「共同親権」旗振り役の元棋士は「実子連れ去りの被害者」か? 国会議員やHanadaが擁護…そして事件は起こった

男性の危険振りを言うためのいつもの記事

https://www.tokyo-np.co.jp/article/264656

2023年7月22日 12時00分
送検される橋本崇載容疑者(中央)=21日、大津署で

送検される橋本崇載容疑者(中央)=21日、大津署で
 元妻の実家を襲撃したとして殺人未遂容疑で元プロ将棋棋士の橋本崇載容疑者(40)が逮捕された。橋本容疑者は、「離婚の際に元妻が子どもを連れ去った」と訴え、離婚後も親権を父母双方が持つ「共同親権」運動の中で脚光を浴びていた。DV被害や児童虐待の懸念から従来の単独親権を維持すべきとの声も根強い中、先の国会での共同親権導入の民法改正案提出は見送られたが、共同親権を訴える側の「禁じ手」はどのような影響をもたらすか。(木原育子、中山岳)
◆元妻の実家を襲撃、殺人未遂などの容疑で逮捕
 事件が起きたのは、20日午前7時頃。逮捕容疑では、橋本容疑者は、元妻(33)が暮らす大津市内の住宅に1階の窓から侵入。持っていたくわを振り上げて、元妻の父親(68)を殴り、父親の叫び声に気づき、2階から下りてきた元妻も殴ったとされる。
 2階に逃げ戻った元妻を追いかけようとした橋本容疑者を父親が止め、くわを取り上げて押さえつけた。その間、元妻は息子(4つ)と外に避難し「元夫がハンマーのようなものを所持して押しかけてきた」と110番。駆けつけた滋賀県警の警察官に殺人未遂や住居侵入の容疑で逮捕された。
◆愛称「ハッシー」 将棋関係者は…
 県警大津署によると、くわは柄が約70センチ、刃渡りは幅約9センチ、長さ約12.5センチの大きさ。元妻や父親の物ではなくどこかで入手したとみられる。2人は軽傷だという。
 棋士時代の橋本容疑者は金髪に派手なスーツで対局に臨むなど、「ハッシー」の愛称で人気があった。同容疑者をよく知る将棋関係者は「一言で言うと、将棋界の風雲児。将棋界はどうしても閉鎖的な面があるが、風穴をあけていくような勢いがあった」と語る。
 棋風は若い世代には珍しい受け将棋。じっくり局面を見極め、耐えて耐えて最後に勝つ指し方を好み、相当な忍耐力だったという。ただ、こうも話した。「本当の性格は優しいのだが、直情的な一面があり、人の言うことを聞かないところもあった。だから棋士仲間でも友人と呼べる人はほとんどおらず、ずっと孤独だった」
◆金髪に派手なスーツ「将棋界の風雲児」裏の顔
 その橋本容疑者がなぜこんな事件を起こしたのか。
棋士現役時代の橋本容疑者=2012年、東京都豊島区で

