娘は自分の実子ではないかも!?
残念ながら、タッキーの連れ去りはその後、夫婦の歩みよりだけでは解決される問題でもなくなってしまった。
数年間別居が続いた後、娘が自分の実子ではないという疑惑が濃厚になったからだ。
連れ去られた当初、タッキーは自分に残された手段に訴えて娘に会おうとした。
まずは娘の通っている学校の校長先生に電話をかけて事情を説明し、娘に会わせて欲しいと相談した。
そして、面接で会った印象と電話の話ぶりからはとてもDVとは思えないという判断の元、娘との再会に同意を取り付けることができた。
しかし、その夢にもみた再会が実現する直前、父親との面会を拒否するようにという請求書が妻の弁護士から学校に送りつけられ、学校を通して娘に会うという道が閉ざされた。
学校として会わせられないのならば学校の外でなら会えるかもしれない。
タッキーは仕事を休んで校門の前で娘の姿を探した。
しかし、娘は毎日構内まで車で送迎をされているらしく、数週間を経ても不法侵入をせずには娘の姿すら見られないことが確認できただけだった。
それからというもの、思いつく合法的な手段を尽くしたのにも関わらず、愛娘に会えない状態が数年続く。
そしてある日、タッキーは自分の親の言葉にハッとすることになる。
「親の立場からすると、子供を育てる上で父親に全くあわせないのは信じられない」
この言葉をきっかけに、妻が「自分の父は酷い人間で良く母を泣かしていたけど、それでもインターナショナル・スクールのイベントに来てくれた時は嬉しかった。」と言っていたのを思い出したのだ。
そんな経験をしたのにも関わらず、娘を実の父親である自分には全く会わせてくれない。
その上、奇妙なことに妻は離婚については一切口にせず、連絡が滞ってから支払うのを止めた生活費も全く請求して来る様子もない。
娘が生物学的な子供であるかどうか、は法的には関係ない
娘が自分の子供ではないのかもしれない。そんな疑念が湧いてしまった時、タッキーは確認をせずにはいられなかった。
妻が使っている自分名義の健康保険を通じて、娘がいつ、どこの病院に行ったのかを探り、それらの病院に手当たり次第電話をかけて娘の痕跡を追った。
そして、足を縫うようなケガを治療したという病院を見つけると娘の血液型を確認するべくカルテを請求した。
だがこの時も、情報開示の前に妻の弁護士から病院にストップが入り、知りたい情報を得ることはなかった。
暫くして妻の弁護士から何を調べているのかという問い合わせがきたので、別段隠すこともなく「自分の子供である確証を持てなくなったので調べている」とタッキーは返事をした。
それに対する反論はなく、それ以後は一切の連絡が途絶えた。
実は、娘が生物学的な子供であるかどうかというのは既に法律上は関係がない。
というのも、日本には嫡出推定という制度があり、婚姻の成立から二〇〇日後、離婚後三〇〇日以内に生まれた子供は夫婦の嫡出子であると推定されるからだ。そして、子供の出生を知ってから一年以内に嫡出否認を提起しなければ、その後自分の実の子供でないと知り得たとしても嫡出子である事はもう変えられない。
つまり、連れ去られた時点で既に三歳だった娘は、例え妻が浮気をしてできた子供であったとしても、タッキーの嫡出子として扶養義務が発生する。
「実子誘拐」という本に一部執筆した弁護士の古賀礼子先生によると、この嫡出推定という制度は、DNA検査が無かった時代、はっきりした証拠がない限りはその家に生まれた子供ということにすれば子供も飢える事がないという発想から来ているという。
そのため、婚姻関係にあって生まれた子供であれば、時間が経った後にDNA鑑定によって生物学的に関係のない子供だと判明したとしても、嫡出子であることを覆す事はほぼ不可能なままなのだ。
「あまりにも無力すぎる」
幸いにもタッキーの妻は婚姻費用を請求してきてはいない。
だが、法的には妻が浮気をしてできた子供を連れて別居/離婚した場合においても、婚姻費用や養育費が発生し、給与の差し押さえも含めた強制執行が可能になっている。
「あまりにも無力過ぎて、自分を納得させたかったのでしょう」
一悶着の後、妻からの連絡が途絶えたことによってタッキーの疑いは確信に変わり、ようやく妻と娘との関係に諦めがついたという。
「まだ実の娘ではないと信じたいだけなのではないかと自問自答はします。ただそう信じることによって、ようやく次に向けて歩きだそうという気にはなれました」
そして、付き合うようになったのが今の彼女である。
いくら結婚が破綻しているとはいっても形式上は不倫になるということもあり、付き合う前には弁護士に相談し、一緒に住み始める前にも弁護士に確認を取った。
しかし、子供を作るとかこれ以上の関係を望む場合には、さらに高いハードルが待っている。
なぜならば、妻との離婚が成立しない限り、今の彼女とは結婚することもできず、彼女との子供も非嫡出子でしかあり得ないからだ。
