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Posted on 2021/06/05 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、親が離婚した家の子供たちは、フランスの法律に則って、母親と父親の家を行き来しないとならない。
これが日本と違うところ。
日本の法律で離婚をすると、親権は片方の親が持つことになるが、フランスの法律だと、両方の親が親権を持つ。
なので、いかなる事情があれ、親が離婚をした近所の二コラもマノンも、1週間に一度は、親の家を移動しないとならない。
今朝、マノンから「憂鬱だ~。パパの家に」というSMSが届いた。
フランスの場合、多くの家が離婚をしているので、二コラとマノンに限らず、子供たちは金曜日に片方の親の家からもう片方の親のうちへと大移動をする。
ぼくの友人で、NHKのドキュメンタリー番組「ボンジュール、辻仁成の春ごはん」のカメラを担当したピエールのところの子供たち、ローザ(15)とエリーズ(8)の二人も移動をする・・・。
月曜から金曜日までがお母さんの家、金曜から月曜までがお父さんの家、というローテーションがたまたまぼくの周りでは多い。(でも、金曜から一週間、子供の面倒を見るのが一般的なのかな・・・どうなんだろう・・・)
で、ピエールと今日、ロマンの店の前で、ばったり出会った。
「やあ、忙しい?」
「コロナが落ち着いてきて、急にイベントが入ってきて、忙しい」
「よかったじゃないか」
滞仏日記「フランスの子供たちは、みんな金曜日に移動する」
ピエールはずっと突っ立ったまま、座ろうとしない。
「どうした?」
「いや、落ち着かないんだ」
「何が?」
「ローザだ。あいつのせいで憂鬱な金曜日だ。毎週金曜日になると俺は頭を抱えている」
「どうした?」
「ちゃんと帰ってくるかどうか・・・」
「帰るでしょ。当然」
「でも、悪いのがくっついてるんじゃないか、心配で、ほら、年頃だし」
なるほど、そういうことか、と思った。
ぼくはロマンの店のテラス席でワインを飲んでいた。今日は料理を作るのがめんどうくさいので、ロマンの店のピザを持って帰ることにする。
「ピエール、座れよ」
そわそわしているピエールをとりあえず、座らせた。
「あの子ももう高校生だから、誰と恋に落ちようが自由だろ。あんまり、父親がしゃしゃり出ると、ローザに本当に嫌われてしまうぞ」
「ツジー、ローザが先週、仲良しの女友だちの家に泊まりに行くと言ったので、行ってもいいけど、そこの親の電話番号を教えろと言ったのさ」
「ふむふむ」
「で、その日の夜、SMSで、今夜世話になってるローザの父親ですが、うちの子は大丈夫ですかね、とメッセージを送ったら、はい、いますよ、今ここに、と戻ってきたんだ」
「ふむふむ」
「ところが、ちょっと気になったので、別の女友だちのお母さんに電話をして、その子の親の電話番号をもう一度、確かめたら、違ってた」
「え? 違ってた? どういうこと?」
「それで、俺はその番号に電話をしたんだ。そしたら、ちょっと若い声のお父さんが出てきた」
「ふむふむ」
「お父さんじゃない。そいつは若造だ。で、俺は、≪お前は誰だ≫と聞いたら。そいつが白状したのさ。ローザに頼まれたって」
「頼まれた? どういうこと?」
「だから、俺から電話が来たら、父親のふりをしろって言われたらしい」
ひっくり返った。さすが、おフランス!!!
「まじか。やるな」
「やるな、じゃないだろ! あいつ、舐やがって、やりたい放題だ」
そこへ、ローザが戻ってきた。
しかも、自転車の二人乗り。若い男の子が自転車を漕いでいた。
あちゃ、一波乱ありそう。
「どこほっつき歩いてたんだ。もう、20時を過ぎてる」
するとローザが、
「子供じゃないんだから、いいでしょ?」
と声を荒げた。
「くそ生意気なこと言うな」
自転車からおりたローザ、自転車にまたがっていた男の子に向かって、
「この人が私の遺伝学上の父親なの。いちいちうるさいのよ。まったく、うだつのあがらないパパなの」
と言った。
ピエールの顔が不意に鬼のようになった。
「うるさくしないとお前が悪い女になるからだ!」
週末担当の父親は辛い。
ウイークデイ担当の母親は学校があるから、まだ楽だし。
娘たちは特に母親に従う。
ピエールのようなへらへらお父さんは舐められる。←わかる気もする。
ピエールがぼくに救いの目を向けたので、ぼくがローザに、あんまりお父さんを困らせるなよ、と優しく言ってやった。
「ムッシュ、でも、パパと私はあわないんですよ」
「たしかに、ピエールは情けない父親かもしれない」
ピエールが、何言い出すんだ、という顔をしてぼくを振り返った。
滞仏日記「フランスの子供たちは、みんな金曜日に移動する」
地球カレッジ
「でも、いいパパじゃないか。愛のある男だ。君が母親になった時、きっとピエールがどんな思いで君のことをここで待っていたかわかるだろう」
「そうかしら」
「そうだよ。ローザ。想像してごらん。君は結婚して、子供が出来る。君は仕事もある。夫も働いている。二人で子供を育てながら頑張ったけど、生活に追われて、夢がおえなくなり、夫婦は喧嘩ばかりするようになる。離婚をする。でも、親であり続けないとならないから、交代で子供を育てる。その子供にバカにされる。心配しても、自分の気持ちが届かない。それでも、自分の子だ。成人するまでは親の役目だ。だから、こうやって、家の前で娘が帰ってくるのを待つ。そんな親の気持ちを想像してみてくれ。君が帰ってくるまでそわそわし続けている。ぼくは見ていた。ピエールが君を待ち続けている姿を。親だって辛いんだ。こんな素敵なお父さんはいない、とぼくは思う。違うかね」
ローザは黙って俯いた。ローザをここまで送り届けた少年が、
「じゃあ。ぼくも家に帰る。ママが待ってるから」
と言い残して、自転車をこぎだした。
「じゃあな」
ぼくは言った。
「良い夜を!」
少年が大きな声で言った。
ピエールとローザはそれぞれの方向を見て、動かなくなっている。
ぼくは二人の肩をたたいた。
「あ、ローザ」
「なに」
「お前のパパがぼくのドキュメンタリーを撮影したんだ」
ローザがぼくをじっと見ていた。
「凄いいいカメラマンなんだよ。哲学者のアドリアンも、パン屋のベロニク、肉屋のロジェ、八百屋のマーシャルも撮影したんだ。みんなピエールがカメラマンだったからこそ、心を開いて喋ってくれた。実にいい撮影だったぞ。NHKの人たちも喜んでいた。DVDをあげるから見てみろよ」
ローザは怖い顔で俯いてしまった。
「今時、DVDなんか、誰も味方知りませんよ」
ぎゃふん( ^ω^)・・・
ピエールがぼくの肩を掴んだ。唇が震えている。泣きそうな顔をしていた。
「バカ、泣くなよ」
ぼくは小さな声で言った。
ピエールは頷き、ローザの背中を抱きしめ、(ローザは逆らわなかった)自分の家へと戻っていった。
ローザは分かってる。いつか父親のことを素直に受け止めることが出来るだろう。
誰もが通る道なのだ。がんばれ、ピエール、とぼくは思った。