https://gendai.ismedia.jp/articles/-/91320?imp=0
子どものいる離婚48 後編
著者
上條 まゆみ
プロフィール
ライター
Yahoo!Japanが2021年7月に2000人の既婚者を対象にとったアンケートによると、離婚したいと考えている既婚者の4割近くが、その理由を「性格が合わない」と答えている。つまり、具体的に浮気をされたとか借金があるとかDVがあるということではなく、日々の生活の中で嫌だなと思うことが重なっているということでもあるといえる。
もちろん新しい人生のために離婚という選択肢も重要だ。しかし「性格が合わない」と憎みあっていては、前に進むことはなかなか難しい。
ライターの上條まゆみさんが子どものいる離婚の実情を取材している連載「子どものいる離婚」、今回は結婚して6年、子どもが5歳のときに突然妻から離婚を切り出された男性に話を伺っている。
その前編では、単身赴任の2年の間、完全に妻のワンオペで、その大変さは想像もできずにいたことに気づいたことをお伝えした。男性はその気づきから自分が至らなかったことを書き出し、週末は全部自分が子どもの面倒を見ると宣言、夫婦仲を改善しようとつとめたのだが……。すでに入った亀裂は、修復が不可能な状況になっていた。後編では、週末ほとんど家におらず、化粧や身に着けるものにも変化が出てきた妻とその後どのように離婚に至ったのか、5年後の夫の気づきとはなにかをお伝えしていく。
「男がいるんだろ」
やっぱり男がいるんじゃないか。スマホは、ロックがかかっていて見られない。そこで、財布を覗いてみた。フライパンや調味料をまとめ買いしたレシートがあった。でも、家のフライパンは古いまま。
男がいるんだろ。元妻に直球で聞いてみたが、「そんなわけない」と否定する。
妻は頭がおかしい。自分は間違ってない。怒りでそのようにしか思えなかった Photo by iStock
「男がいるんなら、いるでいい。僕は離婚するつもりはないから」と隼人さんは元妻に言い、相手を特定するために探偵を頼んだ。
相手は、元妻の会社の取引先の男だった。独身だった。いつから付き合っていたのかはわからない。もしかしたら正月、離婚を切り出された時点ですでに関係があったのかもしれない。
「元妻には言わず、相手に会いに行きました。『こういうことをしてはいけないでしょう』と冷静に話し、二度と元妻とは連絡を取らないと約束させ、慰謝料も請求したんです。裁判をしない代わり、相場よりかなり高い金額を請求しました。連絡を取ったら、その度ごとにペナルティを加算する、とも。相手は『奥さんのほうから好意を寄せられた』『家庭は崩壊していると聞いていた』などと言っていましたが、知ったこっちゃありません」
元妻にしてみたら、恋人と理由もわからずいきなり連絡が取れなくなったわけだ。動揺を顔に出すわけにもいかず……。どんな思いだったのだろうか。
「僕は離婚をするつもりはない」
隼人さんは、不貞の事実を知ったことを元妻に告げたうえで、あらためて宣言した。
「僕は離婚をするつもりはないよ」
いくら元妻が有責であっても、いまこの状況で離婚をすれば、隼人さんはおそらく子どもの親権を取れない。母性優先の原則があるうえ、単身赴任中の身だからだ。離婚をしたら元妻は、子どもを連れて相手と再婚するかもしれない。
「子どもの父親が、あのクズみたいな男に!」
それだけは耐えられないと、隼人さんは思った。
-AD-
一方、有責配偶者側からの離婚請求は認められない。不貞が明るみに出た以上、元妻から離婚を申し出ることはできない。子どもを連れて離婚するという道が閉ざされたことを、元妻は理解したようだ。
「家を出て行きます」と元妻が言ったのは、それから数日後のことだった。
夫婦関係は完全に破綻し、改善の見込みはない。心の支えだった相手とも別れることになった。恨みを抱えながら日常を続けていく自信がなかったのだろうと、元妻の気持ちを想像する。
「子どもを置いていくなら」と隼人さんは答えた。もう引き止めても無駄だと思った。
間もなく離婚が成立。財産分与をし、元妻から養育費として1万5000円もらうことにした。お金が必要というよりは、元妻に子どもとかかわり続けてほしかった。
「面会交流も、一応月1回と決めましたが、好きなだけ自由に会っていいと言いました。子どもから母親を奪うわけにはいかないと思ったからです」
単身赴任中、元妻はこれを一人でやっていた…
シングルファザーとしての暮らしは、思った以上に大変だった。隼人さんは転勤のない会社に転職し、自分の実家の近くに住んだ。両親の協力を得て、子どもの平日の夕食からお風呂までは任せることができたが、それでも家事と育児と仕事との両立は厳しい。
「ちょうど子どもが小学校に上がるときだったので、その準備が大変でした。算数セットの細かいパーツ一つひとつに名前をつけて……。知恵熱が出て、数日寝込みました(笑)」
防災頭巾カバー、手提げ袋の作成、給食ナフキン……外注できるものもあるとはいえ、小学校入学や保育園・幼稚園入園の準備は相当大変だ
そんな日々のなかで思うのは、自分の単身赴任中、元妻はこれを一人でやっていたんだなあ、ということだった。
「シングルファザーって、人からすごく褒められるんです。お弁当つくっただけで、えらいね、すごいね、と。つい天狗になってしまうんだけど、よく考えたら、世の中のお母さんはみんなやっていることなんですよね。でも、お母さんだと褒められない。僕も当たり前だと思っていて、元妻の頑張りに感謝を伝えたこともなかった……」
そんなとき、仕事関係の集まりがあった。「最近、仕事がうまくいかなくて」と先輩に相談をもちかけたら、その先輩は「仕事の前に、家庭はどうなの?」と聞いてきた。
「実は最近、離婚をして……と状況を話したら、先輩は『まずは、元奥さんに謝れ』と言うんです。家族や身近な人に感謝や謝罪の気持ちをもてない奴が、仕事の人間関係をうまくやれるわけがない、と。もちろん、最初は『なんで僕が謝るんだ』と思いましたよ。でも、よく考えたら、人間関係で一方が100%悪いということはない、自分にも少なからず原因があるなと思えてきて」
妻を追い込んだ自分をふりかえる
子どもの面会交流で、元妻が家に子どもを送ってきたときに、そのチャンスが巡ってきた。子どもを先に家に入れ、元妻にこう言った。
「母親が子どもと離れて暮らすというのは、世間的にも心情的にもつらいだろうと思う。こんな状況にしてしまって、ごめんね」
心から素直にそう思えていたわけではなかった。半ば無理やり口に出した。でも、口に出してみたら、不思議と腑に落ちた。
そこから、元妻への怒りがするするとほどけていった。浮気して、子どもを捨てて、頭がおかしいのではないかとすら思っていたが、そこまで追い込んだのは誰なんだ? 自分がもう少し大人だったら。単身赴任をしていなかったら。
妻が一人でやってきたことをやり、気づいたことはたくさんあった
「サクッと謝っただけだから、あちらは謝られたと気づいていないような気がします。その後も、僕を嫌がって避けようとする態度は変わりません。でも、僕の中では確実に何かが変わりました」
隼人さんの夢は、年に一度でいい、家族みんなで食事をする機会をつくることだ。いまは元妻の拒否感が強く、実現できないでいる。でも、人間関係は、自分が変わると相手も変わる。間もなく雪解けが来そうな気がする。