「ペーパー離婚」で夫婦別姓に…牧野紗弥さんが直面した「日本で“事実婚の家族”を生きる」難しさ

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8/15(日) 8:02配信

現代ビジネス

牧野紗弥さん

 なぜ結婚する際に夫か妻の姓のどちらかを選択しなければならないのか――。ここ数年、選択的夫婦別姓に関する議論が巻き起こっている。法律婚ではなく、事実婚を選択するカップルも増えてきた。そんな中、法律の上で「離婚」し、事実婚へ切り替えることを公表した女性がいる。雑誌「VERY」「Domani」などで活躍する、モデルの牧野紗弥さんだ。なぜ、結婚12年目にして3人の子どもを育てる夫婦がペーパー離婚に踏み切るのか。牧野さんに話を聞いた。

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 【撮影】西崎進也
結婚当初から疑問はあった

牧野さん

 「夫とその両親の前で『姓を変えたくない』という発言もしたのですが、当時は理解してもらえなくて。私もその場を一旦納めて、素直に夫の姓を名乗ることにしました」

 今回のペーパー離婚のきっかけは、結婚当初にまでさかのぼる。名古屋出身の二人姉妹の次女として育った牧野さんは、名古屋という“結婚を重んじる”土地柄もあって、家庭や結婚に対する思い入れは強かったという。その一方で、結婚することで夫の姓に変えなければならないことにも疑問を抱いていた。牧野さんの育った家庭がいわゆる本家にあたること、さらに祖母から「牧野の姓を継いでほしい」と言われたことが影響したという。

 2009年に結婚し、2010年に長女、2012年に長男を出産。出産当初はモデルの仕事は休業し、ほぼ専業主婦状態だった。子育てに忙しくも楽しい日々を送り、数年があっという間に過ぎていった。2015年には次男を出産。モデルとしても波に乗り、世間は「3人の子どもを育てる、良妻賢母なママモデル」という目線で牧野さんを受け止めるようになっていた。

 しかし、牧野さんの胸のうちでは徐々にモヤモヤが広がっていったという。

 「子どもが生まれてから、夫のスケジュール優先で私が仕事を調整していました。子どもの送り迎えも私。夫は私がやってと頼んだことをやるのに手一杯で、子どもが学校に持っていくプリントの準備などの『見えざる育児』には全く気づいてくれない。そのために何度もケンカしましたが、ある時夫に『一度、家事育児のすべてを担当してほしい』と頼んでみたんです。今から約2年前、2019年の秋のことでした」

 普段やってもいないことを想像し、大変さを推し量るのは難しい。そこで家事育児の丸ごとを体験してもらうことにした。一週間後、夫の口から出たのは「だんだん見えてきたから、もう一週間やらせてほしい」という言葉。夫から見える景色が変わった瞬間だった。これをきっかけに、家事や育児を分け合うことになった牧野さん夫婦。しかし、同時に牧野さんの中では別の思いも芽生えていた。

「苗字に所有されている」という思い

 夫が家事や育児に積極的に関わるようになってきたのとほぼ同時期に、「結婚・出産後、なぜ自分がモヤモヤしてしまったのか」を考え始めた牧野さん。段々と「家事や育児は女性がやるものだと思い込んでいた自分に気づいた」と話す。いい母、いい妻であろうと、自分を縛っていたのは自分でもあった。思考を巡らせているうちに行き着いたのが「苗字に所有されている」という思いだった。

 「これまでもモデルの仕事で牧野姓を使ってはいました。でも、海外ロケに行けばパスポートと仕事上の姓が違うことを思い知らされ、牧野の表札を出していない自宅に私宛の荷物が届かないこともあった。そんな小さな不満が溜まっていたことに、どんどん気づきました」

 積み重なった不満は「仕事で旧姓を使っているから」と解決できる問題ではなかった。母や妻としてではなく自分が自分らしくいられるためにはどうしたらいいのか。たどり着いたのは、法律上は離婚をして、戸籍上も「牧野紗耶」に戻ることだった。

