の特定についてであります。ここで問題だと考えていますのは,子の所在をLeft Behind Parentに知らせるかどうかという点であります。
この場合,子の所在についての情報は本来,だれが知るべきなのかというと,Left Behind Parentも条約上の建付からいけば監護権を有しているという前提になります。そうだとすれば,監護権を行使するためには,当然,子の所在を知ることができなければなりません。Taking parentだけが子の所在についての情報を独占することになれば,それはルールに従わないで自立救済でつくり出された状況を基に子どもの情報をTaking parentが独占することができるということになり,そういう建付はよくないだろうと思います。
その点で今回パブリック・コメントに付されている案では,申請者,つまりLeft Behind Parentに子の所在情報を提供するかどうかについて,子を連れ去り,または留置している者の同意を要件としていますが,これは問題であろうと思っています。
2つ目は,子の社会的背景に関する情報の交換です。
パブリック・コメントに付されている案では,そもそも関係行政機関等に対して情報を求めるに際しても本人の同意を要件としています。情報の提供を求めるということ,それから,それを他国の中央当局に提供するということについて,そういう場合には本人の同意を要件にしています。
ここで言う「本人」というのは,子ども本人とともに子を連れ去り,または留置している者の双方を言うのだというのが,この案であります。しかし,そういう建付にしてしまうと,例えばTaking parent,あるいはLeft Behind Parentが子どもに対して虐待をしています。それが子ども家庭センターに情報として蓄積されている場合にTaking parentが同意しなければ,虐待情報が出てこないということになります。こういうことになれば,子どもの最善の利益が図れないことは明らかであり,重大な問題があるだろうと思います。
なお,子の社会的背景に関する情報の交換については,Good Practice Guideにも言及がされており,他国の中央当局からの情報の要求に対しては寛容でなければなりません。特に返還を促進するものであるときには寛容でなければならないと言及をされているところであります。これはGood Practice Guideの中央当局のパートの4.14でありますが,是非これも参考にしていただきたいと思います。
3つ目は,子に対するさらなる害または利害関係者に対する不利益の防止の点であります。
この点については2つ申し上げたいと思います。1つは居所変更の届出,もう一つは国外への連れ去り防止のための措置です。いずれもパブリック・コメントに付されている案で盛り込まれているわけであります。
居所変更の届出については,この案件が中央当局にかかっている場合に居所変更をしようとする場合には届出を義務付けすることが必要だろうと思っています。子どもの所在を特定して安全に返還をするのが締約国の条約上の義務であることから,その義務の履行のためには子どもがどこにいるのかを把握しておく必要があり,更にまた(1)子の所在の特定でも申し上げましたように,子どもの所在に関する情報はTaking parentだけが独占をしていいものではありません。Left Behind Parentにも監護権があるということを照らせば,言わばそれを代理で行使をするという意味でも,居所の変更については届出をさせることを義務付けるべきだろうと思います。
国外への連れ去り防止のための措置については,むしろ法制審で議論しているところと関係があるのですが,裁判所による保全の命令,出国禁止の命令があった場合には,それを実効的に行政的な措置によって出国を止める措置を取る必要があるだろうと思います。憲法上の問題が議論されていますが,私は可能だろうと思います。
最後に(4)接触に権利に関する援助。
つまり,面会交流についての援助ですが,子どもの居場所や環境,社会的背景をLeft Behind Parentが知ることは交流の第一歩であり,是非,子どもの所在あるいは社会的背景については,どういう場合に提供するのかという問題はあるにしても,Left Behind Parentに提供するということを何らかの形で認めるべきであろうと思います。
あと,接触の権利に関する援助については履行確保のための援助も重要であり,さまざまな面会交流の援助のための制度をとることが望ましいというのがGood Practice Guideにも記載されているので,是非,資金の提供も含めてその辺りを中央当局の役割として果たしていただければと思います。
以上です。
(小早川教授)
どうもありがとうございました。
以上,4名の先生方に御発表いただきました。どうもありがとうございました。
中央当局の在り方ということが,この懇談会のテーマでありますが,それについて検討する上で非常に参考になる御意見を多く承ることができました。
それでは,質疑応答に入りたいと思います。特に区分はしないので,どの点でも御発言があればよろしくお願いします。
棚村教授,どうぞ。
(棚村教授)
まず,池田先生にお話を聞きたいと思います。
この事件は人身保護請求事件でも有名になっていますが,母親側の方で親権者の変更の申立てをしたのに対して,それを認める代わりに国外での面会交流を審判として命じるという判断をされました。これについて先生の御意見はいかがでしょうか。
私自身は新聞にコメントをさせていただいたのですが,具体的な実現のための方策とか連れ去りを防止するための体制とか,そういうものが前提になって審判ということになっているのでしょうか。
(池田弁護士)
ここに審判書きがあるのですが,おっしゃられたとおり親権の変更を母親に認める代わりに父親に対する広範な面会交流を認めるということで,具体的に何月から何月の間に会わせなさいとか,年に1回アメリカでの,つまり母親抜きでの面会交流を認めなさいというのも入っています。それ以外にも電話による会話であるとか,日本国内で母親を抜きにした面会交流も認めています。
あくまでも審判の中では親権の変更を認める代わりに,アメリカでは要は離婚訴訟の中で親権者も監護者も父親であるということが認められているのですから,少なくとも日本で親権の変更を認めるためには,そのような広範な面会交流を認める必要があるという,言葉は悪いですけれども,一種の交換条件のような形で書かれております。しかも,その前提としてアメリカの裁判所に行って具体的な実施方法について相談しなさいということまで書いてあります。
(棚村教授)
一番聞きたかったことは,今回びっくりしたのは,逮捕される可能性があるので,多分出られないだろうと考えていました。母親が連れて,仮に日本の審判でそういうことが命じられたとしてもアメリカでも逮捕される可能性があり,到底母親として応じる可能性がありません。例えばほかの国だと,イギリスなどもそうですが,アンダー・テイキングということで身柄の安全とか拘束はさせないようにするという約束をした上で,母親が連れて行って会わせるということはあると思います。今回は別の事情で逮捕されたようですが,こういう状況ですと,国外で面会交流を日本の裁判所が命じるのは恐らく難しくなるのではないかと思います。
(池田弁護士)
先生の御質問の趣旨がようやくわかりました。先生の御質問の趣旨は,要するに,アメリカでの面会交流をさせるために母親が子どもをアメリカに連れて行った場合に,そこで逮捕されてしまうではないか,こういう御質問でしょうか。
(棚村教授)
しかも,そういう危険性があって,なおかつ日本の審判で,要するに,国内であればある程度それを実現するための援助とか支援ができる中で,国外で毎年1か月認めるという審判だったので,私は審判書きを見たときに正直びっくりしました。
ハーグ条約をかなり意識され,現状はある程度尊重しなければいけないので,面会交流さえさせればと読み取れます。ただ,ハーグ条約の返還の手続も重要ですが,面会交流を促進させることも非常に重要だと思います。ところが,実現をできる環境づくりを日本でも国外でもきちんとしなければいけません。そういうことがない状態でこのケースが,ある意味では日本の国内の裁判所にも影響を与え,国外でも母親の逮捕という事情になったということになると,かえって私が心配するのは,ハーグ条約そのものの問題として,すごく強力な手段の副作用について危惧をする人たちが増えるのではないでしょうか。
私自身が思っているのは,ハーグ条約は批准すべきですが,実現するための環境整備とか合意,調停も先ほど鈴木弁護士がおっしゃっていましたが,面会交流を促進する援助と合意形成を促進する仕かけをつくっていかないと,強制力だけでいくと最終的には問題がかえってこじれて,先ほども聞きましたら,何十年間も身柄を拘束されるが出さないケースは日本のケースでも実は過去に何件かあるのです。
