小川教授&千田教授記事のその後:オーストラリアの家族法制の動き

共同親権はオーストラリアでは失敗していて廃止しようとしています(意訳)と以前述べた大阪経済法科大学の小川富之教授ですが、オーストラリアの新聞からそんなことないよとツッコミを受けていました。現地紙が100%正しいとも断言できませんが、現地の雰囲気を熟知しているわけなので正しい可能性は高いでしょう。この一件で、専門家を名乗る人の発言とはいえ鵜呑みにせず、原典にあたることが大切だと改めて思いました。そこで可能な範囲で実際のオーストラリア家族法の原文や議会報告から、その後の状況を調べてみました。

・・・と思っていたのですが途中で力尽きたので、一旦資料置き場とします。一応、ある程度状況はわかるかと思います。

1. 基本情報:原典にあたろう

専門家の話を鵜呑みにせず、原典を出来る限り調べましょう。今回はオーストラリア法です。その為に有用と思われるリンクをご紹介します。

1-1. 豪の家族法:過去の全ての改正履歴

下記のページの”Amendment History”を見ると、1975年成立以来のオーストラリア家族法の修正履歴がわかります。親権関連以外を含めると、毎年のように修正が入っているようです。
http://classic.austlii.edu.au/au/legis/cth/consol_act/fla1975114/notes.html

このaustlii.edu.auというサイトは、ニューサウスウェールズ大学とシドニー工科大学が共同運営するオーストラリアの法律データベースです。政府機関ではありませんが、オーストラリア高等裁判所からもリンクが張られているくらいなので信頼性は高いと見て良いでしょう。

オーストラリアの法文の読み方
上記リンク先を読むと聞き慣れない言葉が出てきます。例えば”SCHEDULE”など。これらの意味やオーストラリアの法案の読み方について、豪州上院のサイトに説明がありましたので、参考にしてください。Scheduleはスケジュールの事ではなくて、日本語だと「附則」にあたるようです。
https://www.aph.gov.au/About_Parliament/Senate/Powers_practice_n_procedures/Brief_Guides_to_Senate_Procedure/No_15

1-2. オーストラリアの家族法の変遷(共同養育関連)

1975年 家族法成立(Family Law Act)

この間にもたくさんの改正あり(親権以外にも様々なトピックで)

2006年 家族法改正(”共同親責任”の導入)
改正の全文
http://classic.austlii.edu.au/au/legis/cth/num_act/flapra2006500/sch1.html

①セクション61DAで「両親が均等な共同責任を持つことが子供にとって最善の利益である」と規定されました。

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②セクション60CC(3)(c)並びに(4)(b)で、所謂フレンドリーペアレントルールが定められました。

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③セクション65DAAで、裁判所が養育命令を出す際、どのような場合に両親均等監護や、もう一方の親と「相当の時間」過ごすかの基準を示しました。

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2011年 家族法改正(家族暴力等に関する改正)

改正の全文
http://classic.austlii.edu.au/au/legis/cth/num_act/fllavaoma2011613/sch1.html

この改正で、60CC(3)(c)並びに(4)(b)のフレンドリーペアレントルールは削除されました。61DAの「均等な共同親責任が子供の最善の利益である」の条項や65DAAの「両親均等監護や片親との相当な時間の同居」の条項は削除されていません。

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2017年 ターンブル政権が家族法の抜本的見直しに向けた調査を指示。ALRC(Australian Law Reform Commission:豪州法改正委員会)が組織される。 →日本の法制審のようなものでしょうか。
https://www.aph.gov.au/About_Parliament/Parliamentary_Departments/Parliamentary_Library/pubs/BriefingBook46p/FamilyLaw

2019年 ALRCの最終報告が提出される(立法には至らず)
https://www.alrc.gov.au/inquiry/review-of-the-family-law-system/
主な提言としては、
・州裁判所と連邦裁判所で縦割りになっていた児童福祉と家族内暴力を統合し州裁判所に集約する
・均等養育(50:50)を必ず考慮すべきという条項を削除
・裁判以外の紛争解決(FDRやLADR)の割合を増やす
などが提案されたようで、50:50共同養育の優先度を下げようと言う意見は確かにあるようです。とはいえ具体的な法改正は無かったようです。

