日本弁護士連合会意見書「『国際的な子の奪取の民事面に関する条約』(ハーグ条約)の締結に際し、とるべき措置に関する意見書」に関する公開質問状
「日本弁護士連合会 会長 宇都宮健児 様」
2011年3月29日
国立市中3-11-6スペースF内
共同親権運動ネットワーク
日々、法曹実務の向上に向け努力されておられますこと、ありがとうございます。
私たちは主に離婚を契機に子どもと離れて暮らすようになった親のグループです。親の離別後も双方の親が子どもの養育にかかわることができるように活動しています。
去る2月18日、貴会は表題の意見書を公表しました。ハーグ条約に関しては、条約の適用によって返還を受ける対象者が主に海外に在住するため、私たちの会に該当者がいるわけではありませんが、この意見書はハーグ条約のみならず、国内外の立法や施策についても提起していますので、その点について、貴会の見解をあらためてお聞きしたいと思い本質問状を送らせていただきました。貴会もこの意見書でその存在を認めております、国内の連れ去り・留置の問題について、私たちは取り組んできたからです。親どうしの関係破綻後、あるいは関係が困難な場合の子どもの養育については、国内外問わず国の施策として取り組むべき課題と思いますが、貴会の意見書(以下「日弁連意見書」と呼ぶ)については、同じ問題の存在を認めておりながら、その解決の姿勢がまったく私たちと違うと感じております。違いはもちろんあってしかるべきと考えますが、あまりにも一面的であれば、問題解決の障害になる可能性もあり、その点を懸念して質問いたします。
一言で言えば、「日弁連意見書」は、ハーグ条約適用事例における例外事例を、「子どもの最善の利益」の観点からなるべく大きく扱い、事実上返還に応じる案件を限定することに主眼が置かれています。結果、こういった観点を国内担保法の制定に際しても盛り込むことによって、国内の連れ去り・留置の問題においても同様の法整備や運用解釈がなされてしかるべきという結論になります。
さて、「日弁連意見書」に前後して、二つの弁護士会から同問題について日弁連同様さまざまな懸念を表明しつつも、違う観点から会長声明が出されました。
兵庫県弁護士会は、「日本がこの条約を批准することは、我が国において、子どもの権利及びDV虐待被害者に対する保護として、関係者らの多年に渡る努力によって保障されてきた水準を著しく損なう結果になるおそれがある」と述べました。他方、大阪弁護士会は、「特に、日本から子が連れ去られた場合にハーグ条約を利用して返還を求める必要性を考えれば、ハーグ条約全文及び21条の面会交流権に対応して、日本法の中に面会交流権の根拠規定を設けるべきである。」と述べています。
この点に関連して兵庫県弁護士会は、外務省調査の結果を引きながら「現在の立場でハーグ条約を批准した場合、子の返還数と返還を受ける数の間には大きな格差があることにも留意する必要がある」と触れています。
私たちは、こういった見解のどれが正しいのかここで述べるつもりはありません。しかしながら、弁護士の皆様方の議論が、数の大小で比較したり、現在のDV虐待施策の水準の維持と面会交流の促進を天秤にかけ、政策的な観点からのみなされていることについて、私たちが日常的に接している弁護活動もこのような姿勢でなされているのかと思うと、多少とも残念な思いがしないではいられません。
すでに昨年5月25日にも、貴会が離婚後の子どもの養育について開催したシンポジウムについて、貴会について質問状を提出し、当時は「パネリストの発言」との理由でお答えいただけませんでした。日弁連の見解は、会の公益性とともに、立法の議論に反映され、私たち別居親子の今後の人生を大きく左右することもありえます。少なくともあなたがた弁護士に弁護活動を依頼する私たちの疑問に、誠実にお答えいただきますようお願いいたします。
1.貴会意見書の全体の趣旨を文意を汲み取ると、貴会は以前ハーグ条約に加盟すべきと表明したかつての見解を変え、そもそもハーグ条約加盟は望ましくない、あるいはできれば避けたいと考えているように受け取れますが、貴会の見解は今回の意見書で変わりましたか。
(なお、貴会は2003年5月の「子どもの権利条約に基づく第2回日本政府報告に関する日本弁護士連合会の報告書」において、以下のように述べており、今回の意見書は趣旨がまったく変わっているかに読み取れる。
「国境を越えた子どもの奪い合い(第11条、第35条)
夫婦間の子どもの奪い合いにより、海外から日本に連れてこられた子ども、及び日本から海外に連れだされた子どもの取戻しを容易にするため、国際的な子の奪取の民事面に関する1980年のハーグ条約に加入すべきである。
別居又は離婚した夫婦の一方が子どもを国外に連れだした場合、他方の親は、多くの場合、国際的な子の奪取の民事面に関する1980年のハーグ条約により、子どもを取り戻すことができる。すなわち、子どもを奪われた親は、自分の居住国で申立をすれば、申立は、子どもの居住国に送付される。そして、子どもの居住国は、子どもの返還のためにすべての必要な措置をとる。この条約の締約国は50か国以上である。
