別居親の同意が必要なケース明示を トラブル増の可能性 識者に聞く

https://digital.asahi.com/articles/ASS3P3C5HS37UTIL048.html?ptoken=01HSMBV8BE0KJRPT9FF7YAQNZ

離婚と子ども
聞き手=編集委員・大久保真紀2024年3月22日 16時00分

元家裁調査官で和光大学教授の熊上崇さん=2024年2月22日、さいたま市、大久保真紀撮影

 離婚後の共同親権を導入する民法改正案は、父母で合意しなくても、家裁が共同親権か単独親権かを定める、としています。当事者と面接などを行い、裁判官に意見を出す元家裁調査官で、和光大学教授(司法犯罪心理学)の熊上崇さんに、どんな懸念があるのか聞きました。

【そもそも解説】離婚後の共同親権 導入が検討されているのはなぜ?
離婚した相手への「負の感情」 はき出す場所を作ろう 識者に聞く

 小規模の裁判所では、裁判官は、民事事件や刑事事件のほか、家事事件や少年事件もすべて担当しています。家事事件を扱うのは週1回だけ、というケースも少なくありません。

 改正案によれば、これから離婚する父母だけでなく、過去に離婚した父母も、共同親権への変更を申し立てることができます。紛争はさらに増えるのではないでしょうか。父母間で同意できないことがすべて家裁に持ち込まれるということになれば、いまの家裁の人員では対応できないと思います。家裁の人員強化は必須でしょう。
DVや虐待「証拠が残りにくい」 家裁の判断に懸念

 私は約20年、家裁調査官をしました。別居親が「子育てに関わらせろ」というようなことは少なく、「養育費を払わずにもめる」というケースが多かったように思います。それが、2011年に民法が改正され、別居親と子の面会交流が明文化されてから、紛争が増えたように感じます。

 家裁に持ち込まれる離婚事件には、家庭内暴力(DV)が背景にあるケースが一定数あります。皿や物を壁に投げつけられ、怖くて反論できなくなったり、「お前はバカ」「謝れ」などと夜通しで説教され、震えや吐き気に苦しむようになったり。しかし、物的な証拠は残りにくく、家庭裁判所の調停では「物は投げたが当たっていない」などとDVを否定されることもよくあります。

 そうしたケースで、家裁が「DVとは言いきれない」と判断し、共同親権を決定する形になってしまわないか懸念しています。共同親権になれば婚姻中の上下関係が離婚後も続くことが予想され、対等な話し合いは難しいでしょう。

 子育てには、保育園の入園や転居、進学、医療などさまざまな場面があります。
子どもの転居、共同親権ではどう決める?

 懸念がぬぐいきれないのは、たとえば子どもの転居です。もともと話し合いができ、離婚しても協力できる父母は別ですが、そうでない場合は、転勤や転職などで子どもと転居するにも、別居親の同意が必要となります。同意が得られなければ家裁に申し立てることになりますが、家裁が判断するまで何カ月かかるかわからず、心理的、経済的にも追いつめられます。同居親が安心して生活できなければ、それは子どもにも当然影響を与えます。

 改正案には、どんな場合に別居親の合意が必要で、どんな場合には単独で親権を行使できるのかが具体的に書かれていません。そのため、保育園や学校関係者が対応に苦慮することも予想されます。お迎えや運動会への参加、授業参観などの際、別居親にどう対応するかによっては、トラブルに発展する可能性もあります。どんな場面で、同居親が単独でできるのか、別居親の同意が必要なのか、はっきりさせることが必要です。
共同親権で変わる「再婚時の養子縁組」

 もう1点、念頭においておくべきなのは、共同親権となった同居親が再婚する時のことです。これまでなら、再婚相手と子どもが養子縁組をする際、同居親だけで決めることができました。ところが、共同親権となれば、別居親と協議して決めなければなりません。折り合わなければ、家裁に申し立てることになりますが、手続きを通じて、再婚相手の収入や住宅環境などが別居親に筒抜けになってしまうおそれもあります。

 今回の改正案には「子どもの意見表明を尊重する」という文言が入っていません。それはとても大きな問題です。子どもの本当の気持ちはどこにあるのか。離婚紛争に巻き込まれる子どもたちの声を聞く機関や仕組みも必要です。

