11/5(火) 16:35配信
弁護士JPニュース
会見を開いた石井真紀子弁護士(中央)、藤田早苗氏(右)
10月、スイス・ジュネーブの国連欧州本部で国連女性差別撤廃委員会(CEDAW)による8年ぶりの日本政府審査が行われた。既存の報道では「男系男子による皇位継承を定めた皇室典範の改正」や「選択的夫婦別姓」に関する勧告が注目を集めているが、実は「女性の受けているDV被害への対処」や「シングルマザーの支援」に関する勧告も出されている。
弁護士団体が国連委員に問題を訴え
11月1日、CEDAWにレポートを提出し、実際にジュネーブまで渡航して会議に参加した、「DV虐待を許さない弁護士と当事者の会」の石井真紀子弁護士らが会見を行った。
同会は、「日本の家庭裁判所はDVや虐待があっても親子の面会を強制してきた」「裁判所がDVや虐待を見抜けず適切な判断ができないことが事態を深刻化させ、調停などの手続きも被害者の加害となり得る」との主張を行っている。
2026年までに導入が予定されている共同親権制度についても「DV被害者が受けている状態を悪化させる」との見方をしている。
また、同会は、離婚に関連する女性の問題として「母子世帯(シングルマザー世帯)の貧困」があるとも指摘している。
貧困の原因としては、母子世帯の約70%が養育費を受け取っていないこと、離婚の90%は協議離婚で成立するために結婚生活から抜け出したい一心で養育費や十分な財産分与を放棄する女性がいると考えられること。そして、男女間の賃金格差が大きいため女性が一生懸命働いても貧困から抜け出すのが困難なことなどがあるという。
10月14日、CEDAWは日本のNGOや市民団体に対する聞き取りを実施。「DV虐待を許さない弁護士と当事者の会」のメンバーらは委員に上記の主張を訴え、日本政府に対する勧告を求めた。
平等な財産分与、裁判官の能力開発などに関する勧告が出される
CEDAWは10月17日に審査を開催。10月29日、日本における女性の人権状況についての懸念や改善のための日本政府に対する勧告を含む、「最終見解」を公表。 「DV虐待を許さない弁護士と当事者の会」が訴えた問題に関しても、以下のような懸念と勧告が含まれていた。
【懸念】
・民法の規定が遵守されていない結果、女性にとって資産の管理や離婚手続きにおける財産の平等な分割が困難になっている
・現在の協議離婚制度の下では、父親が虐待的である場合にも子どもとの面会が優先され、子どもと母親の両方の安全を損なう可能性がある
・シングルマザーが直面する社会経済的な課題や性差別について、政策が適切に対処できていない
【勧告】
・離婚手続きにおいて平等な財産分与を可能にするため、民法の規定の遵守を確保する措置をとること
・離婚を求める女性に安価に法的助言を提供すること。また、裁判官と家庭調査官が子どもの親権と面会を決定する際、ジェンダーに基づく暴力を十分に考慮するよう能力開発を強化/拡大すること
・シングルマザー支援のため、十分な数の安価な保育施設の提供や、職業生活と家庭生活の両立を促進する的を絞った措置の採用、シングルマザーをめぐる性差別的な固定観念をなくすこと
会見に参加した弁護士のひとりは「非常に有用な、家裁実務にも使っていける勧告が得られた」と所感を述べた。
憲法98条2項は「条約の誠実な遵守」を定めている
国連勧告に関する報道では「勧告に法的拘束力はない」と表現されることが多い。しかし、この表現は「一面は正しいが、ミスリーディング」であると石井弁護士は指摘する。憲法98条2項により「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」と定められているためだ。
「法的拘束力がないからと言って無視することは、憲法に定められた義務を果たさないため、憲法違反となり得る」(石井弁護士)
2013年6月、安倍内閣(当時)は、旧日本軍の慰安婦問題をめぐる国連人権機関の勧告に関して「法的拘束力はなく、締約国に従うことを義務づけているものではない」と閣議決定した。この閣議決定以降、慰安婦問題に限らず、国連からの勧告に対する日本政府の対応は消極的になったという。
国際人権法の専門家であり、イギリスのエセックス大学・人権センターフェローの藤田早苗氏は「勧告に法的拘束力はないとしても、勧告の前提となっている条約には拘束力がある」と指摘し、日本政府の対応を批判した。
「勧告だから従わなくてよい、なんてズレた対応をしているのは日本政府だけ。
イギリスでは政府がどのような勧告を受けてどのような対応をしているか、BBC(英国放送協会)などのマスコミが詳しく報道する。日本のマスコミは、政府の言い分を『コピペ』するだけの報道を、いい加減に止めてほしい」(藤田氏)
「国内人権機関の設置や司法予算の拡大が必要」
弁護士らは「シングルマザーにとっては、物価が高く費用のかかるジュネーブに訴えに行くこと自体が難しい」と指摘し、国内の事情を国連に伝えやすくするために国内人権機関が必要であると訴えた。
「日本におけるシングルマザーの問題について、過去に国連に訴えられたことはなかった。
国連に訴えに行ける人は、そもそもハイクラスである場合が多い。そのため、これまでは選択的夫婦別姓のような問題が主に取り上げられてきた、という面がある」(弁護士ら)
また、勧告にも含まれている「ジェンダーに基づく暴力」については、現状では裁判官の理解が乏しい、と弁護士らは指摘する。司法修習所でジェンダーに関する研修が行われていないことも問題の一因であるという。
「そもそも裁判所の関係者が忙しく、時間が足りないことも問題の一因。共同親権を導入するというのであれば、国は司法予算を増やし、裁判所がジェンダーの問題を理解できるようにするべきだ」(弁護士ら)
弁護士JP編集部