人権保障の国際的潮流と日本 : とくに「子の連れ去りについてのハーグ条約」をめぐって《国際社会と日本》

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小島太郎
2021年10月13日 00:28

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社会科学論集 第164 号 2021.6《国際社会と日本》

人権保障の国際的潮流と日本 : とくに「子の連れ去りについてのハーグ条約」をめぐって《国際社会と日本》

川又 伸彦 教授 (埼玉大学副学長)
目次

はじめに

 日本の近代化は、さしあたり、いわゆる明治維新以降ということができる。そして、近代的な意味での人権保障も、実定法としては、1889 年の大日本帝国憲法(明治憲法)から緒に就いた(*1 )とみていいだろう。この明治憲法の制定は、直接の原因は、いわゆる不平等条約の撤廃等であり、西欧諸国からの近代化の要求、すなわち外部からの働きかけである。しかし、世界史的な観点からは、近代立憲主義の進展の中に位置づけられる。明治憲法における臣民の権利保障も、国際的潮流を受けての、日本国内における近代的人権保障へ向けての第一歩と評しうる。また、1946 年の日本国憲法制定も、直接の契機はポツダム宣言の受諾という、外部からの働きかけである。そして、この結果、日本に導入された人権保障も、近代的古典的人権保障に加えて、社会権を保障しており、20 世紀的な人権保障の潮流に沿ったものとなっている。
 このような、人権保障の国際的潮流を受けての日本国内の人権保障の進展は、日本国憲法制定後も続いている。これはたとえば、女性差別撤廃条約(女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約)と男女雇用機会均等法(雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律──いわゆる旧均等法)の制定 (*2) や、障がい者権利条約(障害者の権利に関する条約)と障がい者差別解消法(障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律)の制定などにみられる (*3)。それらについては、条約を受けての国内実施法制定を契機に──少しずつで はあっても──人権保障が進んでいるということ ができる。また、子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)を批准した折には立法がなされなかったものの、その後、国連子どもの権利委員会の勧告を受けて、「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰並びに児童の保護等に関する法律」(現行は「児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律」)が制定されたようなこともある。しかし、このような人権保障の国際的潮流にもかかわらず、日本の人権保障がそれに、対応していないとみられるものもある (*4)。
 以下、条約を契機とする国内の人権保障の進展について、女性差別撤廃条約を例に概観する。次いで、国際的潮流をうけて日本が加盟した最近の例として、子の連れ去りについてのハーグ条約(国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約) を取り上げる (*5)。この条約を取り上げるのは、条約批准を受けて制定された法律(国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律)が、最近、より実効的に条約を履行するため改正がなされた (*6) という意味でも注目するべきであるが、本稿で取り上げる理由は、より本質的といえることにある。すなわち、条約では連れ去られた子を元の場に戻すのが原則であるのに対して、日本では、従来「連れ去り勝ち」と評されるように、戻さないのが事実上原則となっていて、日本の現状がおよそ条約で求められていることと正反対ともいえるからである (*7)。つまり、ハーグ条約の観点からすれば、人権保障が不十分というより、人権侵害状況が放置されたままということにもなりうるからである。これについては、ハーグ条約の内容を確認したうえで、日本の状況と課題をみて、検討を加える。

(*1 )明治憲法の臣民の権利は、立憲君主制(外見的立憲主義)のもとでのものであり、本来の近代的人権保障とは異なる。

(*2) 女性差別撤廃条約は、のちに見るように包括的に女性に対する差別の撤廃を求めているのであり、雇用の分野に限定してはいない。

(*3)これらの法律制定により、これらの分野における日本の人権保障水準が、国際的にみて十分といえるまで高まったということではない。たとえば、女性差別についても、多くの課題が残されているといわざるを得ない。しかし、これら の立法により、国内の人権保障がーわずかかもしれないが─ー進展したことは、間違いないと思われる。なお、「日 本においては、……国際人権条約の批准に際し、条約内容と国内法との整合性を検討し、矛盾する国内法の改正、及び、 条約実施のために必要な立法等の立法措置を行ってから条約を締結するという方針がとられている。」(渡辺惺之編著
『現代家族法講座第 5 巻 国際化と家族』日本評論社(2021 年)34 頁(大谷美紀子))このため、条約の批准に伴ってなされる立法は、人権保障の向上を示すものとみることができるといえよう。

(*4)日本は、たとえば死刑廃止条約(死刑の廃止を目指す、市民的及び政治的権利に関する国際規約の第二選択議定書) の締約国とはなっていないなど、個別の分野によっては、そもそも国際人権条約の当事国にすらなっていない。

(*5)以下単に「ハーグ条約」と記載する。なお、条約の名称は「奪取」の語を使っているが、実際には、一方の親が不在の間に他方の親が子を連れて家出してしまうことも少なくないため、本稿では、「子の連れ去り」を主に用いる。

(*6)2019 年 5 月に「民事執行法及び国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律の一部を改正する法律」が成立し、2020 年 4 月より施行されている。

(*7) もちろん、国際的な子の連れ去りについては、ハーグ条約に従った処理がなされるようになっている。しかし、日本国内での連れ去りについては、のちにみるように、ハーグ条約の原則とは逆になっている。また、国際私法上の手続き について定めるハーグ条約を人権保障の中に位置づけることには、違和感があるかもしれない。しかし、これものちに みるように、ハーグ条約は、今日、児童の権利条約と結びつけて、子どもの権利保護のための条約と理解されている。

1.条約を契機とする国内の人権保障の進展

 ここでは、条約を契機とする国内の人権保障の進展について、例として、女性差別撤廃条約を取り上げて概観する。

しかしその前に、簡単に、国際連合における人権保障の流れを確認しておく。

 国際連合は、まず、1948 年に世界人権宣言を採択した。次いで、1966 年に、「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」と「市民的及び政治的権利に関する国際規約」を採択した (*8)。これらの、いわば包括的な人権条約を定めたのち、国連は、重点的に人権保障を充実させるべく、個別の分野における人権条約を定めるようになっていく。たとえば、人種差別撤廃条約、女性差別撤廃条約、死刑廃止条約、拷問禁止条約、子どもの権利条約、障がい者権利条約、子の連れ去りについてのハーグ条約などである。このように、国連の人権保障の流れは、包括的に人権宣言を行うのみならず、より実効的に人権保障を実現することを目的として、重点的に人権保障を図るべき分野について、個別の人権条約を定めて対処するようになっている。
このような展開は、日本国内法のレベルに引き寄せれば、憲法の定める包括的な人権保障を、個別の分野において人権を具体化する法律を定めることで、より具体的実効的な保障を図るということになろう。

