離婚後の「共同親権」導入は時期尚早、「子の意見の尊重」が書かれていない改正を進めていいのか

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3/10(日) 6:02配信
JBpress

離婚後に父母双方の親権を認める「共同親権」について議論が進むが…(写真:hachiware/イメージマート)

 離婚後にも父母双方の親権を認める「共同親権」を選べるようにする民法改正の要綱がまとまり、政府は要綱を基にした法案を今国会に提出する見通しだ。父母の協議で単独親権か共同親権か折り合えなければ家庭裁判所が判断するが、共同親権導入について「父母間の葛藤にさらされる子への影響が大きい」と反対する意見も少なくない。要綱には子の意見尊重が触れられておらず、子が親の「操り人形」になる懸念が残る。

【図表】民法改正が実現すれば、離婚はこう変わる

 (長竹 孝夫:ジャーナリスト)

■ 戦前の民法は原則として父親に親権

 そもそも親権とは何だろう? 

 子どもの利益のために監督、教育を行ったり、子の財産を管理したりする権利や義務のことである。つまり親権は子どもの利益のために行使する。父母の婚姻中は、現行の父母双方が親権者で、共同して行使するとされている。

 現行の民法では、父母が離婚する場合、父母のどちらか一方が親権者と定めることとされ、その者が親権を行使する。父母のどちらが決定するのが子どもの利益となるのか、この観点からしっかり話し合う必要がある。協議できない場合は調停や裁判によって離婚、その手続きの中で定めるとされている。

 親権者の歴史を振り返ると、戦前の民法は父母が結婚しているかどうかにかかわらず、原則として父親と定めていた。1947年の法改正で、現在の制度となった。これは離婚した父母が共同で子に関係することを決めるのは「事実上不可能」と考えられたからだ。

 民法は、離婚後の子の世話や教育をどちらが担うか、別居親と子が会う頻度、養育費の分担などを父母が話し合いで決めるよう定めている。「共同養育」は現行法でも可能だ。

■ 2011年の民法改正の付帯決議で共同親権の検討が盛り込まれる

 なぜ日本で「共同親権」の議論が浮上してきたのか。

 離婚後の養育費の分担などを決めるよう定めた2011年の民法改正時、国会の付帯決議に離婚後の共同親権の可能性を含めた検討が盛り込まれたのが発端である。離婚後の協議が円満に進まず、子に会えないなどの不満を持つ親の中には父母がともに親権を持ち続ける制度を望む声もあったとされている。

 海外では、親権についてどう定めているのか。

■ 米国では離婚時に子どもの「養育計画書」を裁判所に提出

 離婚後も両親が共に子を育てる仕組みが定着しているのは米国だ。離婚数が増加し、男女平等の原則が普及していた1970年以降、監護法が各州に広がり、今ではほぼ全土で立法化されている。

 この場合、両親は離婚する際に子と過ごす時間の配分や教育・医療の方針、意見の食い違いがあった場合の対応などをまとめた「養育計画書」を裁判所に提出する義務がある。対立している両親は別々に計画書を提出し、裁判所の判断を仰ぐ。

 ドイツも97年に民法を改正し、離婚後の共同親権を導入した。日常の養育は同居親が担うが、重要なことは両親が決めるのが通例だ。

 イタリアも原則共同親権で、アジアでは中国や韓国が共同親権を認めている。国によって親権の中身や枠組みが異なっているが、父母の意見が対立した場合は、裁判所が関与する仕組みを設けている国が多いという。

■ 共同親権か単独親権かを選択

 今回の共同親権導入に向けた要綱のポイントをまとめると次のようになる。

 【父母の責務】
現行:規定なし
要綱:「子の人格を尊重し、養育しなければならない」「子の利益のため、互いに人格を尊重し協力しなければならない」

 【親権のありかた】
現行:単独親権
要綱:共同親権か単独親権

 【養育費の差し押さえ】
現行:公正証書や家裁の調停・審判で作成された書面が必要
要綱:「最低限の養育費を請求できる『法定養育費』を創設。優先して財産を差し押さえられる特権を養育費に付与する」

 【親子の面会交流】
現行:父母で協議するか、家裁に調停・審判を申し立てる
要綱:「調停・審判手続きで、家裁が早期の親子交流を促す仕組みを新設。祖父母や兄弟姉妹からの申立て可能」

