山上信吾駐豪大使 “私は配偶者に子供を連れ去ってもらいました”

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2021年12月18日
山上信吾外交問題に関して政府見解と異なる個人的見解を述べた山上信吾・駐豪大使

離婚時の一方の親による子の連れ去りが日本と欧米各国の外交問題となりつつあるなか、山上信吾・駐オーストラリア特命全権大使が、豪紙に寄稿した文章のなかで、離婚時の親による子の連れ去りに「誘拐」という言葉を使用することに異議を唱えました。これは、親権者であるという理由で未成年者略取誘拐罪の適用を免れないとする、従来の日本政府見解に反するものです。
Contents

1. 寄稿文で「誘拐と呼ぶのはいかがなものか」
2. 日本政府見解は「親でも誘拐は誘拐」
3. 山下大使”誘拐容認”の背景にある子供・女性差別
4. 外務省は口が裂けても「誘拐」と言わないワケ

寄稿文で「誘拐と呼ぶのはいかがなものか」

山上信吾大使は 2021年12月17日付けのオーストラリアの主要紙、シドニー・モーニング・ヘラルドに寄せた寄稿において、次のように述べました。

Yet I do contest the use of the term “child abduction” for these cases. The word “abduction” is used for the state crime committed by North Korea, which brutally kidnapped innocent Japanese men and women, including a teenaged girl, from their loved ones. This should not be conflated with the removal of children by their parents, however painful the experience is for parents and children alike, as I know myself.

【訳】しかし私は、これらの事件(一方の親による子供の連れ去り事件)で「子供の誘拐」という言葉を使うことに異議を唱えたいと思います。「誘拐(abduction)」という言葉は、北朝鮮の国家犯罪に使われる言葉です。十代の女性を含む罪のない日本人の男女を愛する家族から乱暴に誘拐した事件です。これを両親による子供の移動と一緒くたにすべきではありません。それが親にとっても子供にとってもつらい経験であることは、私自身も知っていますが。
豪シドニー・モーニング・ヘラルド『山上信吾駐豪大使寄稿』2021年12月14日

以上のように山上信吾大使は、一方の親による子の連れ去り一般に対して、誘拐という言葉を使うことに異議を唱えたのです。
日本政府見解は「親でも誘拐は誘拐」

しかし日本政府(法務省)は、現在東京地裁で行われている「連れ去り違憲訴訟」で「未成年者略取及び誘拐罪(刑法224条)は,行為の主体が親権者であるからといってその適用が排除されるものではない(最高裁平成17年12月6日第二小法廷決定,刑集59巻10号1901ページ参照)。」(「連れ去り違憲訴訟」令和2年7月20日被告国準備書面(1)6ページ)と明確に述べています。つまり、たとえ親によって行われたものであっても、誘拐が誘拐であることに変わりはないということです。

加えて、記事でも言及されている、国境を超えた子の連れ去りを禁じた「ハーグ条約」の中では、子の連れ去りが”abduction”(誘拐)という単語で表現されており、この条約を、日本は批准しています。

したがって、一方の親による子の連れ去り一般に対して”abduction”(誘拐)という言葉を使うのは、日本政府の見解に従えば正確なものだと言えます。これに異議を唱える山上信吾大使の主張は、日本政府の見解に反するものです。そして、未成年者略取誘拐という重大な犯罪の発生をも助長しかねない、極めて不適切な主張であるということができます。

山上信吾大使は北朝鮮による日本人の拉致事件を取り上げて「子の連れ去りと一緒くたにすべきでない」などとも主張しています。しかしまさにこのような主張こそが、山上大使の理解不足を露呈しています。北朝鮮による日本人の拉致誘拐と離婚時の子供の誘拐は、どちらも誘拐である点において、まさに同じものなのです。
山下大使”誘拐容認”の背景にある子供・女性差別

山上信吾大使は同じ記事において、自分自身が離婚する際に、元妻に子供を連れ去られた経験も告白しています。

I went through a divorce to a Japanese spouse and have had my son removed from me. I cannot imagine anything more painful than not being able to see one’s child. I know that the pain never goes away.

