「共同親権を導入して良くなることは一つもない!」なぜ与野党は批判続出の共同親権の導入を急ぐのか?

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5/1(水) 11:26配信
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共同親権の導入を柱とした民法などの改正案の審議が進んでいる(写真:beauty_box/イメージマート)

 「共同親権」の導入を柱とした民法などの改正案を巡り、与野党は見直し規定などを盛り込んだ修正案を提出した。衆議院法務委員会で賛成多数で可決された後、4月19日からは参議院で審議が始まっている。

【写真】共同親権の導入後、親権を外すためにDVの有無が争点になるケースも増えると思われるが、そもそもDVの有無をどのように判別するのかという問題も残る

 離婚後に父母の双方が子どもの親権を持ち、大事な決定事項を一緒に決めていくことを認める「共同親権制度」には、専門家から数多くの反対の声が出ている。共同親権はどのような問題をはらんでいるのか。離婚問題を数多く扱ってきた名古屋南部法律事務所の岡村晴美弁護士に聞いた。(聞き手:長野光、ビデオジャーナリスト)

 ──共同親権の導入が始まると、何が変わる可能性があるのでしょうか? 

 岡村晴美氏(以下、岡村):これまでよりも決めることが増えるので、元夫婦間の紛争がより長期化する可能性があります。

 単独親権が適用されたケースが後に共同親権に変更となったり、逆に共同親権が適用されたケースが結局うまくいかず、特定の事項に関しては裁判所で決めたり、単独親権に切り替えたりする場合が出てくると思われます。

 法的な手続きが離婚で終わらなくなるので、様々な意味で、問題が長期化することが予想されます。

■ 「ややこしい人のためにややこしい制度を作っている」

 今までは「親権者を決める」と言っても、法律に関する現場としては「同居親を決める」という感覚でした。離婚すると別居になりますが、「どちらの親と一緒に子どもが住むか」ということです。共同親権が導入されると、それを決めたうえで「別居親の親権をどうするか」という論点が増えるのです。

 また、共同親権にした場合「監護者を定める」ケースも出てきます。「監護者」とは「子どもに関する意思決定者」。「教育については監護者を母と定める」「医療に関しては監護者を父と定める」など、役割ごとに監護者を分けることもできるようになります。

 「多様な婚姻関係」と呼ばれたりもしますが、私から見ると、これは制度の複雑化に他なりません。はたして裁判所がこれだけ複雑な形を、きめ細やかに決定していけるのか、疑問です。

 もちろん、合意のうえでいろんな役割を父と母で分けるのは良いことですが、それは共同親権を導入しなくとも、そうしている元夫婦はたくさんいます。わざわざ制度化して、裁判所が命じる必要があるのかというと疑問がありますね。

 そして、共同親権は上手くいかなかった時のために、様々な面で後から変更しやすい制度になっています。

 ただ、共同親権が導入されていない現状では、親権の変更は稀です。よほどひどい虐待があるか、子どもの拒否感が強いなどのケースでしか親権は変わりません。共同親権の導入は、わざわざややこしい人たちのために、ややこしい制度を作っているように、私には見えます。

 ──現状では、親権を持っている人が、子どものことに関して決定権を持っているものなのでしょうか。それとも、親権に関係なく、元夫婦同士で話し合って大事なことを決めているものなのですか? 

■ 共同親権で発生する別居親の「拒否権」

 岡村:後者のほうが一般的です。

 たとえば、私の個人的な話をすると、私は夫と事実婚なので、夫は公式な親権を持ったことはありません。でも、一緒に暮らし、子どもに関する様々な決断に関しては、子どもの意思を尊重しつつ、みんなで話し合って決めてきました。

 円満にやれる関係であれば、極論を言えば婚姻制度さえ必要ありません。親権があってもなくても、書類上の婚姻関係になくても、互いに合意があれば、話し合って大事なことを一緒に決めていくことはこれまでも可能でした。

 ──では、共同親権が導入されたから「これまで決める権利がなかった人に、決める権利が発生する」というわけでもないのですね。

 岡村:そうです。父母が2人でいろんなことを決めたければ、2人で決めればいいのです。2人で決められない場合は1人で決める。そのうえで、「最終的な決定責任者が親権で規定されている」というイメージです。

 父母が共同でいろいろなことを決めるのは、単独親権だったこれまでも自由でした。ただ、それが叶わない関係性の場合、あるいは、ある事柄に関しては共同で決められないという場合は、同居親が決定権を持ってきました。

 ただし、これまで親権を持たない別居親は、様々な決定に関して「拒否権」は持っていませんでした。意見を言うこと自体は自由ですが、親権を持つ側が子どもに関して決めたことを、最終的に拒否する権利はありませんでした。でも、共同親権が導入されると、双方に拒否権が生まれます。