今,まさに大阪でも問題になっています,この間,報道された人身保護法26条で子を連れ去った父親が在宅起訴されて裁判をやっていますが,居所は出さないということが起こっており,まさに強制力だけで問題の解決を図っていくときに子どもの傷が心配だなということでお聞きしました。
(池田弁護士)
おっしゃるとおりです。
この審判をいただいたときに,実際問題だれがアメリカに連れて行くのだろうかということは我々の間でも話題になっていました。それ以前に,たしか電話での面会交流を3月末の予定されていた時期に拒否され,その結果,即時抗告を出されたので,私どもも更に大阪高裁で争っているような状況であります。(中略)
先ほどから家庭内暴力,DVのお話が出てきましたが,私は父親の代理人なので,名誉のために申し上げておきます。先ほどの人身保護請求の中では,アメリカの裁判で親権者となった父親からの人身保護法に基づく引渡し請求は認めらませんでした。却下になりましたが,一部報道によりますと「DVを受けた母親が」と書いてありますが,実はDVがあったと主張しているのは母親だけであり, 先ほどのお話の中で,一見優しそうで,まさかこの人がと思われる男の人が暴力を振るうことが多いという御指摘がありましたが,そのように一見優しそうでまさかこの人がと思われる男の人だと言わせていることが実はうそだというのが,我々の主張であります。
ハーグ条約上は,あくまでも子どもに対する暴力がある場合には,引渡しの例外として引き渡さなくていいという構造になっているわけですが,ただ,母親に対する配偶者同士の暴力が子どもに対してどのように影響を及ぼすかというのは1つの解釈上の問題になっているようですが。以上です。
(小早川教授)
大谷弁護士,どうぞ。
(大谷弁護士)
池田弁護士への質問が続いて恐縮ですが,棚村先生の御指摘の点にも関係するのですが,この事件をお伺いすると,お父さんの方は連れ戻すこと自体はあきらめて,面会がきちんとできればというお気持ちを最終的にはお持ちだったようでありますし,途中でかなり和解交渉がなされたということで,本来であれば,和解がきちんとできて,日本国内でもお父さんが希望された母親抜きでの面会が実現でき,アメリカでもお母さんが行ったら捕まるなんていうことがない形で面会ができればよかったと思います。
そこでお聞きしたいのは,池田弁護士が次のページで,きちんと面会ができればそれで解決できるケースも多いのではないかとおっしゃっていることとの関係でお伺いするのですが,お母さんがこのケース,あるいはほかの件も含めて会わせたくないと言っている,そういう気持ちがある以上はどうにもならないのでしょうか。
お母さんがお父さんと子どもが会うときに,自分が一緒にいるという理由として,お父さんの連れ去りを心配して,そこら辺に原因があって,例えば面会するときに連れ去られないような制度整備をしていけば,何とか解消ができる問題なのでしょうか。
あるいはアメリカでの面会についても,子どもがある程度大きければ,子どもだけ行かせる,ただ,返されないという心配がありますから,アメリカで今度,逆に留置が起きたときに,それをどう返してもらうのかという問題が出てきます。お母さんがどうしてもついて行かなければならないという年齢の場合は,そこで例えば刑事訴追がなされていれば,それを下げてもらうとか何らかの逮捕されないようなことをきちんと確保すべきところ,そこを日本の裁判所としてどのようにやるか。あるいは当事者の方でも十分にわからないといったことがネックになっているのか。その辺りをこの事件の経験,あるいはほかの件も含めて御経験があれば。あるいはここら辺が問題なのではないか,ここを改善していけば,もう少し話し合いでの解決があり得るのではないかというところがもしあれば,教えていただければと思います。
(池田弁護士)
ありがとうございます。
この事件に限りませんが,私どもの事務所では外国人の絡んだ離婚事件を多数やっている。私自身も恐らく30か国以上の方の離婚訴訟,離婚調停を扱っているのですが,根本的なことを言えば,共同親権の制度がありません。それから,面会交流権がただ単に一種の法的利益であって,権利としてまだ認められていないというのが根本的な問題としてあると思います。
現実の問題を言えば,私は簡易裁判所の調停委員をやっていて,家庭裁判所の調停委員にはなったことがないのですが,家庭裁判所の調停委員の方は高齢の方が多くて,どちらかというと,東京はどうかわかりませんが,少なくとも地方へ行くと,子どもは小さいときはお母さんのもとで育てられた方がいいという考え方の持ち主の方が多いというのが現実的な1つの理由であると思います。
そして,実際の面会交流の仕方について今回のケースでも問題になったのは,お父さんが日本にやって来たときに,お母さん抜きで面会交流をしてもらいます。お父さんに連れ去られないための工夫は幾つかしました。例えば子どものパスポートとお父さんのパスポートをお母さんの方の代理人弁護士に預けておいて,勝手に連れ去って帰れないようにしてしまうとか,そういう幾つかの方策を提案して,お話をしたのですが,結局それが認められなかったということであります。
ですから,もともとの共同親権がないということから始まってしまうのですが,立法上,あるいは面会交流権が法的権利として認められていないという根本的な問題はありますが,現実的にどこから始めるかといいますと,実際問題,面会交流を実効性ある手段として確保できる手段をつくっていく必要は当面の課題として当然あると思います。
もともとこの事件は親権変更の申立てをされたときに,私どもの事務所でこの依頼者からお受けしたのですが,当初,私どもの事務所では断っていました。といいますのは,父親の方はどうしても親権をアメリカで取っていますので,当然,自分は会うことができます。あるいは日本国内でも親権が私のところに来るべきだという発想できますので。もっと言えば,アメリカでは共同親権が原則ですが,この事件の場合は父親が単独で親権を取っていますので,当然,日本国内でも父親だけが親権者であるということを前提で来ました。
しかし,私どもの事務所では先ほど申し上げたとおり,たくさんやっていますので,現実的には不可能であると最初お断りしていました。ところが,逆にほかの事務所では割と可能であるとお答えになったみたいで,結局,一番厳しい意見を言う私どもの事務所に依頼があったわけです。
その中で最終的には御本人はどうしても日本国内でも親権が欲しいという前提ではありますが,私どもは現実的には不可能であります,それでありましたら,親権はお母さんに譲っても構わないですから,面会交流をたくさん認めてもらうという方向で調停を進めてはどうかと,相当説得して,この事件を続けてきたという経緯があります。
御本人はもともとは自分は当然,単独親権を取っているわけですから,日本国内でも当然,親権を取るべきですし,いつでも子どもと会えるべきだという前提から出発していますので,そこのところを外国の方に説明するのは現在,非常に苦労しているというのが現状であります。
(小早川教授)
では,杉田弁護士。
(杉田弁護士)
川島弁護士にお伺いしたいと思います。
これまで面会交流に関して,どのような形で実現していくかという支援等についてお話がありましたが,実際問題として子どもさんと一緒にいる側が面会をしたくないという話をしますと,なかなか実現が難しいというのが正直なところだと思います。
面会をさせたくないというのには,さまざまな理由があると思いますが,川島先生がこれまで扱ってきた中で何かこういう理由がありますとか,それをどうやれば乗り越えられるかということで何かお考えがあれば。
特にDV事案の場合ですと,なかなか会わせるのが難しいというのが通常の考え方かと思うのですが,谷弁護士からはそういう場合であっても会わせるべきだというお話もありました。DV事案の場合,実際に面会交流となった場合にどういう点が問題となるかというところもお話いただけたらと思います。よろしくお願いします。
(川島弁護士)
最初の案が面会交流について全体で,どんな場合にお母さんが嫌がるのかということであります。
私自身は,面会交流はするべきだと考えており,父親,母親の考え方でできないケースはたくさんありますが,代理人として付いた弁護士の考え方次第ではかなり可能になっているのではないかと考えています。