男性からの離婚請求のハードルは高い
残念な事に、前述の古賀先生によると、男性から離婚をしたい場合は女性から離婚をしたいという場合と比べて遥かに難しいという。
「女性が子供を連れ去り、モラハラを訴えて離婚を請求すれば、ベルトコンベアに乗ったように親権を獲得して財産分与と養育費を受け取れる形での離婚の成立が可能です。一方、男性がATMとしか扱われず、酷いことを言われ続けられるモラハラに耐えきれずに離婚を思い立ったとしても、まずは弁護士を見つけるところから苦労する」
それというのも、男性が離婚において往々にしてお金を払う側になるからだ。
裁判で勝ったとしてもお金を払う側からは多くの手数料も取りづらいし、そもそも男性側からの離婚請求は認められる事自体が難しいため、弁護士にとって割にあわないのだ。その結果、裁判で離婚を訴えるケースは女性側からが七割と圧倒的に多い。
離婚が成立したとしても、親権も取られ、財産分与と養育費を支払う事がほぼ避けられない男性としては、我慢を続けても現状維持という選択をすることが多いのが現実なのである。
結婚制度は罠
勿論、裁判を起こして勝つことも不可能ではない。
だが、裁判を経たとしてもすぐに結論がでるわけでもない上に、その間にも婚姻費用は発生し続けるという「婚費地獄」が待っている。
男性は「離婚したくない妻。離婚してあげるけど子供と私を養ってと主張をしている妻。どちらにしても結婚したという事実だけでずっとお金を払い続けないといけない」のだ。
だから弁護士としては、どうしても離婚したい男性には、離婚は高い買い物であることを説明して、まとまったお金を積んだ形での協議離婚を勧める事が多いという。
そうでもしない限り、男性側からはすんなりと離婚出来ない事を経験則上知っているからである。
実際、タッキーも妻に離婚の意思がない限り、離婚協議、離婚調停からの離婚訴訟は相当な長期戦になる覚悟が必要だと弁護士からアドバイスをされたという。
「結婚制度自体が罠みたいなものですよ。普通の幸せに暮らしている分には細かい事務作業がいらないきれいな運用にはなっている。でも、一度問題がおきると全てが善意によってカバーされていて、男性には疑義を唱える手段すらない」とタッキーはいう。
彼女ももう三十四歳。「気を使って子供はまだ必要ないと言ってくれているけど、このまま不倫の関係を続けていくのも申し訳ないと思いつつ同棲して四年になりました」
「法的にはもう内縁の妻として彼女に対しても責任が生まれますね」と悪戯っぽく笑うタッキーは、束の間の幸せを噛み締めながらも将来の幸せまではまだ思い描けずにいる。
消極的抵抗の場もなくなる・・・
離婚において、子供から引き裂かれ、財産分与をした上で養育費を支払い続けないといけない可能性から逃れられない父親の現状。
実は、これまでは養育費を払わないという消極的抵抗の場が残されていた。
厚労省の資料によると、養育費を受け取り続けている母子家庭は二五%、父子家庭は四%。
シングル・ファザーの受け取る養育費の方が圧倒的に少ないという事実はさておき、シングル・マザーの貧困問題を語る上で「養育費逃げ得問題」として頻繁に取り上げられてきた。
そのため、二〇二〇年の四月に民事執行法が改正され、給与の差し押さえや銀行口座の特定などを可能にすることにより、養育費を支払わないという「逃げ得」が許されなくなった。
一方、面会交流権には事実上の強制力は全くない状態のままである。
そのため、離婚をした父親には「子供にはほとんど会えずに養育費だけは払い続けないといけない」という選択肢だけが大きく残される事になったのだ。
平均的な男性の経済状況では、離婚した時に子供がいなければ再婚を夢見ることはできる。
だが、もし子供がいる状態で離婚した場合には、男性は子供にも会えない孤独を味わいつつ、どんなに働いても養育費として給料の少なくない部分を供出し続けないといけない状況を強いられることになる。
男性にとって「離婚は地獄」
離婚率と自殺率の相関を見るとこの男性の苦境は一層はっきりとする。
女性にとっては離婚率と自殺率の相関係数が〇・五以下であるのに対し、男性においては〇・九以上と異常に高いのだ。
この男女の数字の差は、離婚が男性にとってより自殺という選択肢に結びつきやすい事実を指し示し、離婚が男性にとって耐えがたい状況をもたらす現実を裏付けている。
「結婚は墓場」という言葉には冗談も含まれていることが多いが、「離婚は地獄」と発する男性の言葉にはもはや壮絶な体験に基づいた重みしか感じずにはいられない。
知らぬが仏とは良く言ったもので、結婚が破綻した先に待っている選択肢の少なさを理解した上で結婚に踏み切れる。そんな男性は果たしてどれ位いるのだろうか。
離婚率が三分の一以上になった今、「結婚が破綻した時のジェンダー・ギャップ」が未婚率のさらなる増加に繋がらないのを願うばかりである。(大島陽介)