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髙橋史朗
モラロジー道徳教育財団 道徳科学研究所教授
麗澤大学 客員教授
法務省法制審議会家族法制部会が今夏に発表する予定の離婚後の子の養育の在り方に関する中間試案をめぐり、国内外の研究者や弁護士らでつくる民間法制審議会家族法制部会が5月31日、独自に取りまとめた代案を自民党の高市早苗政調会長に提出し、司法記者クラブで記者会見を行った。
同部会長の北村晴男弁護士とともに、私も同部会に提出した「中間試案の懸念事項」と「中華民国の民法と親教育」を中心に説明を行ったが、今後自民党の法務部会で両案について審議される見通しである。
●法制審家族法制部会「中間試案」の問題点
法制審の同部会の予想される「中間試案」は、主として以下の問題点を含んでいる。
①見せかけの共同親権制導入(=父母双方の合意を前提とする選択的共同親権創設)
②離婚後共同監護の禁止(=親権の要素から監護権を除外・離婚後単独親権制に代わる離婚後単独監護権制の創設)
③監護実績に基づき監護者を指定する現行の裁判運用及び監護権を剥奪した親から親権を剥奪する現行の裁判運用の制度化(=「継続性の原則」の制度化)
④実子誘拐の合法化(=親権の要素から居所指定権を除外)
⑤第三者による親子関係制限・断絶合法化(=「子の代理人」制度創設)
⑥親権・監護権を剥奪された親から養育費を強制徴収するための「未成年子扶養請求権」創設
⑦婚姻中の単独親権制復活(=親権の最重要要素である監護権を婚姻中から単独で父母の一方が獲得できることを制度化)
⑧現に関係が断絶されている親子の救済措置の欠如
この制度が実現すれば、具体的には下記のような社会変化がもたらされると想像できる。
従来、婚姻中に子を一方の親が誘拐することで、その親が裁判所において監護者として指定され(継続性の原則)、離婚後には親権をもう一方の親から奪うことが可能であった。
言い換えれば、実子誘拐により子を物理的に奪われた親は、親権・監護権を有していたとしても、事実上、親権・監護権を同時に奪われたと同じ法的取り扱いを裁判所等の公権力機関で受けることとなるため、実子誘拐を契機として、子との別居を強いられた親は、子と生き別れ状態に陥る実態があった。
この提案が法制化されると、このような実態が制度化されることとなる。
ただし、従来は、婚姻中、父母の一方による実子誘拐を契機として、もう一方の親の親権が剥奪される仕組みであったが、この制度の実現後は、婚姻中、父母の一方による監護者指定申請を契機として、もう一方の親の親権が剥奪されることになる。
制度化後は、監護権に居所指定権が含まれることとなるため、婚姻中の子の父母の一方が監護者として裁判所からの指定を受ければ、監護者となった親が、子の居所指定権を剥奪されたもう一方の親の目の前で堂々と子を誘拐しても合法ということになる。
加えて、子と別居する親との関係が面会交流支援機関などにより恣意的に制限・断絶される現状があるが、この現状を追認し制度化する「子の代理人」制度が創設されることで、監護権を奪われた親は、子の養育に関われず、子と生き別れ状態となったとしても、その状態は合法であり、従って救済されることはない。
すなわち、監護権をもう一方の親から奪うことができれば、誘拐などの行為をしなくとも父母の一方を婚姻中から合法的に子の養育から排斥することが可能になる。
また、監護者の指定において監護実績を重視することが制度化されることと、子の乳幼児期に女性である母親の監護割合が高くならざるを得ないこととを併せて考えれば、制度化後は、将来の親権・監護権争いで不利になることを防ごうと、母親が、子の乳幼児期に監護者指定を申請することが常態となるおそれがある。
●家族制度を崩壊させる「家母長制」提案
一度、家庭内で監護者が母親と指定されてしまえば、父母の関係は完全に固定化される。監護権を奪われた父親が子の養育に引き続き関わりたいと願えば、監護者として指定された母親の機嫌を損ねることを控え、絶対的な服従を強いられることになる。
一方で、監護権を奪われた父親に「未成年子扶養義務」が課せられることとなるため、母親は、「未成年子扶養請求権」に基づき、父親に対し養育費を支払うよう命ずることが可能となる。
つまり、婚姻中であっても、家庭内に性別に基づく差別構造が生まれ、妻と夫の関係は、支配と服従の関係に陥ることになる。そして、その関係は離婚後も継続する。
言い換えれば、離婚後か婚姻中かに関わらず、監護権を有する母親が監護権を剥奪された父親と子を管理する「家母長制」が事実上誕生するおそれがあり、「両性の平等」を謳う憲法第14条の規定に違反する可能性がある。
この制度提案が実現した折には、男性は子を養育するリスクを感じ、早晩、結婚を控えることになるであろう。これは、日本の「家族制度の崩壊」を意味する。