 「米国への留学時に、自分の意見をはっきり持つことの大切さを学びました。でも、結婚時にみんなの反対を押し切ってまで『牧野姓を守りたいと』と我を通すのも良くないと思っていた。結婚して10年以上経って、改めて自分の思いに正直になることができたんです」

 2020年の夏、ついに夫に事実婚に移行したいという思いを伝えた。予想もしなかった提案に、当初は夫も戸惑いと不安を隠さなかったという。だが、夫婦で話し合いを進めるにつれ、夫は夫で「男は稼ぐべき」という思いに縛られていたことが見えてきた。そこで共働きの夫婦として世帯の収入で考えていきたいということ、引き続き同居してともに子育てしながら「別姓夫婦」として歩んでいきたいという牧野さんの考えを話し、徐々に理解してもらったという。
「絶対、家族全員一緒」とは子どもに言いたくない

写真:現代ビジネス

 しかし、いくら今後も同居は続けるとはいえ、法的に離婚となれば子どもたちにも影響は出る。苗字を変える必要や、周囲からあれこれ聞かれることも出てくるかもしれない。そこで事実婚への移行を考えた時点で、子どもたちには正直な気持ちを打ち明けた。「親の勝手だけで行動はしたくないと思った」からだ。頻繁に家族会議を重ね、子どもたちの意見もじっくりと聞くようにしてきた。

 小4の長男は「人生一回なんだから、好きなように生きたらいい」と言ってくれた。一方で、最初から理解を示していたように見えた小6の長女からは「実は、いつかパパとママを選んでと言われると思っていた」と打ち明けられた。どうやら、長女は(実質的な)離婚の可能性を考えていたらしい。「夫婦別姓」という選択は、小学生には理解できる部分もあれば難しい部分もあったのだろう。牧野さんが「家族がバラバラになることはない」と改めて伝えると、ほっとしたように笑顔を見せてくれたという。

 それでも「今後も『絶対』家族全員一緒と言いたくはない」と牧野さんは話す。

 「絶対という言葉はバイアスになってしまいます。そもそも自分たちらしさはなんだろうと家族みんなで話し合った結果、さまざまな枠組みを外して事実婚という新しい形に選ぶことにしたわけです。だから、家族を枠にはめてしまうような『絶対』という言葉は使いたくない。それよりも、何か変更があったら正直に、その時々で話していけたらと思っています」

 新聞やテレビで事実婚の話をするにつれ、批判の声も集まるようになった。検索すれば、「理解できない」「身勝手」と評する声も見つかる。牧野さんはその批判さえも、言葉を選びながら子どもに教えているという。

 「いろんな考え方の人がいる。ネガティブな意見があって当たり前です。子どもは『(ネガティブなことでも)ちゃんと話をしてくれるママが好き』と言ってくれるので、それが本当にありがたいです」

義両親に理解してもらえなくても構わない

 一方、双方の親の受け止め方は異なっていた。夫の母は「理解はできないけれど、話は聞いてくれた」という反応だった。しかし、必ずしも理解してもらう必要はないと考えているため、足を運んで説得にいくようなことはしなかった。

 「『お母さんは間違っています。私たちのことを理解してください』なんて言ったら、義理の母の意見を否定してしまって嫌な気持ちにさせてしまうだけ。義理の母が何十年も積み上げてきた価値観は否定したくありません。私たちは事実婚という選択をしますが、その選択に合わせて義母の考えを変える必要はないんです」

 牧野さんの実母は「好きなようにしなさい」と言ってくれたものの、夫の両親に申し訳ないともこぼしたという。さらに、実母は義理の両親に頻繁に連絡を入れている様子だというが、牧野さんは静観している。

 「母が義実家と円満な関係を保ちたいと考えているなら、それは尊重すべき。でも私なら娘が結婚後に同じような決断をしても連絡しないと思います。娘が決めた道なら」

 姑と同居しながら娘たちの子育てに専念していた牧野さんの実母。習い事などの送り迎えもきっちりこなし、仕事で忙しい父親は「平日はまったく気配感じることがなかった」と牧野さんは振り返る。子どもの前では夫婦げんかもしなかった。もしかしたら、見えないところで実母も葛藤を抱えていたのかもしれない。

