共同親権反対論は論理的に破綻する

https://note.com/makotomurakami/n/n0b23f88febfc

MAKOTO Murakami
2022年7月1日 03:19
1.「今の『共同親権』になぜ反対するか?」

 という表題のnoteが公開されています。
 一応、共同親権に反対する弁護士(以下、「反対派弁護士」といいます)が書いたものらしいので、この記事で書かれている論拠が、法律的あるいは現在の家事司法の実態から見て正しいのかどうかを検証していきます。(「らしい」と言うのは筆者の弁護士が匿名であるため。それと、文章が稚拙で非論理的な思考や決めつけが酷いため、実在の弁護士かどうか、疑わしいということもあります。)
2.共同で子育てをできなくなるから離婚する?

「結婚式で『愛の共同作業』とか言われるように、結婚とは共同で生活を営むことで、子どもが生まれれば共同で子育てをすることで、それができなくなるから離婚するわけです。」
という冒頭の方に述べられている一節には、本当にびっくりしました。これまで、『離婚した夫婦に共同で子育てをするなんて無理』という反対派弁護士の主張は見たことがありますが、これをひっくり返して「共同で子育てができないから夫婦は離婚する」という主張は初めて見たからです。
 『AならばBである』という命題が仮に成立するとしても『BならばAである』という命題が常に成立するとは限りません。論理学を学んでいなくても、司法試験に合格するくらいの能力があれば分かりそうなものですが。実際に、夫婦が離婚する原因で男女ともに一番多いのは「性格の不一致」です。そのほかにも、不貞(異性関係)やいわゆるDVなどがありますが、「共同で子育てできない」という理由はありません。
 確かに、DVがあったケース、不貞があったケースなどでは、共同で子育てをするなどできないと離婚当事者が考えていることもあるでしょう。性格の不一致の場合でも、そういうケースはありうると思います。
 それでは、なぜ、欧米などの諸外国では共同親権制度を採り入れ、共同養育を進めているのでしょうか。その答えは、父母の一時の感情よりも「子の利益」を優先すべきと考えているからだと思います。
 例えば、妻が不貞をして離婚に至ったという場合を考えてみましょう。このような場合でも、日本の家庭裁判所は妻が従前の主たる監護をしていたことを理由に妻を単独親権者と指定することが少なくありません。もし、「共同で子育てをすることができないから離婚する」という理屈が正しいのなら、この場合に有責配偶者である妻を親権者として指定することは理屈に合わないことになります。つまり、日本の民法は(外国もほぼ同じだと思いますが)、離婚は夫婦の問題であり、子どものことは別途に考えるという建前を採っているのです。子どもが親とは独立した人格であることからすれば、当然です。
 離婚する夫婦であっても、子の幸せや健全な成長を願っている父母がほとんどだと思います。もちろん、例外もあるでしょう。しかし、離婚後に絶対的に単独親権とする法制度では、子どもから本来受けられたはずの父母の慈愛や保護の片方を強制的に奪ってしまうことになるのです。反対派弁護士は、この不都合な真実を覆い隠すために、養育費不払いやDVを利用します。それは、次章以下で詳しく述べます。
3.8割弱が養育費をもらっていない