DVのケースといってもうそだと言われる人もあるぐらいですと,それは確かに私も否定はしませんが,勿論うそだという人が何割かいても本当の人を逃してはいけないというのが,私が先ほど申し上げたかったことで,ただ,DVもいろいろあると思います。濃淡があるというか,濃淡の中で可能なケースは確かにあります。それから,お母さんがお父さんと離れたことによって安心感,安堵感,あるいは離婚が成立したことによって安堵感を持ったときに,子どもにとっては父親だから会わせた方がいいのではないかというケースは確かにあります。
だから,DVだから全部だめとか,DVでも会わせるという2つ立ての話はないと思います。実際には限りなくいろいろなバラエティがあって,その中でできれば当事者間で子どものために実現するにはどうしたらいいのか。父親,母親だけに任せていると,非常に感情的な問題があって,なかなか解決しないので,代理人が関与した中で解決していくというのは1つの方法であります。
私は最近,特に絶対に会わせなさいと方向で説得しますが,実は弁護士の中でははっきり申し上げて半分以下です。多くの弁護士は依頼者が会わせたくないと言えば会わせません。なぜ会わせないのかと言いますと,子どもが嫌がっているからという言い方をされます。ですから,先ほどどなたかがおっしゃっていたように,面会交流は権利なのだという国内法での法整備は確かに必要ではないかと私自身は考えております。
次に,DVのケースで絶対に会わせられないというケースですが,DVのケースの中で会わせられない,あるいはDVだけではなく子どもに対する虐待はいろいろ見えないところがあり,特に性的な虐待は実際にあります。性的な虐待ケースは絶対に会わせてはならないのではないかと私自身考えていますので,その場合にはやはり拒否であります。
絶対に会わせられないケースとして,面会交流の目的なのですが,勿論,父親は子どものことがかわいいだろうし,会いたいとは思いますが,その背後に子どもと会うことで,そういうことを言うことによって妻に報復したい。離婚の事件の中ではなかなかうまくいかなくて離婚になってしまったし,親権も取られてしまったから,この際,面会交流をしたいということを最後の手段。これは本人だけではなく,代理人の中にもそういう方はいらっしゃいます。みんな負けてしまったから面会交流だけ取ってやろうではないかと。
それは子どものためなのか親のためなのか,よくわからない面会交流で,そういう意味での面会交流,母親を困らせるための面会交流であるとか。全部ではないですが,お子さんのために勿論,必要な部分はあるのですが,本人の意識として母親を困らせる,報復させようと。
もう一つは,何とか会うことによって復縁しようと。面会交流を行っていた中で復縁をして,更にもう一回,離婚をしたいということで依頼を受けたケースを私は2件扱っています。何で再婚したのかということを言いますと,子どもと父親を会わせているうちに,父親が自分たちの家の中に入り込んできてしまった。それでもう一回やり直そうと言われて,やむなく出したのですが,やはり殴られてしまい,もう一度離婚したいということであります。そうなってくると,本当に子どものためだけなのか,子どものためプラスαなのかというところの見極めはかなり難しいです。
私は勿論,例外のケース,要するに,DVがあるというケースについて申し上げているのですが,そういうケースについてはかなり難しいのではないかと考えています。
(小早川教授)
今の点について,関連の御発言はよろしいでしょうか。
では,棚村教授からどうぞ。
(棚村教授)
鈴木先生から,1つは,子どもの返還をめぐる手続に関わることと,中央当局に関わるというか,外務省ですか。アウトゴーイングのケースで司法アクセスとか,いろいろなことで困ることがありますので,在外公館でいろんな支援をしてもらえればということだったかと思います。
そのうちの1点,監護権の侵害ということで,日本で暮らして,日本の法律が適用になってしまっているような場合には,単独監護ということで,それで連れ去られたときに,監護権侵害にならないのではないかということですが,ハーグ条約の監護権の解釈については大分幅ができています。例えば去年,連邦最高裁のAbbott判決などでいくと,確かにチリから出国禁止という措置は取られていたので,同意がないと連れ去れない状態ではあったのですが,面会交流というのは認められていて,もし日本でも面会交流の合意ができているとか,あるいは監護者として指定されるとか,いろいろな形でこの監護権の範囲が少し広がってくると,ハーグの適用の対象になるのではないかと考えている次第であります。これは意見みたいなことであります。
それ以外のところで,中央当局の任務とか権限として,例えば調停とか面会交流の促進という,できるだけ子どもにとっては白黒付けるよりも,そういう合意形成を援助したり,交流を促進するような方向での解決というものが望ましいのだということをおっしゃっておられましたが,具体的には,ハーグ条約の下で例えば中央当局に先生方は何か御期待される点はありますか。
(鈴木弁護士)
ありがとうございます。
先ほど先生がおっしゃられた監護権の侵害のところは,私もそこは非常に気になりながら,実務上よくわかっていないところでありますので,是非またいろいろ教えていただければと思います。
懸念をするのは,日本では相当数が協議離婚であるということは,ひとつあります。国際離婚の場合には,多少裁判手続でということが,他方の親が日本国籍ではない場合に,他方の国籍でも問題なく離婚が認められるようにするためにということで,裁判手続を使う率はぐっと高いとは思うのですが,相当数が協議離婚されており,そのまま面会なども,全体的に裁判所を使うというのは,ある程度争いが顕在化して初めてという状況だと思います。そうでありますので,相当数が事実上会ったりはしていても,わざわざ裁判所の手続を使っていないというのが相当だと思います。
というのは,わざわざ一応会わせてくれているものを裁判所でやるというのは,結局親同士の関係を悪化させることにしかならないので,そこは事実上やっていないということはかなりあるのではないかと思っています。それが監護権をかなり広く認めるということによっても,先ほどから指摘がありますとおり,共同親権の問題,認知によっては親権を得られないという問題です。勿論,あえて何か手続を取らなければ,その監護権としても認められないということが今後,実際にハーグ条約に批准した場合には,監護権を広く認めるということでも問題としては残るのかというのは,現実としては懸念をしているところではあります。
中央当局に特に何を期待するかということについてですが,正直申し上げて,私の方がどこまでが中央当局としてやるべきところで,どこまでが裁判所というところについて十分に認識ができていないところもあるし,私の方で申し上げたところというのは,恐らくどちらかというと裁判所の方での整理というところが大きいのではないかと思います。
やはり中央当局の方に特に期待をするというのは,先ほど先生にも御指摘をいただいたアウトゴーイング・ケースの対応です。これは,特にハーグ条約に対して批判というのも,国内の世論としては相当大きいというところもありますので,ただ,そのときに念頭に置かれているのがインカミングのケースで,DVで苦しんできた人をまた帰すのかみたいな話が多いと思います。
ただ他方で,アウトゴーイングのケースというのも相当数あると思うので,こういう形で具体的に救われていくケースがあります。そこに対して具体的に中央当局の方で支援をするということになりますと,ハーグ条約に対する見方というのも,また少し変わってくるのかと思っています。
あとは,中央当局の方で期待をするというのは,現実に連れ去り親にしても,連れ去られ親にしても,当事者になったときに,国際的な子の奪取というのはいろんなことが絡み合う難しいもので,当事者本人としては,何をどうしていいか茫然としてしまうということになると思いますので,そこの具体的な相談体制や弁護士へのつなげ方というところをいかにスムーズにつくっていただくかということも,ひとつポイントになろうかとは思います。
(小早川教授)
ほかにいかがでしょうか。藤原教授,どうぞ。
(藤原教授)
最後に,谷弁護士にお教えいただきたいと思います。どうも簡潔な御説明ありがとうございました。
先生は,先ほど中央当局の役割に対する課題のところで,子の所在の特定情報でありますとか,子の社会的背景に関する情報の公開について,Left Behind Parentでありますとか,他国の中央当局への情報の提供について,同意要件にかけるのはいかがなものかという御趣旨のことを仰ったと思うのですが,その際にGood Practice Guide等にも触れられたのですが,先生の御見解は,同意要件というのは国際基準から見ていかがなものかという御趣旨を含んでいるのかというのが1つの質問です。