 子どもにそんな姿を見せなかったのは母なりの美学だと、今の牧野さんなら理解できる。だが、その美学の影響を受けて、実母のような「いい母」になれないことに苦しんだ時期もあった。

 「子どもには選択肢がたくさんあることを示したいんです。将来結婚してもしなくてもいい。女性2人、男性2人の家庭であってもいい。ジェンダーの問題を考え始めて、私にも選択肢があったのにそれに気づかなかったし、それを知ろうともしなかったと改めて思いました。家族の多様性や性教育についても子どもたちと会話するようになりました」

夫婦別姓だけではなく、共同親権についても議論を

写真:現代ビジネス

 現在、夫との間では弁護士を立て、事実婚の誓約書を作成中だ。いわゆる、法的に離婚した後の暮らし方に関する決まり事をまとめているわけだが、「法律婚から事実婚に戻すのがこんなに大変だとは思わなかった」と牧野さんは漏らす。

 「離婚するにあたって問題なのは相続と親権。相続は先のことなので、その時になったら考えることに決めました。ただ、親権だけは今どうしても考えなくてはならない。日本は(離婚した場合)単独親権しか認められないので、どちらが親権を持つのかという落としどころをつけるのが非常に難しいんです」

 離婚後も同居は続ける。でも、どちらかは親権を失う。これに関しては、お互いになかなか気持ちの整理がつかないという。また、親権について学ぶにつれ、さまざまな「不都合」にも気付くようになった。

 「たとえば、子どもの予防接種。親権がないほうが付き添う場合は親のサインができません。また、子どもが私の苗字に変えた際に今まで通り夫の姓が使えるかどうかも学校によって対応が異なると知りました。細かいことを一点一点調べながら、その都度夫や弁護士と話し合っています」

 日本が単独親権しか認めていないことについて、自分ごととして降りかかってこなければ、深く考えることはなかったかもしれないと考えている。

 「共同親権すら認められていない日本の現状に新たな疑問が湧いています。世界でもそんな国は数少ないんです。今は夫婦別姓のことだけが議論されているような気がしますが、その先にある親権の問題についてもセットで考えるべきです」

 事実婚カップルに子どもが生まれたとしても、親権を持てるのはどちらか一方だけ。その事実に事実婚を躊躇してしまう夫婦もいるかもしれない。家族のあり方が多様化する今、「親権についても選択肢を広げるべき」だと訴える牧野さん。だが、法律の改正を待たず、牧野さんと夫は年内の事実婚移行に向けて動いている。夫とはすでに、夫婦のうち親権を持てなくなった側のケアについても話し合っているところだ。

 「夫の考え方も行動もずいぶん変わりました。今は家族のためにいろいろとやってくれてありがたいという気持ちでいっぱい。それでも夫は『週末は家族そろって過ごすべき』という固定概念がまだまだあるようなので、たまに私だけで子どもを連れ出して、夫に休養をとってもらうこともあります。ただ、そうやって子どもの面倒を見ている私に対して、感謝の気持ちを見せてほしいとは伝えています。こんな話ができるなんて、以前の関係性では考えられませんでした」

 ジェンダーについて発信することで世間を啓発、啓蒙しようとも思っていない。あくまでも自分が事実婚へ移行すると決めたこと、その選択を説明するために、ブログなどを通じて言語化してきたつもりだ。だが、SNSに寄せられた「自分も同じように夫婦関係に悩んでいたので、勇気づけられた」という見知らぬ人の声や、ママ友からの「自分たちも子どもともっと向き合って話そうと思った」という感想は素直にうれしかった。

 「大きな波を起こして、世間を動かそうなんて、一つも思っていません。でも、私は自分のために、これからも子どもが考えるきっかけを作れるお母さんで居続けたいと思っています」

樋口 可奈子(ライター)

3年前