【訳】私は日本人の配偶者と離婚した経験があり、その時には配偶者に息子を連れ去ってもらいました。子供と会えないことほと辛いことはありません。その苦痛が癒えることがないことは知っています。
豪シドニー・モーニング・ヘラルド『山上信吾駐豪大使寄稿』2021年12月14日

山上信吾大使は「連れ去ってもらった(have had my son removed from me)」という表現で、「自分は子の連れ去りを許容した」ことを強調しています。このような告白によって「親による子の連れ去りは誘拐ではない」という主張に説得力を持たせようとしているのかもしれません。

しかし、「親がすることなら許される」という発想は法的根拠を欠くだけでなく、家族個人の人格を尊重し、DVや児童虐待など、家族間に生じたことでも犯罪は犯罪であると認めべきであるという時代の趨勢とも合致しないものです。

実際に、子供を連れ去られた親にとってみれば、連れ去った相手が元配偶者であろうと北朝鮮であろうと、子供に会えなくなる点では同じことです。あまり報道されませんが、子供を連れ去られた人が絶望から自殺する事件もしばしば起きています(渡辺喜美議員の質問主意書、浜田和幸議員の質問主意書、自殺したある親の遺書、など)。また、相手方の悪徳離婚弁護士から子供の面会と引き換えに離婚慰謝料等の金銭をしばしば要求される点においても、誘拐と同じです。

山上信吾大使は子を連れ去られたことに耐えたのかもしれませんが、その背景には、山下大使の、子供の個人としての人格を尊重せず、子を親の一部分のように捉える発想や、子育ては女性の仕事だと考える性役割分担などの差別意識が隠れている可能性があります。子供に会わずに耐えて我慢したという個人的な経験を他人に押し付ける前に、なぜ自分は「連れ去ってもらう」という奇妙な行動を取ったのかを、自己分析をしてみるべきではないでしょうか。
外務省が開催したパリのセミナーで「子ども誘拐方法」を解説した芝池俊輝弁護士
外務省は口が裂けても「誘拐」と言わないワケ

なお、外務省はこれまで、ハーグ条約に関して”abuduction”という言葉を翻訳する際に「誘拐」という犯罪性を意識させる言葉ではなく「奪取」というやや穏健な日本語を意図的に使用してきました。そして、外務省内に「ハーグ条約室」という組織を立ち上げて、ハーグ条約の運用を国内で可能な限り骨抜き化するべく活動してきたという経緯もあります。外務省が2018年にパリで開催したセミナーで芝池俊輝という弁護士がハーグ条約の抜け道を指南した事件は、海外各国に強い衝撃を与えました。

外務省だけの問題ではありませんが、日本の官僚組織は強力すぎて、国会が法律を変えたり条約を締結したりしただけでは、運用実態はなかなか変わらないのです。そのような経緯を考えると、外務省出身である山上信吾大使の”個人的見解”には、外務省の、ハーグ条約の履行に対し一貫して後向きな姿勢が影響している可能性があります。

しかし、外務省が日本国内でどのような日本語の訳語を使っていようとも、山上信吾大使は新聞に寄稿した英語の文章のなかで”abuduction”という英単語に対して、公然と異議を唱えました。このような、日本が締結した条約に反する主張を、大使という立場にある人間が公然と行なうことは、日本は法を守らない国であるとの印象を対外的に与え、結果的に日本の国益が損われることにもつながりかねないと言えます。

また、山上信吾大使の個人的経験はどうであれ、特命全権大使という立場にある人間が、外交上の争いがある問題について、自国の政府見解と異なる見解を新聞紙上で公然と述べることが許されるべきでないのは、言うまでもありません。山上信吾大使は誤った発言を撤回し、今後は外交問題に関して個人的見解を述べることを控えるべきでしょう。

2年前