日本における共同親権をめぐる議論

結局、どうしてタブーになっているかがよくわからない議論。

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私たちVoice Up Japanとして、日本における共同親権について、その現状を理解したい、なぜタブーなのかを知りたい、様々に論争が繰り広げられる本題に関して建設的な議論を構築したく執筆しました。ご意見などございましたら、ぜひ下のコメント欄にお書きください。

記:ジョアン・フルリ

「子どもが返されるまでここに残る」

7月10日に国立競技場の近くで、ハンガーストライキを始めたフランス人のヴィンセント・フィショ氏(39)がニュースの見出しになりました。フィショ氏は、2018年8月に妻が子どもを連れて家を出て以来、子どもと全く連絡が取れていません。近年、日本では離婚後、何年も子どもと会えなくなる親が少なくないようです。このハンガーストライキの間、同じ経験をされている他の親たちが全国各地からフィショ氏を訪れました。彼らも何年も子どもたちに会えておらず、フィショ氏の心境に共感しています。このように親権を巡る問題を抱えている人は増えているように感じます。7月30日をもって、このハンガーストライが終わりましたが、日本での共同親権にはどのような意味があるのでしょうか。

実は、日本で離婚裁判はそこまで多いわけではなく、その全ての裁判で親権を争っているわけではありません。最も多いと思われる議論は、親権変更の申立ですが、年間300件程度でフィショ氏の故郷フランスと比べるとごくわずかです。日本の離婚率(約1.7‰-(*1))は低く、離婚後、法律上で親権は片方の親に与えられ、ほとんどの場合は母親です。日本では離婚の約9割が、協議離婚という形式によりますが、その内情(紛争の有無や程度)については明らかでありません。しかし、当事者が対等な関係でない場合、弱い立場の当事者がさまざまな不利益や不満を抱えていると推測されます。

橋本智子弁護士は「本来は、こうした不公平が起きていないか、家庭裁判所がチェックする仕組みが必要だと思う。現実には、裁判所が関与する離婚は全体の1割程度」であることを訴えました。さらに、「子の監護問題についても、「親権」は母親が持つことが数としては多いが、「共同養育」はしようと思えば十分に可能であるし、現実にそれができる人はしている。日本の民法においては、親権者とは別に監護権者(同居親)を定めることができるし、協議や調停で「共同養育」態勢を合意することもできる。問題は、それができない関係性の父母間において、弱い立場の当事者を守る仕組みがないこと」と指摘しています。

家庭裁判所は、家庭内暴力(以下、DV)や虐待がある場合は、直接の面会交流を禁止・制限することができますが、それは極めて例外的な取扱いです。2012年以降、家庭裁判所は、面会交流を積極的に認めてきました(面会交流原則実施論と呼ばれます)。

この件に関し、岡村晴美弁護士は、「DVがあるケースや、子どもの意思に反する場合でも、面会交流を強制されることが度々生じました。」と語ります。さらにDV被害者の支援者や専門家が、DV事案においても面会交流が強制されることによって発生する弊害について訴え、「日本は女性の苦しみを軽視・無視している」と指摘しています。DVがある場合でも面会交流が強制されたことについては、過去に国会でも取り上げられてきました。DV被害者を保護する制度がないため、DVがあった事実が検討されずに面会交流を積極的に許可をすることは、DV被害者にとって危険です。

中山純子弁護士は、以下のように子どもの状況を第一に考えることの重要性を訴えています。「2020年4月から11月までに全国の自治体が行う「配偶者暴力相談支援センター」と去年、内閣府が開設した「DV相談プラス」に寄せられた相談件数は合わせて13万2355件」あり、「まずは子どもに最善の環境を考えいないといけない。「面会交流を実施するのか否か、実施するとして具体的にどのように実施するのかについては、当該家族における具体的な「その子」にとって、面会交流が「その子」の心身の健全な成長に資するのかを第一に考えなければなりません」。

続けて、「もちろん親が精神的にもしくは身体的に子どもを虐待した場合、面会交流を認めることは子どもを危険にさらします。問題は現時点に日本は家庭内暴力を報告して仲介する制度がちゃんと整えていない。同居中、一方が身体的・精神的・経済的・性的暴力を相手に加え、相手を支配していたような家庭であった場合には、その暴力の影響を顧みることなく、特に、子どもに直接身体的暴力を加えていないという理由だけで、安易に面会交流を実施するならば、かえって、子どもの健全な成長を害する危険があります。」と説明しており、現在の法的制度は、あらゆる暴力の影響や実情に対応しきれていないことを指摘しました。

さらに中山弁護士は、法制度に関わる問題についても指摘しています。「日本では、暴力とは何かということも、家庭内の暴力や虐待から避難することがいかに難しいかということも、いまだに十分理解されておらず、DV法の保護命令をはじめとして、家庭内での暴力や虐待に対する法制度が不十分であることが問題です。こういった法律上の問題によって、親権とは何かという議論さえができない現状」であり、「こういった法制度が不十分である現状で、離婚後共同親権の議論を進めるのは、暴力や虐待を受けている当事者を更なる危険に晒すおそれがあります」と指摘します。