 民法改正を進めるなら、まずは「親権」ではなく、「親責任」とするなど、もっと根本的なところから話を始めるべきだと思います。(聞き手=編集委員・大久保真紀)離婚と子ども
聞き手=編集委員・大久保真紀2024年3月22日 16時00分

list
1
吹き出しアイコン本田由紀さんなど2件のコメント
本田由紀さん末冨芳さん
写真・図版
元家裁調査官で和光大学教授の熊上崇さん=2024年2月22日、さいたま市、大久保真紀撮影

 離婚後の共同親権を導入する民法改正案は、父母で合意しなくても、家裁が共同親権か単独親権かを定める、としています。当事者と面接などを行い、裁判官に意見を出す元家裁調査官で、和光大学教授(司法犯罪心理学)の熊上崇さんに、どんな懸念があるのか聞きました。

【そもそも解説】離婚後の共同親権 導入が検討されているのはなぜ?
離婚した相手への「負の感情」 はき出す場所を作ろう 識者に聞く

 小規模の裁判所では、裁判官は、民事事件や刑事事件のほか、家事事件や少年事件もすべて担当しています。家事事件を扱うのは週1回だけ、というケースも少なくありません。

 改正案によれば、これから離婚する父母だけでなく、過去に離婚した父母も、共同親権への変更を申し立てることができます。紛争はさらに増えるのではないでしょうか。父母間で同意できないことがすべて家裁に持ち込まれるということになれば、いまの家裁の人員では対応できないと思います。家裁の人員強化は必須でしょう。
DVや虐待「証拠が残りにくい」 家裁の判断に懸念

 私は約20年、家裁調査官をしました。別居親が「子育てに関わらせろ」というようなことは少なく、「養育費を払わずにもめる」というケースが多かったように思います。それが、2011年に民法が改正され、別居親と子の面会交流が明文化されてから、紛争が増えたように感じます。

 家裁に持ち込まれる離婚事件には、家庭内暴力(DV)が背景にあるケースが一定数あります。皿や物を壁に投げつけられ、怖くて反論できなくなったり、「お前はバカ」「謝れ」などと夜通しで説教され、震えや吐き気に苦しむようになったり。しかし、物的な証拠は残りにくく、家庭裁判所の調停では「物は投げたが当たっていない」などとDVを否定されることもよくあります。

 そうしたケースで、家裁が「DVとは言いきれない」と判断し、共同親権を決定する形になってしまわないか懸念しています。共同親権になれば婚姻中の上下関係が離婚後も続くことが予想され、対等な話し合いは難しいでしょう。

 子育てには、保育園の入園や転居、進学、医療などさまざまな場面があります。
子どもの転居、共同親権ではどう決める?

 懸念がぬぐいきれないのは、たとえば子どもの転居です。もともと話し合いができ、離婚しても協力できる父母は別ですが、そうでない場合は、転勤や転職などで子どもと転居するにも、別居親の同意が必要となります。同意が得られなければ家裁に申し立てることになりますが、家裁が判断するまで何カ月かかるかわからず、心理的、経済的にも追いつめられます。同居親が安心して生活できなければ、それは子どもにも当然影響を与えます。

 改正案には、どんな場合に別居親の合意が必要で、どんな場合には単独で親権を行使できるのかが具体的に書かれていません。そのため、保育園や学校関係者が対応に苦慮することも予想されます。お迎えや運動会への参加、授業参観などの際、別居親にどう対応するかによっては、トラブルに発展する可能性もあります。どんな場面で、同居親が単独でできるのか、別居親の同意が必要なのか、はっきりさせることが必要です。


共同親権で変わる「再婚時の養子縁組」

 もう1点、念頭においておくべきなのは、共同親権となった同居親が再婚する時のことです。これまでなら、再婚相手と子どもが養子縁組をする際、同居親だけで決めることができました。ところが、共同親権となれば、別居親と協議して決めなければなりません。折り合わなければ、家裁に申し立てることになりますが、手続きを通じて、再婚相手の収入や住宅環境などが別居親に筒抜けになってしまうおそれもあります。

 今回の改正案には「子どもの意見表明を尊重する」という文言が入っていません。それはとても大きな問題です。子どもの本当の気持ちはどこにあるのか。離婚紛争に巻き込まれる子どもたちの声を聞く機関や仕組みも必要です。

 民法改正を進めるなら、まずは「親権」ではなく、「親責任」とするなど、もっと根本的なところから話を始めるべきだと思います。(聞き手=編集委員・大久保真紀)

1か月前