ところが、わが国は、この条約の締約国ではないため、外国から連れてこられた子ども、及び外国へ連れだされた子どもを取り戻すことが最も困難な国となっている。現に外国人配偶者が日本人配偶者からの子どもの取戻しに成功した例は、1件のみが公表されている(最高裁1978年6月29日判決)。これに対して、失敗した例としては、最高裁1985年2月26日判決、東京高裁1993年11月15日判決等がある。これらの判決は、子どもが日本に連れてこられてから長い時間が過ぎていることを理由のひとつとしているが、そもそも子どもを奪われた親は、自分で子どもを探し出し、裁判を起こすしかなかった。
このような不都合を避けるため、1980年のハーグ条約が作成されたにもかかわらず、わが国は、この条約の締約国になっていないのであるから、子どもを連れ戻すことができなかった責任は、もっぱら日本政府にある。あるマスコミの報道によれば、米国から日本に連れだされた子どもを取り戻せない米国人の親たちは、日本政府を相手にクラス・アクションを起こすことも検討している。)
2.仮に変わったのであれば、その理由を教えてください
3.貴会の意見書では、国内における連れ去り、留置の問題の存在を認めた上で、国際的な事案においてはさまざまに例外規定を用意するように述べています。この点から考えれば、貴会は国家間、国内にかかわらず、監護権を持つ親のもとから子どもを連れ去り、留置する場合には、原則として返還に応じるべきではないと考えていると解釈できますが、貴会の趣旨はそういうことでしょうか。
4.貴会の意見書には、「ハーグ条約に遡及的適用がない旨の確認規定を担保法上定めることや、国内における子の連れ去り等や面会交流事件には適用されないことを担保法上明確化し、かつ周知すること」とあります。
このことは、法律家の世界ではそうなのかもしれません。しかしながら、あえてそのことを明示するということは、国内の子の連れ去り等や面会交流事件などの解決には、現行法とその運用のあり方がよいと日弁連が考えているということになりますが、そう解釈してもよろしいでしょうか。
5.私たちは、連れ去りとそれをきっかけとする片親疎外の実行によって、親権の所属が決まり、かつその後の親子交流が多くの案件で絶たれていることから、その当事者で団体を作り、問題点をくり返し指摘してきました。4のような日弁連の解釈であれば、今後も私たちのような当事者は増え続けると考えられますが、貴会はそれもしかたないとお考えですか。
6.条約実施、担保法の施行まで3年程度の周知が必要であることを貴会は述べています。もちろん周知は必要です。しかし、3年の間にハーグ条約で救われるはずの別居親子の当事者は増え続け、かつ周知期間の間に、駆け込み的に子どもを日本に連れ去る親が増えることが予想されます。3年の根拠を教えてください。
7.日弁連は、担保法の内容について、「返還を命じた場合に子とともに常居所地国に帰った親が同国において刑事訴追を受けることがないような事案等については、返還を命じない、あるいは執行しないことができるような法制度であること」と述べています。ここで私たちは連れ去った親に刑事罰を適用すべきだとは言いません。しかし、連れ去った者勝ちが許されることには国際的であれ、国内であれ、その防止に政府や法の関与が必要であると考えます。この点についての貴会の見解を教えてください。
8.貴会は、在外邦人に対し、当該国の法について必要な情報やそれに詳しい弁護士情報を提供することを述べています。この際、貴会の意見の通りに国内担保法が整えられたとして、当然その情報も在外邦人に提供されることが予想されます。そうなると、海外での刑事罰の適用を逃れるために、訴追に対して担保法が守ってくれる日本国内への子の連れ去りも増える懸念がありますが、その点についてどうお考えですか。
9.原則として、私たちは親どうしの関係いかんにかかわらず、双方の親から子どもが養育を受けること、親を知る権利を維持することが、子どもの権利であるということを、法的にも社会的にも確立することを目指して活動してきました。ハーグ条約は、さまざまな運用上の注意点が仮にあるにしても、この点について同趣旨であると考えています(この点、「日弁連意見書」は条約上の子の迅速な返還に焦点を絞り問題点を指摘していますが、ハーグ条約では条約の目的においても面会交流の尊重規定があります。ハーグ条約が作成された当時の各国の法制度は、単独監護と面会交流権という形態が多かった中でその点について触れていることは意味のあることです)。したがって、これらの趣旨を尊重し、仮に条約に加盟するのであれば、両方の親から子どもが養育を実質的に受けることができる法整備も国内において整えられる必要があると考えますが、こういった原則を国内において確立することについて貴会は反対ですか。
10.子どもの養育に双方の親がかかわるということは、養育放棄の親に対しても責任が問われていくことをも意味します。こういった観点から経済的にも実際の養育の面でも、子どもの養育への関与を拒否されてきた親子への法的な救済にも道が開けていくはずです(共同親権が実現すれば、少なくとも法的には婚外子婚内子の差別もなくなります)。国内法を据え置く「日弁連意見書」は、こういった点にも反すると思われますが、この点についてどう考えますか。