 決定したり、拒否したりするためには考えるための情報が必要です。そうすると、「検討するために様々な情報を与えてほしい」というやり取りがこれまで以上に発生すると思います。やり取りが、際限がなくなってくる場合もあると思います。

 たとえば、子どもの高校受験があったとして「これまでどんな成績だったのか」「どこの塾に行っているのか」「今後いかに受験勉強をやっていくのか」「推薦を受けるのか」「どんな部活なのか」などなど、様々な質問に答えなければならなくなり、やり取りが大変になる可能性があります。まるで上司への報告です。

 そして、そのような協力をちゃんとしないと、損害賠償の対象になるので、ギスギスした関係になることも想定されます。むしろ、往々にして「共同」という理念に反した結果になりかねません。

 ──共同親権に関する報道を見ていると、よく話題になるのがDV(ドメスティック・バイオレンス)です。夫婦間にDVがあって離婚した。でも、共同親権が導入されると「また別れた相手と接触する機会が増えるので危険だ」という点が議論になっています。

■ そもそも難しいDVをどう判別するのか? 

 岡村:その議論は、ある程度は正しいと思います。DVをする人は、しばしば「これをしてほしければあれをしろ」と交換条件を突き付けてきます。「判を押してほしいなら頭を下げに来い」と言って、接触を求めたり、金銭を求めたり、性的な関係を強要したり、ということもあるのです。

 今の時代はメールやメッセージアプリなど対面以外の連絡方法もありますが、被害者としては、ちょっとしたやり取りが発生し、相手のことを思い出すだけで精神的に苦しくなる人も少なくありません。

 加害者から手紙が来るだけでも怖いから、一度弁護士が受け取って、中身を一緒に検討して、ようやく返事ができるというケースも現実にはあるんです。

 私は、自分が引き受けた事件に関して、離婚後の窓口業務をボランティアで受けていますが、すべての弁護士が対応するわけではありません。

 共同親権を導入すると、間に入るサポートが膨大に必要になる可能性もあると思います。内容によっては、弁護士でなければ対応できないものも出てくるはずです。

 ──「DVが明らかな場合は、原則的に共同親権は認められない」という方向で、共同親権の議論が政治の中で進められています。そうなると、DVの有無をこれまで以上に判断する必要がありますが、それを調査するマンパワーは家庭裁判所など司法にはないという議論があります。

 岡村:これは、あまり知られていないことですが、DVはこれまであまり離婚の争点になっていませんでした。

 まず、DVの証明が難しいということがあります。また、DVを証明しなくとも「夫婦関係が悪い」「関係が破綻している」ということは明らかにできます。片方が「DVがあった」と言い、もう片方が「なかった」と言っている時点で「夫婦としてやっていけない」「離婚ですね」という判断に至ります。

 さらに、父母のどちらが親権者にふさわしいかという議論においても、「DVがあったのか」「どちらがDVをしているのか」ということはあまり関係がなく、「どちらが主に子どもを育ててきたのか」ということを審査してきました。

 よほどハッキリとしたDVの証拠があり、慰謝料を請求するような場合や、「保護命令」と言って、暴力を振るったから接近禁止を申し立てる場合など、DVの有無が問題になるのはレアなケースです。

 面会交流の議論を裁判所で争点とする場合も、「父母の話と親子の話は別である」と裁判所から言われます。ですから、実情では子どもにとって明白な害が見当たらなければ、実際は多少のDVがあっても「面会はしなさい」というスタンスでこれまで実務が動いてきました。

 今後は親権を外すために、DVがもっと争点になるかもしれません。でも、DVの有無を明らかにするのは(マンパワーの問題というより)そもそも判別することが難しい。

■ 論点がすり替わってしまった共同親権の議論

 ──批判の声が多々あるにもかかわらず、共同親権の導入を与野党が進めるのはなぜだと思われますか? 

 岡村:子どもに会えない別居親の気の毒なケースが多々報道されたり、語られたりしているからだと思います。

 ただ、ここは気をつけて議論しなければならない部分です。DVの加害者がいますし、被害者でも、何度も自殺未遂を繰り返すような監護者にふさわしくないケースもある。

 父母の対立が激しく、ピンポン玉のように子どもが両方の間を行き来させられていて、父でも母でもどちらでもいいから親権者を決めて、他方の親とは面会程度にしないと延々と揉め続けるというケースもあります。

 ですから、子どもに会えない気の毒なケースの中に、本当に気の毒なケースと、「会えなくても仕方がない」「まだ会わせるわけにはいかない」ケースが含まれているという点に留意しなければなりません。

