離婚後の「共同親権」導入は本当に子どものためになるのか? 面会交流を強制された子の“心の傷”を無視しないで

母性神話フル回転

https://fumufumunews.jp/articles/-/23667?page=3

林美保子

2023.03.26 20:00

目次

  • 子どもの意に反する面会交流を強制されることがある
  • 子どもが別居親に会いたがらないのは同居親のせいではない
  • 子どもの心の傷に気づかない人たち

 日本では子を持つ夫婦が離婚するとどちらか一方が親権者になる「単独親権」が採用されていますが、現在、国の法制審議会が親権制度を見直すかどうか議論を進めています。父と母の双方を親権者とする「共同親権」を導入する案も検討される中、この親権問題についてジャーナリストの林美保子さんがリポートします。<前編>

  ◇   ◇   ◇  

 離婚後における共同親権制度を導入するか否かが検討されている。

 私は親権問題について、さまざまな意見を見聞きするうちに違和感を覚えるようになった。「子どものために」と大人たちが声高に叫んでいるわりには、子どもの声が拾えていないからだ。そこで、自らが親の離婚を経験した元・面前DV被害者(夫婦間暴力を目撃しながら育った子ども)としての立場から、この問題を考えてみたい。

子どもの意に反する面会交流を強制されることがある

 離婚した両親の意思疎通がうまくいっていれば、子どもは両親間を自由に行き来できるが、そうはいかない場合、別居親が家庭裁判所の取り決めに従って子どもに会う「面会交流」という制度がある。

 2011年の法改正以来、裁判所は「どちらの親からも愛されていることを実感してこそ、子どもは健やかに育つ」という理念のもと、面会交流は原則実施の立場をとってきた。

 離婚時には、父母の関係はどうしても険悪になりがちだ。そういう意味では、面会交流は子どもと別居親の絆をつなげる役目を果たしていると言っていいだろう。ただ、課題もある。

原則として実施ですから、中学生以上だと意思は尊重されますが、小学生以下の場合は、ちょっとやそっとの拒否なら、『子どもが嫌がっても歯医者に連れていく』のと同じ論理で、裁判所は会わせようとします」と、家事事件に詳しい岡村晴美弁護士は語る。

 そのため、別居親に会いたがらない子どもには根掘り葉掘り拒否の理由を尋ねて、「どういう条件であれば会ってもいいか」と面会を誘導しようとする調査官も少なくない。

“いつなら会ってもいい?”と聞く調査官に、“100年後なら会ってもいい”と子どもが答えたところ、『可能性がある』と調査報告書に書かれたこともあります

 2017年、父親との面会交流を嫌がる子どものために、母親が親類から借金をしてまで計172万円もの間接強制金(面会を拒むごとに別居親に一定額の罰金を払うこと)を支払い続けたものの、結局子どもがストレスで心身に不調を来すまでになったという案件をきっかけに、多少緩和されてはきているという。

 あるとき、岡村弁護士は面会交流を数年間サポートしてきた小学生の母親から、「娘が、“もうやめたい”と言っている」という連絡を受けた。

「どうして嫌になっちゃったのかな?」という岡村弁護士の問いに、女児は驚きながら答えた。

最初から嫌だと言いました。でも岡村先生が、“頑張れるよ”と言ったし、面会にもついて来てくれたから頑張ったけれども、やっぱり生理的に無理。手を恋人つなぎにされたときに、背筋がぞわっとした

 岡村弁護士はそのときまで、親子の縁が切れるよりは細い糸でもつながっていたほうがいいと思っていた。

でも、かえって、その子を苦しめていたのだと思い知らされました

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子どもが別居親に会いたがらないのは同居親のせいではない

 別居親は、子どもが拒否的な態度をとると、「一緒に住んでいたときには仲がよかったのに」と、同居親の刷り込みのせいだと考えがちだ。しかし、昨年6月、一般社団法人日本乳幼児精神保健学会が出した「離婚後の子どもの養育の在り方についての声明」では、「そのほとんどは子どもの主体的な意思に基づいており、子どもなりの理由や根拠がある」と述べている。例えば、同居中に別居親が威圧的だった記憶が焼きつき、心の傷を抱えている場合がある。会いたくないのに面会を強いられることで、大人や社会に対して不信感を募らせるリスクもあるという。