(*8)日本の批准は 1979 年で、同年に発効した。

(1)女性差別撤廃条約批准と男女雇用機会均等法の制定

 国際連合は、1967 年の第 22 会期総会で、「女性差別撤廃宣言」を全会一致で採択した。そして、「女性差別撤廃条約」は、1979 年に採択され、日本を含む 51 か国が署名したのは 1980 年(* 9)、条約が発効したのは、翌 1981 年(* 10) である。
 女性差別撤廃条約は、前文において、それまでの国際連合及び専門機関が採択した男女の権利の平等を促進するための決議、宣言及び勧告によっても、女性に対する差別が依然として広範に存在していることを指摘し、社会及び家庭における男性の伝統的役割を女性の役割とともに変更することが男女の完全な平等の達成に必要である旨を述べる。そして、2 条において、締約国の義務として、「女子に対するあらゆる形態の差別を非難し、女子に対する差別を撤廃する政策をすべての適当な手段により、かつ、遅滞なく追求する」として、次のような、具体的な施策を定める。すなわち、「男女の平等の原則が自国の憲法その他の適当な法令に組み入れられていない場合にはこれを定め、かつ、男女の平等の原則の実際的な実現を法律その他の適当な手段により確保すること」(a 号)、「女性に対するすべての差別を禁止する適当な立法その他の措置(適当な場合には制裁を含む。)をとること」(b 号)、「個人、団体又は企業による女子に対する差別を撤廃するためのすべての適当な措置をとること」(e 号)、「女子に対する差別となる既存の法律、規則、慣習及び慣行を修正し又は廃止するためのすべての適当な措置(立法を含む。)をとること」(f 号)などである。このように、女性差別撤廃条約は、女性に対する「あらゆる形態の差別」の撤廃を締約国に求めるものである。
 そして、この時期に日本国内でも女性差別が問題視されるようになってきた雇用の分野を例にとると、11 条で、「同一の雇用機会(雇用に関する同一の選考基準の適用を含む。)についての権利」(b 号)、「職業を自由に選択する権利、昇進、雇用の保障ならびに労働に係るすべての給付及び条件についての権利並びに職業訓練及び再訓練(見習、上級職業訓練及び継続的訓練を含む。)を受ける権利(c 号)、などを締約国に義務付けている。このような条約上の義務を受けて、日本は1985 年に、それまでの「勤労婦人福祉法」をもとに、いわゆる旧均等法を制定した。この法律は、「女子差別撤廃条約の批准という国際的圧力が、……均等法制定に最も寄与した要因」(*11) と評されるように、人権保障の国際的潮流が、日本の人権保障を推し進めた代表例の一つである。もっとも、周知のように、この旧均等法は、女性差別撤廃条約に十分に応えるものとは、決していえない内容であった。たとえば、「女性の福祉に反しない限り『女子のみ』の取り扱いを許容するという法律で……、『パート・女性のみ』、コース別雇用における『一般職・女性のみ』の扱いを許容するものであり、また「募集、採用、配置、昇進という重要な雇用ステージにおける差別の規制は、使用者の努力義務であったし、調停には使用者の同意が必要であった」(*12)。これは、先にみた女性差別撤廃条約 11 条に照らして、十分といえないことは明らかであろう。このため、旧均等法は、さまざまに批判を受けた。しかし、旧均等法の制定により、一定の範囲で女性差別解消へ向けて進展が見られたという指摘もある。たとえば、旧「均等法施行後、予期されたほどではないにしろ女性管理者が増加し、伝統的に男性の職域とされた新しい職種への女性の進出が見られた」(*13) というものである。

(* 9) この条約は、署名に加えて批准が必要とされている(25 条)。日本は、署名から 5 年後の 1985 年に、ようやく批准した。

(* 10)この年の 3 月に、最高裁は、私企業の男女別定年制を「性別のみによる不合理な差別を定めたものとして民法九〇条の規定により無効であると解するのが相当である(憲法一四条一項、民法一条ノ二参照)」とした、いわゆる日産自動車事件判決を下している(最判昭和 56 年 3 月 24 日民集 35 巻 2 号 300 頁)。この事件の発端は、国連女性差別撤廃宣言の 2 年後の 1969 年に、当該企業が出した男女別定年年齢を理由とする退職命令である。この裁判は、国連での女性差別撤廃条約実現へ向けての歩みとほぼ同時進行をしてきたものである。人権保障の国際的潮流と日本の人権保障との 関係という観点からみて、この最高裁の無効判決は、象徴的なものと評し得よう。もっとも、最高裁判決に、女性差別撤廃条約への言及はない。

(*11) 浅倉むつ子『労働とジェンダーの法律学』有斐閣(2000 年)182 頁。浅倉は、このほかの要因として、「高度経済成長期以降の女性労働者数の増大とそれに伴う男女平等意識の高揚」、「同時期に提起された女性差別に関する労働判例の 蓄積、にもかかわらず法制度の不備が壁として立ちはだかっているという認識の拡大」の二つを挙げる(181 頁)。

(*12)浅倉前掲書注(11)182 頁。

(*13)林弘子「男女雇用機会均等法一〇年と今後の課題」1079 号(1995 年)4 頁以下(7 頁)。もっとも、林も、たとえば男女コース別雇用管理が進み合法化されたのではないかというような問題点も指摘している。

(2)男女雇用機会均等法の改正

 旧均等法は、その後、1997 年に改正され、雇用におけるすべての場面における差別を禁止するものとなり、名称も「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」(新均等法)となった。募集、採用、配置、昇進についての努力義務規定は禁止規定となり( 5 条、6 条)、また、いわゆるセクシュアル・ハラスメントを防止するよう事業主の配慮義務や企業のポジティブ・アクションへの国の援助の導入など、一定の進展が見られた。しかし、問題は残された(* 14)。2006 年に新均等法はさらに改正されて、現行法に至る。現行法は、それまでの女性差別を禁じるだけでなく、男性に対する差別も禁じ (*15)、また、間接差別についても一定の範囲で禁じるようになっている( 7 条)。この現行法については、「法の理念としては、『女性に対する差別を緩やかに禁止』(旧均等法)することから、『女性に対する差別を禁止』し(改正均等法)、漸く『男女双方に対する差別を禁止』した『男女平等法』(現行均等法)となった。この点、『女性差別撤廃条約』が、『女性に対するあらゆる形態の差別を禁止』するものであるところから、男女双方に対する差別を禁止した現行均等法は、『女性に対する』、『男女双方に対する』という限りにおいては、21 年目にして『女性差別撤廃条約』超える平等法となったといえる。」(*16) として評価する見方もある。このように、少なくとも雇用の分野において は、女性差別撤廃へ向けての国際的潮流を受けて、男女雇用機会均等法を定め、それを改正していくことで、国内の人権保障に一定の進展があったとみることができよう (*17)。もっとも、たとえば国連女性差別撤廃委員会による 2016 年 3 月 7 日の「日本の第 7 回及び第 8 回合同定期報告書に関する最終見解」(*18) で指摘されたように、多くの課題が残されていることも確かである。これらの課題については、さらに人権保障の進展が求められる。とはいえ、改善が進展してきていることは確かといえよう。

