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オリンピック国立競技場前で始まるもう一つの命がけの戦い
栗田路子 ライター、ジャーナリスト
2021年07月11日
実子連れ去り
わが子に会いたい――ただそのために、命を投げ出そうとしている父親がいる。ヴィンセント・フィショ(39歳)、日本在住15年のフランス人、野村証券のエグゼクティブ・ディレクターとして株などのセールス・トレーディングを担当してきたエリートだ。
2018年8月10日、日本人の妻に子ども達を連れ去られ、以来、日本で、警察にも、司法にも、政治にも、マスコミにも、できる限りの手を尽くしてきたが、二人の子ども達とは引き離されたまま、一度たりとも面会さえできていない。
その彼が、東京オリンピック国立競技場の前で、ハンガーストライキに入った。ドクターストップも受け入れない命がけの勝負だ。開会式の23日まで、生きていられるかどうかもわからない。
「パパはここにいる。大好きだよ。」もうフランス語がわからなくなってしまっているであろうわが子に語り掛ける時、彼の声は涙声になる。一目会いたい。遊んでやりたい。オリンピックの華やかさに気を取られる日本社会は、世界標準ではごく当たり前な、子どもが両方の親と会う権利を求める、一人のフランス人パパの命を見捨てるのだろうか。
DV男? 不良ガイジン?
拡大五輪開会式場に最寄りのJR千駄ケ谷駅前でハンストに入ったフィショ氏=2021年7月10日 ©Vincent Fichot
取材を通じてフィショ氏と知り合ってから1年以上が過ぎた。日本人の配偶者(多くは妻)に子どもを連れ去られた外国人(多くは夫)の話を、あまりにもよく聞いてきた筆者は、2020年2月、欧州連合の議会に訴え出た4人の当事者(フランス人、ドイツ人、イタリア人2人)に興味を持った。彼らは日本で警察、司法や国会議連、マスコミなどに、あらゆるアクションを尽くした後、欧州人として知恵を絞り、欧州議会の嘆願委員会に訴え出たのだ。日本が、自ら批准している国連の「児童の権利条約」(1989年、日本批准は1994年)を無視し続け、子どもの基本的権利を侵害していることを強く非難し、速やかな改善を要求する決議を2020年7月に採択させた。その一人がフィショ氏だった。筆者は仏語読みでヴァンサンと呼ぶ。
てっきり欧州にいるのだろうと思った。ところが、日本の永住権を取って日本に住み、誰もが知る優良企業でしっかりした役職にある親日家だった。「さっさと奥さんと別れて、本国に戻り、第二の人生を歩み始めれば?」と、うかつに尋ねた筆者は意表を突かれた。
「自分と妻がどんなに折り合わなかったとしても、子ども達には母親が近くにいることが大切。慣れ親しんだ日本の環境から無理やり引き離すのは子どものためによくない。子どもたちが母親とも父親とも親しい関係を育むことができるように、ここで頑張る。」
俗に誰もが勘繰るような「無責任な不良ガイジン」とは違う。子どもを連れ去った妻から、「自宅内に監禁された」としてDVで訴えられたが、その間も外食したり買い物したりしていたカード明細、SNS、写真などの証拠を集めて、法廷でその嫌疑を晴らし、裁判ではDVがあったと認定されることはなかった。フィショ氏の顧問弁護士で代理人でもあり、自らも連れ去られ被害者の上野昇弁護士(東京弁護士会)によれば、日本で毎年家裁に持ち込まれる20万件ほどの離婚案件の7~8割は夫によるDVを理由にあげるが、実際にDVがあったと認められるのは約1割でしかないのだという。
話を聞けば聞くほど、フィショ氏は理性的で誠実な人物だった。その思考や行動は、今日の国際的な「基本的人権」「子どもの権利」「法の支配」といった理念に貫かれていた。そして、皮肉なことに、それこそが今の日本でどうしようもなく空回りする理由なのだった。
警察は「子どもに会おうとすれば逮捕する」
夫婦喧嘩などで、片方の親が、独断で子どもを連れて逃げ隠れてしまうことは、日本の社会通念では「よくあること」だ。日本の政府用語では「子どもの連れ去り・奪取」などと言われているが、英語ではアブダクション(Abduction)。日本が北朝鮮による日本人連れ去りに使っている語彙と全く同じで、国際的にはりっぱな「拉致・誘拐」だ。
日本では、連れ去った側が実家に帰ったり、新しい住処を構えたりしてしまえば、そこが新しい屋根の下となるので、連れ去られた側が子ども会いたさに踏み込めば「家宅侵入」と見なされると説明してくれたのは、前述の上野弁護士だ。だから、日本では『連れ去った者勝ち』が横行する。
ある日、誰もいなくなった自宅に戻ったフィショ氏は、防犯カメラに映っていたこんな映像を見て仰天した。日中留守宅に戻ってきた妻は、車でガレージに乗り入れ、なんとそのトランクに生後11カ月のわが子を
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