11.貴会は子どもの権利条約3条を例に引いて、「子どもの最善の利益」確保の見地からDVや虐待がからむケースにおける場合や常居所地国で刑事罰訴追を受ける場合に返還を命じることがないような法制度を整えるべきことを述べています(こういった指摘は、海外で日本人がDVや虐待の加害者となり刑事訴追を受けることはありえないという想定のもとでの主張であるということはここでは措いておきます)。しかし子どもの権利条約の一部のみを取り出し根拠とすることについては疑問があります。
子どもの権利条約は、その7条においてその父母を知りかつその父母によって養育される権利を、8条においては家族関係を含む身元関係事項の保全、速やかな回復のための援助と保護を、9条においては、その1項で親子不分離の原則を、3項において分離されている子どもが定期的に父母のいずれとも人的な関係及び直接の接触を維持する権利を、10条においては国家間における家族再会についての規定を、さらに18条においては父母の共同での養育責任と締約国のそれらへの援助を定めています(「日弁連意見書」で述べる女性差別撤廃条約においても16条で締約国が、女性に対する差別を撤廃するため措置をとることを求め、その中には、婚姻中及び婚姻の解消の際の同一の権利及び責任、子に関する事項についての親(婚姻をしているかいなかを問わない)としての同一の権利及び責任が例示されています。「日弁連意見書」では、日本で生まれた子どもと引き離された母親は国内外問わずこれらの規定は適用されないことになります)。
もちろん、例外時においても子どもの権利が考慮されるべきことは当然ですが、なぜ「日弁連意見書」では、DVと虐待事例においてのみ、子どもの権利条約を引用し、「子どもの最善の利益」を当てはめようとするのですか。
12.貴会は、ハーグ条約の実施にかかわるすべての関係者・執行官に子どもの権利条約を含む国際人権法についての研修を実施するように政府に求めています。その点については私たちも賛成です。11の質問で述べた子どもの権利条約と女性差別撤廃条約の関連条文、趣旨も、同様に周知徹底を求めるべきと私たちは考えます。日弁連はこの点についても賛成しますか。
13.2003年5月の「子どもの権利条約に基づく第2回日本政府報告に関する日本弁護士連合会の報告書」では、子どもの権利条約11条(国外不法移送不返還の防止)、35条(誘拐、売買、取引の防止)を根拠にハーグ条約への加盟を貴会は求めました。35条は、「締約国は、あらゆる目的のための又はあらゆる形の児童の誘拐、売買又は取引を防止するためのすべての適当な国内、二国間及び多国間の措置をとる。」と述べています。この条文を根拠にハーグ条約加盟を求めたということは、日弁連は国際的な子の奪取を、「誘拐」であるとみなしていることになります。日弁連同様、この点についても関係者・執行官への周知徹底を求めるべきことに私たちは異論はありません。日弁連も賛成しますか。
14.「日弁連意見書」では、DVや虐待事例における被害者の保護がハーグ条約への加盟によって損なわれるということを前提に議論がなされています。私たちは、日本の協議離婚やルール不在の調停の運用、海外と比べて広いDV法の適用範囲など、力関係によって左右されがちな離婚時の子の監護紛争を、原則とルールに則ったものへと変えることを求めてきました。同時にDVや虐待の被害者が安心できる制度が整っていないのも事実だと思います。二つの問題は関連しつつも別個の問題であり、ルールの整備が家庭内暴力の被害者保護を損なうかどうかは必ずしもバーターの関係ではないと私たちは考えます。このことは海外においても共同養育の原則が確立した上で、家庭内暴力の施策が同時に進められていることからも明らかです。この点について、貴会はどう考えていますか。
15.「日弁連意見書」では、返還の例外事由に関連して、子どもが異議を述べているにもかかわらず返還を命じることが問題視されています。この点について、「子の意見が適切に聴取されかつ尊重されるよう」配慮することは必要でしょう。しかしながら、私たちが常日頃見聞きするのは、引き離しが長引いた末の「子どもが会いたくないと言っている」という同居親や弁護士、さらに調査官による説明で、親子関係が中途する数限りない事例です。この点において、これら関係者が適切に子の意見を聴取できるかはなはだ疑問です。むしろ、これらの関係者が子どもの面会と引き替えに離婚条件や金品を要求する人質取引の首謀者や幇助者になっていることについての危惧を、過去にも貴会に指摘してきました。1回限りの子の異議の意思によって返還も面会も否定するのであれば、子どもの意思で親を捨てさせるということになりかねません。子どもがどちらかの親を選ばされるという立場に置かれることなく、安心して意見表明できなければ、子どもの権利条約12条の「自由に自己の意見を表明する権利」も保障はされないでしょう。こういった観点から、やはり両方の親との関係維持を原則にした国内法整備が必要と考えますが、日弁連はこの点についてどう考えますか。
以上の質問に対する答えは、4月8日に直接日弁連に取りに伺いますので、ご回答をご用意いただけますようよろしくお願いします。
なお、この意見書は、当会のホームページ、会報、メールニュースで公開の上、日弁連からの回答も(回答がない場合はそのことも)同様に公開いたします。