もう一つの質問は,さはさりながら,同意要件をかけないと,先ほどの川島弁護士のお話にもあったように,そもそも情報が上がってくる仕組みがうまく働かなくなるのではないかという懸念がないかとも思うのですが,その辺りはいかがでしょうか。
(谷弁護士)
ありがとうございます。
まず,国際基準がどうかという点については,私は不勉強であり,そこまでお答えできるまでの知識はございません。少なくとも,Good Practice Guideでは,まず子の所在の特定に関する情報については,中央当局のGood Practice Guideの4.10というところに書いてあります。それによると,必ずしも申請者に対して知らせる必要はないのだと確かに書いてあります。
そして,特に子どもに対して危険が及ぶような場合には知らせるべきではないと書かれていますのは,そのとおりですが,逆に必ずしも秘匿する必要はありません。つまり,中央当局は所在の特定のために必要な方策をとらなければならないとしたうえで,これは必ずしも(not necessarily)申請者に知らせることを意味するのではないと書かれています。この表現は,知らせることができる場合もあるということを前提にしています。
中央当局は何を基準に,何を根拠に判断をするのかという難しい問題はあるのですが,一律に同意にかからしめるというのは,やはり本来的に子の所在については,監護権を持っているLeft Behind Parentも知ることができるという点からすれば,そこは一律に同意にかからしめるというのは問題ではないかと思っています。
では,その上で何を根拠にどう判断するのでしょうか。そこについての具体的なプランを述べよと言われましても,なかなかそれは困るのですが,そこは具体的な状況,子どもに対する危険が生じるのかどうかという観点から判断をしていくという仕組みをつくるべきだろうと思います。
社会的背景についての情報に関しては,先ほど私が少し例を挙げましたのは,Taking parentが虐待をしており,子ども家庭センターに通報がされているという場合に,こういう場合でも,今の同意にかからしめるということになれば,Taking parentの同意がなければ出ないということになるのです。そうすると,そういう情報が裁判手続でも利用できなくなる可能性がありますので,子どもの安全という観点から見ましても,一律に同意にかからせるというのは問題でしょう。
そういう場合に,同意にかからせないということになれば,情報が出てこないのではないかという点でありますが,これは情報提供を求める先が行政機関なのか,民間機関なのかという問題があり,それによっても少し色合いが違うところもあるのではないかとは思うのですが,しかし,行政機関の場合には,国内法に基づいて中央当局が情報を提供するというのは,まさに法令に基づく場合ということに当たるだろうと思いますので,そこは中央当局が必要性を判断した上で,情報提供を求めるということであれば,行政機関との関係では問題が生じることは余りないのだろうと思います。
あとは民間機関の場合はどうかということであるが,この場合にも,法的な建付としては,法令に基づく場合ということで義務付けるということにすれば,この点でも法律上は問題ないのではないかと思います。私の今のところの意見は,以上です。
(藤原教授)
ありがとうございました。
(小早川教授)
相原弁護士,どうぞ。
(相原弁護士)
今の関連で,先ほど川島弁護士も大分御発言くださっていたかと思うが,細かいハーグ条約とは必ずしもリンクしなくてもいいのですが,子の所在の確知について,今の谷弁護士の御発言との関係で,もし思うところがあればお話しいただければと思います。
(川島弁護士)
多分,前提としている部分が違っていると思います。谷先生は,子どもが虐待されているような場合の話をしており,私は外国からDVを受けて,命からがら逃げてきたケースという話をしておられるので,かなり差はあると思います。
子どもの居場所をもし中央当局が知った場合に,これがそのまま外国にいる親であるとか,外国の中央当局に出てしまうのだということが法律上,あるいは条文上明らかであれば,日本に帰ってきた母親と子どもは逃げまくるだけだと思います。学校にも行かない。あらゆる社会保障であるとか,社会福祉も得ません。自力で逃げ回るしかないという状況が生じてしまうと思います。
ですから,そうではなく,日本に戻ってきた命からがらなのか,あるいはいろいろな事情で戻ってきた母親と子どもの所在が万が一わかるとしても,確かに公的な機関と民間機関と違っていると思いますが,万が一それが確知できるとしても,その先,その情報をどう使うのかというところでの安心感というのは,先ほど来,私が強く申し上げているように,場所を知られるのが一番怖いんです。とにかく,この世の中にあの人がいるのが一番怖いと。リビアのような話であるが,それぐらいに恐ろしいのです。
その恐ろしさというのは,本当にその人でなければわからない。周りの人は,その恐怖感というのは,実は私自身もわかりません。大丈夫よ,大丈夫よと言うのですが,万が一にもそういうことがあったら,実際,大丈夫だと言って大丈夫でなかったこともあったので,そういうことになると本当に逃げまくるしかないし,日本の国に戻ってもどうしようもならないのだと。私たちは,日本の国の放浪者になるしかないと。それでも夫のそばにいるよりましであるとなってしまうので,やはり情報の提供については,非常に慎重に,あるいはDVを受けて逃げてきた人たちに対する安堵感が少なくとも得られるような形で決めていただかないと,私としては,いきなり出てしまうのだといったら,そういう相談を受けたら,とにかく逃げまくるのよと言わざるを得ないかなとちょっと危惧したところです。
個人的な見解です。
(小早川教授)
今の関連で,なおありますでしょうか。大谷弁護士,どうぞ。
(大谷弁護士)
今の関連ではないかもしれませんが,所用で出なくてはいけないので,コメントだけさせていただきます。大変恐縮です。コメントは川島弁護士がくださった資料と,先ほどのお話の関連です。
DVということを本人が気がつかない場合があります。それから,証拠化の話とか,大変重要な話をしてくださったのですが,私自身,実は外国でDVに遭って,子どもを連れ帰ってきた母親からの相談を何度か受けたことがありますが,その中で興味深いと思ったのは,御本人がDVと思っていなかったのですが,近所の人が様子を見て通報したとか,相談に行った先で,それはシェルターに行きなさいと言われ,御本人が思っていた以上に,言い方はおかしいですが,事が大きくなりました。
その後,シェルターの人のアドバイスもあって,実はその国はハーグ締約国であったのだが,帰りなさいと言われ,子どもを連れて帰ってきたとか,そういう相談がありました。
そういうことを考えると,1つ申し上げたかったのは,確かにDVということを本人が認識しない,被害者自身がわかっていない場合があるのですが,比較的ハーグ締約国である西欧諸国では,日本よりも実はDVに対する見方が厳しいところが反面あり,割と日本ではこの程度と思っていることでも,周りの人がそれはDVであるという反応をされたということが,実際,私自身の相談者の経験でありました。
そうすると,申し上げたかったことは,確かに在外公館で相談を受けたものを記録化して,それを使えるようにとか,いろいろな工夫が今後制度的に必要だと思うのですが,もう一つの話として,今日お配りくださった資料の3点目で,余り時間がないとおっしゃったのですが,これはハーグとDVについてのアメリカの大変重要な研究の一部を翻訳されたものだと思いますが,一番最後に,ハーグ条約の当事者となったアメリカ人母親たちの助言というのがあります。これからの母親たち,それから,弁護士や裁判官に対する助言というか,意見がいろいろ述べられておりますが,これを見ると大変参考になると思い先ほど見ておりました。
日本人の母親が今後外国で結婚して住むという場合に,日本で生活をしているとき以上に,そこでもしDVに遭ったときに,もしかしたら周りにだれも支援がいないかもしれません。保護機関はどうなっているのかみたいなことについて,あらかじめ十分な情報を得るようにとか,究極のところ,裁判官が本当にDVというものについてよく理解をされるように,また中央当局についても同様と思いますが,そのような観点が先ほどのお話の中にあったかと思いますが,これはアメリカの女性たちの経験であるが,こうしたことを日本でも今後十分に言っていく必要があるのかと思うのですが,その点いかがであるかという質問のような,コメントをさせていただき,私自身は出なくてはいけないので,本当に大変申し訳ございません。
(小早川教授)
川島弁護士,いかがでしょうか。
(川島弁護士)
ありがとうございます。まさにそのとおりだと思います。