 【財産分与の請求期間】
現行:2年間
要綱:5年間

■ 共同親権は父母の共同行使が原則

 共同親権は、父母の共同行使が原則で、離婚後は子の人生を左右する重要な決定に父母が関わることになるとみられる。

 離婚した父母は通常は別々に暮らす。このため親権を常に共同で行使するのは現実的でなく、要綱は共同親権下でも子の日常に関する決定は父母のいずれかが単独で決められる、としている。

 学校などの入学手続きや緊急の医療行為のような場合は「子の利益のため急迫の事情がある」とみなし、単独で親権を行使できる仕組みも設けている。

 要綱の内容に対し「離婚後も親子の円滑な関係を保ちたいと考える父母にはニーズがある」「親権の有無で立場の差がなくなり、これまで以上に普通に交流できる」と歓迎する声が出ている。共同親権を導入しないと、世界の趨勢に逆行するとの意見もある。

 現行では母親が単独親権を持つケースが圧倒的に多く、共同親権導入に向けた議論の背後には、政治家の一部にある家族主義的国家観である「父権の復活」を求める声があったとする識者もいるが、表立った話にはなっていない。

 一方で共同親権導入に向けた動きを警戒する声が出ている。

■ 「親に会いたくない子が無理やり会わされる」懸念も

 法制審議会の中からも「父母の対立の渦中に子どもを置くことになる」「父母の合意ができた場合に限定すべき」とする意見があったとされる。子と同居する側が事実上の拒否権を持つことになり、対立を助長する恐れもある。これは同居親が子を監護し、一緒に元気で暮らしている立場を優位にとらえ、主張を激化させることが予想されるからである。

 共同親権が導入されると、「親に会いたくない子が無理やり会わされる」といった課題もあろう。

 さらに、ドメスティックバイオレンス(DV)などが理由で離婚したケースを念頭にした反対意見もある。これまでの取材では次のような声があった。

 元夫とトラブルになり、住所を秘匿している、ある女性(35)は「共同親権になったら転居も許可制になる恐れがある。一人親をこれ以上追い詰めないでほしい」

 夫が怖くて隠れている別の女性(40)は「共同親権になったら安定した生活ができるまで話ができない夫と何かを決めることは難しい。どうしたらいいのか」と嘆く。中には「裁判でDVの証拠を出せと言われてもできない場合もある。共同親権になると思うと恐怖である」と話す女性もいる。

■ 運用面での混乱を心配する声も

 この結果、共同親権のあるべき姿は理解できるとの見方がある一方で、現実論としては調停や親子の面会交流などに携わる第三者機関(民間団体)の運用面もかなり混乱が予想されるだろう。

 ある調停委員は「密室の父母の出来事は証明が難しい。家裁も見逃す恐れがある」とし、第三者機関のスタッフも「導入は時期尚早」との意見が根強い。

■ 今国会で成立すれば2026年に共同親権採用へ

 2022年の婚姻数は約50万5000組で、離婚は約17万9000組。日本では協議離婚の割合が約9割で、海外より高い。うち約1割は調停に持ち込まれている。子どもとの面会交流に関する調停の申立件数は2011年の約8700件から20年には約1万3000件に増加、特に少子化も影響してか父親からの申し立てが増えている。

 今回の要綱には「子の意見の尊重」が書かれていない。子の利益に直結する福祉分野の議論が不十分ともいえる。

 子の意思表明権は、国連の「子どもの権利条約」にも定められており、専門家の間では10歳前後から意思決定ができるとの指摘がある。一定の年齢になれば、別居親と会うかどうかなど決める権利があるといえないだろうか。民法の範囲内にとどまらず、子の利益に直結する具体的な議論を加速させる必要があろう。

 関係者によると、施行は公布から2年以内で、今国会で成立すれば2026年までに共同親権が始まる見通しだ。政府は改正法施行前に成立した離婚についても、家裁への親権者変更の申し立てにより共同親権を選べるようにする方針を固めたとされるが、そもそも施行前に成立した離婚は「単独親権」が前提である。調停や裁判での紛争性が高まり、混乱は必至と指摘する声も出ている。

長竹 孝夫

2か月前