(* 14)浅倉前掲書注(11)130 頁以下。

(*15)たとえば 5 条は、「その性別にかかわりなく均等な機会を与えなければならない。」としている。

(*16)永田美江子「男女雇用機会均等法の経緯と改正後の現状及び問題」平安女学院大学研究年報 9 巻(2009 年)43 頁以下(49 頁)。もっとも、永田も、実態については、なお問題があることを指摘している。

(*17) 林は、女性差別撤廃条約の家族法の分野におけるインパクトを分析して、女性差別撤廃委員会の勧告が「触媒となって、変化を促す役割を果たす」と指摘している(林陽子「女性差別撤廃条約と日本の家族法」二宮周平編集代表『現代家族法講座第 5 巻 国際化と家族』日本評論社(2021 年)1 頁以下(27 頁))。本稿は、「触媒」以上の影響を与えているとみるが、基本的な発想は林と共通である。

(*18) 内閣府男女共同参画局ホームページ(https://www.gender.go.jp/kaigi/danjo_kaigi/siryo/pdf/ka49-2-2.pdf)。そこでは、雇用に関していえば、男女の賃金格差の拡大、女性のパートタイム労働への集中の継続状況、職場における妊娠 と出産に関連したハラスメントや、セクシュアル・ハラスメントなどの問題が指摘されている。

2.ハーグ条約の概要

 次に、国際的潮流を受けて条約を批准したものの、国内の人権保障の進展に疑問がある例として、ハーグ条約を検討することにする。
(1)条約成立と日本の批准

 1970 年代に国際間の人の移動や国際結婚が増加し、それに伴って婚姻関係が破綻し一方の親が子を連れ去るなどの問題について、国際裁判管轄の問題の解決の必要性も認識されるようになった。このような問題についての国際的ルールを設けるため、国際私法の統一を目的とする「ハーグ国際私法会議」は、1980 年 10 月 25 日に「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」を採択した。この条約は、1983 年 12 月 1 日に発効した。このハーグ条約発足当初の締約国は、「西欧及びこれと同じ文化圏に属する北米・豪州等に限られていた」(*19)。その後、ハーグ国際私法会議非加 盟国も含んで、中南米や東欧諸国、さらにアジア、アフリカの国々にまで広がっていった。2020 年 10 月現在では、101 か国が締結している(* 20)。

 ハーグ条約は、先にみた女性差別撤廃条約とほぼ同時期に採択されたが、日本の批准は、女性差別撤廃条約と比べて大きく遅れた。これは、国内に反対論や慎重論が強かったことによる(* 21)。しかし、たとえば、国連子どもの権利委員会に日本が提出した第2回政府報告に対する、2004 年の同委員会総括所見では「41.委員会は、子の奪取に関する保護措置が十分でない点について懸念する」と指摘され、「42.委員会は、締約国に対し、1980 年国際的な子の奪取の民事上の側面に関するハーグ条約を批准し、実施することを勧告する」と勧告を受けていた(* 22)。また、2008 年 5 月の国連人権委員会による第 1 回日本政府審査・結果文書においても、カナダとオランダは、ハーグ条約の締結を勧告していた(* 23)。そして、「日本は長らくこのハーグ条約に加盟していなかったために、欧米諸国から『子どもの連れ去りを容認している』と批判され、加盟することが強く促され、外交問題にまで発展」(*24) していた。「特に、2010 年には、以前からこの問題[外国、特に欧米諸国から日本へ子が連れ去られると、子が返還されないのみならず、子の所在さえ分からないというような事態─筆者]を取り上げてきたカナダに加えて、アメリカ、その他の国々が日本政府に対し、ハーグ条約の締結を求める共同声明を発表するなど、国際的な圧力が強まった。(*25)」このような国際的な流れを受け、ハーグ条約は、2013 年 5 月に国会で承認され、翌 2014 年に批准され、4 月 1 日から発効した。また、条約実施のための法律「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律」(以下「条約実施法」)も、批准に先立つ 2013 年 6 月に成立した (*26)。

(*19)大谷美紀子「『国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約』(ハーグ条約)の実施に向けて ─法律支援・司法アクセスの観点から─」総合法律支援論叢第4号(2014 年)51 頁以下(53 頁)。

(* 20)外務省ホームページ(https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000023749.pdf)。

(* 21) 大谷前掲論文注(19)56 頁、西谷祐子「子の奪取に関するハーグ条約の運用をめぐる課題と展望」二宮編集代表前掲書注(17)57 頁以下(58 頁)。

(* 22) 外務省ホームページ(https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jido/0402/pdfs/0402_j.pdf)。

(* 23)外務省ホームページ(https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinken_r/pdfs/upr_sk0805j.pdf)。ハーグ条約は、私法上の手続き的関心から定められたものであるが、子どもの権利委員会や国連人権保障委員会から勧告がなされたことが 示すように、問題の本質は人権問題である。

(*24) 善積京子「国境を越えた子の連れ去りに関する実施法─日本とスウェーデン─」追手門学院大学社会学部紀要第 9 号(2015 年)117 頁以下(119 頁)。また、外務省ホームページ「ハーグ条約と国内実施法の概要」(https://www. mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page22-000843.html)には、「外国で生活している日本人が、日本がハーグ条約を未締結であることを理由に子と共に日本へ一時帰国することができないような問題も生じていました。」とある。

(*25)大谷前掲論文注(19)56 頁。

(*26) 制定の経緯については、たとえば、堂園幹一郎、西岡達史「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律(いわゆるハーグ条約実施法)の概要」法律のひろば 2013 年 9 月号 54 頁以下を参照。
27 ハーグ条約の和訳は外務省訳に従った(https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/treaty180_11.pdf)。また、内容の概観については、大谷前掲論文注(19)、大谷美紀子、西谷祐子編著『ハーグ条約の理論と実務』法律文化社(2021 年)「第 1 章 総論」(西谷)を参照した。

