フランス当局が日本人妻に逮捕状 夫は東京五輪中に「ハンガーストライキ」で“連れ去り被害”を訴えていた

https://news.yahoo.co.jp/articles/16e5ae24aaecb7da14684660d926df1a83fc0892?page=1

12/2(木) 10:05配信

デイリー新潮

 11月30日、「仏当局、日本女性に逮捕状 両国籍の子連れ去り容疑」というニュースがネット上を駆け巡った。フランス人男性が別居中の日本人妻に「子供を連れ去られた」と訴えている件で、パリの裁判所が、「未成年者拉致の罪」(未成年者略取及び誘拐)と「未成年者を危険にさらした罪」で日本人妻に対して逮捕状を発付したのである。この訴えを起こした男性は、今夏、オリンピック開会式の会場となった東京・千駄ヶ谷の国立競技場前で、3週間のハンガー・ストライキを敢行した在日フランス人のヴィンセント・フィショ氏(39)。今回の動きは日本の司法にどのような影響を与えるのだろうか。(上條まゆみ/ライター)

【写真】東京五輪中、3週間続けたハンガーストライキ中のヴィンセント氏。昼夜問わず支援者たちが訪れた

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3年半、実の子に会えていない

「ようやく希望の光が見えてきたと思っています。ストライキはあまり日本では注目されませんでしたが、フランス当局を動かすことができました。そのニュースが日本でも大きく取り上げられたのですから、やってよかったと思います」

 ニュース配信後に連絡すると、ヴィンセント氏は明るい声でこう語った。

 私が初めてヴィンセント氏と会ったのは、7月10日のことである。場所は、東京オリンピック開催直前で活気づいていたJR千駄ヶ谷駅前であった。

「親が別居や離婚をしても、子どもにとって父も母も親であることは変わりがないはず。それなのに、親子が片方の親によって一方的に引き離されている状態は、子どもの権利を侵害している。どうか子どもの権利を守ってほしい」

 ヴィンセント氏はこう訴え、国立競技場を見据える駅構内に幟を立ててハンガーストライキを開始した。

 2006年に来日したヴィンセント氏は、09年に日本人妻と結婚。その後、2人の子どもができた。だが、価値観の違いなどから夫婦間に亀裂が入り、18年8月に、妻は彼に無断で、当時3歳と11か月歳の子どもを連れて家を出て行ってしまった。それ以降、彼は子どもと会えていない。

 親なのに実の子どもに会うことも許されない。なぜこのようなことが起きるかというと、日本独特の親権制度があるからだ。日本では、両親が離婚した場合の共同親権は法的に認められていない。別居をした場合も、実質的には別居親は親権がないのとほぼ同様の扱いになる。そのため調停で、子どもの監護者指定を巡る話し合いがもたれたが、連れ去りによって妻が子どもの監護を行っている現状を裁判所が重視し、子どもの監護者は妻に指定されてしまったのである。妻はヴィンセント氏に子どもを会わせることを拒否しており、現在は離婚裁判で両者は親権を巡って争っている。

決死のハンストを無視した日本のメディア

 ヴィンセント氏は、子どもに再会できるまでハンガー・ストライキを続けるつもりだった。しかし、栄養失調によるふらつきから転倒して右手小指を骨折。手術を余儀なくされ、7月31日に中止した。

 11月24日、およそ4カ月ぶりにインタビューの場に現れたヴィンセント氏は、ハンガーストライキ中に比べると、少し頬がふっくらとして健康そうに見えた。81キロあった体重は一時64キロにまで減ってしまったというが、現在は75キロくらいまで戻ったという。手術をした小指には治療用チタンが入ったままで、もう曲げることはできないが、特に不自由はない。

 しかし、心の中はズタボロだった。持ち家も売り、勤めていた野村證券も退職して、決死の覚悟でハンガーストライキに挑んだが、子どもに会うことは叶わなかった。

「ハンガーストライキは、残念ながら日本にはゼロ・インパクトだったと認めざるを得ない」と、ヴィンセント氏は肩を落としていた。

 事実、ヴィンセント氏のハンガーストライキは、フランスをはじめとした海外メディアには大きく取り上げられたが、日本のメディアでは「デイリー新潮」や一部月刊誌が報道したくらい。それどころか、彼について書かれた記事のうちの一つは、彼の主張だけで相手方の主張が併記されていないとの理由で削除されてしまった。また、相手方に意見表明の機会を設けたメディアもコメントを拒否されたため、掲載に至らないケースもあった。

「どうにかして現状を打破できないかと試行錯誤しながら毎日を過ごしている」と彼は語った。毎朝6時には起き、海外や日本の子どもの人権について学んだり、自分と同じような目に遭った子どもの連れ去り被害者と情報交換する。10月からは、実効性のある離婚後共同親権・共同養育・共同監護などを掲げる「一般社団法人Children’s Rights Watch Japan」の活動も始めた。

