擦れ違う主張、深まる亀裂=夫の暴力問題で対立= ―子の連れ去り・日米―
国際結婚破綻をめぐる子の連れ去り問題で、米国の対日圧力が強まっている。日本に子を連れ去られた父親の悲痛な叫びは、米政府・議会を動かした。一方、日本側では、配偶者暴力(DV)から逃れて帰国した母子の保護に懸念が残ることからハーグ条約加盟にも慎重論が根強い。議論がかみ合わないまま、亀裂は深まっている。
◇「児童拉致の聖域」
「ハーイ、ダディ!」。ニューヨーク市の教師ブライアン・プラガーさん(52)は、今も留守番電話に残された長男(5)からの最後のメッセージを消去できない。日本人の妻(39)は昨年6月に長男を連れ、「3週間の出張」で日本に帰ったまま、やがて連絡を絶った。今は2人の居場所すら分からない。
数年前から妻は情緒不安定になり、夫婦仲はぎくしゃくしていたという。「彼女は米国にいるのが幸せじゃなかったんだと思う」。プラガーさんは裁判所で長男の単独親権と返還命令を得たが、日本に効力は及ばない。「今でも息子の髪と顔の感触をこの手に感じる」と涙ぐむ。
日本に子を連れ去られた親たちは、日本を「児童拉致の聖域」と非難し、組織的なロビー活動を展開してきた。これを受けて下院は昨年9月、対日非難決議を圧倒的多数で可決。対日圧力強化を狙った法案も提出されている。
日本でDV問題が指摘されていることについて、父親たちは連れ去りを正当化するための「真っ赤なうそ」と猛反発する。キャンベル国務次官補(東アジア・太平洋担当)も「子を失った上に虐待者扱いされるとは」と憤りを隠さない。
◇暴力に耐えかね…
首都ワシントン郊外のバージニア州にある日本人の互助組織「ケアファンド」の木村洋、耐子夫妻は長年、在留邦人女性の生活相談を手掛けてきた。相談の半数は「国際離婚」のトラブル。夫からの激しい暴力に耐えかね、「何もいらないから日本に帰りたい」と駆け込む女性もいる。 女性の大半が経済力や英語力の面で不利な立場にあり、裁判で子の単独親権を勝ち取るのはほぼ不可能。洋さんは「(子を連れ去る)実力行使以外に救済方法がない状況がしばしばある」と話し、条約加盟後は「最後の手段」がなくなると懸念を示した。
ミネソタ大学のジェフリー・エドルソン教授によると、米国でも海外でDVを受けて子連れ帰国する女性はいるが、大半が条約に基づく子の返還命令を受けている。「米政府は伝統的に連れ去る親を加害者、残された親を被害者とみなしており、これらの母親にさほど同情的ではない」。 同教授は「ハーグ条約には現状のままでは欠陥がある」とした上で、「日本政府は国内法でDV被害者を保護する予防措置を講じるべきだ」と指摘している。(ワシントン時事)