(2)ハーグ条約の内容

 ハーグ条約は 45 条から成り、かなり詳細に手続きを定めているが、ここでは本稿の関心に必要な範囲で内容を概観する(* 27)。

ハーグ条約は、第 1 条で、二つの目的を定める。すなわち、不法に連れ去られ、または不法に留置されている子の迅速な返還の確保と、一の締約国の法令に基づく監護の権利及び接触の権利が他の締約国において効果的に尊重されること、具体的にはとくに国境を越えた面会交流の確保である。これを受けて、条約は、第 3 章で子の返還、第 4 章で接触の権利について定める。

 子の連れ去り(* 28) が不法となるのは、連れ去りの直前に子が常居所(* 29) を有していた国の法令によれば監護権の侵害となることである(条約 3 条)。監護権を侵害する連れ去りとは、たとえば、一方の親が他方の親の同意を得ずに子を連れ去ることである (*30)。

 そのように不法に連れ去られた子どもについ て、監護権が侵害されたと申請があったときは、この常居所のある国と連れ去り先とされている国とは、申請に理由があるときは、子の返還のための手続きを迅速に行うこととされている(条約 8 条以下)。子の連れ去り先の国は、一定の例外を 除いて子を常居所のある国に返還する義務を負う(条約 12 条以下)。例外的に子が返還されないのは、①連れ去りから返還手続き開始まで 1 年以上経過し、しかも子が新たな環境に適応しているとき、②連れ去り時に現実に監護権が行使されていなかったとき、③連れ去り時以前に同意があったか、事後に黙認されたとき、④返還によって子が心身に害悪を受け、または他の耐え難い状態に置かれることとなる重大な危険があるとき、⑤子が返還を拒んでいて、しかも子の意見を考慮に入れることが適当である年齢及び成熟度に達していると認められるとき、そして、⑥子の常居所のあった国における人権および基本的自由の保護に関する基本原則により、子の返還が認められないときに限定されている。これらの例外に該当しない限り、子は、常居所のある国に返還される。

 ハーグ条約が、このように子の連れ去りについて、原則として返還する(原状回復 (*31))こととしているのは、「子が従前生活をしていた国(常居 所地国)から他の国に不法に連れ去られること自体が子に有害な影響を与えるものであること(条約前文参照)や、子の監護をめぐる紛争は常居所地国で解決するのが望ましい」(*32) という考え方が基本にあるからである。また、大谷によれば、ハーグ国際私法会議事務局は、「子を常居所地国 に返還することは、両親と交流する子どもの権利(子どもの権利条約 9 条 3 項参照)を擁護し、子どもの生活の継続性を支え(子どもの権利条約 8 条参照)、……子どもの利益を推進することにな るという前提に基づいている」と説明しているという(* 33)。つまり、子の連れ去りは、基本的に子の利益を侵害するものであるから、原状回復を図って子を返還することを原則とするというのが、ハーグ条約の立場ということができる。

 このような子の利益についての考え方が、国内での子の連れ去りについても採用されているとみられる国もある。たとえば、ドイツでは、刑法235 条「未成年者の引離し」罪で、両親の一方が他方の親から子を連れ去る行為も処罰の対象としており、しかも連れ去りの方法についての限定を課す要件「暴行を用い、重大な害悪を加える旨の脅迫により若しくは策略により」のうち、「策略」をゆるやかに解することで処罰範囲の拡張が図られている (*34)。このため、「一方の親が他方の親に黙って、子を自宅から連れ出して行方をくらますといった事案でも、……処罰されうることになる(* 35)。」また、「親権監護権を無視した子の奪取はどのような類型の場合も刑法上の誘拐罪が成立する、というのが欧米の多くの国の立法例である」(*36) という指摘もある。つまり、ハーグ条約の「原状回復」という考え方は、これらの例を参考にすれば、国際的な子の連れ去りのみならず、国内での連れ去りも含めて、子がそれまでの環境からいきなり連れ去られる状況が生じたとき一般に共通するものであるとみることができよう。

(* 27) ハーグ条約の和訳は外務省訳に従った(https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/treaty180_11.pdf)。また、内容の概観については、大谷前掲論文注(19)、大谷美紀子、西谷祐子編著『ハーグ条約の理論と実務』法律文化社(2021 年)「第 1 章 総論」(西谷)を参照した。

(* 28) 以下では、本稿の関心に従い、子の連れ去りを中心に述べる。なお、連れ去りとは、ハーグ条約上は、子を住んでいた国から外国へ連れ出すことであり、留置とは、期限付で子を連れて外国に行き、期限を過ぎても子を外国に留め置 くことである。

(* 29)この意味については、たとえば渡辺惺之「ハーグ子奪取条約及び実施法における常居所とその判断」阪大法学 68 巻3 号(2018 年)705 頁以下を参照。本稿では、条約の詳細な解釈には立ち入らない。

(*30)外務省ホームページ(https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000390297.pdf)

(*31)エリザ・ペレス- ヴェラ氏による解説報告書(1981 年作成、翻訳監修:早川眞一郎)外務省ホームページ(https:// www.mofa.go.jp/mofaj/files/000450185.pdf)6 頁。子の連れ去りにおいては、連れ去られる前の場所へ戻すのが「原状」であるとされていることに、注意を喚起しておく。

(*32) 堂園、西岡前掲論文注(26)55 頁。また、善積前掲論文注(24)119 頁を参照。

(* 33)大谷、西谷編著前掲書注(27)「第 5 章 ハーグ条約の実務と国際人権法」(大谷)119 頁以下(122 頁)。

(*34)深町晋也「ドイツ刑法における未成年者の引離しを巡る議論状況(上)、(下)」法律時報 89 巻 11 号 128 頁、同 89 巻 12 号 110 頁参照。

(* 35)深町晋也「連載 家族と刑法──家庭は犯罪の温床か? 第 8 回 良心が子どもをめぐって互いに争うとき その一」書斎の窓 2018 年7月号15頁以下(19 頁)。もっとも、深町によれば、現在のドイツにおいては、とくに問題となるのは、国外へ連れ出すような事案であるという。また、スイスではドイツと同様だが、オーストリアでは、親権者 による子の連れ去りについては拐取罪の成立が基本的に否定されている。

