9歳のときに親が離婚。父か母どっちを選ぶ?と聞かれ、母と答えるしかなかったが──#共同親権 35歳女性のケース

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亀山 早苗
フリーライター
プロフィール

共同親権を導入することになった改正民法は2024年5月に可決、2026年に施行の見通しとなった。以後は父母の協議により共同親権か単独親権かを決定、合意できない場合は家庭裁判所に決定を委ねることになる。すでに離婚している人も適用対象だ。

可決までに衆参を通して細かい議論が尽くされたとは言いがたく、この導入には弁護士をはじめ医療、教育、福祉関係者など専門家からもさまざまな疑問が呈されていて、今後の課題は多いとされる。

親権をめぐる案件で同じケースはひとつとしてないが、そもそも親の離婚後、従来の単独親権のもとにおかれた子たちは、どんな思いを抱えて大きくなったのだろうか。当事者から話を聞いた。親子の関係や距離感は人によって違うが、今後の共同親権導入について考えるヒントになるかもしれない。

ちなみに現状では離婚の際、親権は父母のどちらかが持つことになっているが、親権を持たず子どもと離れたときでも、子と面会交流する権利は存在する。
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面会を求める父と、父の悪口しか言わない母との板挟みで

9歳のときに両親が離婚したエリコさん(35歳・仮名=以下同)は、離婚が決まる前のほうが精神的につらかったという。「物心ついたころから、家はいつも両親のケンカの声が響いていた。今思えば、父の浮気が原因だったんでしょうけど、母が泣く、父が怒鳴る。その繰り返しでした」

決定的だったのは、エリコさんの目の前で、父が母に手を上げた日。それは小学校の遠足の日だった。帰宅して母に楽しかった遠足のことを話そうとしたのだが、母は具合が悪いと言って聞こうとはしなかった。夕飯もあり合わせで、ごはんと味噌汁に漬物があった程度。

「父が比較的早く帰ってきて、そのおかずに文句をつけた。『もうちょっと何かないのか。疲れて帰ってきてこれか』と。母はだるそうに『冷凍庫に干物があるから焼けば』って。すると父が黙った。不穏な空気を察して、私が焼くよと冷凍庫を開けようとすると、父がいきなり『子どもにそんなことさせるな』と母を小突いたんです。
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母が何をするのよと叫ぶと、父は母の頬を打った。ショックでした。それまで父はしょっちゅう怒鳴っていたけど、母に手を上げたことはなかったと思う。少なくとも私は見たことがなかった」

母には行くところがなかった

目の前で、母は泣き崩れた。父は「出て行け」と怒鳴りつけた。母は家を飛び出していった。玄関まで走って追ったエリコさんに「明日、必ず迎えに来るから」と母は言った。その夜、エリコさんはずっと泣いていたが、いつの間にか眠ったのだろう。目が覚めると母がいつものように台所にいた。自分が夢を見ていたのだろうかと思ったそうだ。

「母には行くところがなかった。実家は遠方だったし、近くに親戚もいない。夜、受け入れてくれる友人だっていなかっただろうと思う」

当時、母は今のエリコさんと同世代だったが、結婚してからずっと専業主婦だったから孤独だったのかもしれない。

「そのときはどうやって折り合いをつけたのかわからないけど、結局、それ以降も両親はほとんど口をきかないような状態でした。家族でどこかに出かけることもなかった」
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そしてある日、母から「おとうさんとおかあさんは別々に暮らすことになるけど、あなたはどっちと一緒にいたい?」と聞かれた。母と言うしかなかった。父が母を打ったショックからエリコさんは立ち直れていなかったし、母と過ごした時間のほうがずっと長いのだ。父と答える選択肢はなかった。

「父と別れる日、『ときどき会おうね』と言われたんですが、素直に頷けなかった。それから環境が一変しました。一軒家からアパートへ越して母とふたりで暮らすようになった。母は仕事に出て、私はひとりで留守番して。それでも父は多少の生活費と養育費は支払っていたようです」

だからこそ父は、娘との面会を求めた。

親子3人で会うことになったのは、なんのため?

