7月12日朝刊
国際離婚条約 ― 子どもの幸せを第一に
国境を越えた結婚が破綻(はたん)し、一方の親が無断で子どもを連れて出国した場合、子を元の居住国に戻し、面倒を見る者をその地の手続きに従って決める。
国家間でそんな約束を取り交わすハーグ条約への加盟に向けて、国内法を整える作業が法制審議会などで始まる。
政府は5月の閣議で加盟方針を打ち出した。問題は、元の国に送り返すことが子の福祉に反する時だ。例えば、夫の暴力や迫害から逃れるため日本人の妻が子と一緒に帰国した。そんな状況でも返還すべきか。
政府は閣議了解の際、子が夫から暴力を受けた▽子の心に著しい傷を残すような暴力を、夫が妻にふるった▽経済的事情などから妻が子に同行できず、現地で子の世話をする適当な人がいない――などの場合は返還を拒否できると、法律に盛り込むことを確認した。
「条約を骨抜きにする」との批判も出ているというが、これらの要件は加盟国のこれまでの裁判例を参考にまとめられたものだ。誤解が広がって国際的な信用を失わないよう、政府は丁寧に説明する必要がある。
こうした拒否理由があるか否かは、日本の家庭裁判所で審理する方向だ。外国での暴力を証明するにはどんな証拠があればいいのか。「著しい」とはどの程度か。具体的な事例を考えながら議論を深めなければならない。その積み重ねが裁判所の判断を安定させるとともに、国民の理解につながる。
もうひとつの大きな課題は、返還手続きの核となる「中央当局」のあり方だ。子を捜し出して保護する、紛争解決のため関係者に情報提供や助言を行う、子を相手国に安全に送り届けるなどの義務を負う。
どれも簡単な話ではない。子を捜すため顔写真をネット掲載する国もあるが、日本では受け入れられないだろう。公的機関がもつどんな権限や情報を用いるのか。警察の力も使うのか。
中央当局となる外務省は、様々な現場で家族間の争いに取り組む専門家の経験や国民の声を聞いて、仕事の内容を慎重に詰める必要がある。加盟国の義務は果たさねばならないが、運用イメージを社会全体で共有し、広範な理解に支えられなければ実務は円滑に回らない。
日本に住んでいた子が国外に連れ去られ、日本側が返還を求めるケースもある。子を思う気持ちに、父か母かの性別による差はない。特定の立場や視点にかたよることなく、子どもの幸せを第一に、しっかり機能する仕組みを作り上げたい。