“子供の連れ去り”問題 フランス人男性が千駄ヶ谷でハンストする理由

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“子供の連れ去り”問題 フランス人男性が千駄ヶ谷でハンストする理由
「フランスでは誘拐罪に該当する」
2021年07月30日 06:01

西牟田 靖
ノンフィクション作家/フリーライター

日本人妻に2人の子供を連れ去られたフランス人男性がハンストを決行
配偶者による「子供の連れ去り」は諸外国では有罪だが、日本では許されている
フランス政府も対応。EU本会議でも日本への非難決議が出されている

東京オリンピックのメインスタジアム、国立競技場。その最寄り駅であるJR千駄ヶ谷駅の改札外で英語と日本語のメッセージが書かれたのぼりをたて、座りこんでいる外国人男性がいる。のぼりには、こう書かれている。

「ハンガーストライキ 拉致  私の子供たちは誘拐されています」

男性はキャンプ用の薄いマットに座り、静かに過ごしている。差し入れのペットボトルの水が10本以上置かれ、外国人や日本人の支援者が入れ替わりやってくる。なぜハンストを始めたのか。男性に話を聞いた。
筆者撮影
子供に会いたい

「ハンストを始めたのは私の子供たちに会うためです。6歳の息子と4歳の娘が、今どこにいるのかさえわからない。子供に会えるまではやめません」

気丈な様子で男性は言う。絶食して1週間も経とうしているのに、口調は元気そうだ。

男性の名はヴィンセント・フィショ。「ハンガー・ストライキ支援事務局」によると、フランス・マルセイユ出身の39歳で、15年前に来日。日本人女性と結婚して2人の子供をもうけた。大手証券会社で専門職に就き、自由が丘に家を建てて家族と共に不自由のない生活を送ってきた。

だが、現在はマイホームを売却し、会社を辞めた上で、7月10日からハンストを開始した。

「2018年6月、家事や育児に協力しない妻に対し、別居を提案しました。その時、平等に分担するよう養育計画も提案しましたが、拒否されました。その後、8月10日夕方に帰宅すると、家はもぬけのからでした。家財道具や車が一切なく、妻や子供たちもいなくなっていました」

ヴィンセントさんは警察に相談した。母国フランスでは誘拐罪にあたるからだ。

「警察は相手にしてくれませんでした。次に弁護士に相談したんです。すると、『そういうふうになっちゃったら子供に会えないんだよ』と言われれました。ショックでした。当時、私は日本の連れ去り問題について、何も知らなかったんです」

日本では離婚後、配偶者のどちらか一方が親権を持つ「単独親権」を採用している。そのため、離婚後の配偶者に子供のとの面会交流をさせず、親子関係を切ろうとするケースもある。

一方、諸外国では離婚後も「共同親権」を採用し、配偶者それぞれが対等に親権を持つ場合が多い。

「フランスでは離婚後も共同養育で育てるのが一般的です。共同親権の下、片方の親が協力的でなければ、裁判所が是正命令を出す。子供を連れ去った場合、5日以内に合理的な理由を示せなければ逮捕され、監護権を失います」

ヴィンセントさんは、G7のひとつである日本も同様と考えていた。だが、実際は大きく違った。
完全な親権を有している
筆者撮影

その後、ヴィンセントさんと妻の双方の弁護士が協議した。ヴィンセントさんの弁護士が、「子供に会いたい」と妻側に伝えたところ、相手の弁護士は次のように条件を出した。

「『自身のDVを認める手紙を書けば、会わせてもいい。そうしない限り、決して子供に会うことはできない』と妻の弁護士が言ってきました。脅迫だと思います。私はDVなんてしていないので、そんな手紙は書きません」

その後、両者は裁判所での正式な話し合いである「調停」を行った。

「調停では、暴力を振るわれたと主張する書類を出されたのですが、根拠のない嘘ばかり。彼女のSNSには『遊び過ぎて疲れた』など、DVを受けているとは思えない投稿が多く、DVの主張は裁判所に認められなかったんです」

だが、子供たちが戻ってくることはなかった。『継続性の原則』が適用されたのだ。子供の現在の生活に特段の問題がなければ、同じ状況を続けることが子供の利益になるという考え方だ。

「『子供が新たな生活に慣れているから、子供を戻すことができない』と裁判所は結論を出しました。私は子供に会いたと繰り返し主張したのですが、無理でした」

離婚後のプロセスで気になったことがある。「面会交流の申し立て」をしたのかということだ。申立てをして、少しでも会えた方がいいのではないか。

「面会交流の申し立てはしていません。離婚前なので、僕は完全な親権を持っているんです。誘拐した人に対して、会わせてくれとお願いするのはおかしいと思う。申し立てをしても、約束が守られずに結局会えなくなるケースもあります。ハンスト現場に来てくれたある日本人女性は、面会交流の合意があるのに果たされず、7年間も子供に会えていないと言っていました」

ヴィンセントさんについて、国際的な家事事件に詳しい松野絵里子弁護士はこう語る。

「日本では子供が配偶者に連れ去られた場合、子供の住所や居所を知ることすらできません。ヴィンセントさんは、親としての監護責任を果たすことができない状況です」
ヴィンセント氏はハンスト中もスマホで情報収集している(筆者撮影)
外圧に期待

日本の司法や警察を頼れないと知り、フランス政府やEUに助けをもとめた。子供たちはフランス国籍も有している。フランス大使館が『子供のことを確認したいので訪問したい』と妻に提案したが、拒否された。

2019年6月、ヴィンセントさんは来日中のマクロン大統領を訪問し、日本での連れ去り問題を伝えた。2020年にはEU本会議で、日本の子供連れ去り問題について、非難決議が出された。

欧州で日本の連れ去り問題が提起され、日本では3月、法制審議会で共同親権導入の検討をようやくはじめた。だが、法改正にはまだ時間がかかりそうだ。

「日本政府や裁判所には、法の支配が欠けています。人権を尊重していないし、子供の権利条約を守っていない。私には日本政府を変える力はないし、日本政府がハンガーストライキを気にして行動を起こすとは思っていない。私は、フランス政府に期待しています。フランス政府の制裁によって、日本政府が子供の権利条約を守るよう動いて欲しい」

ヴィンセントさんの一連の言動について、妻側の代理人弁護士は次のようにコメントした。

「どちらも私人で、公人でも芸能人でもありません。それに今、離婚裁判中です。マスコミを利用して争うというやり方は望んでいません。本人はプライバシーを尊重されたい、個人情報を保護していただきたい。そういう気持ちでおります。あまりにも目に余るような状況ですし、納得できないことが多々あります。本人としては離婚判決が出た段階で公表も考えますが、現状では裁判外で戦うつもりはありません」

(オリンピック開会式にハンストに節目が…続きはあす掲載します)

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