 私自身、DV夫であった父親に嫌悪感を持っていた子どもだった。酒を飲むと、母を目の前に座らせ、理不尽な言いがかりで何時間も責め続ける。子煩悩な父であったため自分に害が及ばないことはわかっていても、眉間に皺を寄せた般若のような顔と、口汚い怒鳴り声に私は震え上がった。そして、母がかわいそうで仕方がなかった。平静時の父が、「さあ、おいで」と手を広げたとき、まだ幼稚園児だった私は機嫌を損ねてはいけないという義務感だけで、渋々、父の膝に突進していったことをよく覚えている。

 もちろん、夫婦仲の悪い家庭に育ったからといって、だれもが親を嫌いになるわけではない。ただ、近年、「毒親」「親ガチャ」という言葉が出現するようになったのも、親との関係に苦しむ子どもが存在することを示していると思う。

 法務省が一昨年に公表した「未成年時に親の別居・離婚を経験した子に対する調査」によると、「父母の別居の直後、別居親とどのくらいの頻度で会いたいと思っていたか」の問いに、「あまり会いたいと思わなかった」12.1%、「まったく会いたくなかった」20.1%を合わせると、32.2%の子どもが別居親と会いたくなかったということになる。

 そのうち、「会いたいと思わなかった理由は」という問いには、「嫌いだった」38.8%が最も多かった(複数回答)。さらには、別居直後に「連絡を取りたくなかった」子どもは28.4%だったのに対し、別居後2~3年時点では29.4%の微増で、それほど同居親の影響を受けていないことがわかる。

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子どもの心の傷に気づかない人たち

 メディアにもたびたび登場する北村晴男弁護士らが率いる団体「民間法制審議会」が共同親権を原則とした独自の中間試案を発表しており、共同親権を推進する人たちがこの試案を強く後押ししている。この試案を読んでみて思ったのは、子どもに会えない別居親目線の内容だということだ。

 その中で、私が最も妥当性を欠くと思うのは、「面会交流が子の生命等に危害の恐れのあるときには監視付きの裁判所命令」という項目だ。おそらく、国内外で発生している面会交流における殺人事件の防止策のつもりなのだろうが、子どもの心のケアがまるっと抜け落ちている。

 直接虐待を受けた子どもはもちろん、夫婦間暴力を目撃しながら育つ子どもは直接暴力を受けなくても、心身の不調を生じやすい。私が取材したDV被害女性からは、「担任が男性だと子どもがおびえてなじめない」という話も聞いた。虐待の後遺症は深刻で、大人になってからもPTSD(心的外傷後ストレス障害)やうつ病などで通院を要する人も少なくない。このような状態にある子どもにとって、加害親に会わせることは二次被害になりかねない。

 DV被害者支援団体を取材したとき、「面会交流中は別居親の機嫌をとろうと、ニコニコして接するけれども、帰宅してから夜尿症や夜驚症などさまざまな身体的症状が出る子どもがいる」という話を聞いた。子どもは幼くても大人が思っている以上に大人を見ており、考えてもいる。ただ、言葉で説明する力がまだ備わっていないため、身体症状などに現れてしまう。

 このように、裁判所や弁護士といった法律の専門家でも虐待された子どものトラウマ(心的外傷)については熟知している人があまりにも少ないのが現状だ。

 共同親権推進派が唱える「子どもの最善の利益」というのは、「子どもは親が大好き」という鉄板の前提で成り立っている。もちろん、そういう子どものほうが多いのだろうが、中には親に会いたくない子どもが一定数いることに目が向いていないように感じるのだ。

2年前