2022年 現在
現在のところ、共同養育関連では、2006年、2012年以来改正はなし。

下記ニュース記事によれば、2大政党の一方、労働党(現在野党)のグラハム・ペレット下院議員は、上述の2019年ALRC報告と似た内容の議会調査結果に基づいて、「均等な共同親責任の推定(The presumption of equal shared parental responsibility)」を家族法から削除するための議員立法案を2020年に提出しています。その背景には家庭内暴力により母子が殺害される事件があったようです(こちら)。この法案は結果として、2022年4月の議会解散とともに不成立になったようです(こちら)。また、当該議会調査では、”False Allegation(日本でも問題視する声がある「DV冤罪」)”についての懸念も議論されたようですが、答申では「虚偽主張は確かに発生しているものの多くはない」として含まれなかったようです。その後、2022年5月のオーストラリア総選挙では労働党が勝利したので、同法案が再提出されて可決される可能性は高まっているかもしれません。

2. 検証 〜小川富之教授や千田由紀教授の「オーストラリアでは共同親権は大失敗だったと結論づけられた」という記事は正しいか〜

2.1. 小川教授と千田教授の主張

まず、小川富之教授や千田由紀教授の主張を取り上げた記事へのリンクを貼っておきます。3つ目の東京新聞の記事が、オーストラリアの新聞から直接誤りを指摘された(後述)ものです。

2.2. 海外からの誤りの指摘

上記の小川教授や千田教授の「共同親権は失敗」などの主張に反して、当のオーストラリアから、共同親権制度を推す意見や、日本の単独親権制度を問題視する意見が出ています。

①オーストラリア政府自体が日本政府に対して「共同親権制度」の導入を要請している
直接小川教授や千田教授の主張の誤りが指摘されたわけではありませんが、オーストラリアの共同親権制度が大失敗なのならば、同国が日本制度に導入を進めるわけはないですよね。(日本にも失敗させてやろうという嫌がらせでもない限り)

②オーストラリアの大手紙「シドニー・モーニング・ヘラルド」が、小川教授を名指しで誤りを指摘(リンク先記事)
こちらは、直接的に小川教授の主張を否定しています。もちろん、現地大手紙とはいえ新聞記者による記事ですから、日本人とは言えオーストラリア法が専門である小川教授の主張の方が正鵠を射ている可能性もあります。内容をしっかり見定める必要はあるでしょう。以下に、同記事のリンクと抜粋を置いてきます。

オーストラリアの共同親権法はこれまでずっと日本の小川富之教授によって引用され、日本が単独親権制度を変えるのを防止するキャンペーンに使われてきた。小川教授はDV事件が起きた後の2011年にオーストラリアは2006年の家族法改正を取り消したと主張している。彼は7月に東京新聞で「オーストラリアの2006年法改正は、子供の生命、身体、健全な成長を危機に晒すものだった。2006年の家族法改正は、痛烈な失敗だった」と述べている。しかし、オーストラリア家族研究機構による2011年の法改正の事後検証では、2011年改正は子供の権利への力点の置き方に関して「ほんの僅か」に修正し、「子供を危険から守る必要」により大きな重点を置いたにすぎない。
【原文】
Australia’s joint-custody laws have been cited by Japanese professor Tomiyuki Ogawa in his campaign to prevent Japan changing its sole-custody system. Ogawa has claimed that in 2011, Australia rolled back changes to its 2006 Act after incidents of domestic violence.
“Australia’s 2006 law has resulted in a threat to children’s life, body and sound upbringing,” he told the Tokyo Shimbun in July. “The 2006 revision of the law was a painful failure.”
But a review of the 2011 amendments to the Act by the Australian Institute of Family Studies found that it modified the emphasis on the rights of the child “only a little” to give greater weight “to be given to the need to protect children from harm”.

シドニーモーニングヘラルド 2021年12月14日

2.3. 検証:小川教授の主張は誤りか?

