読売「丸い食卓小さな社会 引きこもった兄と弟」

丸い食卓小さな社会
引きこもった兄と弟 

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 鍋から盛んに、おでんの湯気が上がる。
富田林市の上野ゆかり(46)は、
18歳の双子の息子・薫と輝がハシを伸ばすのを笑顔で眺めた。
3人で囲んでいる大きな丸いテーブルは、夫と別居した13年前に買い替えた。
「四角い食卓だと、ひとつだけ席が空くのがつらい」からだ。

 兄弟が幼い頃の忘れられない光景がある。
共働きで、子育てがつらく、夫とは子どもの世話を巡ってけんかばかり。
そんな時いつも、2人は背を向けてテレビゲームをしていた。
言い争う声が聞こえているのかいないのか、テレビ画面をじっと見つめていた。

 女も仕事が大事と考え、結婚後も勤めを続けた。
そんな生き方が夫と考えが合わず、兄弟が小1の時に別居。
2人につらい思いをさせると、自分を責めた。
兄の薫が小4の2学期から突然、学校に行かなくなった。
強引に引きずって登校させようとしたこともあったが、
泣いて暴れるばかりだった。

 卒業式。
「連れて来られなくてすいません」と、担任に告げようとして泣き崩れた。
2か月後には、中学生になった弟の輝も自宅に引きこもってしまった。

 「なぜ2人とも」と我が身を呪った。
夫には「おまえのせいだ」と言われそうで相談できなかった。
専門機関に足を運び、カウンセリングに連れて行こうとしたが兄弟に拒まれた。
心を閉ざす2人になすすべもなく、「生きてさえいてくれれば」と思った。

 それでも、何とか外の世界とつながってほしいと、
職場の同僚たちに頼み込み、週末に自宅へ来てもらった。
そば打ちを披露してくれる人や鴨(かも) をさばいて鍋をつくってくれる人。
父親のいない「ひとつの席」を必死に埋めようとしていたのかもしれない。
このテーブルを囲んで、2人は少しずつ、人と話をするようになった。

 輝は打ち明ける。
「オカンはいつも帰りが遅く、寂しかった」。
物心ついたときから、両親はけんかばかり。
何をしても真剣に向き合ってくれないと感じ、心を閉ざすようになった。
引きこもったのは、中学の環境になじめなかったから。
人が話をしていると、太っている自分の悪口に思えた。

 でも、母は自分たちを外に連れ出そうと、買い物の度、
「荷物運び手伝って」と声をかけてきた。
いろんな人を連れてくるのも、自分たちのためだと気付き、
これ以上悲しませるのがつらいと思うようになった。

 転機は15歳の頃、市民劇団に入団したこと。
いつものように母が招いた中にいた団員に興味を引かれたけれど、
母の「やってみたら」という後押しがあったから勇気を出せた。
練習を重ねるうち、他人の視線も気にならなくなった。

 入団2作目で主役級の裁判官役に起用された。
本番当日、舞台で開演のブザーを待った。
幕が上がり、スポットライトを浴びながら、
客席の3列目中央近くに母がいるのを見つけた。
恋人に振られるコメディーシーン。精いっぱい演じた。

 「自分が初めて頑張ってきた成果みたいなものをオカンに見てほしかった。
安心させてやりたかった」。劇が終わった後に母が見せた笑顔を忘れない。

 先に高等専修学校へ進学した薫に続き、
輝は劇団活動を続けながら通信制の高校に入学した。

 今はこうして母と兄弟でなごやかに食卓を囲む日常がある。
丸いテーブルにも慣れた。
「これからも離れたり近づいたりを繰り返すと思うけど、
ずっと親子だというのは変わらない」。
お手本通りの母ではなかったかもしれないけど、
こんな友達のような関係で続いていければ。ゆかりは願っている。

(敬称略、冨野洋平)
(2011年1月3日 読売新聞)

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