(*36)梶村太市「ハーグ条約と子の連れ去り」法学セミナー 2019 年 5 月号 36 頁。

(3)日本におけるハーグ条約の実施

 日本は、2014 年 4 月 1 日にハーグ条約が発効し、また条約実施法も同日に施行された。ここでは、その後の実施状況を概観する (*37)。

 子を連れ去られた親等は、条約実施法(4 条~ 25 条)に基づいて、日本の中央当局(外務大臣) に、子の返還または子との接触(面会交流)についての援助を申請できる。外務省によれば(* 38)、2014 年度から 2020 年度までの合計で、日本に所在する子に関する申請では、返還援助申請 150 件で、このうち申請が認められて援助決定がなされたものは 131 件で、約 87%である(面会交流は、それぞれ 120 件、101 件)。そして、援助決定がなされたうちで、子の返還が確定もしくは実現、または子の不返還が確定したとの結論に至っているものは、98 件で、このうち返還 56 件、不返還 が 42 件である。このうち、返還について内訳をみると、話し合い等によるものは 16 件で、残りは、裁判内調停 16 件、和解 2 件、決定 22 件である。
そして、決定には 3 件の執行不能があるとされる。また、外国に所在する子に関する申請では、返 還援助申請 120 件で、このうち申請が認められたものは 101 件(84%)である。そして、結論に至ったものは 75 件、そのうち返還 47 件、不返還28 件である。このうち、返還について内訳をみると、話し合い等によるものが 26 件で、残りは裁判手続によっている。

 ここでは、日本に所在する子に関する事件について、3 件の執行不能が、外務省の報告で明記されていることに注意したい。というのは、ハーグ条約のもっとも重要な目的は子の返還を実現することだからである。「裁判所が返還命令を出してそれが確定した場合に、TP[子を連れ去った親─筆者]がその命令に従って子を返還すべきことは、法治国家の市民として当然の義務である。しかしながら、現在[2017 年─筆者]の日本では、その当然のことが実現できない状況にある。…… TP が命令に従わない場合の強制執行のうち、最終的な局面で使われる代替執行(解放実施)は、TP が頑強に抵抗すれば執行不能とされ、返還は結局実現できない」しかも、「TP が抵抗して返還命令が長期間にわたり執行できないでいるうちに、TP から実施法 117 条に基づき終局決定の変更の申立て(返還を命じた終局判決について、その後の事情変更を理由に変更を求める申立て)がなされるという事態が出来しているとのことである。このような事案で、極めて重大な事情変更がある場合は格別、それ以外の場合にこの申立てが認められて返還をしなくてよいという裁判所の決定が出されるようなことが万が一にもあれば、TP が返還命令に頑強して時間を稼げば裁判所自身がその抵抗を追認してくれるという力の論理がこの社会を支配することになり、法の支配は画餅と化し、裁判所の権威も地に落ちることになる。(*39)」このため、たとえば、アメリカは国務省の「国際的な子の奪取に関する年次報告書」2016年版で、すでに日本がハーグ条約上の義務違反となっていることを指摘していたが、2018 年版では、裁判所の返還命令に連れ去り親が従わないときに命令を執行する効果的な手段がないことを理由に、日本をハーグ条約の不履行国と認定するに至った (*40)。
そこで、これを受ける形で、2019 年に、「不履行国からの脱却を意図した民事執行法等の改正 (*41)」がなされた。これによる改正条約実施法によれば、従来取られていた間接強制前置に例外を設け、間接強制の決定から 2 週間を経過したり、間接強制では返還する見込みがないとき、あるいは子の急迫の危険を防止する必要があるときは、直ちに代替執行が行えることになった(136 条)。また、子の返還の強制執行に際しては、従来、子と連れ去り親との同時存在が要件となっていた が、これを廃止し、返還を求める親が執行現場に出頭することで執行できることになった(140 条1 項、民事執行法 175 条 5 項、 6 項を準用)。なお、アメリカ国務省 2019 年版の年次報告書では、日本は不履行国に認定されなかった(* 42)。
では、このような日本のハーグ条約の実施状況を、どのように評価するべきだろうか。
たとえば早川は、2014 年度から 2016 年度までの実績についてではあるが、「この条約及び実施法がかなり活発に利用されてきていること、また子の返還についても面会交流についてもそれなりの結果を出して着実な実績を積み重ねてきていることを指摘できよう。」(*43) とし、前述の問題点を指摘しつつも「相応の実績を上げてきた。」(*44) とする。また、西谷も「日本が子奪取条約を受諾してから 6 年が経過する中で、……充実した実務が確立してきた。……管見のかぎり、日本における子奪取条約の運用は、真摯かつ適正に行われてお り、欧米諸国と比較して遜色がないといってよ い。(*45)」と評価する。
日本と外国との間の国際的な子の連れ去りについては、このように、ハーグ条約の締結により、それまで子が常居所としていた地への返還が原則となりつつある。これによって、ハーグ条約が擁護しようとしている子の権利も、国際的な子の連れ去りの場合については、日本でも保障されるようになってきている、つまり、国際的潮流に沿って、人権保障が進みつつあるとみることもできよう。もっとも、国際的にみたときは、そのような見方は、疑問の余地がある。たとえば、欧州議会は、2020 年 7 月 8 日に、本会議で「日本における、国際的及び国内的な、親による欧州連合(EU)出身の子どもの連れ去り(Entführung)」(*46)と題する決議を行った。そこでは、一方の親による子の連れ去りの多くが未解決であることを憂慮するなどして、日本がハーグ条約を十分に遵守していないことを指摘する。そして、親による子の連れ去りを禁じることを求めている。なお、この決議は、表題が示すように、国際的な連れ去りのみならず、国内での連れ去りについても禁止を求めていることに注目するべきである。
そこで、次に、日本国内での子の連れ去りについて、みてみることにする。

(*37)以下の記述は、早川眞一郎「ハーグ条約の運用状況と今後の課題」ジュリスト 2017 年 9 月号 84 頁以下を参照。ただし、更新の可能なデータは、直近のものにしてある。

(* 38)外務省ホームページ(https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100012143.pdf)

(*39)早川前掲論文注(37)89 頁。なお、問題点の指摘は、論文が書かれた 2017 年の法律状況を前提にしたものであろう。しかし、現在にも通じるところがあると思われる。

