「当事者」岩崎夏海さんインタビュー #2
2021年07月22日 06:00
牧野 佐千子
ジャーナリスト
岩崎夏海さんのインタビュー2回目。親権問題のイデオロギー論争化を考える
支援者の振りをしながら名声や金銭目的に活動する活動からの存在
「彼らがしていることは『モラハラ』」と岩崎氏。その独自の見立ては?
夫婦関係の破綻に際して年間数万件起きているとも言われる子の連れ去り。その当事者の一人が、ベストセラー『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(通称「もしドラ」)の原作者として知られる小説家・岩崎夏海さんだ。前回に続き、自身の経験、この問題の社会的背景を語る。(3回シリーズ2回目)
Zoomでインタビューに答える岩崎さん
「地獄への道は善意で舗装」
――この問題をメディアで扱う時に、イデオロギー論争になってしまったり、問題解決と離れたところでの議論になってしまうことが多いと思うのですが、その辺はどう思われますか?
【岩崎】メディアが混乱に拍車をかけているところはあると思います。とにかく対決を煽る。というのも、新聞・テレビは経済的に困窮しているし、ネットは新興メディアでお金を稼がないといけない。だから、どこもかしこも煽情的な取り上げ方をする。ニュースを接する人に義憤を抱かせ、バッシングにつなげていく傾向があると思います。劇場型報道じゃないけど、悪者を設定してとことん叩く。今はその方法が最も引きが強いため、その方法でしか論じられないから、党派性に収れんしていくんだと思います。
その一方で、有名NPO代表や憲法学者、SNS発の社会運動の活動家の方など、支援者の振りをしつつ、自分の名声や金銭目的に活動する人たちも暗躍しています。実は、彼らは自分がビジネス目的ということは自覚できていない。その目的がバレるとまずいので、自分自身にさえ「それが目的ではない」と嘘をついているのです。そうして無意識のところに押し隠しているんですね。これが非常に問題で、人は自分の欲望を無意識の層に押し隠すと、かえって攻撃性が高まるんです。だから、彼らはとにかく攻撃性が高いことが特徴です。相手を追い詰めることに容赦がないから、とことんまで糾弾するし、周囲も煽ります。
――彼らは、表面的には弱者を救う「善意」の闘士、なのですよね。
【岩崎】その「善意」というのが、いつの時代も攻撃性の隠れ蓑になるんです。「地獄への道は善意で舗装されている」という言葉もあるくらいで。しかも、善意を隠れ蓑にその攻撃性を増長させていくと、彼らの意識と無意識とがどんどん乖離していきます。そうなると、やがて精神に深刻な不調をきたす。そうなると、もう暴走を止められません。そこからは、ヒトラーや麻原の領域で、改善方法はありません。なぜなら、無意識に抑圧された欲望というのは、本人に気づけないのはもちろんのこと、周囲から指摘されても受け入れられないからです。
また、経済的な理由というのは、実は大きい。ヒトラーも麻原も、儲けが傾いたときに攻撃に転じた。ですから、彼らが経済的に潤ったり、名声を得ている間は大丈夫なのですが、かといって彼らの今している暴力を是認するわけにもいかない。そのため、社会はもはや彼らと明確に線を引いて、その「善意」にはっきりと「NO」を突きつける必要があります。そうしないと、この先大変なことになる。
実は、これは多くの人が誤解していることですが、彼らがしていることは「モラハラ」です。「モラルハラスメント」とは、多くの人が大声を出したり暴力をふるったりするすることだと思っていますが、実は定義は全く逆。大声を出した人に「大声を出さないで」と注意することがモラハラなんですよ。「モラルを使って支配する」という意味です。実際、「大声を出さないで」という言葉には、強烈な支配力があります。
「モラハラ」という現象そのものを発見したフランスの精神科医、マリー=フランス・イルゴイエンヌの本『モラル・ハラスメント』には、ちゃんとそのことが書かれているのですが、日本では逆の意味で使われている。そのためか、この本は不人気で、日本では絶版になっています。モラハラの聖書ともいうべき本なのに、それが日本では無視されているんです。
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モラハラという禁じ手
――「モラハラ」が日本で逆の意味で使われているというのは、活動家がわざと逆にして広めているという側面もありますか?