言葉の問題があるので,外国で実際に被害に遭っても,なかなか支援を求められないということはあると思います。ですが,そういうものに対する事前の情報,変な言い方でありますが,あなたは外国人と結婚するのだったら,こんなときはこんなふうにしなくてはいけないという情報であるとか,あるいは在外公館に,私自身も外国で暮らしたことがあるのだが,在外公館のような立派なところに行くという発想がなかなかなかったものですから,そうではなくて,もうちょっとくだけて何でもどうぞみたいな部分が少しはあるのかもしれませんが,そういう情報が与えられているとか,そういうことは必要だと思う。
それから,DVについて諸外国,西欧諸国の方が厳しいということは,私自身も存じているのですが,やはり言葉の問題があって,十分にそれを訴えることができずに,結局自分がDVの被害者であるということを元住んでいた国では認めてもらえなかったという話もたくさん聞いています。DVに対して,特にどんなところを十分に配慮しなければいけないのかというのは,このハーグ条約については,本当によく検討していただかないと,逃げるしかないという状況が生じてしまうということだと思います。
それでよろしいでしょうか。
(小早川教授)
ありがとうございました。
(川島弁護士)
是非読んでいただければと思います
(小早川教授)
棚村教授,どうぞ。
(棚村教授)
谷先生と鈴木先生とも関連するのですが,やはり日本の場合には子どもの連れ去りを防止するための手立てとして,出国を禁止するような効果的な制度が十分に整っていない部分があります。これはパスポートについてもそうですし,出国のコントロールということ。
それから,裁判所それ自体が出国禁止の命令とか,決定みたいなもの自体を出せるかというのも,憲法論との関係でもいろいろあると思うのですが,この点についてもまた同じような質問になりますが,先ほど出国禁止命令を,再連れ去りを防止するという観点から出すべきだというのは,裁判所がそういう措置を取るべきだとお考えになっているのでしょうか。それとも,法務省とか外務省なども含めて連携をとり,行政的な何らかの措置で取るべきということなのか,御意見を伺いたいです。
(谷弁護士)
私の意見は,裁判所が保全的な命令で出国禁止を命じるという仕組みをつくってはどうかと考えています。それに応じて,行政的に出入国を管理するというパターンができないのかと思っております。
憲法論との関連があるという問題が指摘をされているわけですが,その場合に,出国禁止はだれに対して命じるのかという問題があるだろうと思います。これは現実に監護する者,あるいは場合によってはLeft Behind Parentにも,子どもを出国させてはならないという禁止命令を命じるということでどうでしょうか。
Left Behind Parentに出国禁止を命じるというのは,面会交流をする場合に,その機会を利用して連れ去りをするということがあり得るので,それを防止するという意味でも,Left Behind Parentにも子どもを出国させてはならないということを命じることはあり得るだろうと思います。
そうだとすると,命令の内容は要するに子どもを外国に連れて行ってはならないということであるので,子ども自身の渡航の自由というものを制限するものではないということになります。
一方,子どもが自発的に,私は出国したいのだと言って,渡航の自由を行使しようとする場合には,現実に監護している者,Left Behind Parentに対する出国禁止命令が出ていたとしても,子どもが自ら行くということについては,それを禁止する効力は及ばないという建付があり得るのではないかと思います。
そうするとざるになるのではないかという懸念もあるかとは思いますが,基本的にこのハーグの案件というのは,16歳未満の子どもが対象であり,16歳未満の子どもが自らの判断で渡航の自由を行使することは余り考えられないし,仮にあり得るとしたら,それはそれで認めざるを得ません。
そういう意味で,Left Behind Parent,Taking parentあるいは現実に監護する者に対する子どもを出国させてはならないという裁判所命令と,それに応じた形での行政的な出入国の管理というものが実効的ではないかと思います。
(小早川教授)
では,鈴木弁護士,どうぞ。
(鈴木弁護士)
私も基本的に谷先生と同様の建付を考えています。
行政的な手続で出国を止めてしまうというのは,手続的にもいろいろと不明確かつ法的ないろいろな懸念があることからしても,やはり裁判所を通じてということをするべきではないかと考えます。
ただ他方で,やるとすれば保全処分ということになるのだろうと思いますが,結局,出国するというのは,ある意味すぐできてしまう話であるので,今の日本の現状では,保全処分といっても一定の審理に時間をかけているとなっているので,結局そこに時間がかかってしまうと意味がないとなってしまいます。
そこについてはやり方を考えなければならないと思うが,少なくとも早期に出せるようにする,もしくは申立てた後に,申立て側からの意向を聞き,最終的に相手方から意向を聞くとしても,その後,すぐに出国禁止の処分が速やかに出せるということにしないと,結局そこについては実効性がなくなってしまうのではないかということを懸念しています。
また,憲法論との関係についても,私自身も親が連れて出てしまうみたいなことが現実的に懸念をされるというのは,幼い子の場合が圧倒的であろうと思うし,基本的に,勿論親自体が出国することを止めるということは必要ないと思うので,結局問題になるのは子どもさんに対してだけということになります。
そうすると,結局,例えば共同親権下であれば,片方の親が出すべきではないと思っている,片方の親が出したいと思っているというところになるというわけで,子ども自体の出国の自由が実際にそこで侵害されるというのは,先ほど谷先生も御指摘をされたような,恐らく中学生ぐらいのごく限られた事案となるのではないかと思うし,そこについての例外的な措置としては,例えば保全処分であれば,保全処分を発する場合に,子どもからのヒアリングを行うということの上で決断をするということでも対応は可能なのではないかと考えています。
ここは是非今回,このハーグ条約の手続に併せて導入をしていただかないと,かえって紛争の激化を招いたり,結局何もできません。これがないために,実質的に子どものために行われるべき裁判上の手続をあきらめざるを得ないということにもなり得ると思っているので,是非御検討をいただきたいと思っています。
(小早川教授)
では,ほかにいかがでしょうか。どうぞ。
(法務省(金子官房参事官))
法務省の金子です。
今の出国禁止の関係であすが,私どもの方で知識と経験が不足している部分があるので,先生方の感触をお聞きしたい点があります。
出国の問題は,Left Behind Parentによる子の連れ戻しの場合と,Taking parentの方が言わば逃げる形で子と共に海外へ出国するという場合とが想定されますが,現実にこのハーグ事案で,例えば返還の申立てがあったという場合に,そういう事態が起こる可能性というか,その辺りを少し先生方の感触をお聞きしたいと思います。○小早川教授 それでは,どなたでも,あるいは委員でおられる方々も含めてでも結構ですが,いかがでしょうか。
(池田弁護士)
そうしたら,お話がしやすい立場の私からいきます。
私の場合は,アメリカ国籍を有する父親が日本の母親のもとにある子どもに会いに来たときの子どもを連れ去るという可能性があるかないかということですが,理屈上は,可能性はあるし,しかも,先ほど申し上げたとおり,そのことをもって母親が面会交流をさせないという理由に使われてしまう可能性があるわけです。
したがって,実際問題,日本の国内で面会交流をした際に,絶対に連れ去りをしないからということを証明するためにどのようにしたかというと,父親のパスポートを母親あるいは母親の代理人のところに預けるということをし,実際上,国外に出ることができないようにしてしまった。子どものパスポートは勿論母親が持っているわけであるから,それも当然取ることができないような状態に置いたということです。
私どもの依頼者は,それはないと本人は言っていたが,理屈上はあるし,そのことを母親の方から面会交流させない理由として使われる可能性があるということを指摘したいと思います。
(小早川教授)
鈴木弁護士,どうぞ。
(鈴木弁護士)
私の方では,先ほども例としてお話したケースで,これはTaking parentが連れていくという場面でありましたが,現状としては,お母さんだけが親権を持っています。お父さんは現実に子どもを週の半分以上見ているのですが,監護権としては全く法律上は持っていないというケースでありました。