(*40)大村芳昭「研究ノート 米国務省『国際的な子の奪取に関する年次報告書』と日本」中央学院大学法学論叢 33 巻 2 号(2020 年)61 頁以下を参照。不履行国と認定されたことは、日本の一部のマスコミでも取り上げられた。たとえば、朝日新聞 2018 年 6 月 27 日朝刊(東京版)は、「子どもの引き渡し、ルール見直し方針 同居の親立ち合い不要に」の見出しの記事で、アメリカ国務省年次報告書に言及。また、プレジデント電子版 2018 年 9 月 17 日号「元親の “子ども連れ去り” 合法国は日本だけ」(https://president.jp/articles/-/26291?page=1)でも、同じように年次報告書の紹介がある。

(*41)大村前掲論文注(40)61 頁。改正法は、「民事執行法及び国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律の一部を改正する法律」である。

(* 42)大村前掲論文注(40)66 頁を参照。大村によれば、2018 年中に条約実施法改正法案が国会に提出したことについての、いわば「努力賞」とされている。

(*43)早川前掲論文注(37)88 頁。

(*44)早川同論文 90 頁。

(*45) 西谷前掲論文注(21)86 頁。

(*46)欧州議会ホームページ(https://www.europarl.europa.eu/RegData/seance_pleniere/textes_adoptes/definitif/2020/ 07-08/0182/P9_TA(2020)0182_DE.pdf)。ドイツ語版を参照した。ドイツ語の原文「Entführung」は、通常、「誘拐」と訳すが、ここでは、本文の他の個所と合わせて「連れ去り」とした。本稿では、この問題についての日本の多くの論文 に合わせて「連れ去り」の語を用いているが、そのような表現を選択することが、あるいは、すでに国際的な感覚とズ レているのかもしれない。

3.子の連れ去りについての日本の状況

 日本国内の連れ去りについては、ハーグ条約の原則とは異なる状況であることが指摘されている。

 ハーグ条約批准以前の日本の状況については、たとえば「日本の実務では、連れ去り別居によりまず一方の親による監護の状況が形作られてしまうと、その後の監護者、親権者の指定、変更手続や子の引渡請求手続きにおいてその現状が前提とされてしまうことが多いといわれている。(*47)」とか、「離婚紛争に伴い、親の一方が別居にあたって子を一方的に連れ去ったり、別居している非監護親が子を連れ去ったりするなどの事態がしばしば生ずる。本来、子の監護をめぐる紛争は協議によって解決するか、協議が整わないときは家庭裁判所の手続きによって解決すべきものであり、そのような手続きを経ないで子を一方的に連れ去るのは違法である。しかし、わが国では、このような違法な連れ去りがあったとしても、現状を重視する実務の下で、違法がまったく問題とされないどころか、違法に連れ去った者が親権者の決定において有利な立場に立つのが一般である。(*48)」と指摘されていた。

 このような、いわば連れ去り勝ちの状況は、判例によっても、実質的に認められているということができる。すなわち、子を連れ去られた親が、子の引渡を求めて人身保護請求をした事件で、最高裁は、「夫婦がその間の子である幼児に対して 共同で親権を行使している場合には、夫婦の一方による右幼児に対する監護は、親権に基づくものとして特段の事情がない限り、適法というべきである (*49)」としている。つまり、親権を有する一方の親が他方の親に無断で子を連れ去って監護しているときは、「特段の事情がない限り、適法」で あるから、結果として、一方的な連れ去りも、違法とはされないことになる。すなわち、「わが国 では、別居時に母親が無断で子を連れて家を出ることはよくあることであり、このようなことは違法な連れ去り、奪取とは考えられていないであろう。しかし、諸外国ではそのように評価されることがあるようであり、……ハーグ条約もそのような前提に立っている。」(*50) つまり、連れ去り前の「現状回復」を原則とするハーグ条約の立場と は、原則と例外が逆転していることになる。

 このような状況は、ハーグ条約加入後も問題とされている。たとえば、第 200 回国会における、2019 年 11 月 27 日の衆議院法務委員会でも、串田誠一議員が、この問題を取り上げて、日本国内の連れ去りについての扱いとハーグ条約との食い違いを指摘している (*51)。また、先にみた欧州議会決議も、このことを示している。

 そうすると、少なくとも、国内の子の連れ去りについては、日本は、ハーグ条約にみられる国際的な人権保障の潮流とは異なる状況にあるといわざるを得ないことになろう (*52)。ハーグ条約は、そもそも子を連れ去ることが、子の利益を損なうものであることを前提にしている。そこで、次に、この子の利益について、人権の観点から若干の試論を行う。

(*47)半田吉信『ハーグ条約と子の連れ去り ドイツの経験と日本への示唆』法律文化社(2013 年)11 頁。

(*48)日弁連創立 60 周年記念誌「日弁連六十年」(2009 年)278 頁以下。なお、日弁連は、2011 年 2 月 18 日の「『国際的な子の奪取の民事面に関する条約』(ハーグ条約)の締結に際し、とるべき措置に関する意見書」の第 1 意見の趣旨 1(4)において、ハーグ条約が「国内における子の連れ去り等…には適用されないことを…明確化し、かつ周知するこ と」を求めている。確かにハーグ条約は、国際的な子の連れ去りを対象とするものではあるが、本文で述べるように、 その基本的考え方は国内の連れ去りにもあてはめるべきであり、日弁連のこの意見は、少なくともミスリーディングで あろう。

(*49)最判平成 5 年(1993 年)10 月 19 日民集 47 巻 8 号 5099 頁。

(*50) 野村秀敏「審判前の保全処分における子の仮の引渡しの判断基準」民商法雑誌 141 巻 6 号 109 頁(115 頁)。なお、これは、東京高裁平成 20 年 12 月 18 日決定(家裁月報 61 巻 7 号 59 頁)の評釈である。この東京高裁の決定について、ハーグ条約批准以前のものであるが、野村は、ハーグ条約の考え方に沿ったものとする。同じように評価するものとし て、たとえば、早川眞一郎「子の引渡しをめぐる実体法上の問題」論究ジュリスト 32 号(2020 年)72 頁以下(79 頁)。しかし、「裁判例にこのような変化の兆しがあること、及びこのような方向に賛同する学説も見られるようになった」(早川同所)とはいえ、ハーグ条約批准後も、国内の連れ去りについて、本文中に書いたように、大きな変化は見られ ないといってよい。

(*51)衆議院ホームページ(http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/000420020191127012. htm)。

