子どもが「会いたくない」と言ったなら

「子どもが反発しているというのに、会わせろというのですか」

 長野地方裁判所飯田支部1号法廷で、7月19日にぼくが訴えた損害賠償裁判の口頭弁論が開かれた。昨年8月に子どもたちの暮らす千葉県習志野市の駅前で下の子に会って以来、月に1度4時間という、裁判所が決めた面会交流の取り決めが守られていない。そこで、今年の頭に元妻とその夫、2人の弁護士に債務不履行と一連の面会交流妨害の精神的損害をあがなってもらおうと飯田地裁に本人訴訟で提訴した。飯田の丘の上の一画を占める飯田の裁判所に傍聴できる法廷は2つしかない。この日は、裁判官と書記官、被告側弁護士、ぼくと友人2人の傍聴人で計6人がガランとした法廷に散らばっていた。

「そういう質問はよく受けるのですが責任はありますよ。娘もあの年ですから、父親に反発するのは当たり前です。うちの娘はよく育っていると思いますよ。ぼくは親の言うことを聞くように育てた覚えはありませんから」

 娘は今年高校一年生になった。一年前までは月に一度駅前交番前の待ち合わせ場所で会うと、ぼくに悪態をついていた。「一生会わない」とか「お前なんか父親じゃない」とかいろいろぼくが傷つくことを言ったりしていた。年相応とも言える。ちなみにうちの母親は「お父さんは充はおれの言うことは聞かん、と言っちょるわ」と父のぼやきを電話口で言っていた。

「現在並行して行われている間接強制と面会交流の審判の進行も教えてください」と裁判官。

「間接強制は即時抗告しました。面会交流の審判は来週が第1回目です」

 間接強制というのは、裁判所の決定の不履行に対して、制裁金を課して履行を促す手続きで、面会交流の調停は、昨年、元妻側が子どもを引き離した上で「手紙のやり取り」という形で実質会わせない調停を立て、ぼくが「話し合います」と言っているのを無視して、なぜか申し立てた側の意向で審判に移行した。間接強制の裁判は負けて、「子どもが拒否しているので履行不能」という決定が一審で出ていた。

「審判でも子どもの意向調査をするかもしれませんが、その結果を待って進行したらどうでしょうか」

「娘は反発しているわけですから、それはフェアじゃなくないですか」

「お子さんの真意を確かめなくていいですか」

「何回も娘は裁判所で聞き取りされていて、今さら真意なんて言わないでしょう。それに娘は反発していてそれについて原告と被告では意見が一致しています。ぼくは反発するに至るまで、被告側がその意思形成にかかわったということを損害として訴えているわけですから」

 この裁判に至るまで、4回ほど、面会交流の調停・審判をしていて、その度に娘は調査官に聞き取りをされている。「パパと会うのは楽しい」と言っても、その意向は無視されて10年経っても月に1度4時間の時間しか元妻側に指示しない。何を今さら。「会いたくない」という意向だけが尊重される。

「Nさん(元妻の夫)が面会交流の場に来たりすることでしょうか」

「今も子どもの自宅を安否確認で毎月訪問しますが、居留守使ってますよ。それに子どもが嫌がっているから今後ずっと会わせないと言ってよこしたんですよ。そんなことあるんですか。履行勧告のときに調査官と話しましたけど、裁判中だから対応できないそうです。つまりやろうと思えばできる。娘の意向とは別の判断が被告側にはあるわけでしょう」

 元妻の夫はぼくの友人だったが、毎回面会交流の場に現れて近くから監視していた。子どもに録音させて、そのテープ起こしを証拠として出してもいる。

 娘が待ち合わせ場所に現れなくても、毎月長野から千葉に通って自宅まで訪問し、ピンポンを鳴らし、上の子も合わせて2人分の手紙を投函して帰っている。今月は窓が空いてカーテンが揺れていたので、居留守は明らかだった。もちろん、娘が「会いたい」と思っても、母親たちの意向を考えればそんなことは不可能だった。そんなわけで今後ずっと会わせないと通告してきた、母親の審判の代理人2人も訴えた。母親側の代理人は、森公任と森元みのりという森法律事務所のボスとナンバー2だった。森のほうは東京家庭裁判所の調停委員をしている。