【岩崎】いえ、そもそも彼らには理解できないのだと思います。例えば、「もっと家事を手伝って」とか、「親なら、もっとしっかりして」などと言うことが、「悪いことだ」という価値観が、まず理解しづらいんです。これを理解できる人は、今の日本ではなかなかいないです。モラハラの概念を理解するには、最低限の心理学的な知識を必要とします。心理学を学ぶと、ある種の言葉がいかに人を縛り、また人を病ますかということがよく分かります。しかし、それを知らないと、「モラル的に正しいことは何を言ってもいい」と直観的に感じてしまうので、誤解はなかなか解けません。
この誤解を解くのは本当に難しいですが、手がかりはあります。例えば、子どもがいたずらをする、悪さをする。その時に、過度な暴力を振るうことはもちろんいけませんが、昔はよくおしりを叩いていました。そうなると、子どもは泣いたり、逃げたり、反抗したりなどさまざまな反応をしますが、心理学的に言うと、実はこれが一番心に傷が残らない。その逆に、子供を心理的に追い込むのは、母親が泣いたり、もっとひどいときには仮病で寝込んだりすることです。
「あなたがいたずらしたから、お母さんは悲しい。気持ち悪くなっちゃた」と、泣きながら寝込む。すると子どもは、「大変なことになった!」と、それ以降ピタリといたずらしなくなります。こうなると、この先が地獄なんです。お母さんは、「この方法は効くんだ!」とそれ以降、あの手この手で子どものモラルに訴えかけるようになる。そうして、どんどん子どもを縛りつけるようになるんです。
こういう親は、最近は「毒親」と言われ、徐々にその問題性が明らかになりつつあります。毒親に育てられた子どもが深刻な精神的ダメージを被ることが、徐々に分かってきたからです。実は秋葉原連続通り魔殺人事件の犯人も、モラハラをされて育てられたと分かっています。ですから、そうした「毒親」の知識を手がかりに、まずはモラハラの怖さを知り、自分は加担しないし、している人がいたら止めさせる、という流れにしていきたいですね。
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――子どもの心理的なダメージは大きそうですね。
【岩崎】毒親にもいろんなパターンがあって、一口に説明できないところがもどかしいんですが、彼らの究極の目的は「逃げ道を塞ぐ」ということです。子どもを追い詰める。そうして支配するんです。その意味では、暴力も子どもを追い詰める手段になることがあって、これはもちろんいけません。しかし、例えばおしりを叩くというのは、むしろ親に対する反発心を持たせやすいんですね。その反発心が、子どもの逃げ場になるんです。
それとは逆に、親が泣いたり、寝込んだりしたら、子どもには反発しようがありません。また、モラハラの本当に怖いところは、子どももそうですが、それを見ている周囲も、また加害している親自身ですら、「悪いこと」とは理解できないので、誰も止める人がいなくなってしまうところです。そうして、継続し、エスカレートしていってしまう。実際、子どもは簡単にマインドコントロール下におかれてしまいます。その結果として、摂食障害やうつ病など、心理的なダメージを引き起こす。最近では、そういう報告が本当に多くなっています。
どんな人間でも生まれつき良心がありますが、それを利用して相手を支配するやり方は本当に効くんです。効くだけに、心理的負担が大きすぎる。モラハラは、それを使ったらおしまいだという、「ある種の禁じ手」であるということを、もっと周知していきたいですね。
自身が加害者と気づかぬ人たち
――まさに単独親権を唱えている人たちのやり方ですね。
【岩崎】単独親権を唱えている活動家の多くに、驚くほどこの傾向が見られます。「暴力反対」とか、「シングルマザーを守る」とか、「共同親権推進派は汚い言葉を使うから信用できない」などと言っています。あるいは、「自分はモラハラの被害者だ」と言っているのですが、その言動こそまさに「モラハラ」なのです。しかも、自分自身が加害者だということに気づいていない。
なぜモラハラがこれほど広まったかと言えば、日本には歴史的経緯があるんです。1980年代に、校内暴力や家庭内暴力が流行しましたが、このときは親も教師も、子どもたちを殴って躾ける事を試みました。しかし、それは全く効果がなく、批判も高まりました。そのことの反省から、90年代に入ると今度は逆に、一気に殴らない方針に針が触れた。そこで用いられたのが、モラハラです。そうして、90年代以降の教育者や親の間に、どんどんモラハラが広まっていった。これは、日本にとってきわめて不幸な出来事でした。
それを契機に、犯罪や不良は少なくなっていきましたが、代わりに引きこもりや、うつ病などの心の病を抱えた人たちが増えて、その人たちがまた親になって、子どもを同じように縛る……というモラハラの連鎖も起きています。
――その連鎖を断ち切るには、どんなところに打開策があると思われますか?(#3につづく)