 収入は途絶え、貯金を取り崩しながらの心もとない日々だが、なんとか気力を保てているのは、必ずや子どもに会うという目標があるからだ。ストレスを発散し体力を維持するため、1日20キロものウオーキングも欠かさない。それでも、ふと気をゆるめると、涙が流れ出てしまう。

「妻に子どもを連れ去られてから3年4カ月。いまだ子どもには会えていません。どこにいるかもわからないし、生死すら不明なままです」

とうとう母国を動かした

 ハンガーストライキの終盤、ヴィンセント氏を支える「子どもの権利のためのハンガーストライキ支援事務局」は、ヴィンセント氏の妻の代理人である弁護士宛に公開書簡を出した。

 書簡では「本人の子への愛情は強く、子に再会するまではハンガーストライキを続ける」としたうえで、「最悪の事態が起こる前に、子どもたちをJR千駄ヶ谷駅に連れて本人に再会させてほしい」と依頼。しかし、妻も、妻の弁護士も、何の反応も示さなかった。
 
 ストライキ中にヴィンセント氏は、フランス大使館を通じてマクロン大統領にコンタクトも取った。マクロン大統領は彼の訴えを受け、7月24日に行われた菅義偉首相(当時)との会談で、子どもの連れ去り問題に言及。その結果、日仏共同声明の中に領事協力として「両国は、子の利益を最優先として、対話を強化することをコミットする」との文言が盛り込まれた。続いて7月30日には、パトリシア・フロアEU駐日大使をはじめ、フランスやドイツ、イタリア、スペインなど欧州連合(EU)加盟国の駐日大使ら9人がヴィンセント氏を訪問し、連帯の意向を示した。

 11月26日には、南麻布の駐日欧州連合代表部にて、パトリシア・フロア駐日EU大使と共同養育支援議員連盟会長の柴山昌彦議員、海江田万里衆議院副議長が、子どもの連れ去りや親子の引き離し、共同親権などについて会談を行った。

 そして、飛び込んできたのが冒頭のニュースなのである。ヴィンセント氏は、このニュースを受けて、改めてフランス政府に「日本が法を守り人権を尊重してくれるように、また私の子どもたちを東京の家に戻してくれるように仲介してほしい」と要望を出した。だが、
ヴィンセント氏はこう語る。

「私は妻が逮捕されて欲しいと思っているわけではありません。ただ、子供に会いたいだけなのです」
2700件を超える書き込み

 ヴィンセント氏の代理人である上野晃弁護士によると、子の連れ去り事案でフランス当局から日本人に逮捕状が出るのは、異例のことだという。しかし、見通しはそれほど明るくない。フランスの裁判所から逮捕状が出されたとしても、フランス国内において有効なだけで、日本で逮捕されるわけではない。また、日本とフランスは「犯罪人引き渡し条約」を締結していない。つまり、この逮捕状によって、ヴィンセント氏の問題が即、解決するわけではないのである。そして、今回のように外国がどれだけ強い姿勢を見せても、日本で裁判所の運用が変わる気配はまったくないという。

「子どもを別居親と会わせないでいれば、親権獲得に有利になるという不条理な運用を改めないと、世界から今後ますます激しい非難を受けることになるでしょう。裁判所は、子どもと友好的な関係を築くことができる方の親が親権者にふさわしいとする『フレンドリーペアレントルール』を早急に導入すべきです。2014年に民法766条が改正され、面会交流と養育費の文言が明記されました。そのような形で『フレンドリーペアレントルール』を条文に採用するべきだと思います」(上野弁護士)

 立法化されるには、議員を動かす民意の高まりが必要だ。ヴィンセント氏の妻に出された逮捕状のニュースはネット上では関心が高く、共同通信の当該記事のYahoo! ニュースでは、1日で2700を超える書き込みがあった。

 加えて、今回の動きのような「外圧」も必要であろう。昨年、欧州議会では、日本国内の「子どもの連れ去り」について、圧倒的賛成多数で非難決議が行われた。また、国連の子どもの権利委員からは、共同親権立法勧告も出されている。日本が何かしらの対応を迫られているのは事実なのだ。

 私たち一人ひとりがこの問題に関心を寄せることが、ヴィンセント氏をはじめとする別居・離婚によって子どもに会えない親、そして親に会えない子どもを救えるのかもしれない。

上條まゆみ(かみじょう・まゆみ)
ライター。東京都生まれ。大学卒業後、会社員を経てライターとして活動。教育・保育・女性のライフスタイル等、幅広いテーマでインタビューやルポを手がける。近年は、結婚・離婚・再婚・子育て等、家族の問題にフォーカス。現代ビジネスで『子どものいる離婚』、サイゾーウーマンで『2回目だからこそのしあわせ~わたしたちの再婚物語』を連載中。

デイリー新潮編集部

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 彼は不安げな表情でこう語っていた。

3年前