「夫婦別姓」と「子の氏」 後藤 富士子

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2021年2月

弁護士 ・ 後藤 富士子
1. 離婚後は「選択的父母同姓」

戸籍法第6条は「戸籍は、市町村の区域内に本籍を定める一の夫婦及びこれと氏を同じくする子ごとに、これを編製する。」と定めている。だから、夫婦と子は同じ「氏=姓」になる。これが「入籍」という現象である。そして、婚姻時に夫の氏を称するために96%の女性が改姓しているという。

一方、離婚の場合にどうなるか。戸籍の問題では、まず改姓した妻が夫を筆頭者とする戸籍から出ることになり、自分を筆頭者とする単独の戸籍を編製するのが一般的である。氏は旧姓に戻ることもできるが、離婚時の氏を続称することもできる。民法改正前は、必ず復氏しなければならなかったが、離婚に際し子の親権者になるのは母が多く、必然的に子の氏も変更しなければならなくなる。子どもが小学校高学年以上になると、氏の変更は両親の離婚を世間に周知させるようなもので、そのために不登校になった子もいる。そこで、子の福祉に配慮して、「離婚の際に称していた氏を称する」ことができるようになったのである(民法第768条1項、2項)。すなわち、離婚の場合、原則は「父母別姓」であるが、選択的に「父母同姓」が民法で認められている。とはいえ、父の氏と母の氏が同じでも、戸籍の上では、子は「父の氏」から「母の氏」に変更することになり、「氏の変更」の家事審判が必要となる。 なお、「親権」と「氏」の問題は、戸籍上は別個の問題である。改姓した母を親権者として母が旧姓に戻る場合でも、子を父の戸籍に残しておくことはできる。戸籍の子の欄に「親権者:母」と記載されるが、「氏」を同じくする父の戸籍に残るのである。

ところで、離婚による絶対的単独親権制は、子を巡って離婚紛争を熾烈で消耗なものにしている。そして、親権を失う親(多くの場合、父)は、我が子との繋がりを法律によって断ち切られる辛酸をなめさせられる。さらに、そこでも「子の氏」が最後の決定打になる。婚姻により96%の女性が改姓しているというから、離婚により氏を変更するのは母親が圧倒的に多い。父は、子の親権が取れなくても、子と十分な交流ができれば、親として実質的な繋がりをもてる。これに対し、生まれた時から父の氏を称していた子が、離婚によって母の氏に変更されると、親子の絆を断絶されたように感じるのは無理もない。他方、子どもにしても、生まれたときからの氏を変更するのは、父との絆を喪失するように感じるのではなかろうか。もし、単独親権者となる母が「離婚の際に称していた氏を称する」ことにすれば、離婚によっても、離れて暮らす父と親子の絆を維持できるという精神的な癒しを得られる。
2. 韓国の「父姓優先主義」

新聞報道によれば、2020年5月、夫婦別姓の韓国で、子どもの姓をめぐる「父姓優先主義」の廃止が問題になっている。韓国法務省傘下の「包括的家族文化のための法制改善委員会」は、子どもが父親の姓を名乗る「父姓優先主義」を廃止するため、家族関係登録法などの関連法を迅速に改定するよう法務省に勧告したという。これに対し、法務省は「関連法制の改善案を用意し、女性や子どもの権利・利益の向上と、平等で包括的な家族文化の構築に向け努力する」と応じた。

韓国では、2005年に男性が絶対的に優先されてきた戸主制が民法から削除された。その際、子どもの姓については父親の姓が優先されるのが原則で、例外として夫婦が結婚の際に合意すれば母の姓を名乗ることができるという但書が設けられた。今回の委員会勧告では、原則である「父姓優先主義」を廃止して、例外であった「夫婦の話合いで子どもの姓を決定する」ことを法定するものである。

こうしてみると、「夫婦別姓」と「戸主制」は両立することが分かる。すなわち、「夫婦同姓」は、家父長制の名残というよりも、専ら戸籍制度の問題といえる。「戸籍」というからには「家の籍」である。そして、「選択的夫婦別姓」は、これを打破する力を持たない。のみならず、「家の籍」に入籍するだけのことである。夫婦別姓の韓国で2005年まで民法に「戸主制」があったことを思うと、日本国憲法第24条に基づき「戸主制」が廃止された日本で未だに「夫婦別姓」が原則にならないのは不思議である。

とはいえ、韓国で「父姓優先主義」を廃止した場合に、「子の姓」がすんなり決まるか疑問である。それこそ、父か母のいずれかの姓を父母が選択するのだから、日本の婚姻時に夫か妻の姓を選択しなければならないのと同じであろう。
3. 「夫婦別姓」は「事実婚」から

婚姻時に夫の氏を称する結婚をし、父の氏を称する嫡出子を生みながら、離婚時に単独親権者となり、幼い子の氏を自分と同じ氏に変更する母は少なくない。しかし、韓国の例をみれば、「夫婦別姓」でも「子の氏」をどうするかが最大の難問になることが見て取れる。生まれた子の氏について「婚姻時に決めておく」制度では、子の意思が入る余地はないうえ、果たして夫婦で「決める」ことができるのだろうか。

朝日新聞2021年1月24日のフォーラム「夫婦の姓、どう考える」で、モデルの牧野紗弥さんは、法律婚から事実婚に切り替え別姓にする準備を進めているという。仕事は旧姓、結婚11年で10歳、9歳、5歳の子がいる。法律婚で姓を変えたことが「夫と対等ではない、所有されている感じ」になっているのではと思うようになった。ジェンダーギャップを「知らない」という環境を家庭から変えたい、「自立し、しなやかな意思を持ち行動する」母でありたいと、家族に別姓を提案。子どもたちは当初、「法律上は離婚となる」ことへの不安を口にした。生活スタイルは変わらないこと、「ママはアイデンティティーである旧姓を名乗りたい」こと、戸籍の仕組みも繰り返し説明した。上の2人には判断する力も、権利もあるとして、自分で姓を選んでもらうという。根底にあるのは「家族は個の集合体」という観念で、自分の考えは共有するが、押しつけない。子どもには自分の足で歩いていける大人になってほしいと願っている。

結婚前の「姓」をアイデンティティーというなら、それは国家や法律に庇護してもらうものではないと思う。むしろ、現行法制度に反逆する「自我」がなければならない。「事実婚」は、「子の姓」の問題を夫婦がどうやって決めていくのかを試される。その積み重ねによって、真に自律的で豊かな夫婦・親子という家族が実現されるのではなかろうか。

3年前