現実は,教育も全部お父さんの方が責任を持って見てきたということがあったので,いざ親権者の変更を申立てようかということの検討をしました。ただ,もしそうなった場合に,お母さんの方としては,恐らく自分が,要するに日本が共同親権を認めないという制度で,そうするとお母さんは今まで100だったのが一気にゼロになってしまうわけです。お母さんとしては,それを恐れるあまりに,それだったらすぐにでも国外に。それは具体的な例であるが,お母さんがもともと国外に連れて行くという話がある中で,親権者の変更の申立てをした方がいいのではないかという話になったのですが,そうなったらお母さんとしては,とにかくただ子どもを連れて行ってしまって,お父さんとの接触も一切断つだろうと。
今の場合には申立てをしたところで,国外への出国を禁止する処分もないので,だったら予定を早めて行ってしまい,それで終わってしまうだろうということで,結局,それが大きな理由となり,申立てをあきらめたという事案は,現実的にありました。
もう一つ,パスポートの関係。今のパスポートを預けるというのは,確かに1つの方法だろうと思います。ただ,先ほども申し上げましたが,日本では片方の親でパスポートの再発給は可能であるので,例えば紛失したということを言って,パスポートを出してもらって,出国してしまうという可能性は,この場合にも否定を仕切れないのではないかと思います。
再連れ去りの関係でいうと,やはり一旦連れて行った後に関しても,具体的な御相談を聞く中で,向こうが再連れ去りというのをどうしても懸念するので,帰国を認めてもらえないという御相談というのは,現実に受けることがあります。
(小早川教授)
川島弁護士,どうぞ。
(川島弁護士)
私は,離婚調停をしていて,妻が外国人というケースがありましたが,離婚の原因というのが,やはり子どもをすぐに自分の国へ連れて帰ると脅すわけであります。子どもさん自身は小学校に上がって,日本で暮らしていたにもかかわらず,そういうことを言われたことがあり,どうしても離婚しないのであれば,日本の調停の制度の中で別居調停というものがあります。事実上既に別居をしていたから,別居をしながらもう少し様子を見ようと。お子さんはお父さんとお母さんの間に行ったり来たりするという調停を成立させようと思った3日前に出国されてしまったという経験があります。
かなり危ないので,パスポートは手元に置きなさいとか,いろいろなことを言ったのだが,やはりパスポートも持って行かれたままでありましたので,結局は出国されてしまったときに,非常に残念だったなという経験はあります。
以上です。
(谷弁護士)
恐縮ですが,私は11時半で時間であるので,ここで退室をさせていただきたいと思います。申し訳ございません。
(小早川教授)
相原弁護士,どうぞ。
(相原弁護士)
私もやはり連れ去られる危険性というリスクを非常に抱えたという案件は2件ほど経験したことがあります。
ただ,これというのは,国内もそうであり,男女問わずですが,一度相手に無断で連れ去ってきているということ自体が,多分相手から,また再連れ去りされるであろうという心理的な状況には,まずTaking parentの方はなっていると思います。これはいいとか悪いとかいう問題ではなく,国内案件であろうと,国際案件であろうと,とにかく相手に無断で連れてきていますので,相手が連れ去ってしまうであろうということに関しては,Taking parent側からすると,男女関係なく疑心暗鬼というか,そういう不安感になっています。
したがって,そういうことがないという状況をつくらない限りは,なかなか面会交流というのはしにくいし,更にはちゃんとした最終的な合意にはなかなか至らないのかなと思います。少なくとも,そういう可能性,リスクがある以上は,それに対する配慮は必要なのではないかと思います。
(小早川教授)
杉田弁護士,どうぞ。
(杉田弁護士)
今の点については,特に有りません。
(法務省(金子官房参事官))
川島先生,DVの被害に遭ったとして,例えばお子さんと共に日本に帰ってきた日本人女性の場合,この手続が始まりそうだと,あるいは裁判所に返還の申立てがあったということを聞いて,外国へ逃亡するというリスクについてはいかがでしょうか。
(川島弁護士)
例えばの話,一旦日本に帰国した女性が,再びハーグ条約を締結していない国にとか逃げていこうということでしょうか。
(法務省(金子官房参事官))
はい。
(川島弁護士)
余り考えてはいなかったのですが,その女性の危機感次第ではあり得るのだろうと思います。でも,その女性と子どもさんにとっては,日本の国か,あるいは逃げてきたもとの国というのがお子さんにとっては一番いい国で,第三国に行くということ自体は,お子さんにとってはかなりのマイナスになるし,母親にとっても非常に厳しい状況だと思いますので,私自身としては,やはりそれは日本の国の中で解決できるような仕組みがなければいけません。そうであるから,DVのケースについては,どのような配慮があるのかということがはっきりしなければいけないだろうと。
表面だけ流れていって,ハーグ条約に入って,日本に帰っても危ないから,この際どこか行こうではないかという,いわゆる風評というものが出る恐れというのは,恐らく否定できないと思います。
(川島弁護士)
よろしいでしょうか。杉田弁護士,どうぞ。
(杉田弁護士)
池田弁護士あるいはほかの先生方にもお伺いしたいと思うのですが,接触の権利に関する中央当局の支援ということについては,これからこの懇談会でもお話をしていくことになると思いますが,まだ具体的にどういう支援ができるのか,あるいはすべきかというところについて,私の方では余りイメージが持てないでいるところですので,これまでの経験等を踏まえて,どんな支援が求められるか,あるいはあった方がいいかということについてお伺いできればと思います。
特に合意形成に関しては,調停制度の紹介とかということは何となく思いつくのですが,実際にできた合意についての履行確保と,先ほど谷弁護士からもお話がありましたが,そういうところも含めて,具体的にどんな支援が求められているか。実際,実現可能かどうかはとりあえず置いておいても,こういうものがあった方がいい,あるいはあるとありがたいというものについてお伺いできればと思います。
(池田弁護士)
私の方では,実際の制度上,機構上どのようなものがあったらいいかということについて,具体的なイメージというのは,はっきり言って,まだ湧いていません。
ただ,1点だけ。先ほど鈴木先生が御指摘になった点で重要だと思われる点を指摘させていただきたいと思いますが,それは調停委員を日本人に限る必要はないのではないかということと,そこで使用される言語は日本語に限る必要はないのではないかということです。
私は別に法廷通訳の問題を日弁連の法務研究財団でやっていますが,確かに裁判所法74条というところで,裁判所では日本語を用いると書いてあり,実際上,私は調停という制度が一番なじむとは思っていますが,その調停委員を日本人に限るということになると,先ほど私が述べたことと関係するが,日本人がもともと持っている固定観念に従った解決にしかならないのではないかということを非常に危惧しています。
したがって,調停委員については,外国人の方もなることができるような制度設計をすると同時に,言語についても日本語以外の言語が使用できるようにする方がいいのではないかと思います。
ただ,そうなると本当に外国語を使える弁護士が手当できるのかという問題がまた別にあるのですが,それは置いておいて,そうなると,どうしても裁判所あるいは国家機関として,そのような役割を果たすということが本当にできるのだろうかということが疑問になってきます。例えば最近はやりのADRのような制度として構える必要があるのではないかという気がしています。
以上でございます。
(小早川教授)
よろしいでしょうか。ほかにはいかがでしょうか。棚村先生,どうぞ。
(棚村教授)
川島先生にお伺いしたいことがあります。
これは必ずしも中央当局の任務とか,仕事でない部分かもしれないが,先ほど金子参事官からのお話の中でも出てきて,DVの被害を受けて日本に子どもを連れて帰ってきたという場合には,必ずしも子どもを奪取するというよりは,緊急避難的に追い詰められて子どもも一緒に連れてきたという形のものがあるかと思います
そのときに,海外では先ほどちょっとあったと思いますが,DVの定義が非常に心理的な部分でも,先ほど言った経済的に何か追い詰めるとか,あるいは行動を監視するとか,いろいろな形の自分の地位とか立場の濫用みたいなものも含まれる。それから,精神的にも,言葉でも,態度でも追いこんでいくということがあり,それを子どもが目撃するということに対しても一種の子どもに対する虐待とかいう評価をするようなところも欧米では増えてきているわけであります。