(*52)これについて、早川は、やはりこれを問題として、次のように述べている。「国内事案では、《どちらの親に子を監護させるのがこの最善利益の観点から適切かを事案の諸事情を総合的に衡量して判断する》という総合衡量的アプロー チがとられるのに対し、国際事案では《不法な連れ去り前の現状の回復を最優先にする》という原状回復的アプローチ がとられる。……しかし、同じく子の引渡が命ぜられ、執行方法も足並みを揃えることになった国内事案と国際事案と で、このように判断の方法が大きく異なることをめぐっては、若干の検討をしておく必要がある」とする(早川前掲論 文注(50)77 頁)。そして、「連れ去りが子の福祉にとって極めて深刻な問題であると考えれば、連れ去りを是が非でも抑止しなければならないので原状回復的アプローチの必要性が強調される……ハーグ条約は、連れ去りが子の福祉へ の重大な侵害であるという認識に立って作られており、筆者も基本的にはそのような評価を前提とすべきだはないかと 考える」という(同論文 80 頁)。本稿で、この後、憲法的観点から考察するのは、連れ去りが人権という点から考えても、「極めて深刻な問題」であることを示そうとするものである。

4.考察 ─子の連れ去りについての憲法学的試論─

 子の連れ去りは、ハーグ条約と子どもの人権条約との関係が指摘されている (*53) ように、たんなる私法上の問題にとどまらず、人権問題、すなわち憲法上の問題を含んでいると考えられる(* 54)。ここでは、いくつかの人権について、若干の考察を試みる。まず、連れ去られた子について、居住移転の自由及び人格権の問題、次いで、個人の尊重の問題を検討する。そして、子を連れ去られた親について、人格権の問題を検討する。

(*53)大谷、西谷編著前掲書注(27)121 頁。

(* 54)厳密にいえば、子の連れ去りは、連れ去った親と連れ去られた子との関係、および連れ去った親と連れ去られた親との関係、という、私人間の問題である。しかし、たとえば名誉毀損表現の場合のように、私人間で憲法上保護された 利益を調整することはあるのであり、子の連れ去りについても同じように考えられると思う。なお、ここでは、ハーグ 条約が想定する典型と思われる、夫婦間での子の連れ去りの状況を前提とする。

(1)居住移転の自由及び人格権

 連れ去りは、連れ去る親の意思により、子本人や他方の親の意思とは無関係に(あるいは反し て)、子をそれまでの生活環境から引きはがす行為である。このような連れ去りは、確かに、いわゆる DV(家庭内暴力)等のため、子の利益に鑑みてやむを得ない場合もある。しかし、夫婦間では円満を欠くとしても、子からみて双方の親と親密な関係が平穏に続いている場合も少なくない。後者の場合、子にとっては、手段が平穏であったとしても、望まない移動が強制されたことにな ろう。

 これは、子の消極的移動の自由、あるいは当該共同生活の場所に居続けるという意味での居住の自由の侵害の問題となる (*55)(憲法 22 条 1 項)。

 居住移転の自由は、「職業選択の自由と結びつ く経済的自由の性格を有することは明らかであ る。しかし、居住移転の自由は、……他者との精神的交流が物理的移動を前提とする場合には、精神的自由と関わる(芦部信喜(高橋和之補訂)『憲法〔 6 版〕』岩波書店(2015 年)230 頁)さらに、居住移転が人格形成に及ぼす影響からすれば、居住移転の自由は個人の尊厳にも直結する。(*56)」つまり、居住移転は、人格形成ともかかわる意義を有する。

 また、子は、親の監護を受けているとはいえ、親との関係においてのみ生活しているわけではないのが通常であろう。たとえば、近隣住民や、幼稚園・保育園等も含む学校に通えば、そこの先生や同級生との交流もあろう。子は、親のみならず、その生活の場所における様々な人との交流を通じて人間的精神的に成長し、人格を形成していくのである。この点で、連れ去りは、そのような交流を一方的に突然断ち切るものである。「子の福祉という観点から見ても、一方の親権者の下で平穏に生活している子を実力を行使して自らの支配下に置くことは、子の生活環境を急激に変化させるものであって、これが、子の身体や精神に与える悪影響を軽視することはできない」(*57)。すなわち「人格形成に及ぼす影響」、「精神に与える悪影響」からみて、子の「個人の尊厳」あるいは人格形成の権利という意味での人格権を侵害するものというべきである(憲法 13 条)。この場合、とりわけ、「幼児はきわめて可塑性に富み時々刻々成長するので環境の影響が非常に大きく、本来の適正な生育環境から離された場合の精神的傷や刻印はわずかの間にいやしがたいものとなる (*58)」ことに留意すべきである。

 人格形成が憲法上保護すべき利益であること は、たとえば「個人が言論活動を通じて自己の人格を発展させるという、個人的な価値」(*59) を有する表現の自由(21 条 1 項)や、「個人が人格を形成し、社会において有意義な生活を送るために不可欠の前提をなす」(*60) 教育を受ける権利(26 条 1 項)が保障されていることからも明らかである。そして、表現や教育というような個別の人格形成のための行為に限らず、人格形成一般について は、それが個人の幸福追求に結び付くことから、包括的人権である幸福追求権(13 条)で保障されるということができよう。すなわち、連れ去りは、子の、憲法 22 条 1 項及び 13 条で保護される、現に生活を営んでいる場所における人格形成権という意味での人格権を侵害する行為というべきである。

(*55)子の居住移転の自由は、親権者による居所の指定(民法 821 条)の制約は受けるが、連れ去りは、共同して親権を行使すべき親のうち、一方の親のみによる、他方の親の意に反する子の居所の移転であるから、この制約の場合には当たらないというべきである。

(*56)宍戸常寿「§22 Ⅲ 居住移転の自由」長谷部恭男編『注釈日本国憲法(2)』473 頁。

(*57)最決平成 17 年 12 月 6 日(刑集 59 巻 10 号 1901 頁)における今井功裁判官の補足意見。なお、本件は、別居中の母親の監護のもとにあった幼児を父が連れ去ったという事例であり、本稿が前提する状況とは異なる。しかし、今井裁判官の指摘は、本稿が前提する事例にも当てはまるといえよう。

(*58)水野紀子「別居夫婦間での幼児引渡請求と人身保護法」平成 5 年度重要判例解説 95 頁以下(96 頁)。

(*59) 芦部信喜(高橋和之補訂)『憲法 第 7 版』岩波書店(2019 年)175 頁。

(*60)芦部前掲書注(59)273 頁。

(2)個人の尊重

 また、連れ去りは、子の個人の尊重(憲法 13条)そのものとの関係でも問題がある。というのは、連れ去りにおいては、子の個人としての人格が十分に尊重されているとはいえないからである。