また、この制度提案により、子は父親との関係を制限ないし断絶されることが制度化されることになる。親子の関係を合理的理由なく制限ないし断絶させることは児童虐待であるとの指摘もあるように、「子の利益」を侵害するおそれがある。これは、児童の権利条約第9条第1項及び第3項にも違反する(拙稿の本連載68参照)。
かかる制度提案は、「子の利益」を最優先に考慮するよう指示した法制審議会家族法制部会への諮問趣旨にも反している。
なお、部会の構成員には、「子の利益」よりも「母親の利益」を優先すると公言する者が複数おり、この制度提案が「家母長制」導入を意図してなされているものと推認できる。加えて、この部会の構成員には、現役の裁判官や裁判所から判検交流制度を利用し法務省職員となっている者や離婚訴訟などを扱う弁護士との利害関係者が含まれており、裁判所の利益や弁護士の利益などが優先されるおそれが高いとの指摘もなされている。いずれにせよ、この制度提案が、「子の利益」を図るという観点でなされたものでないことは、この部会の構成員を見ても明らかである。
さらに、この制度提案を見ると、婚姻中の親権・監護権の制度設計についてまで提案しており、「離婚に関連する問題」にのみ限定して諮問している審議対象から外れている。
以上より、法制審議会家族法制部会から提案される予定の制度提案は、法務大臣からの諮問内容及び諮問目的から大きく逸脱したものと結論せざるを得ない。
この制度提案を看過することは、日本の将来を担う子供達の利益を侵害し、その健全な成長を著しく妨げるだけでなく、戦後、現行憲法の下、「両性の平等」の観点から廃止した「家父長制」を「家母長制」という形で復活させることを認めることになるおそれがある。
この時代錯誤の制度提案は、「子の利益」を最優先に考慮し「共同親権(共同監護)」を制度として導入している世界の趨勢に逆行するものでもある。
●両案の是非を問う!――実現する社会の比較
そこで、民間法制審議会家族法制部会は、この法務省法制審議会の制度提案に含まれる懸念点を踏まえて審議を重ね、真に「子の利益」になる制度の代案を提示した次第である。
同部会の委員は、私に加えて長崎大学の池谷和子准教授、臨床心理士の石垣秀之氏、イタリア弁護士でボローニャ大学のカテリーナ・パシーニ教授、フランスの弁護士で国際刑事裁判所のジェシカ・フィネル顧問、元仏人権大使・欧州議会議員のフランソワ・ジムレイ弁護士、ステファン・ペイジ豪弁護士、フェデリカ・バロー伊弁護士の8名である。
前述した記者会見で配布した両案によって実現する社会の比較は次の通りである。
<法務省法制審の提案により実現する社会>
・些細な夫婦喧嘩を煽って離婚にまで持っていく社会
・働いて金を稼ぐ夫(妻)と育児に専念する妻(夫)と役割を完全に分離する社会(働く女性は監護権(育児する権利)を夫に奪われて子育てに関与できなくなる)
・子供を自分の所有物のように考え、一方の親を排除して子供を独占しようとする親を望ましい親と見做す社会
・子供が生まれた瞬間から、将来的に一つしか与えられない監護権をめぐり、夫婦で争奪戦を開始する社会
・夫婦で意見の相違がある時、両者の話し合いで解決する努力をせず、自分の意見を他方に無理やり押し付けようと考え裁判所に駆け込むような一方が「得」をする社会
・問題を抱える親(DV,児童虐待など)が一部存在することを理由に、監護権を奪われた「全て」の親が、裁判所の指定した第三者にお金を支払わないと子供に会えなくなる社会(第三者の指示に従わないと、子供に会えなくなる)
・諸外国からの「日本の家族法制度はおかしい」「日本は親による子供の誘拐を禁止しろ」との批判に全く耳を貸さず、日本以外の先進国がどこも採用していない独特の仕組みを構築した結果、親子の生き別れ・親による子供の誘拐が横行する社会
<民間法制審の提案により実現する社会>
・些細な夫婦喧嘩を激化させないよう収拾を図り、離婚を防止する社会
・夫婦互いが協力しながら、ともに仕事も子育ても行える社会
・子供を自分の所有物とは考えず、子供のことを最優先に考えて子育てをする親を望ましい親と見做す社会
・子供が生まれた瞬間に、夫婦それぞれに監護権が与えられ、離婚しようがしまいが子供が成人するまで、その権利(と義務)が保障されている社会
・夫婦で意見の相違がある時、両者の話し合いで解決する努力をせず、自分の意見を相手に無理やり押し付けようと考え裁判所に駆け込むような一方が「損」をする社会
・問題を抱える親と子供が会う一部の特殊なケースには相応の対応をしつつ、問題を抱えていない親と子供は、離婚しようがしまいが「親子水入らず」で会える社会
・諸外国からの批判を踏まえ、他の先進国と同様の仕組みを構築することで実現する、親子の生き別れ・親による子供の誘拐を許さない社会
日本国民は一体どちらの社会の実現を選択するのかが、今鋭く問われている。民間法制審家族法部会の中間試案や新聞記事その他の詳細については、歴史認識問題研究会のホームページの最新情報を参照してほしい。詳細な論文(拙稿)を『歴史認識問題研究』第11号に掲載予定である。
(令和4年6月2日)
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