その中で,日本人の母親がそういうことに気付かないで,むしろそういうことはDVだとも思っていなかったようなことが,逆に欧米先進諸国ではDVとして扱われています。
端的にお聞きしたいのは,返還の拒否事由の中で,日本の裁判所で,DVを子どもが目撃するという,家庭の中でそういうDV的なことが行われているというときに,日本の配偶者の暴力という範囲と,海外との違いみたいなものがあるとすると,返還拒否事由の中にそういうものを明確に入れ込んでいく方がいいのか。それとも,最終的にはお子さんが,子の福祉が重大な危険にさらされるという形で,そのDVの問題もお子さんにとって,一緒に監護をしたり,母親が面倒を見て生活をしていく中でそういう問題がお子さんにも悪い影響を与えているのだということで取り上げていく方がいいのか。
つまり,DV,そしてお子さんに対する悪影響というものをどういう項目で具体的に返還の拒否をする場合の判断の基準として盛り込んでいった方がいいかというのが,返還手続ではちょっと議論になっています。
先生のお考えを伺わせていただきたいのは,暴力とかDVといった場合も,本当に身体的,客観的に目に見えるものから,先ほど証拠の話が出てきましたが,診断書みたいな形で示されたとしても,程度とか内容とかというのはバライティがあると思います。そのときに,返還が絶対これは認められないのだというものをいろいろ海外でも見ていると,そこら辺りの判断の基準とか,在り方というのはすごく難しいものでありますから,先生が多数扱っている中で,先ほども言われていた,ちょっと大げさに言っているDVとそうでないもののリスク評価みたいなものが難しい中で,返還拒否の事由としてそれをどういうふうに盛り込んだらいいのかということの御意見がもしあればお願いしたいと思います。
(小早川教授)
川島弁護士,どうぞ。
(川島弁護士)
今日は中央当局の在り方と限定されたので,実は返還のところまで十分に勉強してこなかったが,なかなか難しい問題だと思います。
なぜかというと,DVというのが,こういうふうに名札を付けてDVであるとわかるとすれば,それはもう返還拒否事由に入れていただきたいと思います。日本でも,最初に御紹介したように,児童虐待防止法で両親のDVを目撃するなら児童虐待なのだと。だから,子どもの福祉に反するとストレートにいくのです。
だが,実際問題として,DVの名札を付けて帰ってくるというのはなかなか難しいです。しかも,身体的な暴力であれば,あるいは体に痕跡があるかもしれないが,先生が御指摘されたような見えない暴力。暴力の実態というのは,殴る,けるではなく,そういう殴ったり,けったり,心理的な圧力を加えたり,経済的に追い詰めて,支配してコントロールするという関係なのです。夫婦の間の支配,コントロールの関係だからこそ,なかなか抜けられないわけであるから,その支配,非支配というものを名札にして見せるということはなかなか難しいのではないかと私は考えています。
そうだとすると,1つは,明らかなDVの場合はどうするのか。本人が申告しているDVの場合はどうするのか。余り証拠がないのだが,最大限証拠を集める努力を中央当局には協力して,支援していただきたいと思っています。
もう一つは,本人にそれほど強い証拠がないとしても,実はお子さんに影響というか,お子さんに状況が出ている場合は案外多いのです。であるから,お子さんの心理的なものをいろいろな形で診断するなり,カウンセリングの方たちとかがいろいろ聞き取る中で,子どもさんにとって実はそれは非常に悪影響があって,それは夫,父親のDVなのだと。あるいはDVでなくても暴力的なものなのだということがわかるとすれば,それは子どもに対する悪影響というところでくくることはできると思います。
そうすると,DVと掲げてしまうと,証拠のない人が抜けてしまうのかという危惧と,はっきりしている人たちにとっては非常にいいのかなという部分があり,何とも言えません。
ここからはすごく個人的な話なのだが,この中にDVの場合というのを掲げるというのは,少し違和感があるというか,むしろ子どもの方から出発して,子どもにとってこうなのだからという方が,私としては説得力があるのかなと思います。親の方にDVの証拠があれば,それは子どもにとって悪い影響があるのだからという方が,個人的には使いやすいというと変だが,いざ自分が何か仕事としてやるときにはやりやすいのかなという感覚がするという程度で,余りきちんと勉強してこなくて,今日は中央当局ばかり勉強してましたので,済みません,そんなところです。
(池田弁護士)
済みません,私の与えられた役割の範囲を超えるかもしれませんが,私も同じような考え方をしています。ハーグ条約では,子どもに対する暴力があったことというのが引渡しの拒否事由に挙がっているわけでありますが,DV自体はその条件には入っていません。
ただ,DVが子どもに対する影響がどうなるのか。子どもに対する暴力とみなされるのかどうかということで問題になるわけですので,そのDVの解釈が外国と日本とで定義自体が違っていたとしても,それほど問題がないというか,解釈が外国と日本で異なっても別に構わないのではないかということが結論であります。
ですから,結論としては,子どもに対する暴力があったか,なかったかが主目的であり,DVがそれに当たるかどうかが問題なのであって,DVの定義自体を外国とそろえる必要性は必ずしもないのではないかというのが私の見解です。
(小早川教授)
ありがとうございました。棚村教授,どうぞ。
(棚村教授)
今度は,中央当局との関係ですが,中央当局も所在の特定であるとか,安全な返還とか,任意の返還,合意による円満な返還のための援助をするということですが,中央当局自体を考えると外務省に置かれているし,そういう意味では,ほかのいろいろな関係する省庁の協力が得られないと,なかなか実現自体は難しいと思います。
特に返還の手続もさることながら,そういう合意による解決,ハーグ全体でいくと,合意によって司法手続で返還されたものを含めると,4割近くは任意の返還になっているようです。国際的な子の奪取問題を調整したり,任意の返還につながるために面会交流を実際に仲介して,当事者の間に信頼関係がつくれるかはきわめて重要な要素と思います。
つまり,子どもと会わせてもらえるのだという環境なり,条件をいかにつくっていくかということが最終的な返還の手続も,司法的な判断によるものも,それを実現していくプロセスへも必要になってくると思います。強制力とか,力とか,そういうことだけでやってしまうと非常に問題があるというのは,私自身考えているのですが,そのときに中央当局というのは,ほとんどそういうノウハウとか,問題解決のための手立てというのはなかなか持てないのだと思います。そのときに,それをどういうふうに社会的に支援していくか。
実は,神戸市がDVとか困難な問題のあるケースでの面会交流を市のレベルで支援するプロジェクトを始めたということを聞きました。それから,厚労省の方にもし聞ければと思うのですが,民間のFPICという家庭問題情報センターというものがあり,厚労省の国内の問題について,とりあえず市区町村のところでそういうことの相談や支援の仕組みをつくるというお考えがあるような話を伝え聞きました。国外事件も含めて,今後何か動きがあれば,むしろ先生方というよりは厚生労働省かもしれませんが,そういうところで例えば少子化とか子ども施策をやっていく上で,このハーグ条約というのもひとつ位置づけていただき,身近なところで交流支援みたいなことをやっていただけるようなことがあれば,是非今回も。多分中央当局はそういう機関が増えてきて,充実してくれば,そういうサービスがあるということを紹介し,それとの連携やつなぎというのはできると思います。
弁護士会も勿論そうであるが,何かハーグ条約に精通するような,外国語も少し堪能な弁護士さんを集め,そういう形で返還とか交流を任意に解決するための1つのグループをつくるとか,そういう方向はいかがでしょうか。
(小早川教授)
川島弁護士,どうぞ。
(川島弁護士)
面会交流についてはいろいろ問題があり,実際なかなか難しいという例と,うまくいくという例の両極端に分かれてしまします。できるか,できないかに分かれてしまう。
私たちもいろいろな支援というものが受けられるところを探しており,民間団体の中でもFPIC以外にも面会交流をお手伝いしてくださるというNPO法人などは幾つかできています。そういうところがもうちょっと経験とか,たくさんのケースを積んで,オーソライズというか,みんなに知られていけば,そういうことも可能だと思われます。
では,弁護士が手伝うかというと,弁護士は,実は事実上,当事者が連れ去るからというので,私も昨日は立ち会うわけであります。変なおばさんみたいな感じで,子どもの周りをうろうろ。私自身は,そんなに心配ないと言っても,やはり母親が心配だと言えば,しようがなくなく行っているわけであります。
