家事紛争に「法の支配」を―― 紛争当事者の権利主体性
2011.9.4 弁護士 後藤 富士子
1 家庭裁判所の創設―裁判所法第3章
最高裁判所事務総局総務局『裁判所法逐条解説上巻』244頁以下によれば、裁判所法は昭和22年4月16日に制定されたところ、家庭裁判所は、翌23年12月21日の裁判所法一部改正(昭和24年1月1日施行)により第3章に加えられ、これに基づいて発足した異色のある裁判所である。
戦後、日本国憲法の制定に伴い、家庭生活等に関してこれに掲げる理念を民法の規定上あらわすため、その親族編・相続編の規定を全面的に改正する必要が生じ、内閣に臨時法制調査会、司法省に司法法制審議会が設置され、民法の改正について諮問された。同調査会・審議会が議決答申した「民法改正要綱」の第42に「親族相続に関する事件を適切に処理せしむる為速に家事審判制度を設くること」とされ、これと相応じて、家事審判所に関する法律調査委員会において昭和21年11月28日、「家事審判法案要綱」を議決答申した。そして、家事審判法が昭和22年12月6日制定され(昭和23年1月10日から施行)、これに基づき、家庭に関する事件につき審判または調停を行うための機関として家事審判所が発足することとなったが、家事審判所は、独立の裁判所ではなく、地方裁判所の支部として設けられたにすぎない。
一方、少年については、大正11年に少年法が制定され、少年に対する保護処分の手続を行う機関として少年審判所が創設されたが、日本国憲法制定時には、裁判所と分離され法務庁の所管に係る行政官庁となった。しかし、基本的人権、なかんずく人身の自由に対する保障を極めて強く打ち出している日本国憲法に照らし、少年に対する保護処分を行政官庁たる少年審判所の権限に属させておくことはできなくなった。かくして、少年審判所を裁判所に改組することとなり、少年裁判所設置の構想が進められたが、その立案過程で、少年審判所および家事審判所の運営の実績に鑑み、家庭の平和や健全な親族共同生活の維持と少年の健全な育成・保護との間には密接な関連があるとして、家事事件と少年事件とを総合的に運営・処理する必要から、両審判所を統合して新たに家庭裁判所を設置することになり、裁判所法の一部改正が行われたのである。
家庭裁判所は、憲法第76条1項の規定に基づき裁判所法により設けられた下級裁判所で、その権限は、家庭および少年に関する事件にのみ限られている。これらの事件の多くは、その背景に複雑な人間関係その他の環境的資質的要因が存在し、問題を真に解決するためには、人間行動ならびに人間関係に関する諸科学の力をかりて、これらの要因を十分に調査し、事案に則した措置を講じることが必要であることから、家庭裁判所は、司法的機能とともにケースワーク的機能を十分に発揮させるために設置され、そのための機構として家庭裁判所調査官や医務室が設けられている点において、他の第1審裁判所と異なる。
また、家庭裁判所は、家庭および少年に関する事件のうち、概ね訴訟事件を除くすべての審判・調停事件について裁判権を有する第1審裁判所である。審判事件の審理は、非公開で職権的な手続により行われ、その審判は、具体的妥当性を主眼とし、厳格な法規の適用を受けず、科学的調査に基づく裁判官の裁量的判断によってなされる。この点、公開の法廷で対審を行い、法規を適用して判決する訴訟事件(憲法82条1項参照)と著しく異なる。
このように、家庭裁判所は、訴訟事件を扱わずに審判という民事行政処分を行うのみとした、いわば官製ADRとして創設されたものである。
ところで、平成15年の法改正により、人事訴訟の管轄が家庭裁判所に移管され(裁判所法31条の3第1項2号)、家庭裁判所は訴訟事件を扱うことになった。しかるに、家事審判と人事訴訟の関係について特段の考慮がなされなかったため、全体として陳腐化し、いたずらに事件数の増大や、事件は終了しても紛争は解決しない事態をもたらしている。
2 人事訴訟と家事審判―分断された手続の並立
民法第766条1項は、父母の協議離婚の際、離婚後の子の監護に関する事項について父母の協議により定めることができないときには家庭裁判所が審判により決定すると規定し、これを裁判上の離婚の場合に準用している(民法771条)。すなわち、離婚訴訟において、親権者指定だけでなく、面会交流等の監護に関する事項についても附帯処分として判決することができる。この点では、人事訴訟の管轄が家裁になったことにより、調査官という機構をもたない地裁ではできなかったことが、離婚判決と同時に一括解決できるようになったわけである。
一方、人事訴訟の管轄が家裁に移管される前の時期に、離婚前の別居段階における子の監護に関する事項について、民法第766条を類推適用し、家事審判法第9条乙類審判により相当な処分を行うことができるとされていた(面会交流について最決平成12年5月1日)。
前述したように、人事訴訟の移管問題は、民法や家事審判について何の変化も及ぼさない形でなされたため、離婚後の監護に関する事項を定める審判を離婚前に類推適用することと、離婚訴訟において単独親権者を指定することが交錯し、あたかも離婚前も単独親権制が前倒しされるような法状態が生じている。
しかしながら、民法第766条の類推適用が正当化されるのは、未だ共同親権でありながら一方の親権行使が全的に妨げられている違法な状態を、面会交流等の審判によって救済することにある。
したがって、皮肉なことに、人事訴訟の管轄が家裁に移管されたことによって明らかになったのは、離婚前の共同親権の下における監護問題について、実体的にも手続的にも、無法地帯に放置されていることである。しかも、家事審判は、裁判官の独裁的行政処分であり、判決のような既判力をもたないことも、紛争の解決を妨げているだけでなく、深刻化させている。
3 結語―家事事件に「法の支配」を
憲法第76条は、「すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。」「特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行うことができない。」と定めている。しかるに、家事審判は、裁判官という司法機関が行う行政処分であり、その上訴手続も司法審査ではない点で憲法に違反する。また、ケースワーク機能を有するのは調査官制度や医務室技官制度であって、審判官自身はケースワーク機能をもたないから無用の長物と化している。したがって、家事審判は、廃止すべきである。
そして、実体法的にも手続法的にも、紛争当事者の権利主体性を認める改革が必要であり(たとえば、共同親権制と子どもの代理人制度)、その見地からも訴訟に一元化すべきである。
すなわち、家事審判が廃止されて訴訟と調停の二本立てになれば、調停による解決が飛躍的に高まるはずである。それは、当事者にとって必要なことであるだけでなく、司法の合理化・民主化に資するはずである。
そのような改革を怠っている司法は、具体的ケースにおいて現行法を誠実に適用して、妥当な解決を図るべきである。
(以 上)