面会交流することが「その子」の利益に資さないためできないという原則についてですが、ここで想定されている「親権がないことによって子どもと会えないケース」がどういうケース(事例)なのかを、以下、中山弁護士が具体的に示しています。

例えば、同居中暴力をふるっていた方(例えば夫)が、一方(例えば妻)を自宅から追い出し、子どもと会わせない、というケースは確かにあります。ただ、「この場合でも、親権がないから会えないのではないことに注意が必要です。このようなケースでも、妻は、子どもの引渡し・監護者指定の審判・保全を申立て、自らを監護者(自分で育てること)とするよう家庭裁判所に求める法制度が日本にあります。そして、子どもの引渡しや監護者指定まで求めない場合でも、子どもと会うために、面会交流調停・審判の手続きをとることは可能です」。ここでの「一番の問題は、子どもと面会するときに、上記の例では、暴力をふるっていた夫と、子どもの受け渡しの時に顔を合わさなければならない、それに危険が伴うという点です。このようなケースの場合には、子どもの受け渡しを支援する第三者機関が活用できれば良いのですが、日本では原則有料ですし、何年も継続して利用できるものではない、という点が社会的な課題だと思います」。

また、「暴力や虐待の恐れがないけれども、面会できていないケース」もあります。「もし片方の親が一切子どもを危険にさらさず、子どもが両方の親と会いたいという希望がある場合、取り残された親の主張に真剣に聞くべき」であり、「非同居親が、同居中も別居後も、子どもの心身の健全な成長に害をなすおそれがないといえるようなケースで、子ども自身も非同居親に会いたいという意思がある場合には、その子どもの意思は十分に尊重されるべきだと思いますし、同居親の意見だけでなく、非同居親の意見も真剣に聞くべきであると思います。」と、中山弁護士は主張します。

さらに、共同親権に関しては、日本社会におけるジェンダーロール(性別役割)の観点からも指摘されており、注目を浴びています。家事や子供の教育が女性だけが担うべきものではないという観点で、共同親権の議論が進んでいます。岡村弁護士は、「日本には労働分担はあまりなく、教育や家事は圧倒的に女性に担って、わずか6%の男性しか育児休暇を取得していません」と指摘し、「離婚後に親権を半分半分にするのが、そもそもあった不平等と大きく矛盾しています。離婚後も監護を一部担うなどということは殆どのケースでできないわけで、結局、進学や手術などの際に口を出す権利だけを持てるわけですよね。養育費ももらっている人は2割、平均で4万円程度なのに。」と指摘しています。

一方、大妻女子大学 田中東子教授は、「子育ての責任を女性のみに与えることによって、『女性しか子育てできない』やシングルマザー貧困の問題を悪化すると考えられます。フェミニスト観点からいうと、単独親権も家父長制社会を支えます。」と家庭の責任観を考え直す必要性を主張しています。その主張に対し、岡村弁護士は「子育ての責任を女性のみに与えている社会構造があることは同意しますが、それは、共同親権では決して救われません。労働法制や男女賃金格差是正等で取り組むべき問題です。むしろ、戦後、離婚後単独親権制度は、婚姻により家父長制的な家族に入ってしまった女性を、離婚後にそのしがらみから解放する役割を果たしてきました。」と返答しています。

OECD加盟国の中で、現在日本とトルコは唯一離婚後の共同親権を認めていない国です。日本は、離婚後共同親権は認めていませんが、共同養育と共同監護は認める法制度があります。先日、マスコミで取り上げられましたが、元卓球選手 福原愛氏が、台湾の卓球選手 江宏傑氏との離婚を発表してから、共同親権が話題になりました[*2]。国際結婚の場合は、それぞれの国の制度の違いによってさらに親権に関わる問題が難化することもあります。例えば、欧州でDVが発生しても、監視下におき面会権を与えるケースもあります。心理学者によると、両方の親と接するのが子どもの発育にとって非常に大事なのが明らかにされる一方、裁判所による強制が、子どもの発育にとってよくないということも併せて発表されています。

2020年6月に欧州議会申立委員会(EU Petitions Committee)が、子どもの保護に関する国際法に遵守するよう、日本政府に呼びかける提案が全員一致で可決されました。2020年4月に法務省が発表した共同親権の導入を検討する自主研究によると、米国やイギリスやオーストラリアやイタリアを始めとする24ヵ国の中、22ヵ国は共同親権を義務付けられており、トルコとインドの2ヵ国だけが単独親権を認められています。

例えば、フランスで親権に関する2002年3月4日の法律2002-305は、共同養育の原則を確立しました。民法第371-1条によれば、親権は「最終的に子どもの最善の利益を有するすべての権利と義務」と定義されています。父親と母親は、結婚、同棲、別居、離婚などの家族の状況に関係なく、子どもが成人するか未成年解放されるまで、共同で活動しなければなりません。一方日本の民法766条1項では、父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者、父又は母と子との面会及びその他の交流、子の監護について必要な事項は、その協議で定め、「この場合においては、子の利益を最も優先して考慮しなければならない」としています。これは、監護や面会についての共同を認める法制度です。単独親権であることで違うのは、財産管理権、法定代理権、居所指定権などを離婚後は、単独で決めることができるということだけで、「親権」と「面会交流」は連動していません。「「親権」と「子の監護」も別々に定めることが可能です」、岡村弁護士は述べています。