 確かに、養育費の不払いとそれによる母子家庭(父子家庭)の貧困の問題は大きな問題です。これは、養育費の立替払い制度や決められた養育費を支払わない義務者にペナルティを科す(外国では運転免許の更新ができなくなる、公職に付けなくなるなどのペナルティの例があります)などにより、改善が必要でしょう。
 しかし、その一方で日本では親権を持たない親(別居親も同じです)の面会交流権があまりにも貧弱という問題を見ないのでは、不公平です。
 アメリカなどの共同親権先進国では、共同親権を採用する以前(遅くとも1980年ころ)から非親権者(別居親)に、毎週1回3時間程度(夕食を共にする時間)・隔週での1泊での面会・長期休暇の約半分の時間を子どもと過ごす権利を認めていました。大雑把な計算で年間1,800時間です。日本ではどうでしょうか。件の記事も認めているように「1ヶ月1回程度の面会」、それもほとんどが2~3時間です。大目に見て、3時間だとしても年間36時間。40年前のアメリカの50分の1という水準です。せめて、アメリカの半分程度、年間900時間の交流時間がなければ親子の関係の中で相互に成長するという喜びは味わえないと思います。これは、非親権者(別居親)だけでなく、子どもにとっても不幸なことです。
 もちろん、子どもの成長段階や父母の仕事や住居の距離などの物理的条件に合わせて面会交流の時間や頻度は変える必要があります。子が概ね12歳程度に達したら、子の意思をできるだけ尊重するべきでしょう。
 反対派弁護士は、こういう考察をしません。9割を占める同居親=母親の気持ちばかりを優先しているように見えます。
「今回の民法の改正の実態はまだよくわかりませんが、日本で、男性や企業が困るようなことを法定化するとは思えないので、強制的な共同監護、つまり1週間ごとの交代監護を強制するはずはありません」
という表記には私も腰を抜かしました。日本は未開国ですか。日本の諸法規でどれだけ女性の権利を守っているか、知らないのでしょうか。本当に、この記事を書いた人は弁護士なのでしょうか。 
4.離婚後の共同親権は拒否権・介入権として働く?
5.単独親権でも共同養育はできる?

 4項と5項については、私の別の記事で詳しく書いてありますので、そちらをご覧ください。
 ただ、記事の中では「子どもを持つ母子家庭の半分は貧困」と言いながら、一方では子どもの私立学校への進学や歯列矯正などの中流家庭の話をごちゃまぜに論じている部分は、非常に気になりました。日本では、若い世代では男女問わずに貧困ラインぎりぎりで生活している人が増えているのに、それを考えずに「私学に入れたい」「歯列矯正をしてやりたい」という同居親の願いだけが優先されるようなことになったら、大変なことになります。
 共同親権や、それに基づく共同監護がなされるようになれば、これまで『9割の母親』が担わされてきた、単独での子育てから解放され、きちんとした定職に就くことが容易になったり、自分の自由な時間が持てるケースが増えるでしょう。共同監護が進めば、夫婦としてやっていくことはできなくても、子育ての悩みを共有できる元夫婦も増えるのではないでしょうか。
6.DVの支配から逃れられなくなるから共同親権はダメ?

 DVと一口で言われますが、DVにも様々なケースがあります。サイコパスとしか思えないような身体的暴力や精神的暴力をふるう人も確かにいます。一方で、配偶者の不貞が明らかになったときに、思わず1回だけ手をあげてしまったというケースもあります。もちろん、後者の場合でも暴力は許されませんし、DV保護法のDVに該当はするでしょうが、このような場合まで親権を失わせて、非親権者(別居親)と子どもとの関係を断絶することが果たして子どもの利益になるのでしょうか。
 また、DVが全くなくても離婚に至る夫婦は増えています。社会全体が豊かになった分だけ、価値観をできるだけ合わせて共同生活を営むよりも、自分の価値観を貫きたいと思う人が増えたせいでしょうか。私は、このような離婚も非難するつもりはありませんが、子どもがある場合には、そのそれぞれが親権を持って子どもへの責任を果たす、すなわち共同親権がふさわしいと思います。日本の現行民法ではそれが絶対にできません。
 最後に、日本国憲法は24条2項で家族関係における「個人の尊厳」と「両性の本質的平等」を要請しています。婚姻中の夫婦関係で、夫が妻を一方的に支配したり、バカにしたりすることは許されません(逆もまた然り)。同様に、離婚によって夫婦という関係は解消されますが、親子という家族関係は続くのですから、原則として父母は対等平等な立場に立つというのが原則であるはずです。原則では問題が生じる場合には、例外としての親権停止や親権剥奪(これは現行民法にすでに規定されています)や、新しく作る法制度をその問題に対応可能なように作ればよいことです。
 これから、共同親権にかんする議論は間違いなく、加速します。理念なき「反対」の声は間違いなく押しつぶされると思います。憲法24条2項の精神を生かす、本当の共同親権の制度を法律家は提唱していく義務があると思います。
                ~終わり~

2年前