海外から非難轟々…単独親権制度「連れ去ったもの勝ち」の実態

https://life.gentosha-go.com/articles/-/6532

論説
高橋 孝和
2021年7月10日
海外から非難轟々…単独親権制度「連れ去ったもの勝ち」の実態

共同親権が日本を救う【第2回】

共同親権が日本を救う

愛する家族と交流できる当たり前の社会を目指して。

毎年約12万人の親が親権をはく奪され、その多くが子どもと生き別れになるという、世界に類を見ないガラパゴス社会・日本―――。

なぜ自分の子どもに会うことすらできないのか。

離婚後の養育の在り方や現行制度の課題を提言。
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海外から非難轟々…単独親権制度「連れ去ったもの勝ち」の実態

本記事は、高橋孝和氏の書籍『共同親権が日本を救う 離婚後単独親権と実子誘拐の闇』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。
子どもの連れ去りが頻発

我が国では一方の親が、親権獲得を目的として身勝手に子どもを連れ去り、他方の親との接触を遮断してしまっても、事実上何の罪に問われることもありません。むしろ家庭裁判所は多くのケースにおいて、事件処理の運用上、子どもを連れ去った者に対して、結果的に単独親権を付与しています。これがいわゆる「子どもの連れ去り問題」です。

しかも不思議なことに、最初の「連れ去り」が罪に問われた事例は恐らく皆無であるのに対し、そこから再度「連れ戻す」行為については、有罪判決が下ったり、あるいは起訴猶予となったものの逮捕はされたり、といった事例が見られます。

合理的根拠・法的根拠がかなり曖昧であるにもかかわらず、こうした実態についてだけは幅広く知られているため、一般的に多くの当事者は、「最初の連れ去りは事実上何のお咎めもなし」「その後の連れ戻しは逮捕・有罪の危険性あり」という認識で行動しています。

一方で、以上のような実力行使がない場合でも、同居親が子どもを非同居親に会わせないようにしたり、子どもが自ら「会いたくない」と言うように精神的プレッシャーをかけるという、いわゆる「親子の引離し問題」についてもよく聞かれます。

以上については、この問題に関わったことがある人であれば、概ね誰でも知っていることです(詳細は、はすみ(2020)等参照)。また、こうした実態は海外に広く知れ渡っており、我が国は世界中から非難を浴び続けています。このことについて一般的にあまり知らないのは、我々日本人だけです。

以上に対して単独親権論者は、このような事実の存在を、躍起になって否定します。「子どもの連れ去り問題」に関する、弁護士の斉藤秀樹氏による主張を見てみましょう(斉藤(2019))

●裁判所が(中略)別居時に子を連れ去り、現在に至るまで生活を共にしているからという理由だけで、親権者を判断している事案はない

●少なくとも代理人に弁護士が就任している事案で、親権争いに備えて、まず子を連れ去りなさいというようなことをアドバイスすることはあり得ない。親権に関する裁判所の判断基準を正しく理解すれば、「連れ去ったもの勝ち」(中略)「実子誘拐」「子の実効支配」などという批判が的外れであることは、当然のこととして理解できるからである

●一般には、(中略)特に監護の実績、主たる監護者が重要視され、また、子の年齢が上がるにつれて子の意思・子の希望も重視される

●監護の実績とは監護の継続性とも言うが、別居後の監護のことだけをさしているのではない。(中略)子が生まれてから(中略)現在に至るまで、誰が子の主たる監護者であるのかに着目して判断しているのであり、別居時に子を連れ去ったからといって、監護の継続性が認められるわけがない

●別居時のバタバタした状況で子を奪取したからといって、そのままの関係が尊重されるほど、裁判所の判断は安易ではない。連れ去ったもの勝ち、実子誘拐などという言説はこうした家裁実務を無視するものであり、不適切な見解と言う他ない

まず、分かりやすい点から指摘しておきます。以下では、弁護士による著作を3点見ていきます。まず、中村(2005)です。 

「別居に際して、子供を連れていくか、どうしようか。離婚になるかどうかはまだ確定的でなくても、もし離婚になったとき子どもを引き取る気持ちがあるなら、迷わず連れて出よう。(中略)夫や夫の親の言葉を真に受けて家を出て、「元気になったら子どもは渡してやる」という言葉を信じてそのつもりでいたら、それっきり子どもの親権は取れなくなった女性もいる」