日本では「親権」とは何か、つまり「親権」の中身について、社会的にも法的にも共通の認識がありません。「権」という言葉が使われているので、親の子に対する「権利」のように受け止めている方もいるかもしれません。実際、民法820条は、「親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。」とされ、民法821条には、「子は、親権を行う者が指定した場所に、その居所を定めなければならない」としており、さらに民法822条には「親権を行う者は、820条の規定による監護及び教育に必要な範囲内でその子を懲戒することができる。」とされています。ほかにも、職業の許可(823条)、財産管理権(824条)が規定されています。このように、民法は、「親の権利」かのように規定していますが、民法820条にあるとおり「子の利益のために」という限定があること、さらに「義務を負う」と明確に規定されていることは忘れてはなりません。中山弁護士は「「子の利益」に反する監護や、居所指定等は、「親権」の行使ではありません。こういった「親権」とは何なのか、誰の誰に対する権利で、そこにはどのような責務が伴い、限界がどこにあるのか、といった緻密な議論が、日本ではされていません。離婚後「共同」親権の議論をするのであれば、まずは、DVや虐待の法整備・社会福祉制度を整えたうえで、「親権」とは何か、という議論をして共通認識ができてから、はじめて、離婚後「共同」できる「親権」とは何か、という議論ができると思います」と述べています。

日本では親権に関わる課題を解決する第一歩として、まずDV被害者をきちんと認め、保護する必要があります。多くのフェミニストが、女性を守ってから、次の一歩について考えることの重要性を指摘しています。田中教授は「日本社会ではまだ家父長的で保守的な家族観が一般的であるので、子供の養育は「母親」が行うということが社会通念として維持されています。したがって、両親が離婚した場合でも、子供は母親と一緒にいる方が幸せである、と一般的に考えられていることから、「共同親権」に賛成する人が少ないのではないでしょうか」と説明し、さらに「家父長制社会を脱却して家族の定義を見直す必要があります。給料平等と雇用機会とともに、家事や子育て分担も考え直さなければならない。男女の間の対話がより円滑になって、共同親権の話しが始められる。こういった状況に導入できると思います」と述べています。

続けて、田中教授は「また、母親だけに子供の養育権をゆだねることは、「女性だけが育児をさせられる」「シングルマザーの貧困」といった女性の問題を引き起こしています。フェミニズムの視点からいえば、単独親権は家父長制を再生産しているようにも見えます。しかし、日本社会において子供を得ることで母親たちはある種の社会的地位を維持できていることから、フェミニズムの思想を単純に当てはめることが難しいと考えられます」と指摘しています。また、「フェミニズムに基づいて考えると、女性だけに子供の養育の権利と義務を押し付けることはおかしい。したがって「共同親権」によって、男性にも子供を養育する義務を負わせるべきである、というのが正しいと思います。しかし、日本社会ではあまりにも女性の地位が低いので、母親はむしろ子供の養育を自分の権利として主張することで、自分自身の社会的地位を確保する必要があると感じているのではないかと思っています。もちろん、DVやモラル・ハラスメントをする男性が非常に多く、そのことが離婚の原因になっていることから、子供の養育を男性に任せることが難しいという理由もあると思います。離婚の理由にはいろいろとありますが、DV、モラル・ハラスメント、男性による家事や育児への一切の協力がないこと、浮気、などが原因となることが多いので、離婚がそうした問題から逃れる一つの手段になっていることは言えると思います」と説明しました。

日本では配偶者間の年収格差が大きく、夫の平均年収を100%と考えた時、妻の平均年収はたったの40%と半分にも及びません [*3]。 そのような日本の状況下では、夫からのDV、特に経済的なDVは、フランスの状況と比べてもはるかに大きな影響をもたらします。そのため、家を出ることは母子ともに経済的に困窮することを意味します。経済的に悪化することを覚悟し、夫と接触しなくて済むことを求め、子どもを連れて避難する女性も少なくありません。

このような日本の貧弱な社会的インフラの中において、共同親権の導入は唯一の駆け込み寺を奪うようなものになってしまいます。日本において、共同親権を考えるとき、家族、そして女性の社会的立場を再定義することが求められているのではないでしょうか。

参考資料

[*1] https://www.adire.jp/lega-life-lab/divorce-rate324/#lwptoc8

[*2] 中スポ・東京中日スポーツ (2021)「福原愛さん離婚で『共同親権』がトレンドワードに SNSで「大人として親として素晴らしい選択」の声も」 https://www.chunichi.co.jp/article/287388 閲覧日 2021年7月15日

[*3] 内閣府男女共同参画局 (2020) 「令和2年版男女共同参画白書(概要)」 https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r02/gaiyou/pdf/r02_gaiyou.pdf 閲覧日 2021年7月15日

2か月前