「子の連れ去り」を巡る日米の違い 「子の利益」を浸透させるには 

https://mainichi.jp/articles/20231005/k00/00m/040/110000c

毎日新聞2023/10/6 07:00(最終更新 10/6 07:00)1331文字

山口亮子・関西学院大教授=本人提供

 近年、日本で社会問題化する他方の親の同意を得ない「子の連れ去り」。父母間で子の奪い合いが激化するケースも多く、今夏には、卓球元日本代表の福原愛さんの元夫が、福原さんに対して長男を引き渡すよう求める記者会見を開いたことでも話題となった。問題の解決のために、どのような取り組みや姿勢が求められるのか。米国の事情に詳しい関西学院大の山口亮子教授(家族法)に日米の文化や制度の違いについて聞いた。

 ――子の連れ去りを巡る日米の考えの違いは。

 ◆まず「子の利益」に対する考え方は日米で違います。欧米諸国では、親の別居や離婚後も、子どもが双方の親と頻繁かつ継続して交流することが子の利益だとみなされ、それを保障することが公的政策であると法律に明記されています。

 一方、日本は戦後の高度経済成長期の男女性別役割分担の名残で、母親が子育てをし、そのまま継続して子どもを養育することが「子の利益」だとされがちです。子どもの安定性を考える時も、別居後は、ひとりの親と暮らす方がいいと思われているようにみえます。同じ子の利益という言葉を使いながら見方が全く違うのです。

 連れ去りによって他方の親と会えなくなるだけでなく、地域や友達といった生活実態も変わります。いきなり離されるため、子どもにとっては不利益に当たります。

 ――米国の離婚後の法制の特徴は。

 ◆離婚後も父母がともに子どもを育てる仕組みが定着しています。例えば、父母は離婚する際、子どもと過ごす時間の配分や教育・医療の方針、意見の食い違いがあった場合の対応をまとめた「養育計画書」を裁判所に提出する義務があります。父母が合意できずに対立している場合は別々に計画書を提出し、裁判所の判断を仰ぎます。

 米国でも連れ去り自体はあるものの、別居時にもう一方の親に知らせず、子を家から連れて出ることは禁止されています。転居の必要があれば、その後の養育計画を作り直すことになります。親子の関係や交流を妨げないという社会観念が日本に比べて強いのです。

 ――日本の現状をどうみるか。

 ◆日本では、子の養育をする親の子連れ別居や、家庭内暴力(DV)から逃れるための別居は、違法な子の連れ去りとみなされていません。

 ただ、無断別居は抑制される必要があります。また、DVの際に自力で家を出て別居するしか手段のない日本の制度にも問題があります。制度の不備に対する負担をDV被害者に課すことはできませんが、その不備のために、あらゆる無断別居を正当化することも許されません。結果的に実力行使を行った親が優先されがちな実情も見直されるべきです。

 ――「子の利益」をどう浸透させていくべきか。

 ◆米国では父母間の取り決めに対する裁判所の決定を守らなければ、裁判所を侮辱したとしてペナルティーが科されます。日本にはこのような制度がありません。

 父母による子の奪い合いの解決には国家が介入すべきですが、子の利益とは何なのかについて社会全体で検討し、合意を形成しておくことが重要です。法的争いに発展する前に、別居や離婚後の子の養育のあり方について父母間で取り決められるよう社会的支援を整え、子の奪取を予防することが必要なのではないでしょうか。【聞き手・飯田憲】

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