また、財団法人日弁連法務研究財団(2007)は、冒頭の「はしがき」で以下のように述べています。

「実務家である弁護士にとって、親権をめぐる争いのある離婚事件で、常識といってよい認識がある。それは、親権者の指定を受けようとすれば、まず子どもを依頼者のもとに確保するということである。そのうえで、相手方(中略)にいかに問題があるかについての主張立証を尽くすということになる」

さらに大川・辻(2012)は、「ポイント」として「親権を譲りたくないときは、必ず子どもを連れて別居する」と指南しています。

従って、「代理人に弁護士が就任している事案で、親権争いに備えて、まず子を連れ去りなさいというようなことをアドバイスすることはあり得ない」というのは、極めて信憑性が疑わしい主張です。

では、それ以外の点についてはどうでしょうか。実は、誤りであるのは「連れ去ったもの勝ち、実子誘拐などという言説は、(中略)不適切な見解と言う他ない」という部分のみであって、それ以外は、概念論としては概ね間違っていません。

しかし、実務において一番問題となるのは、両者の「これまでの監護実績」について、明確な証拠を持って議論するのが困難であるケースがほとんどであるということです。調停の場では、両者による「これだけ頑張ってきた」というアピール合戦で水掛け論に終始し、結局は「子を連れ去った側が、現在監護中である」という事実を判断基準にせざるを得ない(あるいは、事実上そうしたとしか思えないような)ケースが多数見られます。

これが、世に言う「連れ去ったもの勝ち」の実態です。厳密には、「連れ去りさえすれば、必ず親権を獲得できる」とまでは言えないのは確かです。しかし、「連れ去りをすれば、親権争いにおいて大幅に有利となり、少なくともマイナスは何もない」「自分がやらなければ、相手にやられてしまう可能性が高いというゲームのルールになってしまっている」というのはまず間違いのないことです。

そもそも、仮にこれまでの監護実績が「60:40」であると評価可能だとして、なぜ前者を単独親権者にしなければならないのでしょうか(話のスタートが「60:40」であるのに、結論はなぜか「100:0」)。

また、こうした比率は将来いくらでも変わり得るのに、なぜ将来にわたって「原則的に100:0のまま」で固定しなければならないのでしょうか(万が一親権者変更になれば、今度は「0:100」)。主に監護実績に基づいて「単独親権者」を決定するという枠組み自体が、正当化困難であると言わざるを得ません。

以上について、具体例に即してもう少し見てみましょう。例として、妻が夫の元から子どもを連れ去ったとします。また、日本の一般的な家庭と違い、これまで主に子どもの世話をしてきたのは夫であるとします。この場合は斉藤氏が言う通り、仮に最終的に裁判になれば、家庭裁判所が妻を単独親権者とする可能性は高くないかもしれません(仮に監護実績について立証可能であれば、ですが)。しかし、問題はこの先にあります。

この状況で妻は、「自分を単独親権者として離婚したい。親権を取れないのであれば、当面離婚はしない」と主張することができます。妻は同時に、夫に対して高額の婚姻費用を請求して、「離婚に応じないのであれば、婚姻費用を払わせ続ける」という作戦を採ることができます。

また、(事実であるかどうかにかかわらず)「夫のDV」を申し立てることで、親権争いを有利に進めることもできます。こうなってしまうと多くの場合、夫が現実的に採り得る選択肢は、妻が提示する条件を丸呑みして、早急に離婚に応じることだけになってしまいます。

「とにかく離婚には応じない」という選択肢もありますが、そうすると全く関係修復の見込みがない相手に、高額の婚姻費用を払い続けることとなり、多くの場合、先に経済生活が困難となります。また、婚姻費用の支払を継続したところで、今後子どもに会えるようになる保障が得られるわけでは全くありません。
※本記事は、2021年5月刊行の書籍『共同親権が日本を救う 離婚後単独親権と実子誘拐の闇』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。

11か月前