面会交流報告書 36 20xx年x月 面会交流時
中学3年の息子にパパの好きな映画を見に行くから付き合ってと「トップガン」に行きました。
行く前に「どんな映画なの?」と聞かれ、「男のロマンだよ」と言うと「ふーん」と。見終えて息子「カッコよかった。」父親「男は、男らしく幾つになっても夢を追いかけ友達を大切にするんだよ」息子「わかった」と。
x月の面会交流にて15歳になった息子とダイビングのライセンス(アドバンス・スポーツダイブ)を取得。ダイビング本数も40本を超えました。
46歳で息子を授かり、私は嬉しかった。この子と一緒にいていろんな経験をさせたいと思った。
同居時 ダンス教室、サッカー、英会話スクール、公文、旅行
別居時(面会交流)プログラミング教室(受賞3回、司会1回)、スキー、スキューバダイビング、旅行
思い出に経験、なにより何か自信になる、人に誇れる物、大切にできる物が見つかればと幼少の頃よりいろんな事を体験させてきました。(レポート2.4.24)
しかし、母親はそうではなかった。私の年齢(46歳)で子どもを授かると障害を持つ子どもが産まれると思い込み、産まないと。また、仕事を休むと今までのキャリアを捨てることになるなどと言っていました。説き伏せ出産するも、産まれた息子が何か失敗するたびに激怒し、時には感情を抑えきれず激しい揺さぶにより命を落としかけた事もありました。「先天的に異常だ」「アスペルガーだ」、何度も何度も言うので心配になりました。1歳の時に産まれた病院に行き出生証明を見せてもらい看護婦さんから「大丈夫ですよ」と説明を受け安心しました。その後も母親の嫌らしい言葉のハラスメント(心理的虐待)は一向に止まず今もあの時の冷たい言い回しを覚えています。
この頃から連れ去り(6才11ヶ月)まで母親と息子の2人での遊びに行く(お出かけする)事は1度しかなかった。
許せない事はまだあります。息子は3回、私は2回、彼女の手によって命を落としかけた事も絶対に忘れることのできない事実です。この子は私が大切に育てないといけないと強く自分に言い聞かせてていました。(レポート7.9.24)
私の経営している店で従業員の前でも息子を叱咤し侮辱する言い方は従業員も心配するほどでした。小学校になったら私が息子を引き取り離婚する事を知っていた従業員は、母親が息子を連れ去ったと聞くと息子の事を心配して陳述書を書かせてくださいと言ってくれました。
乙25号証 陳述書 〇〇さん (一部抜粋) 息子1〜3才時勤務
「オーシャンズ」という映画を一緒に見に行った事があります。〜上映後に、店長(私)がうんちまみれのxx君のパンツを慣れた手つきで替えていて驚きました。〜ご飯を食べる時に、スプーンの使い方を丁寧に教えていた事です。「手首をこねないで、肘を挙げて口に持っていくんだよと」話しながら食べさせていました。〜スプーンの使い方を教えるお父さんはいないので良く覚えています。
一方、xxさん(母親)については、xx君を怒る口調が強く感じました。私は子供の時より大勢の家族で暮らし、何かある度に集まっていたので大きい声には慣れていましたが、大声をだして罵る人は初めてだったので良く覚えています。幼いxx君に対して、大声をあげて罵倒するような〜恫喝しているようにさえみえました。
また、xxさん(母親)はxx君が、転んだり物を落としたりすると「先天的に異常があるからだ」とよく口にしており、大人になってからも覚えているのではないかと心配になりました。
乙第3号証 陳述書 〇〇くん (一部抜粋) 息子3〜7才時勤務
週に何回かは、xxさん(母親)がxxくんを迎えに(保育園)出た後、二人でお店に(私の経営している居酒屋)へ来て夕飯を食べていたこともありました。〜「パパ。おいしいおいしい」と笑顔で話していました。〜時間がある時には、〜お店の外で出て遊んでいたのを従業員みんなが見ています。「本当に店長はxxくんが好きなんだね」〜また、xxさん(母親)とxxくんがお店に寄らず帰る時も毎日のように二人の夕飯をxxさん(母親)に渡していました。
ある時、〇〇さん(私)から〜サッカーの面白さや簡単なパスの仕方、ドリフトの上達方法などを聞かれました。聞いてみるとxxくんをサッカー教室に通い始めたとのことでした。〜小さい子供のサッカー教室というのはお父さんも一緒にサッカーをするのを知っていたからです。月曜日になると〇〇さんはいつも「走りすぎて、筋肉痛。」と言っていました。それでも「昨日は楽しかった。」と言いながら仕込みをしていました。〜休みの日になると毎週のようにxxくんと同じ時間を過ごし、時に旅行に行ったり〜子供との時間を大切にしていました。一方で、そうした旅行等にもxxさんも一緒に行ったといったことは全く聞いたことがありません。xxさん(母親)は「塾やサッカーの送り迎えでその時間、そこにいないといけないのが無駄。」や「子供が嫌いだから、小学校に入るまでは面倒を見るが後は知らない。」と言ったり、「好きで育てるんじゃない」や「日曜日ぐらいは子供の面倒見ずに、休みたい。」〜xxくんへの愛情を感じることはなかった。
xxさん(母親)とxxくんに関する出来事で非常に衝撃的だったのは、店内でxxくんが同じ場所で複数回、転んでしまった時のことでした。xxさんはxxくんへ衝動的に大声で怒鳴り「同じところで転ぶなんて先天的に異常だ。覚えが本当に悪い。」私も含めて、周囲の従業員も唖然となりました。時には口先で「チッ」と鳴らしxxくんを威嚇することも、よくありました。
母親への調査はしない
ここに書いた陳述書は一部に過ぎません。
DV被害に苦しみ加害者から子どもと一緒逃げるケースもあります。私たちの様に母親から日常的に精神的/身体的な暴力を受け、息子が小学校に入学したら私(父親)が引き取り育てることに合意していたにも関わらず、母親によって強引に相談なく連れ去られました。後に母親に対して同居時の経緯を聞き取り、調査することはありませんでした。
裁判が始まり陳述書を何通も提出しました。毎月の面会交流報告書も提出しました。母親の子どもに対しての行為・行動=ネグレスト(気にかけない)=怠慢=成長虐待、について注意するどころか、確認する事もありませんでした。
気にかけない、不憫な時間=寂しくなる=精神的に不安定=自分の方を向いてもらいたい行為をする。幼い私の息子の場合、面会交流時の度に抱き着いてきました。彼にとって少しの時間ではあったが精神的に自分自身を落ち着かせた時間であったのではないかと思います。
一方的な連れ去りがあっても連れ去った者を容認し、連れ去った者勝ち。連れ去られた側を擁護する事はないのかと裁判所の偏見・思い込みを感じる日々でした。(レポート12.16.25)
裁判官、公平無私を願います。(2022.9.21)