長田真由美(2022年8月18日付 東京新聞朝刊)
離婚後、子どもの親権は父母の双方が持つべき「共同親権」にすべきか、どちらか一方に限る「単独親権」のままがよいのか―。法制審議会(法相の諮問機関)の部会で、議論が進められている。そもそも親権とは何だろう。親権がなければ子育てはできないのか。8月末に予定されている中間試案の提示を前に、現状を紹介する。
中国地方の男性の娘が小学校入学ごろに書いたメッセージ。「ぱぱ」を「ぽぽ」と書き間違える様子もかわいくて記念に撮影した
面会交流が増えていった男性のケース
中国地方に住む男性(39)の家には週1回、離れて暮らす小学生の長女と長男が遊びに来る。一緒にゲームをしたり、ご飯を食べたり。親権を持つ元妻も含めて4人で出かけることもある。「珍しいかもしれないが、これが僕たち家族の在り方です」
元妻が子ども2人を連れて家を出たのは2017年末。夫婦間の価値観の違いが積み重なり、小さなけんかが増えていたが、まさか出て行くとは思わなかった。悔しさや怒りもあったが、「子どもに会いたい気持ちが強く、妻と争いたくなかった」と振り返る。
離婚調停中、面会交流を申し立て、数カ月たってようやく認められた。最初は月1回1時間だけだった面会の時間は次第に延びた。男性は「離婚しても親として子どもへの責任はある。子どもの問題と夫婦の問題は切り分けて考えるべきだと思う」と話す。
親権がなくても「協力関係」があれば
親権は、子どもの身の回りの世話(監護)や教育をしたり、子の財産を管理したりする権利や義務のこととされる。日本では現在、婚姻中は父母の双方が親権を持つが、離婚後はいずれかが親権者となる「単独親権」が原則。親権者は子どもの住まいをはじめ、進学先や重大な医療方針などの重要事項を決める。元夫婦に協力関係があれば、親権がなくても子どもに会うことは可能だ。
「最初は、父親がいなくても、自分一人で立派に子育てできることを証明してみせると思っていた」。6年前に元夫が家を出る形で別居を始めた東京都内の40代女性は打ち明ける。
元夫は育児に非協力的で、怒ると怒鳴った。だが、幼い2人の子どもが「パパは元気?」「どうしてるの?」と聞く姿を見て、「不安を持ったままより、たまに会って遊んだ方がいいのかな」と思った。5年前に離婚し、女性が親権者に。以降、月1回の面会交流を続けている。「元夫に対する葛藤は今もある。だけど、子どもが親の顔色を見ずに、自由に父親に会える環境は整えてあげられた」
DV・虐待あれば別居親の交流は難しい
離婚後も父母で子育てはできるのか。「親同士の関係性、親子の関係性、住んでいる距離など、その家庭に合った形で両親が子育てに関わることはできる」。離婚後の養育をサポートする一般社団法人「りむすび」(東京)代表、しばはし聡子さん(48)は言う。離婚するような関係性なので、協力的な話し合いは難しいことがほとんどだ。「まず元夫婦が親同士になること。相手への感情を持ち込まない。苦手だけど大事なクライアントとのやりとりをすると考えて」と提案。「争うよりも歩み寄りを」と呼びかける。
ただ、全ての元夫婦が共に子育てをできるわけではない。ドメスティックバイオレンス(DV)や虐待があったケースは、子どもの心身の安全が守られなければ、加害者である別居親と交流することは難しい。20年度の司法統計によると、全国の家庭裁判所で申し立てられた離婚理由(複数回答)のうち、身体的暴力は全体の17%、精神的虐待が23.9%、経済的虐待(生活費を渡さない)が23.6%。実際にはもっと多いとみられ、慎重な対応が求められる。
共同親権に危機感 学会が「慎重に」
子どもの育ちの視点からも、離婚後の子どもの養育の在り方について、慎重な議論をする必要があるのではないか―。医師や心理士、保健師らでつくる日本乳幼児精神保健学会は6月末、こうした声明を出した。法制審議会の家族法制部会で共同親権の導入が議論されていることに、危機感を持ったからだ。
共同親権になれば、「離婚後も父母が共同で子育てができる」と導入を推す意見がある。別居親と子どもの面会交流や養育費の支払いもスムーズに行えることを期待する声も上がる。
共同親権が主流だった欧米でも見直し
一方で、「子どもの安全・安心を守れるのか」との懸念は根強い。日本乳幼児精神保健学会は声明で「DVや虐待が継続したり、父母間の葛藤や紛争がこじれて慢性化したりして、同居親が危険やストレスから子育ての余裕を失い、養育の質が低下しないか」と訴える。
同学会の理事で児童精神科医の黒崎充勇(みつはや)さんによると、虐待を受けた子どもは一般的に、不安感が強く、抑うつ状態に陥るなど、その後の対人関係にも影を落とす。脳の発達に影響することも分かっている。
共同親権が主流だった欧米では近年、DVや虐待被害を重視し、共同養育から子どもの安全を優先する方向で法制度を見直す動きが広がっている。「基本は同居親との生活が子どもにとって安全・安心であること」と黒崎さん。「別居親がDVや虐待の加害者である場合は特に、共同親権の導入よりも、まず同居親が抱えている心理的不安やストレスを軽減するための医療的ケア、養育費では足りない経済的支援など、生活全体をサポートする制度が必要」と話す。
養育費を盾に「強制」になる恐れも
DV被害者や支援者らの危機感も強い。離婚後の親権に詳しい弁護士の岡村晴美さん=名古屋市=は「共同親権により、子どもの進路や重大な医療方針などの重要事項を決める時に、別居親の同意が必要となれば、加害者から逃げられない」と指摘する。父母の意見が一致しない場合、結論が出るまで時間がかかり、不利益を被るのは子どもだ。
共同親権か単独親権か選択制にした場合でも、加害者側が「共同親権なら養育費を払う」などと主張し、事実上、強制的に共同親権になる恐れもある。「別居親が子どもに会いたい場合、今の単独親権の枠組みで面会交流はできる。面会ができないケースにはDVや虐待がある場合もある。共同親権になったら面会できるわけではない」と岡村さん。別居親が家庭裁判所に面会交流の調停を申し立てた場合、特別の事情がない限り、実施が認められるからだ。
複数の選択肢 パブコメで意見募集へ
家族法制部会が7月に示した親権制度見直し案のたたき台では、単独親権と共同親権を併記した上で、単独か共同のいずれかを選択するか、共同の場合は子どもの身の回りを世話する「監護者」を決めるかなど、論点ごとに枝分かれした複数の選択肢を提示=下図。8月末に中間試案をまとめ、パブリックコメントで国民の意見を募るとしている。