最初に説明したオーストラリアの家族法のこれまでの変遷から見て、小川富之教授の主張は断片としては実際に起こったことの記述であり正しいことがわかります。
2006年に導入された「フレンドリーペアレントルール(家族法 旧60CC (3)c並びに(4)b)」は、2011年の法改正で確かに削除されています。

しかし、共同養育と言う意味では、2006年以来2022年現在まで、「均等な共同親責任の推定(家族法 61DA)」という条項は残り続けています。また、他の条項にも共同親責任と言う言葉が沢山出てきます。
この「均等な共同親責任の推定」は、解釈には諸説あるようですが50:50の均等養育を意味するものとされ、これを根拠に審判で50:50養育が言い渡されることもあるようです。これに反対する人もおり、この50:50の前提をなくしたほうがよいという意見が2019年に出されていることは事実です(2019 ALRC報告書、前述)。その後実際に50:50均等養育推定を無くそうとするような家族法改正案が2020年、野党により提出されたのも事実です。しかしこれは廃案になっています。したがって2022年現在、この50:50均等養育の推定条項は削除されていません。

法的側面でも身上監護面でも単独親権しか絶対に認められない法律となっている日本とは違い、オーストラリアは共同親権の国であり続けています。フレンドリーペアレントルールは2011年に無くなったものの、50:50の共同養育の基本原則は健在です。仮にこれが廃止されたとしても、養育割合の前提が50:50で無くなるだけであって、共同親権が全廃されることも、離婚後に親子が十分に会うことの価値を否定するようになることも、可能性は低いでしょう。

そうした中で、フレンドリーペアレントルールが無くなったことだけを針小棒大に取り上げて、オーストラリアの共同親権は失敗であったとすることには違和感を覚えます。
その意味で、シドニー・モーニング・ヘラルド紙が指摘したように、小川富之教授による「オーストラリアの共同親権は失敗で、廃止しようとしている」という主張は、誇張または誤りといって良いのだと思います。

2.4. 共同親権・共同養育に反対する学者の世界的なつながり

ここからはただの想像ですので、与太話として聞いてください。
前述の2019ALRC報告書では、共同養育の反対派・慎重派と思われるシドニー国立大学のSmyth教授やChisholm教授の論文が引用されています。Smyth教授の論文は、小川富之教授も平成26年(2014年)の法務省の家族法制調査で引用し、オーストラリアでは共同親権を止めようとしているかのような文脈で用いています。
それに先立つ2013年、小川教授はシドニーで開催された国際会議で委員を務め、その際の登壇者にSmyth教授もいたようです。もしかすると二人はその時以来直接の親交があり、それで上記の引用に繋がったのかもしれません。あくまで私の想像ですが、国際的に共同親権・共同養育に反対または慎重な学者のサークルがあったりするのではないでしょうか。
https://nswbar.asn.au/circulars/2012/dec/flc.pdf

2.5. 小川教授と千田教授の共同研究は、公平な観点での研究が行われているか?

前述のオーストラリア紙から「単独親権制度を変えさせないキャンペーン」を張っているとまで言われ、共同親権に強硬に反対するバイアスが掛かっているように思われる小川教授ですが、現在同じく共同親権に反対の立場の千田由紀武蔵大学教授と、共同親権に関する共同研究をしています。科研費の情報が下記のページから見られます。共同親権に賛成の立場の学者(青木教授や小田切教授)よりも高額の資金が出ています。
https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-20H01583/

研究代表者
千田 有紀 武蔵大学, 社会学部, 教授 (70323730)
研究分担者海妻 径子 岩手大学, 人文社会科学部, 教授 (10422065)
小川 富之 大阪経済法科大学, 法学部, 教授 (20221848)
藤村 賢訓 福岡大学, 公私立大学の部局等, 准教授 (50389384) 
山田 昌弘 中央大学, 文学部, 教授 (90191337)
配分額 *注記
17,680千円 (直接経費: 13,600千円、間接経費: 4,080千円)
研究開始時の研究の概要
離婚後の親子のありかたをめぐって国民的な議論が巻き起っている。日本において離婚後の共同親権の研究や調査は、社会学の分野ではほぼ皆無であり、規範的な法学論議にとどまっている。法がどのように社会を構築し、どのような制度によって支えられているかという問題として検討されていない。本研究では、離婚後の「子どもへの権利(責任)」の「所有」、「ケア」や「子どもの福祉」といった概念を問い直し、「保護複合体」の形成のありかたを分析し、ポスト「近代家族」において制度構築が可能なのかを検討する。その際にこれまで外国で積み重ねられてきた共同親権や共同監護をめぐる議論や調査を参考とし、調査を複合的に検討する。


個人の政治的主張とは切り離して客観的な研究が行われるのであれば良いですが、専門のオーストラリア法に関する解釈について現地紙からバイアスを指摘されてしまっている学者ですから、バイアスのない研究が行われているのか、不安になります。バイアスのある研究であれば、国税を使ってほしくはありませんね。

未完

2年前