 裁判所は面会交流を勧めてきましたから、会いたくても会えない気の毒なケースでも、時間をかけたら会えるケースがたくさん含まれています。ただ、裁判所のマンパワーが深刻なまでに不足しているので、決定に時間がかかるのです。

 与野党が共同親権の導入を進める一番の理由は、「子どもに会える・会えない」という親権問題とは本来関係のないことを、共同親権の導入で改善できると考えているからです。いつの間にか親権の問題に話がすり替わってしまったのです。

 問題は、政権与党が子どものために十分な予算を取っていないことです。たとえば、家庭裁判所の裁判官を増やすことはできます。

 また、2011年に「面会交流」を民法に書き込んだ時に、面会交流をサポートする機関にお金をつけるという話になったのですが、実際はそういった措置は十分にされていなくて、閉鎖するところまで出ています。

 一方では、西洋に憧れている弁護士や学者たちの一部が、シングルマザーの過酷な状況を考慮せずに、「夫婦は対等な関係の市民と市民の結合なのだ」という思想に基づいて、共同親権の理想に追従しているという状況もあります。

 さらに、そこに「伝統的家族観を主張する人たち」や「女叩きを目的にした人たち」も、最近はこの議論に参加してきて、実にややこしいことになっています。

■ 「共同親権の導入で良くなることは一つもない」

 ──片方の親による「連れ去り」と呼ばれるケースもあります。共同親権で「連れ去り」は解決するのでしょうか。

 岡村:しません。「連れ去り」という言葉で定義される状況は「共同親権」という状態からはほど遠いものです。

 私はDVの事件を扱ってきましたが、「DV加害者による連れ去り」というケースは確かにあります。ただ、この場合は「監護者指定の申し立て」を起こし、「主に被害者が子どもを育てていた」と裁判所が認定すれば、子どもは返ってきます。

 相手がわがままで返さない場合は「人身保護請求」の適用を求め、子どもを引き渡さなければ、その人を逮捕するという事態に至ります。ただ、ここまで行くと子どももかわいそうなことになりますから、そう簡単にはやりません。このように、法的に強い強制手段によって監護者の元に子どもを返すことも可能です。

 もちろん、DV加害者のほうに親権が認められるケースがないわけではありません。子どもが子どもの判断で、生き抜くために加害者側につくことがある。加害者に染まって、被害者を拒否することもあります。

 そうなると、子どもと加害者が一体化していて取り付く島がありません。そのような取り付く島がない状況で「共同親権」や「面会交流」を強制するとどうなるか。ますます心が離れて、何もいい結果になりません。

 泣き寝入りに見えるかもしれませんが、人間関係を良くするために、無理強いはしないことが大切です。

 私の経験では、DVの被害者の別居親は共同親権など求めません。力関係の弱いほうが、監護者の決定に対して拒否権を発動したら、ますます嫌われるからです。

 それよりも「手紙だけは年に2回出させてね」「会いたくなったらぜひ会わせてね」という言い方をしていたほうが、結果的に子どもが中高生などになったら会えるケースがほとんどです。

 ──共同親権を導入して、何か良くなることはありますか? 

 岡村:一つもないと思います。共同親権肯定派は、共同親権を導入することで「父母の間に協力的な関係が醸成される」と言っています。「仲良くなる」と条文に書き込んだら仲良くなるなら、あるいは、親教育の動画を見せて仲良くなるならば、結婚時からやってほしい。

 【共同親権・賛成派の視点】
◎「共同親権の賛成派の私ですら怖いと感じています」賛成多数で衆院を通過した民法改正案に何が起きているのか? (JBpress)

 ──共同親権の議論では「民法第766条」がよく登場します。これはどんな条文ですか? 

 岡村:「民法第766条」とは、離婚後の子どもの監護について述べている条文で、面会交流や養育費の支払いについて(現行法で既にある)条文です。

 子どもの身の回りの役割分担は「父母で話し合って決めなさい」「子どもの最善の利益になるように決めなさい」「話し合いで決まらなければ裁判所が決めます」と言っている条文です。

 共同親権の導入に反対している人は、離婚後の父母の関係を最も良い形にするには、「民法第766条」を活用することが一番だと考えています。

 長野光(ながの・ひかる)
ビデオジャーナリスト
高校卒業後に渡米、米ラトガーズ大学卒業(専攻は美術)。芸術家のアシスタント、テレビ番組制作会社、日経BPニューヨーク支局記者、市場調査会社などを経て独立。JBpressの動画シリーズ「Straight Talk」リポーター。YouTubeチャンネル「著者が語る」を運営し、本の著者にインタビューしている。

長野 光

2週間前