読売「人の数だけ家族の形 映画へ背中押してくれた」

人の数だけ家族の形 映画へ背中押してくれた

記事本文はこちら

おかあさん 「オカンの嫁入り」を制作した映画監督・呉美保さん

 ある日突然、娘と年齢が変わらない金髪男と再婚すると宣言した母――。
大阪を舞台に、母と娘の絆を見つめる映画「オカンの嫁入り」(2010年)。
大阪芸術大出身の監督・呉美保さん(33)は、
「これからも親子や家族を撮り続けたい」と語る。

 「私は祖父母と両親、姉と弟の7人家族。家に帰るといつも誰かがいて。
思春期の頃は、うっとうしくもありました。反面、誰かとぶつかっても、
誰かが助けてくれる。うちではケンカもコミュニケーションの一つです」

 大学4年の頃、認知症だった祖父を撮った短編作品を制作。
その祖父が亡くなり、葬儀で父の信浩さん(61)が、
「おやじ、ぼけてくれてありがとう」とあいさつした。

 「祖父は頑固一徹な染織の職人でしたが、父は家業を継がず、
2人に会話がなくなった。
けど、父は祖父が認知症になり、トイレやお風呂の介護を積極的にするように。
『最後にぼけたことで、ようやく俺も素直になれた』と言って。
人生ってどこかでつじつまが合うのかなあって考えました」

 母の百合子さん(60)は、
大学卒業後に映画の世界に飛び込んだ娘に反対せず、背中を押してくれた。
故郷を離れて16年。今だからこそ、感じられる母の愛情がある。

 「母からしょっちゅうメールが届くんです。
お父さんとどこに行ったとか今日は何したとかの報告。
そんな中で誕生日に『ただ、あんたが健康で笑って生きていてくれることが、
お母さんの幸せです』みたいな内容が来て、グッとなりました。
何かを押しつけることを一切しない母なんです。
一緒に暮らしていれば気づけないけど、
離れているからこそ素直になれるのかなって思います」

 「オカンの嫁入り」は、そんな母へのオマージュでもある。
物語の母は、ようやく再婚を受け入れた娘に、母の本音を打ち明ける。

 「何を置いても、あんたのことをお母さんは考えてきたという、母の強い思い。
私は母子家庭ではなかったけど、その思いは普遍的ではないでしょうか。
親子って、言わなきゃいけないことを言わずに、
言わなくてもいいことを言ってしまうもの。
娘は母を大切に思っているからこそ、最後まで、素直になれなかったんです」

 呉さんは、在学時代から家族にピントを合わせ続けてきたが、
これからもテーマにしていくという。

 「親子間の事件を扱ったルポなどを読むと、
背景には生い立ちが満たされなかった親子関係があるという分析が多いが、
どれも決定的な答えはない。私は、ふだんから人としゃべっていると、
この人はどういう家庭で育ったんだろうって気になる。
家族は人の数だけいろんな形がある。
最後には、私なりの家族への愛情のようなものを見いだしたいと思います」

(聞き手・冨野洋平)

 三重県伊賀市出身。大阪芸術大映像学科卒業後、
大林宣彦監督の事務所「PSC」に入社。
2003年、祖母を撮影した短編「ハルモニ」が、
東京国際ファンタスティック映画祭・デジタルショート600秒で
最優秀賞を受賞。
同年にフリーとなり、05年に執筆した脚本「酒井家のしあわせ」が
サンダンス・NHK国際映像作家賞を受賞し、
翌年に自ら監督として映画化して長編デビュー。

 「オカンの嫁入り」は長編2作目。
再婚を宣言した母・陽子(大竹しのぶ)と、
受け入れられずに距離を置く娘・月子(宮崎あおい)。
だが、その再婚には、それまで2人で暮らしてきた娘のためを思う、
母の大きな思いがあった。10年度新藤兼人賞の金賞を受賞。

(2011年1月1日 読売新聞)

13年前