法務省民法(親子法制) 改正中間試案のうち 「親権」改正意見書

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後藤 富士子
2021年4月

弁護士 ・ 後藤 富士子
【具体的改正私案】

民法第818条1項の「父母」を「両親」に改め、第3項を削除する。
民法第819条を削除する。
民法第820条を第1節総則に置き、次のように改める。
子の養育及び教育は、両親の自然の権利であり、かつ、第一次的に両親に課せられる義務である。
国は、両親の活動を監督する。
民法第821条を次のように改める。
両親は、その協議で、子の居所を指定する。
前項の協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所は、両親の一方又は双方の請求によって、協議に代わる審判をすることができる。
前2項による居所の指定は、両親の親権及び監護権の効力に影響しない。
民法第822条を削除する。

【理由】
第1 「親権」の法的意義を明示する必要性

現行法では、「親権」という概念の法的意義について、正面から規定した条文はない。民法第4編第4章親権第1節総則の第818条1項に「成年に達しない子は、父母の親権に服する。」とされていて、「親権」の法的意義は明示されていない。
一方、第2節親権の効力として、第820条監護教育の権利義務、第821条居所指定権、第822条懲戒権、第823条職業許可権が定められているところから、「親権」の法的意義を推定するほかない。
しかしながら、「親権の効力」から逆算して「親権」の法的意義を確定することは、論理的に倒錯している。まず「親権」の法的意義が定められ、それから効力が導き出されるというのが、一般的な法律の構造である。したがって、「親権」の法的意義の明示は、根本的で本質的な課題である。
第1節総則の2箇条では、①第818条3項で婚姻中は父母の共同親権とされ、②それ以外(未婚、離婚)は父母片方の単独親権(819条)とされている。
しかしながら、父母両方が実在するのに、なぜ離婚や未婚で単独親権になるのか、法体系的に説明がつかない。すなわち、「成年に達しない子は、父母の親権に服する」という原則が、非嫡出子や父母の離婚で「成年に達しない子は、父又は母の単独親権に服する」と変容されることの法的正当性はない。この点は、親権に服する未成年子にとってだけでなく、未成年子の親にとっても、片方が親権を取得できなかったり、喪失させられるのはなぜかを説明できない。さらに、説明できないのみならず、子にとっても、親にとっても、憲法第14条の規定に明らかに違反すると思われる。
具体的にも、離婚後の監護に関する事項について定めた民法第766条では、単独親権制によって親権者でなくなった親の、養育費支払義務や面会交流、監護者指定などについて規定しているが、養育費支払や面会交流、監護者指定などは、いずれも第820条の子の監護および教育に関するものであるから、「親権者でなくなる」ことと両立しない。これらは、「親権の効力」として説明できないため、「親としての当然の権利または義務」と説明されることがあるが、全く法律らしからぬ論理である。
換言すれば、未婚や離婚の場合も、法律上は、あくまで「成年に達しない子は、父母の親権に服する」との原則が貫かれ、個別的に不具合があれば、他の条文で修正していくのが、「法の運用」の常道である。たとえば、第818条3項但書には婚姻中でも単独親権が認められる場合を規定しているし、親権・管理権の辞退(837条)、親権の喪失・停止(834条、同条の2)、管理権の喪失(835条)の規定もある。
そこで、現行法の改正の方法としては、まずもって第818条3項と第819条を削除することである。
そのうえで、第820条を「子の養育及び教育は、両親の自然の権利であり、かつ、第一次的に両親に課せられる義務である。国家は、両親の活動を監督する。」というドイツ基本法第6条2項のような規定に改める。ちなみに、日本国憲法にこのような規定がないことからすると、親と国家の関係や国の後見的役割が民法に明記されることは重要である。そして、この規定は、親権の効力というより、親権の法的意義を定めるものであるから、第1節の総則に置かれる。
なお、同性婚が問題になっている時代状況に照らし、「父母」を「両親」に改める。
第820条が親権の法的意義を定めた総則規定になると、親権の効力としての懲戒権を定めた第822条「親権を行う者は、第820条の規定による監護及び教育に必要な範囲内でその子を懲戒することができる。」との規定は維持できなくなる。
そもそも「懲戒」というのは、懲らしめの趣旨で子に不利益を与えたり、権利を剥奪したりする行為を意味する。しかしながら、総則となった第820条は、懲戒を必要とする監護・教育を想定していないと解すべきである。
したがって、第822条は削除を免れない。

第2 離婚と親権・監護権について

現行法でも、離婚前は父母の共同親権であるが、離婚後は、父母のどちらか一方の単独親権になる。そのために、離婚紛争が「子の連れ去り別居」で始まり、離婚後の子の監護に関する事項について定めた民法第766条が類推適用ないし準用されて、婚姻中でありながら、父母のどちらか一方が「単独監護者」に指定され、それを根拠にして、共同親権者間で「子の引渡し」の保全・本案審判がされ、強制執行がされる。
それが執行不能になると人身保護請求である。親権停止や喪失という家裁の処分もなしにただ家裁の監護者指定審判に基づき「違法な拘束」とされる。 このような現実の実務運用は、親権について法的意義が規定されていないことに起因する、司法の恣意的権限行使というほかない。すなわち、「単独親権制の離婚前への前倒し」は、「法の支配」を逸脱する無法状況を生み出すのである。
この関係でも、民法第821条の居所指定権について、明文改正が必要である。
現在の実務運用では、面会交流事件において、共同親権に服している子を連れ去った親を「監護親」とし、子を連れ去られた親を「非監護親」として、面会交流が認められるのは「非監護親」であることが根拠とされる有様である。そして、面会交流は、子と非監護親との間で認められるものであって、非監護親の親族(たとえば祖父母、おじ・おば、いとこ)との交流は法的問題として俎上に載りさえしない。他方、監護親の親族は全く自由に子と交流できるうえ、監護親の交際相手すら、まるで非監護親に代替する存在であるかのように交流させている例もある。しかも、それが明らかになることは稀である。「DV」を口実にすれば居所秘匿が公的に認められて、実際の居所は不明になる。そうすると、裁判所に係属する手続がなくなった場合、居所不明となった相手方を当事者とする法的手続をとることができなくなる。こうして、裁判所が親子断絶(生き別れ)を推進するのであり、その不正義・理不尽は筆舌に尽くし難い。
そこで、離婚後も共同親権となることから、居所指定は両親の協議によること、協議が成立しないときには家裁の審判によること、そして親権や監護権の効力に影響がないことを明文化することが必要である。そうすれば、実務でも「監護親/非監護親」という法規範的な区別ではなく、「同居親/別居親」という事実的な区別になる。
なお、実際の「DV」事案の場合、保護命令や親権停止などの適切な法的手続による救済が図られるべきことは論を待たない。むしろ、離婚後単独親権者となった若い母が幼い姉弟を餓死させた大阪の事件や、父母が離婚しないで共同して虐待死に至らせた船戸結愛ちゃん事件などについて、司法は深刻に受け止め、再発防止のために必要かつ効果的な法改正を図るべきである。親に「子の利益のために」とか「子の人格の尊重」を条文で説教することによって、国家の親に対する監督に代えようとすることは欺瞞というほかない。ちなみに、冒頭の改正私案は、そのことを意識したものである。

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