ただ,これはあくまでも行為に基づいてボランティアにやっていますので,これを組織化してくれと言われるとちょっとしんどいかなというのはあります。というよりは,むしろ面会交流ができる場所というのは,ある意味,国とか市町村,行政機関かもしれませんが,ある程度つくっていただいた方がいいと思います。実際にその面会交流がうまくいけばというのは大いにあり,DVがあろうがなかろうが,夫が離婚しないという理由の第1は,これで子どもと生き別れになってしまいます。二度と会えないのではないかという不安なのです。その不安をどのように解消するかというのが離婚事件の一番重要なところです。
表向きはお金の問題とか,親権の問題とかあるが,中身で言えば,父親が今後子どもに会えなくなってしまう不安をどう解消するかというところでありますので,その面会交流について十分な合意ができる,話し合って解決できる,あるいはその面会交流に実は柔軟な人たち,連れ去りの危険さえなければ柔軟に対応するという人たちはたくさんいますので,どこのだれがやるかということはさておいて,そういうものができるということについては,私も是非期待したいし,お願いしたいところであります。
以上です。
(小早川教授)
厚生労働省さん,何かありますでしょうか。
(厚労省(森實調査官))
面会交流の支援については,厚生労働省の関係では養育費相談支援センター等々を通じて,かなり小規模で細々とできる範囲でやっているという状況が現状かと思います。
これを,ではハーグについても全部引き受けるという形でやるというのは,予算面,人員面等々を考えると,そういったことを行うと言えるような状況ではないと思います。どこかで1つそういうところでまとめて引き受けるというのは,なかなか現状では難しいと思うので,いろいろな国の機関あるいは法テラス等々,いろいろな機関を通じて,そういったものについて対処していくしか現状ではしかたがないかと思っています。
以上です。
(小早川教授)
もう時間が迫ってまいったので,そろそろ締めたいと思います。
本日,大変貴重な御説明をいただき,それに基づいて,また多面的に,しかもポイントを突いた議論,意見交換ができたと思います。
中央当局の役割にとどまらないいろいろな議論が出たが,中央当局としては,最初は子の所在情報の扱いの話もありました。保全措置というか,出国禁止関係の話もありました。
返還拒否事由とDVの関係の話は,どちらかというと司法サイドの問題かもしれません。
あと,最後の方でも面会交流の件がありましたが,これはやはり中央当局の役割が非常に大きいということで,今日もそのお話がたくさんございました。
私は進行役で,聞きたいなと思っているうちに,谷先生が退席されてしまったのですが,子の所在情報について同意を要件とするということについて,かなりはっきりした否定的な御意見をいただきました。それはそれでわかるのですが,昔,川島先生と情報公開で一緒にお仕事をしたこともあるのですが,情報というのは一旦出るとそれでもう決まりというところがあります。それは,手続を進めるための前提であると同時に,それを本当に出していいかどうかというのは,かなり本案的な話でもあります。ですから,谷先生に,そこは中央当局がどこまでやるべきなのか,その辺の感覚をお聞きしたかったのですが,その機会を逸してしまいました。
もう時間もないのですが,お三方,全体を通して何か御感想なり,付け加えることがあったら是非お願いしたいと思います。
(池田弁護士)
では,3人ともしゃべるという前提で,簡単にお話しさせていただきます。
最後に出てきた面会交流の問題は,勿論ハーグ条約に限らず,離婚の場合に必ず問題になるわけであります。特に外国人が絡んだ離婚の事件の場合には,その問題がより明確化すると御理解いただいた方がいいと思います。
例えて言うならば,慰謝料とか養育費をもし夫が支払わなかったならば,妻の方から強制執行できるわけであります。しかし,面会交流については,もしお母さんが仮に実現してくれなかったとしても,お父さんは何も手立てが取れないというのが現状であります。そもそもの根本点はここにあります。
更に言うならば,離婚事由です。例えば相手方配偶者が不貞行為をしたとかいうことがあれば,これは離婚事由として認められるとか,条文に書いてあるのですが,相手方にこういう事情があれば親権はこちらにくるということは一切条文に書いていません。これも根本的な問題であります。
私がやった事例で,ニュージーランド人の夫と日本人の母親がいたのですが,母親の方が強度の精神病になりました。強度の精神病だから,親権は父親に譲るべきだと言ったところ,しかし,それでも子どもはちゃんと育っているではないかと裁判所から言われ,親権をもらえなかったという事例があります。
ですので,この問題を考えていくときは,そもそもの例えば面会交流であれば,面会交流固有の問題とハーグ条約自体に含まれている問題とを分けて検討していく必要があるのではないかと思います。
以上です。
(川島弁護士)
子の所在の問題でありますが,ハーグ条約の手続の中で必要なのかどうかということを考えたときに,私たちは離婚事件のとき,妻の住所を元の夫の住所地であるとか,弁護士の事務所付で出したりし,手続の中で子の所在地がどこであるかというのを被告側に知らせる必要はないのではないかと,私自身は谷先生のお話を聞いていて,考えました。
ですから,どこか知り得べきところを知るというところまではやむを得ないと思うのですが,その先に情報が漏れないようにということを,今日はそれを一番言いたくて,実は参っており,それはなぜかというと,DVの被害者というのは,場所を知られるのが一番怖いのだということです。
ハーグ条約全体について申し上げると,DVの被害に遭って帰って来た方たちというのは確かにいらっしゃり,その方たちがすべてではないということは,私自身知っていますので,その人たちの声が大きくなるのも,それはそれで余り望ましくはないと思います。全体としてどのように解決していくか。
子の立場に立って考えるというのは,日本の裁判を見ている限り,欠けている点なのです。日本の離婚裁判というのは,大人の紛争の解決であり,それに付随して子どものことを決めればいいやぐらいの発想ですが,ハーグ条約の中で子どもが一番重要なのです。子どもにとって何がいいのかという視点で物事を考えるとすれば,ある意味,日本の今までの物の考え方に対する方向転換の起爆剤になるのかもしれないし,あるいはそういう意味を持ていただきたいということであります,それ以外の意味をハーグ条約が持っていくというのはどうかなというところはあります。
ただ,そういう意味で,日本人が今まで考えていたいわゆる夫婦の問題の解決の仕方とは違った形のものが出てくるというのは,私自身は悪いことではないと思っていますので,今日申し上げた中央当局に対するお願いについて十分配慮していただいた上で,皆さん方の結論を出していただければと思います。
こういう機会を与えていただき,本当にありがとうございました。
(鈴木弁護士)
私は特に付け加えるところはありませんが,子の所在のところについては,川島弁護士と谷弁護士の見解が相当対立しているという中ではありますが,恐らくその中で,DVとハーグ条約についてはいろいろな言い方があり,私としては,必ずしもDVに関連する反対派の方にくみするところではないところも大分あるのですが,子の所在発見ということについては,手続を全体的に円滑に進めるという意味でも,相手方に知られてしまうという前提だと,やはり棚村先生の御指摘もありましたとおり,結局ハーグ条約が使えなくなってしまうという手続になってしまうのではないかという懸念をしております。
(小早川教授)
どうもありがとうございました。
本日は大変有益なお話を伺うことができ,また意見交換もでき,ありがとうございました。
それでは,今後の予定について,事務当局から御説明をお願いします。
(辻阪室長)
先ほど申し上げましたとおり,10月31日までがパブリック・コメントの実施期間でありますので,その両方の結果を踏まえ,11月中下旬に次の懇談会を開催したいと思っております。
以上です。
(小早川教授)
それでは,今,お話があったように,本日の議論を踏まえ,次回の会合では,パブリック・コメントのとりまとめ結果について御議論をいただくことになります。
では,これにて「ハーグ条約の中央当局の在り方に関する懇談会」第3回会合を閉会させていただきます。皆様,本日は大変熱心な御議論をいただき,どうもありがとうございました。
(注:特定の個人情報に関する部分については,発言者の了解を得た上で(中略)としてあります。)