棋士現役時代の橋本容疑者=2012年、東京都豊島区で
 同容疑者は6月に大津地裁で、名誉毀損罪で懲役1年6月(執行猶予4年)の有罪判決を受けたばかりだったが、その判決などから経緯をたどると、元妻は2019年、生後4カ月の長男を連れて実家に戻り、同容疑者と別居。その後、元妻側から離婚調停が申し立てられるなどして、係争状態になった。
 同容疑者は21年4月に棋士引退を表明。同8月に元妻やその父母の実名、顔写真などをツイッター上で公開し、「まさに誘拐一家」などと投稿。その一方で月刊誌「Hanada」に「『実子誘拐』『子どもの連れ去り』の被害者になった」「何としても法制度を変えなければならない」などと手記を公表していた。22年5月には離婚が成立したが、同11月には「息子を誘拐し、法外な金銭を要求」「僕を地獄の底に落とした殺人鬼」などとツイッターに投稿。これに対し元妻側が告訴し、今年1月に滋賀県警が名誉毀損容疑で逮捕していた。
 県警幹部の一人は「いろいろあった家族。警察として必要な対応はしていた」と話す。署によると、元妻への防犯指導や、ボタンを押すだけで警察官が急行する「緊急通報装置」も渡していたという。署の担当者は「元妻の番号を県警の通信指令室でも登録し、たとえしゃべれない状態でもすぐに駆けつけられる態勢は取っていた。この他に反省しなければならない点があったのか検証している」と話した。橋本容疑者は21日に送検されたが、黙秘を続けているという。
◆国会議員も橋本容疑者を「被害者」扱い
 橋本容疑者が訴えた「実子連れ去り被害」は、離婚後に子どもと交流できないとする人々から一定の共感を集めた。民法で親権者をどちらか一方に定める「単独親権」制度の弊害とする声もあり、共同親権導入を目指す国会議員らは、同容疑者を「被害者」として取り上げてきた。
 2021年4月の参院法務委員会で、無所属の嘉田由紀子議員(現国民)はユーチューブで同容疑者の主張を視聴したとし「事実として、ある日突然子どもがいなくなってしまったことは重く受け止めるべきだ」などと指摘していた。
 前出の「Hanada」は手記を載せたほか、21年7月号でいずれも自民の三谷英弘衆院議員と鈴木貴子衆院議員の対談を掲載した。2人は、同容疑者のケースを引き合いに「私も三谷先生もいわゆる『連れ去り勝ち』などの問題解決に向けて一緒に行動している」(鈴木氏)、「諸悪の根源は単独親権」(三谷氏)などと述べていた。
 今回の事件を受け、「こちら特報部」は議員たちに取材を申し入れた。嘉田氏の事務所は「地元日程が入り対応が難しい。電話でコメントできる案件、内容ではない」と回答。鈴木、三谷両議員の事務所もそれぞれ、地元での活動を理由に、コメントしなかった。
◆「日本の法制度が悪い」推進派に焚き付けられ、暴走か
 一方、共同親権に反対・慎重な人々は、今回の事件に推進派の運動が影響したとの見方を示す。
 東京都立大の木村草太教授(憲法学)は、事実関係は報道の範囲で把握しているにとどまると断った上で、「一部の議員や共同親権推進運動を展開する人々は、橋本氏の件について元妻側の言い分を何ら調査せず、連れ去りの問題事案として取り上げた」と問題視。橋本容疑者はこうした運動に担ぎ出された形で、「自らを省みる機会を持てないまま『元妻と日本の法制度が悪い』との言動をエスカレートさせた面も否定できない」と述べる。
共同親権の問題点について記者会見する「共同親権の問題について正しく知ってもらいたい弁護士の会」=6月15日、東京・霞が関で

共同親権の問題点について記者会見する「共同親権の問題について正しく知ってもらいたい弁護士の会」=6月15日、東京・霞が関で
 今回の事件後、「橋本氏を追い詰めたのも共同親権がないからだ」との声もある。これに対し、ドメスティックバイオレンス(DV)が原因の離婚などを多く手がける太田啓子弁護士は「そもそも親権がないと子どもに会えないわけではない。裁判所に面会交流を申し立てるなどし認められるケースも多い。子どもに会えない人がいるから共同親権を認めるべきだという議論は根拠がない」と指摘。
 「共同親権は、子に関する重要事項を共同で意思決定することだ。離婚するほど関係悪化した父母が共同で決めるのは大変で、専門的知見に基づくサポートが必須。そうした社会的インフラや公的資金もないまま導入するのは非現実的で、しわ寄せは当事者にいく」
 離婚後の親権を巡っては、民法改正を話し合う法制審議会でも意見が割れる。
 昨年11月にまとまった中間試案は、共同親権の導入案と単独親権のみ維持する案を併記。今年2月まで実施されたパブリックコメントでは賛否の意見が多数寄せられた。法務省は先の国会で民法改正案の提出を見送り、法制審の議論もどうまとまるか見通せない。
 今回のような事件さえ引き起こした「親権のあり方」をどう考えればいいのか。元裁判官で明治大の瀬木比呂志教授(民事訴訟法)は「共同親権は、両親と子、両親同士の関係が問題ない場合に認めるなら望ましい制度と言える。ただ、両親双方に客観的かつ冷静に話し合える関係がないとうまく機能しない」とし、こう強調する。
 「共同親権を認めるならとりあえず要件を厳しく限定し、当事者の申し立てに基づいて家裁が審理して許可するような仕組みが必要だ。父母の協議だけで認めれば、弱い立場の方が圧迫される恐れがある。慎重な議論が求められる。もしも、裁判所のチェックが担保されないなら、単独親権を維持する方が無難だろう」
◆デスクメモ
 「最終的には、共同親権や共同養育の世の中になるべきだ」。月刊誌でこう訴えていた橋本容疑者。しかし、名誉毀損という言葉の暴力、殺人未遂という物理的暴力は、その主張の正しさを大いに疑わせることになった。子どもを中心に考えた親権のあり方は、まだまだ議論が必要だ。(歩)

10か月前