ぼくが子どもと引き離されたころは、離婚事件をする弁護士の数も限られていた。この10年でぼくたちが子どもを確保して引き離し、親権と金をとるという弁護士たちの手口を紹介してきたおかげで、イージーさが知れ渡ったため弁護士たちはネットで宣伝してこの分野に大量に進出した。おかげで森事務所はビルが建っている。よく子どもと引き離された親の相談を受けると、相手の弁護士として度々耳にするのがこの2人だ。

 結局、審判の進行の報告を被告側は報告するということで、審判とは関係なく進行することになった。

「求釈明へのお答えはないということでいいですか」

 元妻側は、上の子も含めて養育費を受け取っていながら子どもの進学先を秘匿している。下の子は学区の公立学校に通わせないということまでしていたので、あえて事前に聞いた。

「この手続きで開示することはありません」

 と担当の佐多茜弁護士が答えていた。

 この間、「共同親権」という言葉の認知度は以前より高まった。「卓球の愛ちゃん(福原愛)」が台湾人の夫と共同親権で離婚したので、トレンドワード入りしている。雑誌ベリーのモデルの牧野紗弥が夫とペーパー離婚して別姓にしようとし、その過程で共同親権を主張しているのも話題になっている。女性学の上野千鶴子に触発されて、別姓にしようとしたら、それでは親権がなくなって将来子どもと会えなくなるかもと夫が心配して、そこではじめて婚姻外で共同親権じゃないのはおかしいと気づいた。

 この件について知っていたアウトドア誌の編集長に「ほんと共同親権じゃないのおかしいですよね。宗像さん書きませんか」と言われたのはうれしいけど、アウトドアとどう関連付けていいのか、ぼくのほうが戸惑ったりするぐらいの知名度はあるようだ。

もともと家父長制から、男女平等憲法で婚姻中のみ共同親権になったのが、男の子育ての少なさを批判する側が今度は婚姻外は例外と言っているんだから。

やたら「ジェンダー平等」と書いた看板をあちこちに立ててる共産党が、赤旗紙で共同親権反対の論説を載せたので、リニアで知り合いの本村伸子議員(ジェンダー平等の担当者)に面談のお願いをしたら無視された。ぼくは共同親権訴訟の原告だ。「ぼくたちの訴訟が負けたら日本共産党は喜びますか」と聞いて、共産党の全国会議員向けに責任者との面談を求めるファックスを送ったら、「追ってジェンダー平等委員会から返事する」という回答が来た。その後面談拒否と連絡してきた。その間、「ジェンダー不平等政党日本共産党都議選候補を落選させよう」というコラムを、自分のブログで5回続けて書いたら読んだようだ。

別居親の運動が盛り上がると、毎度決まってしんぐるまざあずふぉーらむの赤石千衣子さんたちが、別居親はDV、危険とメディアや議員に働きかけ、今回は東京新聞と赤旗が乗った。東京新聞は「虐待で離婚 元夫が息子の”ストーカー”に」という小見出しを振って記事を作っていた。

今争っている損害賠償裁判では、元妻や夫がぼくに「つきまという」「ストーカー」と子どもの前で述べたことを名誉棄損で訴えている。他人がこういう言葉を子の親に使えば名誉棄損になりそうだ。子どもの前で罵倒され、恨みを買うだろうという想像だにせず、別居親、わけても男親なら新聞もヘイトをためらわない。それだけ母親が子どもを見るのが当たり前というジェンダーバイアスは強い。学校ならいやな先生がいても行くように言う。しかし相手が親だと「子どもの意思」が尊重される。そして子どもの意思で親に子どもを捨てさせる。

今さら役人裁判官がまともな判断をできるなんて期待できないのは知っている。「パパ遠くから来てくれてよかったね」と言ってくれる人が、娘の周りにはこの13年間誰も現れなかったのかもしれない。味方がいるよと子どもたちに伝える手段が、裁判や家に行ったりすることというにすぎない。

(2021.07.23、「越路」23号、 たらたらと読み切り163 )

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