 「両親の間での子の取り合いは、離婚をめぐる葛藤もからんで、きわめて深刻になる。両親は、子に対する愛着もさることながら、相手方に対する恨みや憎悪や執着も複雑に働いて、相手方を完全に排除し子を私物化することをめざしがちである。しかもわが国の伝統的慣行としては、離婚後は親権を持たない親は子との交流を断つことが多 く、親権者による子の私物化がむしろ一般化する傾向にあった。離婚後の共同親権も立法化されていないから、離婚後の親権獲得へ向けても、親は 離婚成立前に事実上の監護権取得を既成事実化し ておこうとする。しかし子本人にとっては、よほ ど例外的に悪影響を与える親でもない限り、両親双方と交流をもつことが望ましい。それどころか 実力行使による奪い合いの対象となったり、一方の親への憎悪を吹き込まれることは、児童虐待であるといえよう。(*61)」

 憲法 13 条にいう「『個人として尊重』するとは、『個人の尊厳と人格の尊重を宣言したもの』(最大判昭和 23・3・24 裁判集刑 1 号 535 頁)であり、一人ひとりの人間を人格として承認し、尊 厳ある存在として配慮し、その個性の自由な発展を重んずることを意味する。……『人格』とは、何よりもまず、専ら管理、利用または処分などの支配の客体となる『物』ではなく、自らの存在を 主張し、その存在意義・目的を実現するために活動することができる主体的な地位を示すものである」(*62)。つまり、一人の子を個人として尊重すると は、「何よりもまず、専ら管理、利用または処分などの支配の客体となる『物』」としてはならないということを意味する。そして、この個人の尊重は「尊厳ある存在として処遇を求める個人の権利」(*63) である。

 ところが、連れ去りは、上記引用のとおり、子を手元において「私物化」し、事実上の監護権取得の既成事実化のための手段とする面のあることを否定できない。このことは、とくに「自らの存在を主張」する能力の十分に備わっていない幼児の場合には、留意するべきである。また、奪い合いの対象となるときは、子は親の実力行使の客体となりかねない。すなわち、連れ去る親によって、子は個人として十分には尊重されないことになるのである。これは、個人の尊重を定める憲法13 条前段に反し、尊厳ある存在として処遇を求める子の権利を侵害するものである。

(*61)水野前掲論文注(58)96 頁。

(*62)土井真一「§13 Ⅱ 個人の尊重」長谷部恭男編前掲書注(56)69 頁。

(*63) 渡辺康行、宍戸常寿、松本和彦、工藤達朗『憲法Ⅰ 基本権』日本評論社(2016 年)116 頁(松本)。

(3)連れ去られた親の人格権

 子の連れ去りは、子だけでなく、連れ去られた親の人権の観点からも検討するべきである。

 子を連れ去られた親は、突然、一方的に子との関係が遮断される。これは、もっとも親密な人間関係というべき親子の関係が絶たれるもので、憲法 13 条が保障する人格権の侵害というべきである。憲法 13 条が保障する幸福追求権は、「個人の人格的生存に不可欠な利益を内容とする権利」(*64) である。ここには、個人のアイデンティティーの 維持や人格形成も含まれる。そして、個人のアイデンティティーや人格形成にとって、他者との関係は重要な意味をもつ。すなわち、人は他者との関係において自己の存在を規定し(たとえば、子との関係において親となるなど)、存在意義を確認し(子育てに生きがいを感じるなど)、人格を 形成していくのである。親と子の関係は、人間関係の中でも最も親密な関係ということができ、個人のアイデンティティーや人格形成に及ぼす影響も極めて強いということができる。そして、その ような親子関係は、通常、同居というような物理的に接着した生活によって支えられている。つまり、親子が同居するということは、両者の人格権と密接に結び付くものである。ところが、子の連れ去りは、そのような親子の同居を、突然、一方的に奪う行為であり、子のみならず残された親の人格権をも侵害するものというべきである。

 なお、先にあげたドイツの「未成年者の引離し」罪では、基本となる保護法益は親の権利であると解されていることも参考になると思われる。また、子どもの権利条約 9 条も「児童がその父母の意思に反してその父母から分離されないことを確保する。」としている。

 このように、子の連れ去りは、連れ去られた子の居住移転の自由、人格権を侵害するのみなら ず、個人の尊重をも侵害し、また、連れ去られた側の親の人格権をも侵害するものであり、複数の人権侵害を生じさせているものである。このよう に考えると、子どもの権利のためには、国内における一方の親による、他方の親の同意を得ない子の連れ去りについても、ハーグ条約の基本に従って、「原状回復」を図るべきことになろう。

(*64) 芦部前掲書注(59)120 頁。

おわりに

 女性差別撤廃条約の批准をきっかけに、日本は、男女雇用機会均等法を制定し、さらにそれに改正を加えて、男女平等を進めてきた。この点では、人権保障の国際的潮流に沿って、日本国内の人権保障も進展してきた。他にも、人権条約の批准をきっかけに、国内の人権保障には一定の進展がみられる (*65)。このようにみると、人権保障の国際的な潮流が、日本の人権保障の進展に、重要な影響を及ぼしてきたことは確かである。

 これに対して、ハーグ条約が守ろうとしている子どもの権利についてみると、条約批准後、国際的な子の連れ去りについては、条約実施法制定やその改正によって、少しずつではあるが、ハーグ条約の趣旨に沿って、人権保障が進みつつあるようにみえる。しかし、国内の連れ去りについては、なお以前のままの状態である。あるいは、国内の連れ去りについては、母親が連れ去る例が多い (*66) ことが関係しているのかもしれない。そうすると、現在の日本では、子の返還の場面で、どちらの親が監護するのが妥当なのかの判断も総合的に考慮されていることに鑑みると、「子は基本的に母親が監護するのが適当である」という発想が根底にあることになる。これは、女性差別撤廃条約にも悖ることになる。そうだとすると、国内の子の連れ去りについての日本の実務は、二重の意味でガラパゴス化しているということになろう。国内の子の連れ去りについても、ハーグ条約の基本に沿った対処が望まれる。

(*65)たとえば子どもの権利条約の締結による家族法分野での進展について、大谷前掲書(注3)29 頁以下を参照。そこでは、条約の批准だけでなく、子どもの権利委員会の勧告が重要な機能を担っていることが指摘されている。これは、 女性差別委員会についても当てはまろう。

(*66) 早川前掲論文注(50)80 頁。

〔付記〕本研究は、弁護士中野浩和氏より御寄付を頂いた研究費による成果の一部である。同氏からは、いくつか重要 な資料についての御教示も頂いた。ご支援に感謝申し上げます。

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