両親が離婚してから半年ほどたったころ、母がエリコさんに「おとうさんが会いたいって。会う?」と言った。離婚前から、そして離婚してからも、母は常に元夫の愚痴を娘に吹き込んできた。そんな母に、父に会いたいとは言いづらい。だが、会いたくないと言えば父が傷つくのだろうかとエリコさんは考えた。しかたがないので「どっちでもいい」と言った。

「じゃあ、3人で食事をしようと母が言うんです。当時はわからなかったけど、会わせないなら養育費を止めるとかなんとか言われたんじゃないでしょうか」
それから毎月1回、土曜の午後に3人でランチをし、ときにはどこかに遊びに行ったりするようになった。
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「正直言って、ちっとも楽しくなかった。父は同居しているときより私に気を遣って、いつもプレゼントをもってくるんですが、それは私が好きではない人形だったり絶対着ないような洋服だったりするんです。でも母は『あらよかったわね。似合うわよ』ととってつけたように言う。父もにこやかで満足そう。

あるとき、私はふたりを満足させるための存在なんだろうかと思いました。ふたりとも『形として』家族でいる時間を作らなくてはいけないと考えていたのかもしれない。私自身はふたりから愛情を注がれているとは思えなかった」

いつも父の悪口を言う母をかわいそうだと思っていたし、自分だけは母の味方でいようと決めていた。父と3人で会うとき、母はいつもひきつったような笑みを貼りつけていた。本当は父と会いたくないのだろう、娘の私が会いたくないと言うのを待っているのだろうとエリコさんは察した。

たとえ小学生の子どもであっても、親同士の雰囲気には大人が思うより敏感だ。本当は面会などしたくないと思っても、同居の母親に気を遣う。客観的に見て、エリコさんの母にとってモラハラ夫かどうかはわからない。

私は母のトイレ……!?

共同親権が導入されると、その決定は家庭裁判所に委ねられる。たとえ妻が「モラハラ夫だった」と訴えても、家裁がそうではないと判断すれば単独親権にはならない。そのとき、元妻や娘がどんなに嫌でも面会は続けなければいけないのだろうか。そして、受験や転居などについても相談をしなければいけないのだろうか。身動きのとれなくなる母子家庭が生じるだけではないのかという危惧も起こる。

「私自身も面会の時間が苦痛でしたから、小学校6年生になったころ、忙しいから会う時間がとれないと父に電話で言いました。父は1ヵ月に1回じゃなくてもいい、会いたくなったら連絡してほしいと。わかったと言って電話を切り、母に『もう会わない』と言ったら、母はすごくうれしそうでした」

自身が夫に会わずにすむことになったからなのか、これで娘が夫と心を通わせることがないと決まったからなのかはわからない。ただ、母は心からホッとしたような笑顔を見せた。
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長じるにつれ、エリコさんは母を疎ましく思うようになった。母は自分の人生がうまくいかないのはすべて他人のせいだと言うタイプだった。自身の実の親、かつて自分を振った恋人、元夫(エリコさんの父)、元夫の両親……口を開けば過去に関わりのあった人たちの悪口だった。職場の人たちの悪口も多かった。

「私は母のトイレだと思いました。母が排泄する汚いものを受け止めるだけ。このままだと私自身が汚れていく。この人から離れなければ。そう思ったとき頭に浮かんだのは父でした」

父との交流が復活、母とは──

大学受験について相談したいと父に連絡を入れた。父は快く会ってくれたが、すでに再婚して子どももいるため学費を全額出すのはむずかしいと言われてしまう。
「結局、私立大学に入学したんですが、それでも初年度納入金の半分は出してくれました。母は合格したと言っても、お金はどうするのと一言も聞かなかった。聞きたくなかったのか、父に相談しているのを知っていたのかはわかりません。足りない分は奨学金を借りました。本当は家を出たかったけど家賃がかかるのは避けたかった」

あれから今に至るまで、父との交流は続いている。就職と同時に独立し、逆に母とは疎遠になった。「父から愛されていたかどうかはわかりませんが、少なくとも対等な関係にはなれた。母は私に刷り込みばかりして支配しようとしていた」
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結局、単独親権だろうが共同親権だろうが、育っていく過程で家族関係は変化していく。完璧な親子関係などないのだとしたら、そのときどきで、両親が「今、この子にとってどれだけの幸福と利益があるか」と共同で考えていくしかない。ふたりともがそう考えられるかどうかが問題なのだろう。少なくともエリコさんの父は、娘の申し出を受けていったん退いた。それがかえって娘の気持ちを取り戻したともいえる。

大学を卒業して第一志望の会社に就職、仕事が楽しいと話す今のエリコさんは、親が離婚したことによる影響をあまり考えないようにしているそうだ。自分は自分の人生を歩むと決めた。そして彼女はこの秋、結婚する。子どもができて、もし離婚することになったらと不安がないわけではない。だが、そのときは子どもにパートナーの悪口だけは言うまいと決めている。

離婚した夫婦とその子どもたちが、従来の単独親権のもと、その後どういう人生を送っていったのか、そして共同親権が導入されたときに優先すべきことは何なのか、今後も実例から探っていきたい。

3か月前